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    tonamiRO

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    tonamiRO

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    #RO

    YOU WISH.



    お願いです、助けてください。
    私の御主人が死にそうなんです。

    死なせたくないんです。
    私の命を上げますから。
    足りなければなんでもします。
    だからどうか。

    御主人を悲しいままで終らせないで下さい。


    …ああ、神様。
    これがあなたの仕業なら何てひどい。
    私はこの時ほどあなたを恨んだ事は無い。










    YOU WISH










    始めまして。皆様。
    私は騎士に仕えるペコペコと申します。
    年は、お嫁さん募集中だということだけは言っておきましょう。
    ちなみに毛並みが綺麗で足首に色気のあるくちばしのふっくらした方が好みです。
    …いえ、余談ですが。

    私の御主人はVIT騎士です。
    騎士になられた頃からお仕えしておりますが、名前をツカサといいまして、それはそれはのほほんとした騎士でございます。
    私の御主人はとにかく痛覚が鈍いのではないかと思うくらいすべての攻撃を受けまくります。
    避けるほどの素早さというものが無いのです。
    ええ、それはもうどんな敵の攻撃すら受けてしまう立派な受け騎士でございます。

    あえてもう一度言います。彼は受けだと。

    …もしかしたら何か誤解を招く言い方だったかもしれませんね。
    いえ、それはどうでもいいのです。

    さてこの御主人。
    暇があればノビや一次職の方々の経験値を上げるためにいわゆる壁になっていたりしました。

    PTは…最近は組んでおりません。
    臨公でもあまり良い顔はされないのです。
    剣士の頃から組んでいた人達も彼らが経験値を気に出した頃から何となく疎遠になっておりました。
    まだ、二辞職になった頃は良かったのですが…、より経験値効率がいい場所に行こうとするPTではご主人の居場所は無かったのです。
    タゲを取るのも盾になるのも他の人が出来るほどになった時、何事にもとろくさい御主人の攻撃が当たるモンスターがいるところでは彼らのレベル上げの効率が悪かったのです。
    それだけです。
    それだけの事で、私のご主人は用済みになってしまったのです。

    「皆を守りたいと思った。その事には偽りは無いから後悔は無いよ。…それにこんな俺だから、俺は俺が出来ることをしようかと思うんだ」

    そう言ってご主人は初心者や一次職の方々の壁役を始めました。
    それはスリルからは程遠かったけど、それなりにのんびりした良い時間を過ごすことが出来ました。
    いろんな方とお会いしました。
    女の子のノビさんは顔を真っ赤にしてポリンを叩き、
    マジシャンになり立てだという男の子は覚えたての魔法を試して一喜一憂したり、
    アーチャーだった子は命中率が足りなくてどうしても矢代が足りないとかでご主人が用立ててあげたりもしましたっけ。
    ですが、どんなに仲がよくなろうともその方々との別れはやってくるのでございます。
    「ありがとうございました!」
    「いや、これからも頑張ってね」
    ご主人はいつも彼らの背中をほんの少し寂しげに見送っておりました。



    そして今日もとある草原をポクポク歩いていると、まだ半人前の焦茶髪のアコライトの少年が鈍器で魔物を叩いておりました。
    見たところ少々少年には荷が重いような敵でしたから、御主人は気になったようです。
    足を止めました。
    「きつかったら言って」
    と少年に声をかけます。そのまま殴ったら経験値を奪うことにもなりかねなかったのでこういう時まず御主人はこうやって声をかけます。
    「い、いいいらないっ」
    アコライトの少年は傷だらけになりながら自分にヒールを唱えてはまた鈍器で殴るという行為を繰り返し何とか魔物を倒しました。
    なかなか見事な殴りッぷりです。
    将来は立派なプリーストに…いや、モンクにでもなるでしょう。
    ぜーはーぜーはー言いながら魔物から落ちたものを拾ってアコライト君は去ろうとしました。
    それをご主人が呼び止めます。
    ああ、次はこの少年かと私は思いました。

