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    ラーヒュン ワンライ 「火傷」 2023.12.17.

    #ラーヒュン
    rahun

     大規模な事故の起きた鉱山へ、部隊を率いて救助に向かったヒュンケルだったが。
     連れ帰られてベッドに沈む惨事となった。
     二次崩落の際に不意に吹き上がった熱水泉から部下を庇ったらしい。命に別状はないものの、顔と頭は包帯まみれで見える箇所がほとんどない。
     救助部隊の派遣指示を与えたレオナは、まさかという思いで病室に駆け付けたが。
     ベホマの手応えが浅かった。
     ダメかも。
     と表情に浮かべるのは憚られ、曖昧に笑った。
     この部屋に居るのは、ヒュンケルに同行していたラーハルト、そして各国から現場に派遣されていた精鋭メンバーであるマァムとノヴァだ。
    「軽いヒャドで冷やしてみますか?」
    「大丈夫だ。姫のベホマであらかたの痛みは引いた」
     ベッドから上半身を起こしたヒュンケルが、首から上の包帯をほどく。
     皆、固唾を飲んだ。
    「ヒュ、ンケル……!」
     息を飲むマァムにヒュンケルは首を傾げたが。
     レオナは、自らの責任として、彼に手鏡を渡した。
     彼はおもむろに自分の顔を覗き込み。
    「……モルグよりも歪だな」
     と落ち着いた感嘆をした。
     彼自身の言う通り、ヒュンケルの容貌はアンデッドより醜くなっていた。顔の皮膚の大半がケロイドになっており、しかし左目の目尻から眉にかけての小範囲だけが無事で、そこだけはひどく麗しいがゆえに余計、見ていられない。
    「どうしてこんな……? ヒュンケルはマグマに飲まれても耐えた人なのに……」
    「それは、おそらく闘気が満ちていればこそ可能だったんでしょう。その時の彼には強い意志と肉体があったのでは?」
     同じく闘気を扱う剣士であるノヴァはそう私見を述べた。
     確かに、現在のヒュンケルにはかつての強さはないだろう。
     けれどノヴァは、深い尊敬を込めて目を細めた。
    「あなたは強い人だ。鏡を見た瞬間も、今も、まったく気配が揺らがない」
     ヒュンケルは、焼けただれた唇に苦笑のようなものを乗せた。
    「生憎と、オレは腐っている者達と過ごしていたのでな。ショックを受けられるほど繊細じゃないんだ。しかし……」
     彼は、傍らのラーハルトを見上げた。
    「次の旅にはついてゆけそうもない。すまないな」
     ラーハルトは返事をしない。難しい面持ちで佇んでいる。
     さしもの気丈な男も、親友の変わり果てた姿に落胆しているのだろうかと、周囲が心配するほどの沈黙が流れた。
     一言も発さないラーハルトに代わって、ヒュンケルが口を開いた。
    「この見た目では疎まれることは分かる。町で人と対面するのも困難になろう。それに指も一部が変形した。足手まといだ」
     ヒュンケルが自ら現実の説明を終えても、まだラーハルトは無言だった。
    「いままでありがとう」
     別れの挨拶と共にヒュンケルは頭を下げた。
    「ちょっと待って!」
     レオナは我慢できずに口を挟んだ。
    「一方的すぎるでしょ! ラーハルトの意見をちゃんと聞きなさいよ!」
    「しかし、話す事はなさそうだ」
    「こういう時に黙ってる人ほど絶対に大きい秘密を持ってるモンなのよ!」
     説得を受け、ヒュンケルはラーハルトに再度向き直った。
    「あるのか、秘密が」
     ラーハルトはようやく、ヒュンケルが包帯をほどいてからの第一声を吐いた。
    「ある」
     と。
    「聞かせてくれ」
     そうヒュンケルが要求するのは当然だ。
     しかしラーハルトは話し渋った。
    「言っても信じてはもらえんさ」
    「信じる」
    「聞いてもいないくせに分かるか」
    「おまえこそオレを信じろよ。言ってもいないくせに」
