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    tonamiRO

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    tonamiRO

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    #RO

    7話 ~揺らぐ心~.



    エレメスは夢を見た。

    夢の中で顔の見えない男が自分に向かって手を伸ばす。
    その手には何かが握られていた。

    『ほれ、転職祝』

    彼が差し出すそれを自分はもらうのを一瞬躊躇った。
    彼から何かをもらうということはこれが初めてで、それが何故だか照れくさくて、ひどく嬉しかったのだと思う。
    まるで特別なもののようにそれを受け取る。

    『ありがとう。    』

    言ったはずの彼の名前が思い出せない。
    感情を素直に出せない自分は、ちゃんと礼が言えていたのだろうか。
    彼にとっては他の仲間と同じように自分の転職祝いにそれを用意してくれていたのだろうと分かっていても、それでもやはり嬉しかった。

    礼を言って彼を見上げると、彼にしては珍しく少し照れくさそうに笑った。

    それを見て自分はこれには仲間というだけではない想いも込められていたのだろうかとそんなことを考えていた。
    だけどそう思ってしまったことが恥ずかしくなって視線を外してしまい、それを彼に確認することも出来ずにいた。

    そこでいきなり吸い込むように光の世界は闇に変わる。
    男の姿を飲み込んで、それまで暖かだった空気すらも冷たいものに変化しエレメスは体をこわばらせた。
    男の気配を背中に感じるというのに体が動かない。
    振り向きたくない。なのに言うことを聞かない体がゆっくりと背後を振り返る。
    黒から赤く染まっていく視界は男の姿を捉えることは無かった。
    だが、耳に残る声は・・・・・・確かにあの男のものだった。


    『・・・・行ってくれ。俺のために』


    「――――――――――」

    エレメスは飛び起きて膝を曲げて身体をこわばらせた。
    闇の中で他に誰もいないことが分かっていながらも震える体を抱きしめて身を縮めた。
    目を見開き、言いようの無い不安と喪失感に襲われて呼吸すら定まらない。
    夢を見ていた。
    それは覚えている。だがどんな夢だったのか、エレメスは思い出せなかった。
    いつもこうだ。内容は思い出せない。
    多分同じ夢ばかりではないのに、毎回胸に残る夢の暖かさとナイフで心臓を突かれたかのような痛み、そして温もりとこの冷えた空気のギャップが激しくて胸が苦しくなる。
    エレメスは寝てる時だけ掛け金を外しているベルトに無意識に手をかけた。
    そこには四角いバックルがあるだけだった。
    何の変哲も無いその四角いバックル。
    ・・・・・・・何故だかそれが物足りない。
    まるでそこに何かがあったかのような錯覚を覚えるのはどうしてなのだろう。

    「何故・・・・・・・」

    エレメスは込みあがる気持ちのまま、涙をこぼした。

    悲しいわけではない。

    何が悲しいのかもわからないのだから。

    泣きたいわけでもない。

    痛みで涙を流したことなどないのだから。

    それなのに、淡々と流れる涙の理由は自分でも分からなかった。


    ただ、ひどく切ない。


    何故。
    ・・・・・・・・自分達はここにいるのだろう。
















    LOOP~揺らぐ心~













    2Fからまたサンタ袋を一杯にして帰ってきたエレメスは、かーんかーんっと鉄を打つ音に迎えられてぎくりと体をこわばらせた。
    ここで鉄を打つと言ったら変態ホワイトスミスのハワードしかいない。
    顔を合わせればこめつきバッタのごとく飛び掛ってくるこの男のことをエレメスは苦手としていた。
    かわいらしい女性からならともかく男に迫られて喜ぶ趣味など自分は持ち合わせてはいないのだから。