    「良かったら壁になろうか?」
    「……いくら金取るの?いいよ、そんなに金持ってねーし」

    じとっとした目でそんな事を言います。
    ずいぶんすれたアコライト君です。

    「俺の趣味みたいなもんだから別にお金は要らないけど」
    「だったら何、あんたホモ?」

    …ずいぶんすれきったというか、歪んでいる気がするのは私だけでしょうか。

    「ホモではないなぁ…」
    ご主人も少年の言葉に目を丸くしてます。

    胡散臭げに見ていた少年はそんな間抜け面のご主人に眉を上げます。

    「…なに、だったら好意の押し売り?いらねーよ。どっか行けよ」

    ふんっと顎を上げてアコ君は背を向けます。
    すぐに次の魔物を見つけてまた必死になって叩き始めました。
    御主人はしばらく黙ってそれを見ていました。
    何を考えているのかわかりませんでしたが、じっと彼の動きを見ているようでした。

    やがて彼にもう一匹魔物が近寄ってきました。
    ああ、あれはまずいです。一匹でも手に余るというのにもう一匹増えたらきっとヒールも間に合いません。
    御主人はすぐにそれを叩きました。
    武器はそれなりのものを持っていたので一撃で倒せました。
    少年がそれを見て目を丸くします。

    御主人は黙ってアコ君から少し離れたところで座り込みました。
    やがて、アコ君が魔物を倒してこちらにやってきます。
    面白くなさそうな顔をしていました。

    「助けてくれだなんて言って無い!」

    頑固そうな顔で見下ろしてきます。
    ですがご主人ものほほんと笑いました。

    「丁度俺の目の前に来たからさ。邪魔してごめんね」

    あんまりにもぼけーっと笑うからでしょうか。
    少年は口ごもり、やがて決まり悪そうな顔で呟きました。
    「…休憩したいから。横いい?」
    「どうぞ」
    御主人は嬉しそうに笑いました。
    私から下りて草原にそのまま座り込みます。
    少年はその隣に座りました。

    私はのんびり草を食んでおりました。
    ここの草は中々良い味をしております。

    やがて、ポツリポツリと少年は話し始めました。
    どうやら、昔、壁をしてやるからと言われてそれに付いて行った所、その日出したレアアイテムを壁代としてかっぱらわれたそうです。
    しかもその時に罵詈雑言を受けて一気に二次職嫌いになったとか。

    「女だったら良かった。だって俺と一緒に聖堂院から出た女アコは皆からちやほやされててさ、俺よりレベルも上なんだ。レア持ってった奴も言ってたよ。男の壁になる奴なんてよっぽどの物好きかホモだって」

    うーん、中々微妙な発言です。

    「あんたはきっとその『よっぽどの物好き』なんだな」

    うんうんとアコ君は頷きます。
    ああ、もう。
    そんなはっきりと言わなくてもいいでしょうが。

    「そうだね…そうなのかな。」

    はいそこ、ご主人も同意しないで下さい。
    しかも妙に真顔で納得しないで。

    「俺は、仲間を人を守るために耐久力をつけた。それをね、役に立てたかったんだ」
    御主人はぽつりと呟きました。それをアコ君はじっと見てきます。
    「ふーん…人が傷付くのがいやだから?でもさ、だったらさ。あんたの傷は誰が直すのさ」
    「俺の傷…?そんなのポーションあるし。しばらく座ってればのんびりと回復するし。」
    「違うよ。だって攻撃を殆ど受けるんだろ?痛いだろ?苦しいだろ?あんた一人それを被るのって辛くない?」

    アコ君はじっとご主人の目を見て言います。
    嘘やごまかしを見逃さないように。
    御主人はそれを見返しながらふわっと笑いました。

    「嬉しいよ。皆を守れるんだから」

    御主人はこんな人です。
    馬鹿です。マゾかもしれません。
    人も良いので騙される事もよくあります。
    そのたびに私は呆れます。
    でも、それでも。

    私はこのご主人が好きでした。



    アコ君とは数日の間一緒にいました。
    だけど彼はご主人が壁役になることを最後まで嫌がってました。

    「人に痛み与えて自分が成長するなんて嫌だ、俺は自分で戦って稼いだ経験値だけでレベルを上げる。守ってもらうだけの戦えない人間にだけはなりたくないから」

    そう言って一人で叩きまくりました。
    彼はやはりモンクになるそうです。
    自分で戦う術を身につけたいという彼に私達はいらないような気がしましたがそれでもその間御主人は楽しげにそのそばで座ってます。
    そして彼が本当に危ない時にやってきた敵だけを何でもないようにぽくぽくと叩いていました。
    それについてすらアコ君は何か言いたげでしたが、自分の腕の程を良くわきまえているのか何も言いませんでした。
    賢い子です。自分の事を良く分かっている冒険者ほど長生きできるものなのです。

