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    #RO

    LOOP ~失ったもの、残るもの~.



    どうして、ここにいるのか分からなかった。
    目が覚めた時、深い喪失感よりも先に空虚が襲った。
    両手を見ると地面が透けて見える。

    ああ、自分は死んだのだと悟った。

    驚きは不思議と無かった。
    ただ、体の中から自然と溢れるものが目から零れ落ちる。

    守れなかった。
    守れなかった。

    あんなにも守りたいと思っていたものが。
    深く強く。
    これ以上無いほどに守りたいと思っていたのに。

    それなのに、それが何かすら今の自分には分からなかった。


    「・・・・・・えっと・・・・」


    ぼんやりとしていた自分に躊躇いがちにかけられる声に驚いて顔を上げる。
    そこには、あまり馴染みの無い服を着た男が立っていた。
    短く切られたジャケット。胸元や使い古されたジーンズを飾る銀細工。
    緑髪でタバコを咥えた男は、困ったように頭をかいている。
    この男が着ているものは、ホワイトスミスの服だと知識が告げる。
    その後ろには男のロードナイトと女ハイウィザード、女スナイパー、そして女ハイプリーストが心配そうな顔をして立っていた。

    「えっと、そうだ。エレメス・・・・お前、エレメスだよな?」

    ホワイトスミスが今思い出したかのようにそう言う。

    エレメス。
    そうだ、それが自分の名前。
    そう言われて始めて自分は自分の名前すらも忘れていたのだと思った。
    だが、そんなことなどどうでもいいように思えた。

    会えた。

    その気持ちが強すぎてどうにかなってしまいそうだった。
    守りたかったものが、今、目の前にある。
    あふれ出る涙を堪えきれず、かといって少しでも目を閉じればそれらすべてが消えてしまいそうで拭うことも出来ずに彼らを見る。
    「エレメス」
    エレメスの前まで来た女ハイプリーストが両手を伸ばしてエレメスの顔を柔らかく包む。
    感じるはずの無い温もりが確かにそこにあったように感じたのは、彼らもまた自分と同じ存在であったからだろうか。
    胸に広がる切なさに耐え切れず、引かれるままに彼女の肩に額を乗せて涙をこぼした。

    どうして自分達は肉体を持たない精神体になってしまったのか。
    どうしてこうして再び彼らと出会うことが出来たのか。

    それは分からなくとも、今ここに彼らがいる。それだけでいいと思った。


    今はまだ、彼らの名前すら思い出せなくとも。













    LOOP ~失ったもの、残るもの~











    6人は固まって薄暗い廊下を歩いていた。
    廃墟といってもいいくらいにぼろぼろの建物は窓が無く湿気がある。
    もしかしたら地下なのかもしれない。
    そうやって今いる場所の確認をしながら自分達が覚えていることを確認しあう。

    「俺が覚えているのは、剣の振り方とスキルだけだな」
    「あ、私も。スキルは覚えてる。名前も忘れそうになってたのに。でも変ね、スナイパーのスキルは殆ど記憶に無いの」

    ロードナイトのセイレン=ウィンザーの言葉にスナイパーのセシル=ディモンが同意する。その後ろにいたホワイトスミスのハワード=アルトアイゼンがのんびりと付け足した。

    「俺もそうだな。それと、もう一つ。これは断言できるんだが、俺セイレンに2千万z貸していた覚えがある」
    「はいやいやそれは無いだろ、それはっ!」

    いきなりの借金疑惑にセイレンがぎょっと驚いた。だがしかし、ハワードはびしっとセイレンの腰にある両手剣を指差した。
    「その剣を買うのに金が足りないとかで貸した。間違いない」
    ハワードの言葉にセイレンは腰の刀を鞘ごと握りながら「そうだっけ・・・?」と自信なさ気に唸っていた。
    何しろ皆が皆記憶がないので他の人間も曖昧に首を捻るしかない。
    「相違や確かにハワードは金にうるさかったような気がするなぁ・・・・。ほらよく言ってたじゃない?『好きなことは利益追求』とかさぁ」
    セシルの言葉にピンと来たのかセイレンとハイプリーストのマーガレッタ=ソリンが頷く。

    「ああ、そうそう。『目指せ億万長者』」
    「いつだったか言ってた様な気がしますわ。『夢の大富豪生活』」
    「『金が無いなら体で払え』」
    「え?」