    すぐ横を見れば、案の定ハワードが難しい顔をしてハンマーでくず鉄を叩いて伸ばしていた。
    視線に気がついたハワードが顔を上げる。
    その表情はどこか真剣で、この男でもこんな顔をしたのかとエレメスはほんの少し感心する。
    だが素直すぎる自分の身体は一歩下がって片手を挙げてハワードを牽制した。
    「せ、拙者皆のところに行くゆえにっ。邪魔してすまなかった!」
    「まぁ、待て。俺も行くから」
    そう言ったハワードは、近くに巻いていたロープを引っ張る。
    するととたんにエレメスの下に広げてあったらしい網ががばっとエレメスを包んで空に浮かんだ。
    虚をつかれたエレメスは慌てて網を掴んで引くが、引きちぎることができない。
    「なっ何だ、これは」
    「エレメス捕獲のための7つ道具その1.『ボク網く~ん』だ。ワイヤーを編みこんでいるから切ろうとしても時間が掛かると思うぞー」
    「なにがボク網く~んだ!ただの捕獲網ではないか!」
    しかもこんなのをまだ他にも用意しているのかと思うと眉間の皺は濃くなる。
    だがハワードは特に何を言うわけでもなく、くず鉄を集めて製鉄をしていた携帯溶鉱炉の火を消して道具を仕舞うと、エレメスを下ろした。
    また抱きつかれるのかと警戒心もあらわにしているエレメスをハワードはただ見下ろしていた。
    「・・・・・・・おかえり」
    「・・・・・?・・・・・・た、ただいま・・・・?」
    いつもと何か様子が違う。
    ハワードはそのまま網も片付けて小脇に抱えて歩き出した。
    一本道なだけにエレメスは仕方なくハワードの後ろを歩く。
    いったいどういうことだ。

    顔を見合わせれば抱きついてくる。
    キスどころか押し倒してくるのは当たり前、無理やり服を剥ぎ取られたことだってある。
    かろうじて貞操は守っているものの、かなり危ないシーンもあったりしたのだ。

    だが、今横にいるこの男は普通に歩いていた。
    もしや具合でも悪いのだろうかとも思ったが、そのような様子でもない。
    むしろ具合が悪いというのなら、他の仲間達の方がおかしいのだ。

    「・・・・・皆はどうしてる?」

    静かな通路を見ながらエレメスがそう言うとハワードは苦笑した。

    「相変わらず各自部屋に篭ってる」

    しんと静まり返っている地下3F。
    ここは外の光も差さない薄暗い場所だった。
    幽霊ゆえなのかそれを居心地悪いとは思わなかったが、不思議と気が滅入ってしまう。
    最初こそ顔を合わせていた6人も、最近は各自部屋に篭ることも多くなった。
    それは最近各自が見るようになった夢のせいであった。
    「・・・・・・・・・ハワード・・・・聞いてもいいか」
    「しょうがねぇなぁ。俺のスリーサイズなら上から・・・」
    「そんなことは聞きたくも無い」
    眉間に皺を寄せて即座に返す。
    しかしハワードはめげる気配も無く小さく頷いた。
    「そうか。じゃ、俺がどんなにお前のことを好きなのかという熱い思いが聞きたいと」
    「結構だ」
    この男と話していると頭痛がする。
    エレメスは眉間を押さえながらまた何か言われる前に言った。

    「・・・・・・お前が見る夢のことを聞きたい」
    「・・・・・・・・・・」

    ハワードは分かっていてはぐらかそうとしていたのだろう。エレメスの言葉に驚きも変化も見られない。
    ただ、タバコの煙を吐きながら頭をかいた。
    「・・・・・・・・・・悪いけど、内容はわからねぇ。・・・・・よくわからない感覚しか覚えてねぇんだ」
    「そうか。・・・・・お前もか」
    「エレメスも?・・・・・・・マーガレッタもそう言ってたな」
    きっと皆がそうなのだろう。

    目が覚めると覚えていない夢。
    それはきっと・・・・・失ってしまった記憶のことなのだろうと思う。

    前半は、ひどく幸せな夢だった。

    「・・・・楽しくて・・・・笑ってて・・・・きっと俺らいい仲間だったんだよな」
    「ああ・・・・・・・そう思う」
    「だったら」
    「・・・・・・・・・・」
    「何で、こうなったんだ?」