    そうしてちょっと体力を回復する時、アコ君と御主人は良く話すようになりました。
    どこそこの露店が安いだの
    あそこの景色が綺麗だった
    あのダンジョンにはこんなモンスターがいる。
    特に私達の冒険記に目を輝かせてたりする彼は年相応の少年に見えました。
    ある日、ご主人が息切れするアコ君に持っていた紅ポをあげました。
    ヒールだけじゃとても回復が足りない彼は丁度切らせたところだったらしくてちょっと躊躇った後それを受けとり、代わりにとお花を一輪くれました。
    こんなもんしか持ってなくて…とアコ君はちょっと申し訳なさげでしたが御主人は嬉しそうでした。

    翌日、…アコ君はそこに来ませんでした。
    何か用事があったのかな、それとも他の場所に移ったのかな。
    御主人は一日中その場所に座っておりましたがやがて立ち上がりました。
    アコ君にはそろそろここは軽いようでしたから他の狩場に移ったのかもしれない。
    でももしかしたら何かがあって死んでしまったのかもしれない。
    アコ君がどうなったのかはわかりません。

    「だけど生きていてくれてたらいいね」

    御主人は笑います。
    その胸には一枚のしおりが在るのを私は知っています。
    彼から貰った花を押し花にしたのです。
    それを大切に、大切に持っていました。





    また私達はこの世界をあちこち歩きまわります。
    唯ちょっとだけ御主人は変わりました。

    壁をする時にはその子に聞くようになったのです。

    「君はどんな冒険者になりたい?」

    それに殆どの人間は「強い冒険者になりたい」と答えます。
    当然です。強くなければ生きていけない世界ですから
    それでも、彼らは自分の経験値を上げるためにご主人に壁をさせます。

    だけど、経験値が高くなればなるほど危険な場所に行きたがる。
    その時に甘えて育った冒険者では太刀打ちできないのではないだろうか。

    「もしかしたら…俺は守るつもりで彼らの経験を殺していたのかな」

    やがて、御主人は壁をすることを止めました。
    今まではお金がなくなりそうになった時だけ篭っていたダンジョンに一日中篭るようになりました。
    だけどダンジョンに入っても無駄に魔物を叩く事はありませんでした。
    見回りと言えばいいのか、危険なPTをたまに見つけてはご主人がタゲを取って助けるといった事をしてました。
    たまに迷惑そうな顔をされることもありましたが、まだ力の足りないPTには戦い方を助言することも在りました。
    それでも命を落としたPTにイグ葉をあげて生き返らせたりすることもありました。

    おそらく今までの償いのつもりなのでしょう。
    このボケ騎士のことですからあまり深く考えて無さ気ですが。

    色々なダンジョンに行きました。
    いろいろなPTに会いました。
    色々な人間がいます。
    素直に感謝してくれる人も
    ご主人に何の根拠もない罵詈雑言をかけた人も
    レア狙いで御主人に近寄る人間もいました。
    こんなとろいご主人がレアを持ってるはずが無いとわかるとすぐにいなくなりましたが。
    ギルドに入っていなかった御主人がたまにBOTに間違えられることもありましたっけ。
    それでもどこにでも優しい人間はいます。
    楽しい人もいます。

    でも御主人はいつも一人でした。

    ちょっとだけ気の合う人もいましたが御主人がVIT騎士だと知って去りました。
    やはり需要がないのでしょう。

    それでも、御主人は笑って彼らを見送ります。
    何でもないように。

    やはり、どこか抜けてるのではないでしょうか。
    あまりに攻撃を受けすぎて頭がパーになったとか言いませんか、御主人。
    私なんぞはそのたびに悔しくて悔しくて仕方なかったりするのですが。