    アサシンクロスのエレメス=ガイルの言葉に皆が立ち止まり、最後尾にいたエレメスに向かって皆が振り返る。それまで黙って頷いていたハイウイザードのカトリーヌ=ケイロンも含む5人の視線に、エレメスはさっきまで泣き顔を見られていた羞恥心もあって頬を染める。
    一番驚いていたのはハワードだった。
    「・・・・・・俺、お前にそんなこと言った?」
    「・・・・言わなかったか?というか、結構頻繁に言われていたような気がするのだが。拙者だけじゃなく他にも言ってたのではなか?」
    皆の視線を受けて目を丸くしていたエレメスが居心地悪そうにそう言う。
    少し尖らせた唇がやけに子供っぽく表情豊かだ。
    「そうだったかしら?」
    「うーん・・・・?」
    マーガレットは小首をかしげ、ハワードも頭をかきながら唸る。
    「そうだっけか・・・・?変だな・・・」
    自分が金にがめついことはしっかりと覚えているのだ。
    誇りには誇りを。金には金を。
    貸した金は利子つけて返せ位はいうだろうが、体で返せと果たして自分は言うだろうか?
    体で返してもらっても自分には一文の得にもならないというのに。
    しかし何しろ記憶がごっそり抜けている。
    ここにいる全員が生きていた頃の記憶が殆ど無い状態なのだ。名前だけでも覚えていて良かったというべきではないか。
    それに、こうして話していくうちにもしかしたらもっと思い出していけるかもしれないではないか。

    まだ小さな希望ではあったが、それは皆の望みでもあった。

    それからも賑やかにフロアを全部回りきって、ここが『生体研究所』という場所で地下3階であること、他に人がいないこと、そして積み上げられていた書物や研究記録から、自分達はおそらく実験材料としてここで殺されたのだろうということがわかった。
    結構ハードな死に方だとは思うのだが、何せ記憶と共に恨みつらみまで忘れているらしく、事実を知ってもそうかというくらいしか感想が出てこない。
    しかしそうなるとこれからが問題だ。

    「俺ら、幽霊なんだから成仏したほうがいいんだろうなぁ」

    皆が思っている考えを代表してセイレンが困ったようにそう言うと、皆の視線は自然と聖職者でもあるマーガレッタの方に向く。
    だがマーガレッタも困ったようにため息をつくのみであった。
    マーガレッタは自分の身から溢れる光を掌で受け止める。熱も重さも感じない光は、きっと人魂の一種なのだろう。
    「成仏の仕方なんて・・・・それこそ悔いのある人が成仏できないのでしょうから、それを解決するか・・・・それとも力ずくで成仏させられるかしか・・・」
    「力ずくって?」
    「ウィスパーもあれは幽霊の一種ですもの。倒されれば成仏するでしょう?」
    「冒険者に倒されろというわけか。・・・・・・・・・」
    「ここに冒険者が来るだろうかという疑問は置いといて・・・・・・・」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・」
    そこで不自然なほどに長い沈黙が訪れる。
    互いに視線を交わしその瞳にあるものを認め合う。
    「何かそれもいやだよな」
    「誰かに倒されるなんてごめんだわ」
    「拙者あまり負けるのは好みではないな」
    「むしろがこーんと一発やりてぇよなぁ・・・・」
    死んでも生来の負けず嫌いが魂に刻み込まれた者たちが揃っていたためか、最後の案は大却下される。
    マーガレッタは彼らのそんな姿を見て、きっと倒されても倒されても彼らなら蘇ってまた冒険者達に挑戦するに違いないと思った。

    こうしてまた彼らの成仏が遠ざかった。

    その隣でカトリーヌがいつの間にか持っていたクッキーを食べながら「不毛・・・」と抑揚のない小さな声で淡々と呟くが、彼女も結構な負けず嫌いなのだろうと、覚えてなくともそう思う。

    「となると、それぞれ持っているであろう悔いを解決するしかありませんわねぇ・・・・」
    「それには思い出さないとというわけか・・・・・。まいった、こりゃ長丁場になるぞ」
    セイレンは頭を抱えたがすぐにふっきって皆を見て、にっと明るく笑った。