    ハワードの低い声は苛立ちが混じり、冷たい通路によく響いた。
    こんなくらい闇の中で、今自分達は共にいることも無く部屋に篭り顔を合わせることも少ない。
    夢は寂寥と憧憬と、そして胸が張り裂けそうな痛みを各自に与えていた。
    顔を見合わせれば何故だか後ろめたさと込みあがる悲しみの波動。
    顔を合わせるのが辛くなって用事や侵入者が無ければ部屋から出ることも少なくなった。
    エレメスが様子を見に行った時、マーガレッタは笑顔で迎えてくれるがやはりどこか焦燥している。
    セシルは何かに怯えているかのようで、小さな物音一つに過剰に反応していた。
    カトリーヌは何も変わらないように見えても、一人ベットの上で独り言を言っていることが多かった。
    リーダー格のセイレンですら物憂げな顔をしているのだから、まるで光の消えた闇の中にいるかのようだった。
    現にハワードも過去に製鉄をする際にハイプリーストのマーガレッタに祝福の歌を歌ってもらっていたのに、今は声をかけることすら躊躇っている。

    「・・・・・・・・・ハワード」

    どうしようもないやるせなさと共に、名前を呼ぶエレメスに、ハワードはタバコを噛んでその体を抱きしめた。
    きついくらいに抱きしめられるそれに、エレメスは持っていた袋を落としてしまう。
    だが、必死にすがり付いてくる大きな男を押し返そうという気にはなれなかった。
    エレメスをかき抱くその広い両腕の柵は震えていた。

    「苦しいんだ、エレメス。目が覚めた時、覚えていたのは・・・・・この腕からすべてが零れ落ちていった感覚だけ・・・・。俺はそれを掴めない」

    こうしてエレメスを抱きしめている今ですら、その感覚は恐ろしいまでにハワードの中を満たしていた。
    何もつかめない。
    自分はそれが悔しくて悔しくて仕方なかったのだ。

    「これも、生きていた頃の記憶か?」
    「・・・・・・・・・・知らぬ。拙者もそれを知りたいくらいだ」

    それでも皆がわかっていたのだ。
    無意識のうちに。
    幸せな夢を打ち壊す闇の記憶、それは自分が死ぬ寸前のものだと。

    だから、顔を合わせられない。

    「なんで・・・・・俺達はここにいるんだろうな」

    暗い目をしたハワードがそう言う。
    それはエレメスも思ってきたことだった。
    悔いがあるからここに残っているのではないかとマーガレッタは言った。
    だがそれを知る術は記憶の無い自分達には無い。
    夢で見る記憶すら留めることも適わず、幸せな記憶と辛い現実のギャップに振り回されてしまっているのが現状なのだ。
    「・・・・・・・」
    ハワードの息がエレメスの髪にかかる。
    エレメスが心配そうに顔を上げてハワードの顔を見上げると、目を細めたハワードの顔が寄せられてきた。

    「・・・・・ちょっと待て」

    我に返ったエレメスは思わず自分とハワードの顔の隙間に手を差し込む。
    キスしようとしていたハワードの思惑はあえなくそこで終わる。
    ハワードの片眉がしくじったといわんばかりに跳ね上がる。
    それを見たエレメスはハワードの腕を払って慌ててあとずさる。

