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    #RO

    4話5 ~絆・マーガレッタ~.



    「レディムプティオ?」

    エレメスははじめて聞く単語に疑問符をつける。
    『贖(あがな)い』という意味のそれはおそらく聖職者のスキル名なのだろう。
    だがそのようなスキル聞いたことが無かった。
    セイレンはテーブルの上で指を組み話を続けた。

    「聖職者にだけ可能とされる奇跡の団体蘇生術。いわゆるリザレクションの範囲版だな。聖職者が自分の命と精神力を引き換えに戦闘不能に陥ったパーティメンバーすべてを生き返らせるスキルだ」

    それにエレメスは信じられないと眼を見開く。

    「まさか・・・。少なくとも拙者はそんなスキルがあることすら聞いたことがない」

    もしそんなスキルが存在しているのであれば、もっと噂になっているはずだ。

    「そうだな。俺も後から知ったんだけど、そのスキルは今までは書物でしか存在を知る術は無かった。だけど、俺達はそれを体験した。1年前・・・・・グラストヘイムで」














    LOOP~絆・マーガレッタ~













    「マーガレッタ。今日も教会?」

    朝食を食べていたセシルは出かけようとしていたマーガレッタに声をかけた。
    カトリやハワードも新聞やコーヒーを片手にしてそんな二人に顔を上げる。
    「ええ。ごめんなさい。今、人手が足りないらしくって。お昼には戻ってきますから」
    マーガレッタは日焼け防止のためなのか金色の髪の上にお洒落な帽子を被り微笑む。
    露店でセシルと一緒に選んで買ったそれは清楚な彼女に良く似合っていた。
    「帰って来たらちょっと付き合ってよ。久しぶりにタートルアイランドに行ってみたいんだ」
    「いいですわね。じゃあ、早めに帰って来ますから」
    「よろしくー。いってらっしゃいー」
    手を振るセシルにマーガレッタは笑顔で出て行く。
    見送ったセシルはまた目の前の皿に向かう。

    「・・・・・孤児院か」

    マーガレッタの姿が見えなくなってからぽつりとハワードが呟く。
    この場の空気が少し重くなったように感じた。
    それにセシルが口を尖らせてフォークでサラダを突付いた。
    「子供、好きだもんね・・・・マーガレッタ」
    「まぁ、元々が孤児院育ちでシスターとも仲がいいからな。俺らに会うまで孤児院の仕事してたのもあって手伝いを頼まれ易くもあるし」
    あえて確信は避けてそういうハワードにセシルは苛立ちながらかつかつとフォークで皿を突き刺す。
    「もうっ、やめてくんないそういう煮え切らない会話って苦手なのよね、私っ!」
    「だからって苛立ってどうするよ。転生まであと少しなんだ。焦るなよ」
    ハワードは新聞でぽんとセシルの頭を叩いて準備のために二階に上がる。
    今朝方エレメスから聞いた妹に関する情報をこれから確認しに行くのだろう。
    それでも怒りが愚痴になって口に出ていたセシルは、やがてフォークを皿の上に落として息をついた、

    「・・・・・・カトリーヌ・・・・。転生は本当に生まれ直せるんだよね?取り戻せるんだよね?」

    不安そうなセシルにカトリーヌはこくんと頷いた。
    「前に片腕を無くした冒険者もその腕を取り戻していたって『カトリ』も言ってる」
    「・・・・・うん」
    カトリーヌの落ち着いた声にセシルも平常心が戻ってきたのか指を組んで目を閉じる。

    マーガレッタの前ではこんな顔は出来ない。
    マーガレッタは何も言わずに誰も責めない。
    ただ、無事でよかったと笑ったから、自分達がマーガレッタにそれを負い目に感じさせてはいけない。

    だって、マーガレッタからそれを奪ったのは自分達なのだから。






    アルデバランにあるオープンカフェの一角。
    白銀の髪に蒼瞳の騎士と青紫の長髪に深柘榴色の瞳のアサシンは小さなテーブルに向かい合わせに座っていた。
    周囲の明るさとは対照的に、そこだけ切り離されたような静けさが会った。
    騎士セイレンは当時のことを思い出しているのかやや俯き加減に話し出す。