    「まぁ、何にせよ。また、楽しくなりそうだな」

    それにつられたように他の5人が笑みを浮かべる。
    そうだ。
    思い出さなくとも分かる。
    自分達はこの笑顔と彼の強さに引かれて集まった仲間だと。
    どんな苦難が待ち受けようとも、彼と共にいればそんなもの打ち払えるのだという自信が不思議と沸き起こるのだ。

    「じゃあ、まずはここのことをもっと詳しく知るべきだと思うわけなんだが」
    「ですね。ここは地下3階。この階には他に人はいないようですが、上の階にならまた自分達と同じような人たちがいらっしゃるかもしれませんし」
    「そういえばさっき地図みたいなものが壁に貼ってなかった?ちょっと取ってくる」
    「待て、セシル殿。一人では危ない。拙者も付いて行く」
    エレメスが片手を上げて心配そうにそう言う。
    「ばか、今の私たちにとって何が危ないっていうのよ?もーっ、ついてこないでよっ。一人で良いったら!」
    セシルが走り出すのにかまわずエレメスも付いて行く。
    それに文句を言うセシルは怒るというよりは拗ねているようで、エレメスは苦笑しながらも慣れた様に相槌をうっていた。
    その二人の後姿をセイレンたちは笑みを浮かべながら見送る。
    「仲がいいな、あの二人」
    「もしかして、生きていた頃何かあったのかもしれませんね」
    「付き合ってたとか?」
    「どうかしら?」
    セイレンとマーガレッタがくすくす笑いながらそう言いあっている後ろで、ハワードは真剣な顔をして二人が消えた方向を見ていた。

    「なぁ、あいつってあんなやつだっけ?」

    「え?」
    「エレメスって人前で泣いたり、あんなに表情の変わる奴だったか?」
    それにセイレンもマーガレッタも困ったようにハワードを見る。
    「と、言われましても・・・・思い出せないんですから」
    「そう・・・だよなぁ・・・・」

    ハワードは、さっき通路で立ち尽くしたまま泣いていたエレメスを思い出していた。
    始めエレメスを見つける前に他の四人と会った時、違うと思っていた。
    会ってそういえばという懐かしい感じはあったものの、自分が探していたのは彼らではないのだと。
    もう一人いるはずだと、ハワードは内心焦りながら探していたのだ。
    そして彼を見つけた。
    彼は全身を絶望の中に浸して、声も出さずに涙を流していた。
    長い青紫の髪の陰から見え隠れするガラスのような深柘榴色の瞳は、自分が名前を呼んだことによってやっと魂が吹き込まれたように意志を持った。
    そして迷子の子供が親を見つけたかのように溢れ出る涙を見た時、何故だか胸が締め付けられるような錯覚を起こしていた。探していたのは彼なのだと記憶がなくとも体がそう反応する。
    だが、彼が泣いていることに驚きが先走りすぎて足が動かなかった。
    悔いるように目の前で開いていた手をぐっと握るハワードを、静かに見つめる瞳があった。
    カトリーヌは深緑の瞳でじっとハワードを見つめて目を細めた。

    「・・・・・・・・・・・残ってるんだねぇ」

    声はカトリーヌのものだが、それまで単調だった口調とは違う、老婆のような深みのある口調。
    だが唇が震えるだけだったそれは他の3人の耳には届かない。
    カトリーヌは黙って細い指先で手元のクッキーの袋の中から一枚を摘んで齧った。