    「油断も隙もないな貴様はっ!」
    「ちぇー。ムードに流されてくれると思ったんだけどなぁ・・・残念」

    ぺろっと舌を出すハワードは両腕を頭の後ろで組んでにやにやと笑った。
    そうして視線を外すハワードに、エレメスは微妙な違和感を感じて眉をひそめる。
    「・・・・・・・?」
    「今日は何を持ってきたんだ?エレメス。面白いもんがありゃ・・・・・ん?」
    ハワードはエレメスが自分の正面に立ったのに驚いて言葉を止める。
    じっと見上げるエレメスにハワードは何故だか体が動かない。
    「・・・・・・エレメス?」
    「もしやお主がこういうことをするのは、拙者が落ち込まないようにするためか?」
    「・・・・・・」
    驚いたように目を見張るハワードに、やはりそうだったのかとエレメスは呆れたようにため息をついた。
    自分もそれどころではないというのに意外なところで気を使う男なのだなと思うと、今までのセクハラも許してしまいそうになるから不思議だ。
    苦笑しながら自分より背の高い男を少しだけ見上げて口元を上げた。
    「大丈夫だ。拙者はまだ2Fとも行き来が出来るゆえ、気分転換になっている」
    「・・・・・・・・・・・・・・」
    エレメスの言葉にハワードは驚いていた。
    実は、エレメスの言っていることは7割方当たっていた。
    初めてここで見つけた時、この世の終わりかのように涙を流していたエレメス。
    今はこうして平気そうにしているが、ハワードの中でその姿が印象的過ぎて気に掛かりすぎてしまっていたのだ。
    泣いている顔はあまり見たくない。
    それよりまだ怒ってる顔の方がいい。
    だから迫ってみたりして感情を引き出していった。
    押し倒しても気がつかれないように隙を作り、わざと逃がしてみたりもした。
    それに自分達が馬鹿してれば、他の人間も少しは明るくなるのではないかという思いもあった。
    初めてここを皆で回った時、エレメスが2Fに行っていない間に皆の様子を見ていた。
    皆気を張ってはいたが、出口の無いここに不安を持たないと言えば嘘になる。
    それでもまだマーガレッタを筆頭に明るい改造計画を打ち立ててがんばっていこうとしていたのだ。
    なのにある程度環境が改善されたところで、それも連日見る夢のせいで止まってしまった。
    正直ハワードもこれ以上どうすればいいのかわからなかった。
    篭るものを無理やり引きずり出しても根本的な解決にはならない。
    だが篭っていても余計気がめいるだけでハワード自身はそれを好まなかった。
    だから唯一部屋から出て活動しているエレメスに近寄ることによって自分もまた話し相手と心の平安を得ていた。
    大丈夫だからと自分を見上げる深柘榴の瞳の強さに本当に救われていたのはこちらの方だったのだ。

    「だから・・・・・・拙者はいいゆえ、皆のことを気にかけてやって欲しい」

    今も仲間を心配して眉尻を下げながらもそう言って少しだけ笑みを浮かべるエレメスに胸が温かくなるのを感じた。
    記憶が無くともエレメスは常に仲間のことを気にかけていた。
    自分だって夢を見ているのに、それでも2Fとの交流を深めて彼らと自分達の繋がりを作ろうと自分達に声をかけて回る。
    仲間を思い、懸命に明るく振舞おうとするエレメスの姿にハワードは胸を打たれた。

    「・・・・・・・やべーな・・・・マジに惚れるかも・・・・」
    「は?」

    ハワードが口の中で呟いた言葉は小さすぎてエレメスにも聞こえなかった。
    怪訝な顔をするエレメスにハワードは何でもないと言って腕を組む。
    こうしてないと、自分が何をするかわからない。
    もしかしたら次は逃がしてやれないかもしれないと思った。
    だがエレメスはハワードの内心など気づかずに、彼もまた不安なのだろうと思って安心させるように笑った。

    「大丈夫だ、ハワード。今は互いに顔を合わせにくいだけなのだ。思っているものを吐き出すことが出来れば多少は変わるだろう」
    「・・・・・・・吐き出すもなにもな・・・・」