    「その頃、古城グラストヘイムに今よりもっと多くのモンスターが溢れていて、多くの冒険者が向かっていた。それで俺達もその討伐に加わることにした。だけど騎士とブラックスミス、ハンターとウィザードだけじゃ無理だ。でも殆どのプリーストは仲間を見つけていて仲間になってくれそうな人がいなかったんだ。だから俺達は教会に助けを求めた。そこで会ったのがマーガレッタだ。・・・・実は俺小さい頃に同じ孤児院にいてさ。向こうも俺のことを覚えていて、じゃあ自分がってシスターの制止もきかずに協力してくれることになったんだ」

    『彼らの勇気の手助けが出来なくてはそれこそ神の教えに反するのではないですか?シスター私に行かせてください』

    当時のことを思い出しているのだろう。
    懐かしそうに言うセイレンの表情は口調とは違ってどこか痛々しい。
    エレメスは目を細めながらも、口を挟まず黙って聞き手に回る。

    「途中で連携とかいろいろ確認して、俺達は古城に向かった。だけどそこで見たのは先に入っていた冒険者達の死体と魔物たち。室内に立ち込める血の匂いに咽て呼吸すら満足に出来ない。視界も魔物のオーラが強すぎてきかない。なにより体に掛かるプレッシャーはそれまで感じたことの無いものだった」

    ごめんなさいと彼女は謝った。
    初めての討伐で気負っていたのもあったのだろう。
    思い通りに支援ができないと彼女は謝っていた。
    だが、それでも自分達には十分だった。
    彼女は初めてとは思えないくらいに動いてくれていた。

    「まだ戦っているパーティの横で、傷ついた冒険者達を逃がしながら戦い・・・・だけど・・・」

    魔物の数が多すぎたのだ。
    それに倒れながらもまだ息がある者がいたら助けてやりたいと思うのが人の情だろう。
    あと少し。
    あそこにいる人たちを助けれたら戻ろう。

    それが油断になった。

    突如沸いて出た深遠の騎士にあっという間に決壊した前線のパーティに後衛が巻き込まれた。
    皆が疲れきっていた頃を見計らったかのようなタイミングだった。
    逃げろと叫んだ声すらも仲間の悲鳴にかき消された。

    「・・・・・・・・・・・・」

    「このまま魔物たちに食われて死ぬのかと思った時、俺達はまだ生きていたマーガレッタの声を聞いた」

    痛みすら感じることが出来ない体は指一本動かすことが出来なかった。
    だが、薄れ行く記憶の中で、セイレンは温かな腕と頬にかかる雫を感じた。

    『お願い・・・・・。死なないで・・・・』

    悲痛な声はそのまま祈りになる。
    暖かで清浄な空気は凛として邪な空気を絶ち、煌々と天に上がる。
    その光をセイレンは瞼の上から感じた。


    太初より最も貴く神聖な方よ
    あなたへ切にお祈り致します

    あなたの慈悲で私達をお助けください
    天上へ通じる光の道をお与えください

    あなたがそうなさったように
    私もまた その道を歩みます

    レディムプティオ!


    「体にわずかにでも力が戻ったことが信じられなかった。聖域の中で目を覚ました俺が見たのは、自分と同じように呆然と起き上がる仲間の姿と倒れるマーガレッタだった。イグ葉の露を飲ませてマーガレッタも目を覚ましたが、戦える状況ではなく俺達は教会に戻った。そこで俺達はレディムプティオの説明と・・・・・マーガレッタの体のことを聞いた」

    司教とシスターはその大いなる奇跡に喜びよりも悲しみを表情にたたえていた。

    大きすぎる祈りに使う精神力がその時すでに足りなかったのだと。
    奉げるものが必要だったのだと。
    司教は言った。

    それは伝えられる途中で途切れてしまった太古の呪文。
    マーガレッタも昔偶然読んだ本で知り、不思議と記憶に残っていた呪文だったのだという。

    精神力と自分の命と引き換えに、仲間の命を救う蘇生呪文。

    だが大きな奇跡には大きな代償が必要になる。
    そして足りない精神力でマーガレッタが必死になって起こした奇跡は、彼女の体からあるものを奪った。

    「奇跡の代償に、マーガレッタは体の一部を失った」

    セイレンは歯を食いしばる。わずかにその声が震えていた。
    その意味をエレメスは正確にはかりきれないでいた。
    見た目マーガレッタは何も変わらない様に見えたからだ。
    「それはどういう・・・・」