    その後、セシルとエレメスが持ってきた地図を元に再び周囲の詳細な探索に乗り出した。
    ところどころ隅に積み上げられている鉄くずはかなりさびているし機材なども言わずもがなだ。
    今はもう使っていないのだろう、ここがうち捨てられてかなりの年月がたっているのだろうことが分かる。
    そして上の階に繋がる階段は上からの倒壊でつぶされており、エレベーターらしきものがあることはあるのだが、これを動かすには通行証らしきものが必要らしい。
    しかし自分達の手持ちにはそれが無かった。
    「もーっ!幽霊なら幽霊らしく通り抜けるとかそう言うことが出来てもいいと思わない不便すぎるっ!」
    べしべしと壁を叩くセシルに、マーガレッタが優雅に笑う。
    「でもおかげで片付けることも出来るんですから。だけど上の階に行くにはこの階段をどうにかしないと」
    しかし、バッシュや大魔法を持ってしても岩は欠片も砕けない。
    エレメスが慎重に瓦礫を見ていって見つけた一箇所を叩く。
    「ここに隙間がある。拙者がクローキングで行ってみる」
    「気をつけて。無理だと思ったらすぐ帰って来るんだぞ」
    「ああ」
    セイレンの忠告に頷いて早速行こうとしたエレメスに、カトリーヌが手に持っていたものを差し出した。
    「?・・・・・これは」
    「クッキー。・・持って行って」
    非常食にしろということだろうか。エレメスは躊躇いながらもそれを受け取り、岩の隙間に身を差し入れた。
    岩や鉄骨のわずかな隙間を頼りに闇の中をクロークで進む。
    距離にして10メートルだろうか、だが斜めに上がっていくことも考えるとかなりの時間をかけながら少しずつ進んでいった。
    そして漸く表に出たエレメスは今までいたところとは違う電気の光に眉を顰めた。
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    ここはまだ通路に回す電気がかなり通っているらしい。
    ほっと息をつきながら周囲を見渡す。
    アサシンの勘が走り去る小さな足音を聞いた。
    反射のようにそちらの向かって走ると、壁の向こうに消える少年の姿が見えた気がした。
    あれはマジシャンだろうか。
    しかも今見た限りでは確かに自分達と同じ半透明、つまり幽霊だった。
    「待てっ」
    追いかけるが相手はここの地理に詳しいらしく、入り組んだ建物の影を使って逃げ回る。しかも追っていて気がついたが一人だけではない。
    アーチャーの男の子、マーチャントの女の子、シーフらしき子もいる。
    「待て!拙者は危害を加える気は無いっ。お主達に聞きたいことがあるだけだ!」
    声が届くように大声で怒鳴るが、余計に恐がらせたのか子供達は飛んで逃げる。
    子供の扱いは苦手だ・・・。
    記憶は無いが、きっと生きていた頃もそうだったに違いない。
    せめてマーガレッタがいれば優しく声をかけることも出来るかもしれないが、彼女をここまで連れてくるのは今の段階では不可能だ。
    「あっ」
    アーチャーの男の子が床の出っ張りに足を取られて倒れた。
    しかも運が悪いことに倒れた先の床には暗い穴がぽっかりと開いていた。
    「っ」
    あれに落ちると危ない。
    エレメスは地を蹴ってそれまでに無いスピードで飛び、男の子を宙で腕に救い上げてそのまま穴の向こう側に着地した。
    「あ・・・・っ」
    「・・・・大丈夫か?」
    涙目の男の子はエレメスの問いかけに顔を向けてこくこくと頷く。

    「バッシュ!」

    「っ」
    剣圧を叩き付けられる前の闘気の気配を感じてかろうじて飛びずさっていたエレメスは、今まで立っていたところにいる剣士の少女に驚いた。青髪の少女は戦う者の目をしてエレメスを追う。
    「貴様!カヴァクを離せ!」
    最初の一太刀をかわされたのが悔しいのか、剣を向ける少女はエレメスを睨みつける。
    「そや!痛い目見る前に離した方があんさんのためやで!」
    さっきまで逃げていたマーチャントの少女までも息を上げて斧を構えてみせる。
    それだけではなく最初に見たマジシャンの少年やシーフの少女、もう一人いたらしいアコライトの少年。すべてが武器を構えてエレメスを囲んでいた。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

    さて、どうしたらいいのだろう。
    変に刺激しない方が良いと判断して助けたアーチャーの少年を下ろす。
    「ひ、ひどいじゃないかっ。セニアっ。さっき僕ごと倒そうとしたろ!」
    「やかましい!まんまと敵の手に落ちおって!いいからこっちに戻って来い!」
    「うっ」
    どうやら彼女がこの10代前半の少年少女たちのリーダーらしい。
    アーチャーの少年は心配そうにエレメスを見上げる。
    エレメスは心配要らないからと頷いて、少年を彼らの方に押し出した。
    しかし、これからどうしよう。
    戦う気満々らしい子供達だったが、当のエレメスはもちろん戦うことなど毛頭無い。
    自分はただ様子を見に来ただけだし、それに自分達以外にも人がいたのだということが安堵感をもたらしていた。
    と、そこでエレメスは懐にあるものに気がついた。
    まさかカトリーヌはこのことを予見していたのだろうか?