    顔を合わせることも少ない。
    侵入者が現れた時だけ出て来るものの倒した後はまたすぐに部屋に戻る彼らを、引っ張り出すには材料が足りない。

    「それで拙者、本日はいいものをもらってきたのだが」
    そう言ってエレメスがサンタ袋から取り出したものにハワードは目を丸くした。







    「どうしたんだ、こんなに?」

    ハワードの呼びかけに集まった4人は、それを見て30分前のハワードのように目を丸くした。
    「地下1Fで箪笥の中に隠してあったものらしく、拙者が子供達から頂いてきた」
    それぞれの部屋は狭く、一応水面台のある少し広い部屋に6人がつける丸いテーブルに色んなボトルが乱雑に並べられていた。
    ワインや焼酎、蜜酒やカクテル用のものまである。
    それに加えてエレメスやハワードが作ったらしい簡単なつまみが並べられていた。
    「・・・・・・・あまり酒は・・・」
    渋るセイレンをハワードは問答無用で椅子に座らせて勝手に二本指で挟めるくらいの小さなコップ3つにジンを注ぐ。
    かなりアルコールの高い酒になるのだが、セイレンをまず酔わせなければとハワードは思っていた。
    この男が暗いのがここの雰囲気を悪くしている原因なのだ。
    ちまちま飲ませるより一発きついのを飲ませて多少乱れさせるくらいが丁度いいだろう。
    「今日くらいは無礼講でいこうぜ。そろそろお前らも部屋に篭って鬱ってねーで、吐き出しちまえよ。」
    そしてコップの一つを滑らせるようにしてセイレンの前において黙らせる。もう一つはエレメスに渡す。
    女性陣は自分で好みの銘柄のものを開けて注ぎ、杯がまわったところでハワードが自分のジンを中心に掲げた。

    「この宴が始まりになるように。乾杯」

    何の始まりなのか。
    互いに顔を見合わせて、それでも反射のように皆コップを差し出して高い音を鳴らした。
    「・・・・・・始まりなのか終わりになるのかわからないけどね」
    セシルはふんっと鼻を鳴らしてそう言いながらワインを飲んだ。
    その横でセイレンはコップをテーブルにおいて真面目な顔をして皆を見る。
    「・・・・・・・しかし、いい機会だ。俺も皆に言いたいことが・・・」
    「まぁ、お前固すぎるんだよ。よけい深刻になってどうするよ。まずは一杯飲んでからっ。ほれ、飲めよ」
    「いや、酒で話す内容では・・・・」
    おかたいセイレンに切れたハワードはセイレンの前に置かれたジンのコップをセイレンに持たせた。
    「飲め。話はそれからだ」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    セイレンは手の中の小さなコップとハワードを交互に睨んだ。
    そしてそれに口をつけて一気に飲んだ。そしてこんっとテーブルの上にコップを置いた。
    「おーいい飲みっぷり」
    「皆の様子がおかしいことは分かってる。その原因が最近見る夢であろうことも」
    案の定いきなり切り出したセイレンに内心舌打ちするハワードはまたジンを注ぎ足した。
    「まぁ、もう一杯飲めよ。そんな固いこと言わずにさ」
    「ハワード、俺・・・は・・・・・・・」
    セイレンはハワードに挑むように顔を向ける。そしてそのままその体が傾いていったのに、他の5人は「え?」とそれを見ていた。
    だがそのままセイレンが椅子から落ちるようにして派手な音を立てて地面に転がるのに、隣にいたハワードが慌てて立ち上がって傍らに膝をつく。
    「ちょっと待ていったいなんだ」
    しかし頭を抱えて抱き起こしたセイレンは真っ赤な顔をして気を失っていた。
    「ちょっと、このお酒大丈夫なの」
    「ど、毒などは入ってはいないようだが」
    毒の専門家のエレメスはセイレンのコップを借りて中を舐めてみるが異常は無い。
    5人は目を回しているセイレンを囲んで、とりあえずマーガレッタがセイレンを膝枕するようにして様子を見た。
    「転んだ時に打ったところがちょっと腫れてますけど他に外傷はないですから・・・・単に酔っ払っただけかと・・・・」
    マーガレッタがそう診断すると、それに5人はほっと胸を撫で下ろした。
    「こいつ、酒弱かったのか・・・・」
    ハワードは呆れたようにセイレンの頬をつつく。だが赤い顔をしてぐったりとしているセイレンに何の反応もない。
    これはまさしく計算違いもいいところだ。
    一番吐かせたい男を撃沈させてしまったのだから。
    腹立たしさと悔しさにこんっとセイレンの頭を叩く。
    こらっとマーガレッタが乱暴なハワードをとがめるような視線を向け、ハワードは肩をすくめて立ち上がる。
    「とりあえず転がしとくか」
    「運ぶのも面倒だしねー」
    冷たいことを言うハワードとセシルの横でカトリーヌが濡れたタオルをセイレンの額に乗せる。
    気を利かせたエレメスが近くの空き部屋から枕と毛布を持ってきた。
    ソファがないのでしかたなくセイレンを床に寝かせた。
    やがてうんうん唸りだしたセイレンにマーガレッタがくすくすと笑う。
    「何笑ってるのよ、マーガレッタ」
    「だって・・・・・おかしくて・・・・・」
    セイレンの毛布をかけ直してやりマーガレッタは皆と同じ席に着く。
    マーガレッタの続くようにセシルも口元に手を当てる。
    「たしかにこの堅物が酒に弱かったなんて・・・・しかも、こいつ目を開けたまま横に倒れてたしね・・・っ」
    そこでとうとう噴出したセシルにハワードがワインをついでやる。
    「ここまで見事に酔える奴はそうめったにいねーよなぁ」
    「あんまり言うとセイレンに悪いだろう」
    そういいながらもエレメスも苦笑は隠しきれない。
    妙に和やかな空気になり、皆の固くなっていた肩が降りた気がする。
    その中でカトリーヌが壁に視線を向けていたのにエレメスが気が付いて笑みを浮かべる。
    その横でマーガレッタもそちらに視線を向ける。