    「マーガレッタは子供が生めない」

    セイレンが言った最悪の答えにエレメスは絶句する。
    セイレンはあの日感じた衝撃を忘れない。

    彼女は今の命を救うために、未来に育つはずの命を永遠に無くしてしまった。

    人一倍子供好きだった彼女。
    教会で会った時も孤児の赤ん坊を抱いて微笑んでいた。

    だから、それを知った時一瞬凍りついた彼女の表情を忘れることなど出来ない。
    だが、現実を受け止めるかのように一つ頷いてマーガレッタは微笑んだ。

    皆が無事でよかった、と。

    セイレンはその時の聖女の顔とあの時感じた自分の無力さを思い出し机の上で拳を作った。
    自分の力を過信しすぎたことが仲間に取り返しの付かないことをもたらしてしまったのだとセイレンは自分を責めた。
    だからあの時の判断一つ一つを悔いて、己の未熟さを知り腕を磨いた。

    そしてヴァルキリーが再来したと知ったカトリから『転生』の事を聞いた時、思った。
    この世界で、もし生まれなおすことが出来るのなら。
    きっと彼女の体にあるべきものも戻るはず。
    もし、あの時無くしたものを取り戻せるのなら何でもしよう。
    それはセイレンだけではない。
    皆の思いだった。
    表向きは新しい職への興味を装って、マーガレッタが気に病むことの無いようにしながらも、修練を積み重ねてきた。
    ただひとつの願いで。

    修練すべてを奉げ強さをすべて捨ててでも。

    セイレンは一年胸に閉まっていた願いを覚悟と共に口に乗せる。


    「俺達は、あの日彼女が失ったものを取り戻してやりたい。・・・・・・それが、願いだ」


    顔を上げて誓うその姿を、エレメスは黙って見ていた。
    驚いているわけではない。
    ただ、皆の願いに触れて覚悟を知ったことで、自分の中で生まれた感情を考えていたのだ。

    失ったものを失ったままで終わらせず、不確かでも希望に向かって手を伸ばそうとする。
    他人から見れば馬鹿らしいと思うかもしれない。
    だが、エレメスはそれをうらやましいと思ってしまった。
    エレメスはたまに5人の絆に立ち入ることが出来ない自分に寂しさを感じていた。
    自分は最近ギルドに入ったばかりで、まだ皆についてあまり詳しいことを知らない。
    知りたいと思っていても、なかなか口に出して聞くことは躊躇われた。
    だから個々の意志を尊重するからには仕方の無いことなのかもしれないと思おうとしていたのだ。

    寂しさに理由をつけようとした自分を愚かだと思う。

    「エレメス・・・・・。お前には関係ない話かもしれない。だけど、できるなら協力して欲しい」

    そう言ってセイレンはエレメスに手を差し出した。
    握手を求めるように。

    「・・・・・・・・・・」

    セイレンは5人の絆を明かしてくれた。
    それはエレメスにとってその中に自分を入れてくれたことに他ならない。

    「協力は出来ない」

    エレメスの言葉にセイレンは目を見張る。
    だが、エレメスはセイレンの手を握って表情を和らげた。

    「今からそれは拙者にとっても自分の願いだからな。・・・・それはもう自主的なものだ。だったら協力とは言わないだろう?」

    そう言うとセイレンは一瞬泣きそうな表情になって嬉しそうに笑った。
    握られた手に力が入る。

    「必ず取り戻そう」

    やっと皆と仲間になれた気がする。
    同じ願いを共有ことによって。
    そしてエレメスは胸の内に沸く暖かさを感じていた。

    守ろう。
    傷つき倒れようとも、優しく強くまっすぐに歩こうとする仲間達。

    忍びが主君を命を懸けて守るように、自分も彼らを何からも守っていこう。
    この力を、この命を、彼らのために使うことに何を惜しむことなどあろうか。

    例えこの先何があろうとも、もう欠片も失わせはしない。

    それが自分が命を懸けるべき誓いなのだとエレメスは思った。









    始めにすべての修練を収めたのは、意外なことにハンターのセシルだった。
    マーガレッタを独占して怒涛の追撃を見せ、自分より上にいたエレメスやセイレンに向かって燦然と輝く冒険者証を突きつけた。

