いや仮に本当だったとしたら三徹の相手にする話ではなくない? その日、というかここ数日はもうめちゃくちゃにはちゃめちゃに忙しくて忙しくて、もうわけがわからない程度には忙しい日だった。今が昼なんだか夜なんだか、寝たんだか寝てないんだか、飯もいつ食べたのか、そもそも食べたのか、とりあえずもうなにがなんやらわからないくらい忙しかった。ようやく一息ついた、というか座れたのは数日ぶりだった。ような気がする。医者の不養生という言葉が思い浮かんだが、人の命がかかってたんだし仕方のないことだし毎日こんなことしてるわけでもないし、と誰に対しての言い訳なのかもわからないまま思考がぐるぐるする。
今にも寝てしまいたいのに脳は妙に興奮状態のままで、俺は診療所の診察台に座ってぐったりしていた。
「富永、大丈夫か」
「大丈夫れす……」
目を開けたまま上半身だけ横になり休んでいる俺の元に、Kがマグカップを持ってやってくる。コーヒー……ではなくホットミルクだ。なんでこれが飲みたいってわかったんだろう。Kってひょっとして神様かなんかなのか。上半身を起こしてホットミルクを受け取る。暖かな湯気が鼻にあたり、なんだか安心した。
「なんでKはそんなにげんきなんですか」
「さあな」
「じつは人間じゃなかったりします?」
軽い冗談のつもりだったが、Kの手がぴたりと止まる。何か変なことでも言ってしまっただろうか。ひょっとして怒った?
「……そうだ」
「えっ」
「俺は、人間ではない」
「はぁ」
急に何をいっているんだこの人は。やっぱKも疲れてんのかな。人間だもんな。いや人間じゃないって言ってるんだっけ。
「じゃあなんなんですか」
「神だ」
「神かぁ……」
この人も冗談って言うんだなぁ、と思った。あ、人じゃなくて神様なんだっけ。でもどこか納得しそうな自分もいる。かみさま、かみさまかあ。だから苗字に神ってはいってるのか。いや知らないけど。その原理でいくと俺の家は富がすごいことになるけど。いやでも俺の実家って結構富ある方だな。いやどうでもいいな。
「だから三徹も余裕なんすか」
「まあな」
「いいなぁ」
いいなぁ。じゃあもう手術とかし放題じゃん。それもそれでちょっと嫌だな。メンタル擦り切れそう。でも神様なら大丈夫なのかな。
「そもそも神様って、なんの神様なんですか。医療の神とかですか」
「そうだな、そのようなものだ」
「はぁ……」
当然と言えば当然なんだけど、やっぱ医療の神様らしい。ご利益がすごそうだ。それにしてはフィジカルに偏った神様だなぁ。医療と筋肉の神って言われても納得しそうだ。どんな神様だよ。
「だからずっと元気なんですか」
「まあな。十日程なら睡眠を取らずともそこまで苦ではない」
「十一徹目くらいからつらくなってくるんですね」
神様と言ってもそこらへんは無限じゃないんだ。でも神様って寿命長そうだし、そもそも寿命って概念も無さそうだし、人間とは生活サイクルが全然違うのかもしれない。生活サイクルとかあるのかな。
「神様ってことは祠とかもあるんですか。山奥とかに」
「強いて言えばここが祠だな」
「俺祠で暮らしてたんだ」
どうやら俺は今まで祠で暮らしてたらしいし村の人たちも祠に診察に来てたらしい。よくドラマとか映画で病気が良くなりますようにって神社で神様に祈る描写あるけどそんな感じに近いのかな。まあここは祈りじゃなくて物理で治してくれるけど。てことは、往診に至っては神様が訪問してたのか。アフターケアまでばっちりしてくれるなんてすごい神様だ。
「えっと……祠で暮らすって……なんかこう……罰当たり的なやつとかそこらへん大丈夫なんすか」
「俺が住むことを許可しているのだから大丈夫だろう」
「よかった〜〜」
半分寝ぼけているせいか、Kとの会話が楽しい。こんな冗談も言える人だったなんて、思ったよりもKはフランクな人だったのかもしれない。心無しかKの顔もいつもより安心したような、憑き物が落ちたようなと表現してもいいのか。そんな顔をしている。
でも少しだけわかる。普段冗談言わない人が言う冗談はスベる率高いしな。緊張してたんだろう。冗談ってこの人なら受け止めてくれる!って信頼がないと言いづらいもんな。俺とK、少しは冗談を言い合えるような仲になれたんだろうか。それはそれで嬉しい。
少しずつ飲んでいたホットミルクはいつの間にかなくなっていた。Kと話してリラックスしたのか、張り詰めていた神経が緩んでくる。神経が緩んで、瞼も少しずつ落ちてくる。少し遠いところで、Kが寝るなら部屋で寝ろと言う声が聞こえてきたけど、もう脚の一歩も動かせそうにない。Kは神様でまだまだ元気らしいので、どうせなら運んでもらいたい。
俺の気持ちを読んだのか、ふわりと身体が宙に浮く。今までにない安心感に、ひょっとしてKは本当に神様なのかもしれない。……薄れゆく意識の中で、俺はそんなことを思っていた。