    「あら、あの絵・・・・」
    「前からここにかかってたっけ?」

    セシルも壁にかけて在る一枚の絵に気が付いてそういう。
    油絵でかかれたどこかの町を斜め上から見た全体図で端に見える青空の美しい絵だった。
    「今日酒と一緒に貰ってきた。これはミッドガルド王国の首都プロンテラの町並みらしい」
    絵の後ろに書いてあったとエレメスが言うと、カトリーヌは立ち上がってそれを壁から外してテーブルに持ってきた。
    酒を横に置いて中央に置き、皆でそれを眺めた。
    「綺麗な町ね。・・・・・・・それにどこか懐かしい」
    「・・・・・・そうね。これは噴水かしら?」
    「首都だけあって店が多いな。・・・・・・そういや、何かここで露店出した気がするなー」
    と、ハワードが指先で縦に走る道を指でなぞる。
    「ああ・・・・・・。確かにそんな気が・・・・」
    「・・・・・・・・ここ」
    カトリーヌが左端の一軒を指差す。
    「ここ、酒場だった・・・・」
    「思い出したのか?」
    妙に確信を持って言うカトリーヌにハワードが驚く。
    だがカトリーヌは小さく首を横に振って深緑の瞳で自分の指差した一軒を見つめる。
    「そんな気がするだけ」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・そこで、拙者たちはこうやって飲んだことがあったのかもしれぬな」
    「そうですわね・・・・」

    何故だか懐かしい思いに駆られる。
    それは嫌なものではない。
    むしろ胸に蘇るのは楽しかった思いだった。だがその分皆の顔に寂寥が浮かぶ。
    特にセシルは泣きそうな顔をして鼻を啜った。
    「・・・・・・楽しかったの覚えてる。こんな暗いとこじゃなくて、明るい場所で・・・こんな青空を見上げてた」
    そのまま頬に伝う涙に、マーガレッタが彼女を優しく抱き寄せると、セシルはマーガレッタの肩に頭を乗せて肩を震わせた。

    「ごめん・・・・私、皆を殺したかもしれない」

    セシルが震える唇でいきなりそう告白するのに皆が驚いた。
    「何を根拠に・・・・」
    「腕が覚えてるの。夢の中で私皆に矢を放ってた。来ないでっていくら叫んでも駄目でっ・・・・・・」
    「夢です・・・・ただの夢ですから・・・」
    マーガレッタは怯えるセシルの髪を優しく撫でる。
    「そう言うなら私も夢を見ました。・・・・夢の中で私は皆を救えなくて・・・・悔しくて悔しくてしかたなかった・・・・。セシルの夢の中では私もいたのかもしれないけど、それは私が感じるものとは違うから・・・・ただの悪い夢でしょ?」
    セシルが皆の顔を見なくなったのはそれが原因だったのか。
    エレメスは涙をこぼすセシルの肩に触れる。
    「拙者も夢を見る・・・・はっきりとは覚えてないがセシル殿に殺されるような夢は見たことがない」
    「俺もそうだな。カトリーヌは?」
    「私は・・・・・・水の中で眠る夢だけ・・・・・・」
    夢の中でまで寝ているのか・・・・。
    ハワードが呆れたようにカトリーヌを見る。
    ハワードは床で寝ているセイレンの腕を爪先でつつく。
    「こいつもきっとそうだろうよ」
    するといきなり起き上がりこぼしのようにセイレンがむくっと起き上がった。
    ぎょっとしたハワードが机にしがみつく。
    「なっ。お前起きてたのかっ」
    だがセイレンは返事も返さすに俯いたまま立ち上がる。
    ゆらりと揺れる体は幽霊の名に恥じないありさまで、思わず肩をすくめて見守るハワードにセイレンは手を伸ばした。
    「う?お?」
    意味のない声を上げたのは、セイレンがハワードの顔に手をかけたからだ。
    思わず逃げようとするハワードにセイレンの目が物騒に光る。そしてハワードの肩を掴んで身をかがめた。