    「・・・・・・・・相談があるのだが」
    「何だ。侵入者」
    エレメスが懐に手を伸ばしたのにセニアは警戒心を強めたが、そこから出てきたものに驚いた。

    『ルティエ印 幸運のクッキー詰め合わせスペシャル』

    子供達の熱い視線がその袋に注がれていることを確認して、エレメスは心の中でカトリーヌに感謝しながら提案した。

    「せめてこれを食べる間だけでも、話を聞いてくれぬか」






    それからエレメスが餌付けした彼女達から聞いたのは以下の通りである。
    彼女達が目覚めたのもついさっきのことだということ。
    そして自分達と同じように生前の記憶が無いこと。

    「地下二階は電気はあるものの電力が不安定で、床には人の血と思しき黒い染みが多数見られた。おそらく彼女らも人体実験で犠牲になった者達なのだろう」

    セニアたちから話を聞いたエレメスは3Fに戻って皆に説明した。

    「子供達の名前は剣士のイグニゼム=セニア、シーフのヒュッケバイン=トリス、アーチャーのカヴァク=イカルス、マジシャンのラウレル=ヴィンダー、アコライトのイレンド=エベシ、商人のアルマイア=デュンゼ。後は物言わぬ赤い服を来たゾンビ・・・・他にもいるような気がするのだが、わかってるのはそれだけだ」
    「アルマイア?」
    「・・・・・・ハワード?どうかしたのか?」
    エレメスがいった名前にハワードがなにやら考え込んでいる。セイレンが何か気に掛かることでもあるのかと問いかけたが、ハワードの中でもそれが形にならずに唸るだけだった。
    「・・・・・いや、なにか気に掛かっただけだ・・・。思い出したら言うから、続けてくれ」
    「ああ。・・・・・・地下一階は研究所というより研究者の宿泊施設らしく、そちらの設備は完全に生きているそうだ。残念ながら拙者は行けなかったが」
    「どうしてだ?」
    「見えない壁のようなもので押し返される。彼女達は通れるのだから何か制限のようなものが働いているのかもしれない。だが、彼女らも地下一階から上には出られないのだと言った」
    「そうですか・・・」
    マーガレッタは小さく頷く。
    「それはつまり」
    「・・・・・・それはつまり?」
    彼女の言葉に、まだ何かあるのだろうかとエレメスは緊張する。
    だが彼女が口にしたのは意外な言葉だった。

    「それはつまり彼女達に頼んで掃除道具やシーツやその他もろもろを一階から取ってきてもらい、それをエレメスがここまで運ぶということでいいですわね」

    「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

    「そうだな。それしかない」
    うんうんと頷くハワード。
    ちょっと待て、持ってくるのはお主ではないのだが。

    「がんばってエレメス。あんたならたいしたことないでしょ」
    無責任にエレメスの肩を叩いて応援するセシル。
    応援するだけなら何もしないのと一緒である。

    「エレメス。何かトレーニングに使える機械等は無かったか?ここに長くいることになればストレッチや腕立て伏せだけでは体がなまってしまう」
    腕を回しながら困ったように言うセイレン。
    トレーニングに使えるような機械がどれだけかさばるか想像しろ。

    「・・・・・・・おいしい食べ物・・・・」
    またどこから出したのか、棒に付いた飴をぺろぺろと舐めているカトリーヌ。
    すまない、そんな感じでシーツなどは出せないのだろうか。
    いや聞かなかったことにしてくれ。出されても怖い。

    「レースのカーテンなんて贅沢は言いません。せめて人として暮らせる環境整備がこれからの私達の課題だと思います」
    止めに何らかの使命感に目覚めたのか、ぐっとガッツポーズを決めるマーガレッタ。
    そのために自分に何往復させる気ですか。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

    聞き違い・・・なわけがない。
    エレメスは前向きすぎるどころかどこかずれている5人に頭を抑えた。
    どうやらこの5人は自分がいない間に内部環境のひどさにうんざりしていたらしく、エレメスの報告に光明を見出したらしいのだ。
    3階に戻る際に見た子供達の心細そうな顔を見てしまったからか、2階に行くことに異議はないのだが、その大変さを少しは理解して欲しい。
    そんな彼の背後に立つ影がある。
    「うわっ」
    尻を何かに撫でられるようなそんな錯覚を覚えて、エレメスは文字通り飛び上がった。
    振り返ればハワードが両手を挙げてエレメスを見ていた。