    ある日、久しぶりに町でのんびりしておりました。
    日向でご主人が私の毛並みを綺麗にブラッシングしてくれるのが気持ちよくてうっとりとしていた所、そこにがっくりと肩を落とした商人がやってきました。
    今にも自殺でもしそうな顔色です。
    そんな彼にご主人も心配げに声をかけました。

    話を聞いてみると、露店詐欺にあったそうです。
    何でも表示されていた金額と実際の取引金額の0の数が違ったようで今までこつこつ稼いできた全財産を一気に失ったそうなのです。
    しかもこの人、明日恋人にプロポーズするつもりでいたらしくその支度金すらないと。
    ああ、何とまぁ、阿呆というか…気の毒な話です。

    「…ずっと頑張ってきました。悪いとは思っていても彼女にヴェールと指輪を送りたくてずっと待ってもらっていたんです。…でも、もう一度ためようと思ったらまた時間がかかる。もう彼女をこれ以上待たせるわけにはいきません」

    「………」

    「騙される方が悪いんだとはわかってます。だけどもう…何もかも失ったと思ったら悔しくて仕方ない…」

    御主人は隣でぼろぼろと泣く商人にかける言葉もありません。
    当然です。
    ご主人にどうかできる問題ではないのです。
    狩りにあまり積極的でない御主人はあまりお金を持っていませんでした。
    倉庫もほぼカラです。

    「ちょっとここにいて下さい」

    御主人は立ち上がって露天の方に向かいました。
    何をするというのでしょう。

    やがて暫くしてご主人が帰ってきました。
    手にはヴェールと銀の指輪を二つ持っていました。
    それを彼に渡します。

    「倉庫に眠ったままになっていたものです。俺は使わないのでどうぞ」

    どこに持っていましたか、ご主人?
    倉庫はカラだった筈です。
    お金もなかったではありませんか。
    なのにどこからとも無く出てきたそれに私も商人も目を丸くします。
    商人はこんな高価なものは受け取れないといいました。
    だけど御主人はそれを押し切って渡しました。

    「お幸せに」

    御主人は笑顔でした。
    商人は涙を零し何度も何度も頭を下げました。
    結婚式にきて欲しいと言われましたが御主人は首を横に振ります。
    もうこの町も出るのでといいました。
    この恩は必ず返すからと名前と拠点を聞いて来ましたがそれも御主人は言いませんでした。

    「どこかで会うことがあったらその時に返してもらえればいいです」

    そう言って笑いました。
    なんてまぁ、あほなご主人か。
    日々の食事には事欠かないまでも、あまり裕福でないというのに。
    無償も同然ですか、まったく。
    人が良すぎるのもいいかげんにして欲しいものです。

    やがて、振り返りながら何度も頭を下げる商人が見えなくなってから御主人は私に言いました。

    「お前にも世話になったけど、ここでお別れだ」


    …………………はい?


    何ですかそれ。
    私の聞き間違いですか?それとも勘違いでしょうか。
    御主人は寂しげに笑って私の首に腕を回しました。
    最後の抱擁のように。

    冗談じゃないことがわかって、そして馬鹿な私は漸く事の次第を知ったのです。

    ご主人が今までずっと大切に着ていた鎧が変わっていることに。
    前のと形こそ同じですが確かに今まで来ていたものと違うみすぼらしいものになっていました。


    ご主人が大切に精錬してきた鎧が無くなっていたのです。


    御主人はVIT型です。耐久力はあります。生命力もあります。
    だけど、それでも身を守る防具は大事なものです。
    むしろそれが無くなればそこら辺の剣士以下です。
    攻撃力はありませんし素早さもありません。
    ご主人もそれを誰よりもわかってます。
    だから、こつこつお金をためて買った鎧を大事に何度も何度も精錬してきたのです。


    それでも壊れる事無く防御力を高めてきた鎧は御主人の最後の誇りでした。


    馬鹿な私はやっと理解しました。
    商人は動揺していて気が付かなかったようですが、だけどちょっと落ち着けば鎧のことに気が付くでしょう。少し考えればヴェールと指輪を買うために売ったのだとわかってしまいます。
    名前を教えなかったのは彼が自分を呼んだ時、もし自分がこの世にいなかったらきっと彼を後悔させてしまうから。
    だから…首を縦に振らなかったのです。