     論破されたラーハルトは腕組みをし、目を逸らし、しばし奥歯を噛んだ。
    「いいだろう」
     ラーハルトはヒュンケルのベッドの端に座った。
     体の向きが九十度ちがうので目を合わさずに済む。そんな半端な距離感で、彼は淡々と語り始めた。
    「ある日オレは妄想をし始めた。引く手あまたの男を、同じ男のオレが手に入れる方法などあるのだろうかと。世の若い女を全員殺せばとも考えたが、ライバルは女だけとも思えなかった。ソイツは次々と周りの奴等を惹きつけていくからな。だったらいっそ、ソイツ自身が見向きもされない存在になれば良いのではないか。そうすればオレにもチャンスが巡ってくるのではないか。そうだ顔を焼いてやればどうだろう。そうしたらきっとソイツを愛するのは、オレだけになる。いくら見込みがなくとも、オレを選ばなければ他に誰も居ないのであれば、落ちてくれるかも知れん。……そんな妄想をした」
     ゴクリ、とノヴァが唾を飲んだ。
     マァムは自分の口に手を当てていたが。
    「いえ、変よ。あそこは昔からの火山地帯だし、天然の熱水のはずよ。狙って掛けるなんて出来ないわ」
     彼女は事故現場の光景を反芻し、確信をもって首を横に振った。
     ベッドに腰掛けるラーハルトは、部屋のどこも見ず溜息を吐いた。
    「無論だ。誓ってオレの仕業ではない。妄想だと言ったろう。そしてその妄想の中のオレは、ヒュンケルが醜貌になったあかつきにやっと告げる事が出来るのだ」
     そこで言葉を切り、肩越しに後ろのヒュンケルを振り返った。
    「好きだ、ヒュンケル。オレと来い」
     ただれた顔の男が、呆然と口を開けて聞いている。
    「生涯、言えないはずだったが……偶然にでもこうなったなら、言ってもいいだろう?」
     今度はヒュンケルが言葉を失った。
     だが秘密を暴いた以上、その返答は必要だろう。一同が見守る。しかし。
    「分からんだろうが!」
     自棄のように吐き捨てて、ヒュンケルは両手で顔を覆った。
    「本当に……おまえを選ばなければ他に誰も居ない状態に、本当になってから問われても、自分の気持ちが本物かどうかなど分からんだろうが!」
    「それでいい。妄想の通りだ」
    「いいわけがないだろう! こうなってからでは……オレにはオレの真実が分からんっ」
    「真実でなくていい。共に在れれば十分だ」
    「ただの依存になる」
    「願ったり叶ったりだ」
    「断る。昨日までならば答えがあったかも知れないが……こうなった以上は永遠にない。諦めろっ」
    「ヒュンケル!」
     ベッドに座る男二人が声を荒げ、あわや取っ組み合いに発展するかと思われた、その時。
    「うっへあ」
     病室の入り口で素っ頓狂な悲鳴が上がった。
    「おま、マジで ヒュンケル」
     ポップだった。ベッドに走り寄ってきた。
    「すぐ治してやっからな!」
     強烈なベホマだった。実際、すぐ治った。
    「……」
    「……」
     全員が得も言えない複雑な空気で押し黙った。一連の事情を聞いてなかったポップだけが、あれ? もっと喜んでもよくねえ? と口をとんがらかしている。
     元のピカピカの顔に戻ったヒュンケルは、ほど近くに腰掛けるラーハルトと気まずく目を合わせた。
    「あー」
    「えー」
    「それで、今のオレにでもおまえは、先程と同じ告白は出来るのか?」
    「おまえこそ、自分の気持ちが本物かどうか、分かったのか?」
    「いや、ええと」
    「まあ、その」
     モジモジしだした男二人に、マァムはよかったと微笑み、ノヴァは恥ずかしそうにそっぽを向き、レオナは目を輝かせた。
     功労者のポップだけが、なんだよー。何があったんだよー。とひとり虚しく地団駄を踏むのであった。










    2023.12.17. 00:30~02:20 +20分


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