    「え」

    一瞬室内に妙な静けさが訪れた。
    というか空気が固まった。
    セイレンとハワードの口がしっかりくっついていることを皆ははっきりと見てしまって絶句してしまう。
    ハワードは目を見開いてセイレンの様子を伺いながら、とりあえず歯を噛んで唇を舐めてくる舌の進入を阻止する。
    が、頭の中は大変混乱していた。

    これは一体どういうことだ。

    唖然とするハワードはセイレンの吐息と潤んでぼーっとしているセイレンの目に顔を引きつらせた。
    「こ、こいつ・・・・酔ってやがる」
    しかもセイレンはハワードを放すと隣にいたセシルの方に向かおうとしていた。
    ぎょっとしたセシルはマーガレッタのしがみついて顔を真っ赤にしている。
    「一体何よやだやだ!ち、近づかないでよーっ」
    「セイレン目を覚ませっ。酔ってる!お前酔ってるんだから」
    ハワードもエレメスも慌ててセイレンを羽交い絞めにする中でカトリだけがセイレンの前に立った。
    そしてエレメスとハワードに向かって手を振ってセイレンを開放させる。
    「カ・・・・カトリーヌ殿?」
    「大丈夫だから」
    カトリーヌはぼーっと立っているセイレンの頬に片手を当てて踵を上げてもう片方の頬に唇を寄せた。
    それはまるで一枚の絵のように様になっていた。
    セイレンはカトリーヌに優しく微笑み返してカトリーヌの頬にキスを返した。
    それに小さく頷いてピースする。

    「これ・・・親愛のキスだから、抵抗しちゃダメ・・・・。抵抗すると追ってきてハワードみたいになるから」
    「え」

    セイレンは普段の凛々しい表情を明るい子供のような笑顔に変えてエレメスに向かって振り返る。
    それにエレメスは顔を引きつらせ肩をすくめてカトリーヌを見る。

    「だ、大丈夫なのか?」
    「抵抗すれば二の舞」
    「本当に大丈夫なんだな」

    カトリーヌの言葉を信じていいものか。
    クローキングで逃げる術も考えはしたが、そうなると後でセシルたちから文句を言われかねない。
    とりあえず黙って立っていると、セイレンはエレメスに向かって顔を近づけてきた。
    秀麗な顔なせいなのか、なぜだか心臓が高鳴ってしまうから不思議だった。

    「エレメス・・・・」

    思わず目を閉じるエレメスの頬に吐息と共にちゅっと当たる唇の感触。何ともこそばゆい感触と皆の視線を一身に受けているのを感じて顔を赤らめる。
    しかしセイレンはそれからどくことなくエレメスを見ていた。
    「な・・・・何故」
    何ゆえ離れてはくれないのか。しかも何かを期待するかのようなその目はいったいなんだ。
    「キスを返してあげて」
    「何だと」
    カトリーヌの言葉に何故だかハワードが声を上げる。
    邪魔しそうな勢いにカトリはハワードの腕を掴んで止める。
    期待しているセイレンの瞳に、えいままよとエレメスはセイレンの頬に口を付けた。
    するとセイレンは嬉しそうにエレメスからどいた。
    「子供みたいね」
    マーガレッタはセイレンをそう評して躊躇いなくセイレンの頬に優しいキスをして返してもらっていた。
    ここら辺の割り切りのよさはさすがというべきか。
    それを見ていたセシルも、唸りながらも口にされるよりはましだと思ったのか頬にキスをするセイレンの頬に恐る恐るキスをした。
    だが、セイレンはそこで頭をセシルの肩に乗せた。
    ぎょっとするセシルにセイレンは真剣な声で呟いた。

