ヒュンケルとラーハルトは、光り輝く小山を見上げた。
空は暗い灰色で、周囲の景色は植物も生えぬ岩ばかりだ。なのにこの丘は、そこだけが色彩の付いた楽園かのように草原となっており、頂上からの光に照らされていた。
「村のご神体みたいに扱われてます。これのおかげで気候がいいんで。皮肉なモンですよねえ、ご先祖の敵だった奴等の置き土産が……」
ここまで案内をしてくれたのは、年の頃は400代か500代くらいかに見える中年の魔族だった。
「あれは?」
ヒュンケルが指さしたのは、頂上にある水晶の塊、さらにその尖端に頂かれている青い石だ。光はあれから発されている。
「賢者の石です。うちのじいさんが子供の頃……だから900年くらい前かな。竜の騎士が地上から討伐に来て、そのパーティの誰かが戦死したときに落とした装備品から水晶が湧いたんだとか。けどあれ、魔界にはそぐわない聖なるアイテムでしょう? 『清く聡明な者』しか手にできないと言われてて。光で癒やしを与え続けるんだそうですけど、誰にも取れません。なぜかあそこに辿り着けなくて」
魔族の説明でやっとヒュンケルにも得心がいった。
ここにある草花は地上のものだ。魔界にタネが迷い込んで来ても通常であればすぐに死に絶えるはずが、賢者の石の光と、それにより浄化された土壌により育まれていたのだ。
三人雁首を揃えて、丘を見上げるしか出来ることがなかった。
「ラーハルト、行ってみるか?」
からかっているだけだと分かったのだろう。肘で脇腹を突かれた。
「おまえが行けよ。アバンの使途とやらなんだろ?」
ヒュンケルは吹き出した。
「オレに『清く聡明な者』とやらの一要素だけでもあるか? 愚かな精神でどす黒い力を振りかざしていたのに」
隣を窺い見れば、ラーハルトは丘の頂上を見上げて、金色の瞳に光を映していた。
「……おまえの方がチャンスがある。おまえは真っ直ぐな心をした武人だ」
「オレとて、バラン様にお仕えした折に無意味な殺生をしすぎているさ。オレはただの戦闘マシンだ。清いやら聡明やらを求められてはかなわん」
案内の男はとっくの昔に道を引き返し始めていた。
「お二人さん村に帰りますよー」
武器に血の臭いをべたべたとくっつけて、如何にも荒事に慣れていそうな無骨な男二人が賢者の石に挑戦するとは露程も思われてはいないのだろう。
正解だ。とてもじゃないが取れるとは思えない。
「オレは、あれを手にすることの出来るだろう御方を知っている」
ラーハルトの言にはヒュンケルも心当たりがあった。
「たしかにあいつなら取れるだろう。極めて清く聡明だった……一人で消えてしまうほどに」
最も汚れ無き島で育ち、道を誤らずに世界を救った勇者。もしも賢者の石とやらが彼を選ばなかったならば、この世にはあれを手に出来る者など居ない。
彼が見つかったなら再びここに来るのもいいだろう。
これにて、魔界にある不可思議な聖なる光の調査は終了した。
「馬鹿で汚いオレたちは先を急ぐとするか」
ラーハルトは踵を返した。
「ああ」
続いてヒュンケルも光を後にした。
「けどオレは、おまえが馬鹿で助かったよ」
ヒュンケルの安堵を聞きつけてラーハルトが顔を顰める。
「貴様、喧嘩を売っているのか」
「いや? 本当に感謝しているんだ、愚かにもオレを選んでくれたことに」
これでも、普段は滅多に言わない惚気の一種のつもりで言った。
ラーハルトはしっかりそうと受け取ってくれたのだろう。怒りを収めて鼻の頭をコリコリ掻いた。
照れている所もいいな。と微笑ましく思っていたのに、彼は次の瞬間にはもう悪そうな笑みを浮かべた。
「まあオレもおまえが清くなどなくてよかったぞ。不純なことし放題だ」
「……さあ、どうかな」
曖昧な囁きではぐらかしてはみるが。
ヒュンケルも実のところ、清く聡明でなければ手の届かないようなものには、さほど興味はなかった。
道を踏み外さない者も、手の綺麗な者も、眩しすぎる。
すぐ隣の低俗くらいが丁度良い。
光源から離れるごとに、足下に落ちた影は薄闇に飲まれていく。自分たちに似合いの世界へと戻ってゆくようで、少しホッとした。
2024.04.28. 17:25~18:40
SKR