    「だらしないわね。あんた達いつまでちんたらしてる気よ。皆でヴァルキリーのとこに行くんでしょ?さっさとしなさいよね」

    これぞ負けず嫌いの真髄か。
    追い越されていたことにまったく気づかず、あっけに取られたセイレンとエレメスにセシルはふふんと鼻を鳴らす。
    そしてセシルに尻を叩かれるようにして次にセイレンの冒険者証を光らせ、エレメスとカトリーヌがそれを追った。
    まさに朝から晩まで、毎日の狩りにぐったりしながらも、充実した日々だった。
    疲れても誰かが光ると酒も入り賑やかになる。
    日々はあっという間に過ぎた。

    やがて遅れてマーガレッタとハワードも明日にでも冒険者証を光らせることが出来るという夜のことだった。
    二人が光ればそのままの勢いでヴァルキリーの元に乗り込む構えでおり、今夜はその前哨戦とばかりに騒ぎに騒ぎまくった。
    後からの会計が恐ろしいとは思ったが、祝いの宴だと会計係のハワードは財布の紐を閉めるようなことはしなかった。
    幸い連日の狩りの成果と強運の男がいるおかげで財布は暖かい。
    底なしの胃袋と底なしの酒豪が満足するようにマスターにも頼んであるところがハワードがハワードたるゆえんである。

    そして夜半過ぎ、酔いつぶれたセシルやカトリを部屋に送っていったエレメスは、二階の窓に寄りかかって外を見ていたハワードを見つけた。
    夜の街の光を見ているわけではなく、酒場の裏で何かをじっと見ているような視線だった。
    「ハワード?」
    「っ」
    エレメスは何があるのか気になって、ハワードに近づく。
    気配を消すのが習性になっているエレメスに気がつくのが遅れたハワードは慌てて寄りかかっていた体を起こした。
    「おう。エレメス。下でちょっと飲みなおさねぇ?いよいよ明日だしな」
    その態度はあからさまに動揺していた。
    エレメスは眉間に皺を寄せる。
    「・・・・・お前、何か隠しているな?何だ」
    「隠してない隠してないっ。ちょっ、エレメスっ待て!」
    汗をかくハワードの腕にさえぎられながらも、エレメスは身を乗り出すようにして窓枠に手をかけた。
    そして眼下に見えた光景に目を見張った。

    酒場の影で、セイレンがマーガレッタを抱きしめていた。
    角度が悪いからか、よく見えないが二人はキスしているように見えた。
    顔を引くマーガレッタの髪が揺れて、小さく首を振っているのだと分かる。
    だがセイレンはマーガレッタの髪を梳いてもう一度顔を寄せた。
    セイレンを押し返そうとしていたマーガレッタの手が、やがてセイレンの腕に添えられる。

    「・・・・・・・・」

    ハワードは唖然としているエレメスを窓から引き剥がす。
    最悪のタイミングと言うべきか。
    セイレンがマーガレッタのことを親愛なる女性と思っていたことは知っていた。
    彼女の精神に敬意と、特に命を救ってくれたことに対する感謝の念は自分も持っている。
    だがそれは若さゆえに恋愛に発展する可能性を孕んでいるものでもある。
    それはセイレンにとっても同じことだったのだろう。

    明日、転生という大きな転機を迎えるのだ。
    表向きは明るく振舞っていても、セイレンもそしてマーガレッタも不安に思っていてもしかたない。
    特にマーガレッタは明日、すべての結果を知ることになる。

