Metamorphose「いつもより楽だった」
宿にたどり着くなり、ヒュンケルが興奮気味に言った。
「すごいな、変化の術は」
少々上気したその横顔は、見慣れた白とはかけ離れている。
ラーハルトは、はしゃいでいる相棒を一瞥して荷物を下ろす。
「もってあと数十分だ。何が嬉しいのか分からんが、せいぜい楽しめ」
半魔と人間のコンビが魔界の街を通り抜けるのは、なかなかに難儀だ。
興味津々の地元民に尾行されたり、あからさまに悪意ある連中に取り囲まれたり。まったく逆に、人間を珍しがる気のいい連中に酒宴へと誘われたり。
世話好きの魔導士が分け与えてくれたへんげの杖とやらは、結構役に立った。
魔族の外見に化けたヒュンケルは、薄闇色の肌ととがった耳を愛おしそうに撫でている。
「ラーハルト。お前と同じようなしるしがある」
と、頬をなぞる。
「よく見ろ、形が違う。同じだったら、兄弟扱いだ」
「ああ、それで」
うきうきと姿見を覗き込む。
「さっきの、宿の主人の言葉を聞いたか? 『ご夫婦ですか』と」
ラーハルトは、う、と喉を詰まらせる。
「魔族は――いや、一般論だが、少なくともこの地域では、群れて行動したりしないらしい。二人連れだっていたら、おおむね家族か恋人だ」
「なるほど」
弾んだ声に、ラーハルトは無言で、仕入れた葡萄酒の瓶を取り出した。
「見てくれ、ラーハルト。すごく素敵だ」
うっとりと鏡を覗き込むヒュンケルは、いつになく満足げに微笑んでいる。
「……父は」
ラーハルトの沈黙を理解して、ヒュンケルはぽつりと続ける。
「俺の外見に誇りを持つように教えてくれた。毛のない肌も、縮こまった耳も。そして、戦うべき相手とそっくりな忌まわしい身体も」
ぽん、と栓を抜く音が、相槌代わりに響く。
「それでも俺は、父のようになりたかった。力強く美しい、仲間のモンスターのようになりたかった。――皮肉なものだ。成長してからは、この顔にも感謝した。ヒトに似た皮膚を持っていたからこそ、皆殺しにされなかった」
鏡の中の自分に酔いながら、ヒュンケルはしゃべり続ける。
「人間たちに復讐するチャンスを得たんだ」
ラーハルトは葡萄酒を注ぎながら、平坦に問う。
「本当は、家族と一緒に、行きたかった?」
ヒュンケルは耳をいじる手を少し止めて、数秒黙った。
そして、小さく頷いた。
「ラーハルト」
ちりちりと音を立てながら、変化の呪法が解けていく。
漆黒の髪が銀色に。スミレに似た闇色の肌が、雪の如き無色へと。
キメラのようなヒュンケルが、泣きそうな顔で振り返る。
「美しくない俺でも、大丈夫だろうか」
ラーハルトは一口葡萄酒を含み、音を立てて飲み込んだ。
咀嚼しきれない感情とともに。
「知るか」
柔らかい言葉が出てこない。
口を開けば、罵ってしまいそうだったから。
どんな姿であれ、お前はお前だ。
たとえ骨となり塵と化しても、俺が愛するのはお前だけだ。
なぜ分からない。
二口目の葡萄酒が、やけに脳天に響いた。