    …御主人は何が起こるかわからないこの世界でたった一つ自分を守るものすら無くしてしまいました。
    後から思えばもう…あなたはこの時にはすでに覚悟していたのでしょうか。

    「野性に帰ってもいいし、騎士のギルドも近いから戻れる。場所はわかるね?」

    轡を外されました。
    もう、私を縛るものはありません。


    「今までありがとう」

    そう言って御主人はもう一度私を抱き締めました。

    …お願いです。
    こんな時にも、笑わないで下さい。

    もうご主人の頭を噛んだりしません。
    わがままも言いません。
    食べる草に文句をいったりしないし、今まで以上に一生懸命走ります。
    今まで私が魔物に攻撃されそうになった時自分を盾にして守ってくれていたように、今度は私があなたを守ります。
    私は弱いし戦う力も無い魔物ですが、御主人を乗せて一生懸命力の限り走りますから。


    御主人が死んだ時、私も死んでしまう事をあなたは恐れているのでしょう?
    誰よりも優しいあなたですから。

    だけど、私はあなたを一人にはしたくないのです。

    最後まで一緒にいさせてほしいのです。


    「…お前」

    町から出ようとしている御主人の後をテクテクとついていきました。
    御主人は何度も私に「お前は自由だ」と諭してきますが私は聞きません。
    ご主人が持つ轡を噛んでまた乗るように促します。
    ですが御主人はけして乗ろうとはしませんでした。

    騎士の後ろを自分で轡を持ったペコペコが歩くという奇妙な構図が出来上がりました。
    私達を見た人たちがくすくすと笑っていますが何とも思いません。


    やがて、御主人はダンジョンの入り口に立ちました。
    そして暫く黙っていましたがやがてため息を一つついて振り返りました。

    当然そこには私がいます。

    「……こんな俺でもまだお前ぐらいは守れるかもしれないな」

    根負けした御主人の苦笑に嬉しくなって私は一声鳴きました。




    このダンジョンは今の御主人には丁度いいところでした。
    レベルの低いPTがこぞってくるところです。
    今の防御力でも数匹くらいなら持ちこたえることが出来るでしょう。
    無理そうであったら囲まれる前に私が一生懸命走って逃げればいいのです。

    「さて、一から防具を作るとなったらかなり大変だぞ。頑張ろうな」

    ぽんっと体を叩かれて私も返事のように一声鳴きました。
    がってんです!
    任せてください御主人

    そうして私達は狩りを始めました。
    元々攻撃力の無い御主人ですが一生懸命魔物を叩きます。
    時間がかかってしまいますが仕方ありません。
    PTを組める人間もいません。
    私達で頑張るしかありませんから。

    そうして、無理の無いように少しずつ少しずつ私達はお金をためていきました。
    ですが目的までにはまだまだ先は長いです。
    それでもいいのです。
    私はこうしてご主人と一緒に狩りが出来ることが嬉しいのです。
    たまに危ないこともありましたが私も御主人を乗せて必死で逃げました。


    「…何か…今日は魔物が少ないな?」

    その日狩りにきた私達はいつもより少ない敵に首を傾げていました。
    もしかたらどこかにモンスターが溜まっているのかもしれない。
    何となく嫌な予感がします。

    今日はここまでにした方がいいと思い、御主人を見上げた時でした。

    目の前で何種類もの魔物の大群に追いかけられているハンターがいました。
    どうやら彼も一人のようです。
    私達を見つけてでしょうか、向こうからやってきました。

    はっきり言ってあれはやばいです。

    私は真っ青になりました。
    あんなに両手でも余る数の魔物に太刀打ちできるほどご主人に力はありません。
    鎧があればまだよかったでしょうがそれも今は無いのです。
    私は即座に逃げる用意をしました。
    ですが、御主人は彼を見捨てては行けなかったのです。
    すぐに私を押さえ、迎え撃つ準備をしました。
    確かに一気に範囲攻撃をして散らした後、ご主人が盾となってその間にハンターと一緒に攻撃できればギリギリ持ちこたえることが出来るかもしれません。
    おそらくご主人もそう思ったのでしょう。