    もし、ヴァルキリーに会うことが出来なかったら。
    もし、転生しても子供が生めない体のままだったら。

    不安はつのるだろう。
    そしてそんな思いにいるマーガレッタを一人にさせておくことなど出来ない男なのだ。セイレンは。
    そして慕い共に育んでいた情に、今、名前がつけられ形になった。
    その瞬間に立ち会えたことを喜ばしく思うべきか、それともこのタイミングの悪さに歯噛みするべきか。
    自分の腕の中でまだ呆然としているエレメスに、ハワードは内心ため息をつく。
    ふらっと横に滑り落ちそうになった体を支えてやると、エレメスはそこではっと顔を上げた。
    「ああ、すまない。ハワード・・・・」
    「・・・・・・大丈夫か?」
    「驚いただけだ。二人が・・・・そんな関係だったとは露知らず」
    「そんなもこんなも・・・・・」
    おそらくたった今できあがったのだろうが。
    普段あまり感情が表情に出ないだけに、今のエレメスが危なく見える。
    ハワードの服を掴むエレメスの手は小さく震えていた。

    「・・・・・・誓って何もしねーから、ちょっと落ち着くまで来い」

    ハワードはすぐ隣にある自分の部屋に押し込んでエレメスをベットに座らせた。
    自分はカーテンを引いた窓のある壁に寄りかかり、灰皿を片手にタバコを吸う。
    ついでに隅の方からワインボトルを出してエレメスに投げやる。コップなど上品なものはここにはないのでラッパ飲みで勘弁してもらおう。
    ワインを受け取ったエレメスはコルクを抜いてごくごくと喉に流し込む。
    途中小さく咽て手の甲で零れた赤い雫を拭った。
    「・・・・・・・・・・・・・・・」
    まだ動揺は去らないのか、エレメスは太ももに肘を乗せて指先でワインの口を挟んで揺らしてもう片手で顔を覆う。
    項垂れたままのエレメスが落ち着くまでハワードはタバコを2本吸い終わっていた。

    「・・・・・・不思議だ。どうしてこうも心乱れるのか」

    エレメスはわからないとため息をつく。

    「・・・・・不思議じゃねーよ。お前、好きだったんだろ。あいつのこと」

    ハワードがそう言うと、エレメスは不思議そうに顔を上げた。

    「あいつ・・・・?・・・・マーガレッタ殿をか?」

    この天然は本気なのか誤魔化しているのか。

    「違うよ。セイレンだよ、セイレン。お前、セイレンのこと好きだったんじゃねーのかよ」

    苛立つように否定しながらも頭が痛い。
    エレメスは思っても見なかったとハワードを見返して、なにか言おうとして口を動かしたが、何も発することが出来なかった。
    物思いにふけりながら肩を落とすエレメスに、本気で気がついていなかったのかと呆れる。

    「好き・・・・だったのだろうか。・・・・・・だが、自分では憧れだと思っていたのだ」
    「・・・・?」

    エレメスはゆっくりと話す。
    一つ一つを確認するように。
    あの日、初めて会った時から、今までのことを脳裏に浮かべて。

    「セイレンは拙者の理想なのだ。こうありたいと思う自分の理想そのもの。初めて戦った時に倒れた拙者に手を伸ばしてきたセイレンに、自分は太陽を見た気がした。眩しい光を見た気がしたのだ」

    「・・・・・・・・・・・」

    エレメスがそんなことを考えていたとは思わなかった。
    だが、自分が知らない暗い影をその身に宿しているのだろうことは何となくわかっていた。

    ハワードは始めてエレメスを見た日の事を思い出していた。
    それは暗い炭鉱でのことだった。
    短刀を構え、土から蘇る魔物を刃で両断していく青紫の影。
    その時すでに只者ではないと思わせる雰囲気がオーラにも似たものとなって身を包み、それが炎のように魔物を焼いていくようにも見えた。
    その姿は勇ましく、柘榴のような瞳と無駄の無い舞のような戦いぶりに、ハワードは天津に伝わる鍛治師の神『火之迦具土神』の姿を見たような気さえした。

    そして邪を祓い、沈める神は、すべての魔物を切り払い、呼吸をすることによって人となる。
    その時の疲れたような苦しげな表情がハワードの心を掴んで離さなかった。

    声をかけて無理やりにでも仲間に入れたのは、エレメスをこれ以上一人にしたくなかったからだ。
    彼は神などではない。ただの人間だ。
    悩み苦しみそして、迷うのだ。
    一人であんな苦しげな表情をさせたくなかったから、あの日自分は無理やりギルドに引っ張り込んだ。
    最近ではエレメスも皆に打ち解けて自分にも穏やかな表情を浮かべてくれるようになった。
    それを嬉しく思っていたのに。