    「うーん。この手触りは・・・・」
    「なっ、何だっ」

    うんうんと頷きながら何らかの確信を抱いているらしいハワードにエレメスは心底嫌な予感を感じた。
    にやりと魔王のごとく笑うハワードは怯えるエレメスに向かって一歩踏み出した。
    この中で一番背が高く、横幅もがっしりしているからか、まるで重機のような迫力がある。

    「生きていた頃のことなんざ覚えてねーが、何となく覚えてるってもんがある。いやー・・・・さっきからなんか良い尻だなって思ってたんだよなぁ」
    「・・・・・・・・・・・・?」

    エレメスは本能的な恐れを抱いて一歩下がる。
    しかも何故だろう。今の言葉に妙なデジャヴを感じるのは。
    だがまた一歩ハワードが踏み出して怯えるエレメスの腕を掴んだ。

    「仲良くしような」

    にっこりと計算づくしで作られた笑顔にエレメスは盛大に首を横に振った。
    「けけけけ、結構だ!」
    ハワードの腕を振り払って逃げようとするエレメスをハワードが厚い胸板で抱きつぶした。
    それだけではなくうっとりとした顔でエレメスの顔に頬擦りまでしている。
    「ああ、この感触。何か思い出せそうな気がする・・・」
    「嘘をつくな!この変質者がぁぁぁぁ!」
    「いや、本当だって。こうしてると俺、男でも女でもOKだったような気がするんだ」
    「ぎゃああああそんなことはむしろ思いださんでいい」
    「身体で払えっていうのもあながち冗談じゃなかったのかもしれねーなぁ」
    「離せぇぇぇぇ」
    尻を揉むどころか鷲掴みにされたエレメスは真っ赤な顔をしてハワードを両手で突っ張る。
    ハワードはというと、うっとりとしながら更にきゅっと締まった尻をズボン越しに揉みしだく。
    「ひ・・・・・・・・っ」
    ぞわわわわわっと鳥肌を立てたエレメスの中で何かが切れた。
    腰に差していたカタールをぐわっと抜き、ハワードに向かって一閃した。
    「うわっ。あぶねぇだろっ」
    「やかましい!拙者堪忍袋の緒が切れたっ。そこになおれ!叩ききってくれるわ!」
    怒髪天をつく。
    怒りに顔を真っ赤にしながらも、その深柘榴の目は羞恥と殺意に満ちている。
    「お、やるの?いいよ。その代わり俺が勝ったら一晩付き合ってもらうからな?何、心配しなくとも優しくするって」
    ハワードもどこから出したのか斧を担いで舌なめずりしながら不敵に笑って見せた。
    その視線は、アサシンクロス特有の大きく胸元の開いたところにあり、自分は何故こんな開いた服なのだとエレメスは泣きそうになっていた。
    それに戦うにしてもホワイトスミスにはハンマーフォールという技がある。
    それをくらえば打たれ弱いエレメスはたちまち意識を飛ばしてしまう。そうなった後など考えたくもない。
    下手に踏み込むこともできずに、かといってハワードから踏み込むこともせずに二人の間でじりじりと緊張感を上げていく。
    その後ろで、セイレンが持ってきたテーブルについて、カトリーヌがどこからとも無く出した紅茶のお茶セットで4人はのんびりとお茶を飲んでいた。

    「あらあら・・・・・なんだか、こういう光景。前にも見たことがありませんでした?」
    「あれ。マーガレッタもそう思う?実は私もそう思ってたんだ」
    「俺も・・・・止めた方がいいと思うんだが、そういう意欲がわかないんだよなぁ・・・」
    「・・・・・・・・・・」
    最後にカトリーヌがこくんと頷く。
    「これから楽しくなりそうですわ」
    ほほほと優雅に笑うマーガレッタに、他の者達も同意する。


    そうしないうちにエレメスの悲鳴がまた再び生体研究所地下に響き渡った。







    生体研究所の地下に人体実験で殺された者達の幽霊が出る。

    そんな噂が噂を呼び、研究所が存在するリヒタルゼンに冒険者達が集まるまで、まだもうしばらく時間が必要だった。









    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

    LOOPはこれから彼らが生きていた過去とそして幽霊となって生体研究所にいる今とを交えて話が進んでいくと思います。

    彼らが幽霊になった『悔い』とは何か。


    このPTの行く末をどうぞ見守ってやってください。
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