    ですが、ハンターはご主人の近くまで来て持っていた何かを握りつぶしました。

    「BOTは死ねよ」

    ふっとハンターが消えそして目の前にはモンスターの山。
    何が起こったかわからぬままに私達は囲まれ、そして…力尽きました。



    あのハンターはハエの羽か蝶の羽でテレポートしたのでしょう。
    あのモンスターを連れてきたのは故意だったに違いありません。
    そして、私の御主人をBOTと勘違いしてそいつらに殺させようとしたのです。

    「…………」

    冷たい地面に御主人が血まみれで横たわっていました。
    苦しげに息をしていますが、それもだんだん弱くなって行きます。
    私も立ち上がることが出来ず、つま先を使って地面を這ってご主人のところに行こうとしました。
    この御主人を乗せてここから出なければいけません。
    そうすれば何とかなると私はそれだけを思ってご主人に寄って行きます。
    ですが、ご主人のそばまで来た時、私ももう力が殆ど残っていませんでした。
    せめてと…ご主人が寒くないように羽根を広げて彼の体を覆います。
    それに御主人は薄く目を開けました。

    「お前……ごめんな」

    御主人は震える手で私のクチバシを撫でてくれました。
    ですがその力も殆どありません。

    私は悔しくて悔しくてぼろぼろと涙を零しました。

    ご主人が何をしましたか?
    何か悪いことをしましたか?
    やっと目標を見つけて歩き出したところだったんです。
    これからだったんです。


    お願いです、誰か…助けてください。
    私の御主人が死にそうなんです。

    死なせたくないんです。
    私の命を上げますから。
    足りなければなんでもします。
    だからどうか。

    御主人をこんな悲しいままで終らせないで下さい。




    地面に人の靴音が反響しました。
    何だろうとぼんやり遠のく意識の中で思ったらそれはご主人の前で止まりました。
    どうやら、人間のようでした。
    さっきのハンターでしょうか。
    嘲笑うために来たのでしょうか。
    私はもしそうなら最後の力でせめてその頭を噛んでやろうと目を開けましたがもうぼんやりとしか見えませんでした。

    「生きる意志はあるか?」

    膝を付いてご主人に囁くように紡がれた言葉はとても静かでした。
    赤に漆黒の聖衣がぼんやりとですが見えます。
    プリーストのようでした。

    ああ、これで助かる。
    御主人は助かる。
    私は嬉しくてなりません。
    ですが、御主人はそのプリーストにポツリといいました。

    「いえ、……私はもういい…。ですが…この子だけは…連れて行ってはくれませんか?」

    私のくちばしを撫でる手とその言葉に私は呆然としました。
    涙も一気に引きました。

    …諦めたのですか?
    もう、生きる事を諦めたのですか?
    そしてあなたは私だけを救おうというのですか。

    最後まで。


    「もう、…私は…誰からも必要とされないのです…」

    そう言って御主人は目蓋を落とそうとしました。
    ああ、この人は本気で生きる事を諦めようとしている。
    それがわかりました。

    ……だったら、私も一緒に逝きます。

    あなた一人じゃとろくさくて三途の川も渡れないじゃないですか。
    おぼれてしまったらどうするんですか。
    最後まで一緒だと誓ってます。
    私も覚悟をきめました。


    「…そんな悲しい事を言わないで、…まだあなたを必要としている人間はいる」

    プリーストは小さく祝詞を唱ました。
    「リザレクション」
    ぼうっと冷たい体に暖かな光が入ってくるのがわかりました。

    「もう一度立ち上がる力を。聖なる加護を…。神の子羊、世の罪を除き給う主よ、われらをあわれみたまえ。…サンクチュアリ」
    地面から光の柱が立ち上り、急激に傷が塞がっていくのを感じました。

    私は顔をあげて呆然と立ち上がります。

    目の前で膝を付く濃茶の髪の男のプリーストが御主人を前にして泣いていました。
    頬に涙が零れ地面に落ちてもプリーストはそれを拭いもせずに体を起こした御主人を見ていました。