    「すまない・・・・・皆を守れなかった」

    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    5人は驚いてセイレンを見る。
    セイレンはぐっと握った拳を震わせていた。

    「すまないっ・・・・・皆を助けれなかった・・・っ」

    その言葉は悲痛なほどで、泣いているのかもしれないと思うくらいだった。
    偽りではない、彼の本心がそこにはあった。
    セイレンの言葉が胸に響くのは、それを悔しいと思う気持ちが在るからだ。

    守れなかったとセイレンは言った。
    でもそれは逆に言えば守ろうとしてくれていたのだということ。
    助けれなかったというのは、助けようとしてくれていたということ。

    自分達はこんな姿になっているのだから。それはつまり死んでしまったのだということに他ならないのだが、それでも、自分を守ろうと助けようとしてくれた人がここにいてくれたのだと思うと胸が詰まる。

    「馬鹿・・・・・・っ。あんただって死んじゃってるんだから。謝る必要なんてどこにあるのよ・・・・っ。助けられなかったのは皆一緒じゃない・・・・」

    涙声のセシルはさっきまでの崩れそうな姿とは違う芯のようなものが見えた。
    セシルはセイレンの肩を抱いて、力尽きて膝をつくセイレンを支えてつられて膝をつきそうになった。
    それにその脇からハワードとエレメスがセイレンの腕に手を差し入れて衝撃を和らげる。
    そしてその脇に座ったカトリーヌはセイレンの頭を撫でた。
    マーガレッタもまたセイレンの前髪を指で救う。
    眉間に皺を寄せて閉じられた瞳の濡れたまつげの上に掌を当てて優しい波動を送る。

    「怖い夢は終わり・・・・・・。せめて今日は優しい夢を・・・・・」

    掌を離すと眉間の皺は無くなり穏やかな表情を浮かべていた。
    すーっと寝息を立てるセイレンに皆が安堵したように吐息をついた。

    「・・・・・・・・・」

    エレメスは優しい笑みを浮かべてセイレンを見ていた。

    守りたいと言っていた。
    自分と同じ思いをもつセイレンにエレメスは自分だけではないその思いを聞くことができて嬉しかった。

    「エレメス・・・・?」
    「ん?」

    驚いたように自分を見るハワードにエレメスは顔を上げた。
    そして顎を伝ったそれが落ちる感覚にエレメスは漸く自分が泣いているのだと気が付いた。
    「これはどうしたことか」
    エレメスは驚いて自分の顔を拭う。
    「貰い泣き?情けないわよ」
    涙目のセシルがくすくすと笑ってそう言うのに、エレメスは眉尻を落とした。
    だがハワードは注意深くエレメスを見ていた。
    それにエレメスは心配ないと苦笑する。

    何故、涙が流れるのか。
    嬉しさからくるものではないとエレメスは自分を分析する。
    確かにセイレンの言葉に心動かされはしたが、この涙はそういったものからとは違うものだ。
    あえて言うならセイレンの言葉。

    『すまないっ・・・・・皆を助けれなかった・・・っ』

    そうセイレンが言った時、その言葉をそのままの意味で受け止めた自分と、受け止め切れなかった自分に違和感を感じた。
    どうしてなのかわからない。
    まるでもう一人の自分が反応しているかのようだった。
    「・・・・・・・・・・・・・」

    もしやこれは、失った記憶が流す涙だとでもいうのだろうか。

    無くなった記憶の場所に深い闇があって、それが広がっていくかのようなそんな感じがした。
    エレメスは言いようのない不安を抱えながらも、表面上なんでもないように笑みを浮かべ、隠れた片手の爪で床をかいた。






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