    「拙者、幼少の頃から我を殺す術を習ってきていたからな・・・・。だから凛としながらも素直に感情を出せるセイレン殿に余計に惹かれていたのかもしれん。彼も騎士団で苦労していたと聞く。それでもあのように笑えるのかと・・・・羨ましかった。彼のようになれたらと・・・・」

    最後に呟かれた言葉が震えていた。
    一瞬呼吸すら止まった静かな室内に、ひゅっと息を吸う音が空気を裂く。

    「憧れだと、思っていたのだっ」

    感情を高ぶらせたまま吐き出された声はエレメスの動揺がまだ収まらないことを表していた。
    その指からワインボトルが落ちて床に転がる。
    片手で頭を支えるエレメスの顔は長い髪が邪魔をして見えない。
    だが小さく震える肩がその心を伝えてくる。
    ハワードはタバコを灰皿で潰して床に置いた。
    エレメスの前に膝を突いて前髪をかき上げるようにして顔を上げさせる。
    細められた深紅の目は傷ついてはいたものの潤んではいなかった。

    「・・・泣いてるのかと思った」

    エレメスはハワードの言葉に口元をわずかに上げる。
    だが、笑うというには痛々しすぎた。

    「・・・・・・泣かんよ・・・・。拙者涙もコントロールできるゆえ。・・・・・物心ついてからは、涙など流したことも無い」
    「それじゃ、辛ぇだろ」
    「辛い?」

    どうしてだとその目は問いかける。子供が大人に『何故?』と問いかけるしぐさに似ていた。
    そんなことも知らないのかとハワードは呆れたようにエレメスの頬を撫でる。
    まるでそこにあるはずのものが無いことを惜しむような労りをエレメスは不思議に感じた。

    「涙は辛いことや悲しいことを全部流すためにあるんだ。流せなかったら、身の内に溜め込んだままずっと残っちまうだろ」

    それにエレメスは瞬きをして、ほんの少し笑った。

    「・・・・・・・面白いことを言う」
    「世間の常識だ。分かったら泣いてもいいぞ」
    「・・・・・・・急に泣けと言われても泣けぬよ」
    エレメスは体の力を抜いて頬に触れていたハワードの手に自分の手を重ねる。
    そして視線を逸らし目を閉じる。

    「・・・・・・・・だから、お前が泣かせてくれるか?」

    それに驚いたハワードはエレメスの真意を感じて苦い表情を浮かべる。
    「男として、失恋に付け込むような真似はしたくねーんだがな・・・。俺を悪者にする気か?」
    「はは・・・・」
    いつも公然とセクハラをする男が、その実どこまでも誠実な男なのだとエレメスはわかっていた。
    始めて会った時は、その強引さに戸惑いを覚えて反発していたが、その中身を知れば信用に足る男だということくらいすぐわかった。
    だが愛情を持っているわけではない。
    ならばハワードが自分を想っていることを知っていて、それを利用している自分こそ悪者ではないだろうか。
    眉をしかめるハワードの視線を感じながらエレメスは苦笑する。

    「・・・・・・・・・・」

    今はただ、一人になりたくなかった。
    何も分からなくなるくらいにしてほしかった。
    何も考えずにすむくらいに。
    今はただ目の裏に焼きついた光景を消して欲しかった。

    「拙者に仲間を与えたのはハワード、お前だろう・・・・・。責任を取れ」
    そう言ってハワードの腕を引いてベットに倒れる。
    二人の重みでぎしっとベットが沈む。
    ハワードの体が大きいせいか覆いかぶされただけでも、周囲が見えなくなり視界が狭く感じる。
    ひどく現実味が無いのは、まだ自分がおかしいからだろうか。

    自分を見ないエレメスに、その心を知ったハワードは顎に手をかけて自分の方を向かせる。

    「責任、か。・・・・・エレメス、お前はそう思ったままでもいい。だけどこれだけは聞いてくれ・・・」

    「・・・・・・・・?」

    深柘榴の瞳が青紫色の髪に埋もれて揺れる。
    ハワードはその光を確かめるように、エレメスの髪を梳いてシーツの上に落とした。

    「俺はお前に惚れてるから抱きたいと思った。だけど一度箍が外れれば後はもう俺だって自分を止められねぇ。お前が嫌だと言っても聞かねぇ。一晩で終わらせる気もねぇ・・・・。今、こんなことを聞くのは卑怯だとわかった上でお前に聞く。・・・・それでもいいのか?」