    私は彼を見て驚きました。
    身長も伸び、凛々しくなっていましたが、間違いありません。
    前にモンクになると言っていたあのアコライトの少年でした。

    「君は…」

    ご主人もわかったようです。
    驚いたように彼を見ています。

    「あの時に俺に花をくれた…」

    そう言って無意識にでしょう、しおりを収めた胸に手を当てます。

    「はい」

    プリーストは頷きました。
    そして漸く涙を拭います。
    ほっと息をついて御主人は笑いました。
    「立派になったね…そうか、プリーストになったのか」
    「…途中からの転向で、中途半端だけど」
    「…でもどうして?あんなにモンクになるといっていたのに…」
    そうです。彼はそのために力と技術を蓄えていたのに。
    それに彼の能力を考えるとどう考えてもモンクの方がその力を発揮できる事は明白です。

    「あなたに会ったから」

    「?」

    「あなたの支えになりたくて。皆を守るためにと一人傷つくあなたの傷を癒したくてプリーストになった」

    私もご主人も息を呑んで呆然と彼を見ました。

    「あの日、一輪の花をあんなに喜んでくれたから、俺はあなたにお礼の意味も込めて花束を贈ろうと思っていた。だけど、売ってる町が遠くて…戻ってきた時にはもうあなたはいなかった。名前も聞かずにいて声を届ける事も出来なくてずいぶん後悔した。あれから…プリーストになった俺はずっとあなたを探していたんだ」

    やっと会えた…とプリーストは確かめるようにご主人の頬に触れました。

    「やっぱりあなたは傷付いていたんじゃないか。ずっとずっと心が傷ついていたんじゃないか。…その事に最後に気が付いたからって、死のうとするなんてずるい」
    だから…これはあの時言おうと思ってた言葉で、花束も無いけどとプリーストは言い置いて口を開きました。
    「…俺をあなたの相方にしてください」

    「…でも、俺といても君には利は無いよ?俺は攻撃力もないし、それにもう君を守る力も無いんだ…」
    御主人はまだ呆けてましたがそれだけ口に出しました。

    「そんなのいい。自分の身は自分で守れる。あなたの事も守れる。あなたはもう誰からも必要とされないと言ってたけど、騎士とかそんなの関係なく俺にはあなたが必要です。あなたの為にこの職についたんだから、責任とって俺を相方にしてください」

    あの日の強い目は今も変わらず。わがままな口調も相変わらず。
    言ってる事はむちゃくちゃです。
    だけど、その必死な顔から彼の本気を感じました。

    御主人はまだ呆然と思考を止めたまま彼を見ていました。
    びっくりしすぎて脳の回路が止まったのでしょう。

    やがてそんな御主人を見て頑固そうなきつい目がほんの少し和らいでプリーストはほっと息をつきました。

    「あなたがまだこの世界にいてくれて…。今ここに、間に合って……良かった…」

    「……………っ」

    ひきつけを起こしたように御主人の肩が揺れます。
    瞬く間に御主人の目に涙が浮かびぽたぽたっとそれがこぼれました。
    次から次へと落ちていきます。
    プリーストは驚いて「まだ、どこか痛いんですか?」と問い掛けました。

    だけどそうじゃないことを私は知っています。

    御主人は首を横に振り、俯いたままくすんと鼻を鳴らして顔をあげました。
    その顔には今までとは違う、見たことも無いくらい眩しい…本当に心の底からの笑顔を浮かべていました。

    「ありがとう」

    それはご主人が久しぶりに発した感謝の言葉。
    大切に大切に紡いだ言葉でした。

    御主人はずっと誰かにそう言ってもらいたかったのです。
    必要だと。
    自分が必要だと。

    役に立たなくとも、この世界にいていいのだと。




    ありがとう。
    誰でもいい、私も心から感謝します。
    彼を今ここに間に合わせてくれたことに感謝します。













    これから御主人が寂しげな顔をする事はないでしょう。

    御主人はもう一人ではありません。
    いつだって隣にいて一緒に笑える人を見つけたのですから。





























    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


    少し痛いけどちょっとだけくさくて幸せな、そんな話が好きです。
    そしてこの話はあくまでフィクションですのでそこのとこよろしくお願いします。
    ペコペコは良いです。ご主人死んだら自分も死にます。あれ、地面に付いてるからでしょうが(鷹は飛んで逃げるから主人死んでも飛びっぱなしなのかなと勝手に思ってます)どうも「私、主人命ですから!」と言ってるような気がしてなりません。可愛いです。ペコペコ。
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