    その問いかけをするのか。
    すべて自分のせいにして抱けばいいのに、ハワードはそれを由とはせずに自分のすべてが欲しいのだとそう言っているのだ。
    体の奥を鷲づかみにされるような痛みにエレメスは余裕の仮面を剥いで顔をゆがめる。
    エレメスは胸に湧く名前も分からないさまざまなこの感情こそが涙というものではないだろうかと思った。
    自分のズルさをまざまざと思い知らされ、顔を背ける。

    「・・・・・・お前は誠実だな、ハワード。そしてひどい男だ。逃げを許そうとはしない」

    エレメスの声は震えていた。
    エレメスの顔を撫でる指は、戦う者の無骨な指だ。
    だが、それが優しく触れていくのは心地がよくてエレメスは目を閉じた。
    まるで癒されているかのようなそんな錯覚すら覚える。
    だがそれは自分がハワードに甘えているだけなのだ。
    それを思い知らされてエレメスは歯噛みした。

    「そして自分は最低だ・・・。失恋の痛手をお前で癒そうとしている」

    「終わった恋を癒すには新しい恋をするのがいいらしいぜ?こういうのは考え方一つさ」

    そう言ってエレメスの耳たぶをくすぐり、肩をすくめる仕草に笑みを浮かべる。
    それに、初恋は実らないもんだって言うしなと、口には出さないが心の中で呟く。
    エレメスにとってきっと遅すぎた初恋のようなものだったのだろうと思う。
    だから理想と恋とを履き違えてしまった。
    そしてそれを苦々しく思いながらも喜ぶ自分に嫌気が差す。

    「俺に惚れろよ」

    抱いてほしいと言うのなら、いくらでも抱いてやろう。感情のない行為に意味などない。
    だけど、今の自分は情を無いものとしてエレメスを抱く気にはなれない。
    今は仲間としか思われてなくとも、セイレンと同じ気持ちにはまだなってもらえなくとも。
    自分のこの気持ちを無いものと考えさせることだけは出来なかった。

    「・・・・・・・・・・・」

    エレメスはハワードの言葉を飲み込み、否定とも駄々ともとれる仕草で首を横に振る。
    エレメスの中で長年培われてきた先疑心の精神が未だにハワードの心を疑ってかかる。
    好意を抱かれてもそれが本気だと頭で分かっていても、疑ってしまう。
    嫌な習い性だと思いながらもどうにもできない。
    だがそれはハワードがいつも冗談のように好きだと告げてくるのも原因ではあった。

    『体から信じさせていくっていうのもありだと思うんだ』

    エレメスはふと、前にハワードがそう言っていたのを思い出す。

    ・・・・・・・・信じられるのだろうか。
    たとえ、今は間違った行為でも。
    ここからでも何か生まれるだろうか。

    疑心暗鬼の塊のような自分を変えていけるのか。
    お前の心を信じられるようになるというのか。

    少なくとも今自分を見下ろす瞳に冗談のような気持ちは欠片も見えない。
    二人の間で温まる空気の心地よさもそんな考えを増長させる。
    今自分が彼に抱いている気持ちは恋ではなくとも、少なくともエレメスとて誰とでも寝る趣味はない。
    ハワードとならば構わないと思うのは確かな自分の意志だった。
    エレメスは背けていた顔をゆっくりとハワードに向けた。

    「・・・・拙者が、お前の本気を見てみたいと言ったら満足か?」

    さっきまで揺れていた深柘榴色の瞳が確かな意志を持ってハワードを写した。
    それに満足そうにハワードは不敵な笑みを作る。
    それは始めてあった時に見たものと同じものだった。

    「・・・・・・・・上々だ。見せてやるよ。俺がお前にどれだけ惚れてるかってな」

    ぎしっとベットが鈍い音を立てる。
    二人は吐息すら密やかに唇を合わせた。










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