一度唇を重ねてしまえば、もう少し、もう少し、と貪欲になる。
外でキスをするのは煉獄にとって初めての経験だった。冷えた外気と体温のコントラストは際立って、抱きしめられているだけで愛撫よりも感じてしまう。
見上げれば、宇髄の背後は冬の星空だ。街よりはるかに暗い海だからか、普段見えないような小さな星まで見えている。美しかった。まるで自分のもののように無遠慮に煌びやかな夜ごと宇髄へ手を伸ばし、その首を抱き寄せてさらに口付けても、その不躾を彼はこともなげに受け入れる。
互いの領域を冒し合うようなこんな触れ合いが堪らなく甘美で、油断したら本当に腰が抜けてしまいそうだった。
「こっち、おいで」
回されていた腕に腰を引き上げられ、あっという間に爪先が地面を見失う。
「自分で歩く」
胸に抱え込まれたままで文句を言えば、何が可笑しいのか小さく笑う声が胸郭越しに煉獄の耳へ届く。その身体がついと離れてしまえば煉獄の頬は冷えた夜風に晒された。
「ほら、こっち」
踊るように手を引かれる。導かれるままに再び宇髄の胸へ収まれば、ふたり同時に深く息をついた。
宇髄が背を凭れ掛けているのはコンクリートの壁で、倉庫か何からしい大きな建物だ。柱が張り出していて、もし人が来ても少しは身を潜めていられそうな死角に滑り込む。
宇髄の唇が耳元で水音を立てる。その誘いに従って仰向けば、期待通りに唇が重ねられる。背へ回そうとした手は捉えられ、煉獄は両手を宇髄の胸へと置かされた。
「壁、冷たいから、手はこっちに置いときな」
「きみの背中が冷えるだろう」
「上着が分厚いからへーき」
アウターの内側へ招かれた両手が宇髄の身体の温かさに触れて、さらにじんわりと熱を帯びる。唇を貪りながら指先を立てて服の上から乳首を探れば、唇を吸い上げた宇髄が淡く微笑う。
「そんなにエッチな事されると我慢できなくなっちゃうけど——」
距離が近過ぎて、宇髄が言葉を発する度に吐息でキスをされているようだ。陶然としたまま、続きが早く欲しくて宇髄の瞳を見つめ返す。少し獰猛な顔つきになっている。たぶん、もう勃起しているのだろう。
「——どこまでしていいの?」
こんな時の宇髄は、しなやかに獲物を捕らえて味わう若い獣のようだ。近寄れば好き勝手にされてしまいそうなぞくぞくする魅力に溢れている。指先は布を掻い潜りたがっているように、腰を擽る。
「これ以上はだめだ。肌には触れない」
「意地悪」
「寒いだろう? それに、露出などすれば犯罪だ」
そうなんだけど、と煉獄の首筋に顔を埋める宇髄は笑っている。
その理由は、煉獄の脚の間に差し込まれている宇髄の片脚が、煉獄の異変に気付いているからだろう。説得力のないことこの上ないが、この場でこれ以上の行為に及ぶのは憚られるのは本心だ。
「このままでいいの?」
「いい」
宇髄の脚が強く押しつけられて、思わず溜息が漏れた。煉獄は宇髄の首へ両手を回し、硬くなっている宇髄の中心を圧迫するように身体を押し付ける。同時に煉獄の首筋を熱っぽい吐息が包み、宇髄が煉獄の尻を鷲掴んで自分の脚へ強く引き付けた。
「ん——、」
じわりと濡れた感触から目を逸らすように、煉獄はきつく瞼を閉じた。
「宇髄。頼むから、このまま。このままゆっくり冷める方がいい」
達して急激に冷え冷えと醒めてしまうよりも、身体にお預けを躾けるように、体温に甘え凭れて飼い慣らされてゆくのを見守る方がずっと良い。激しく熱を持つのも、穏やかな温かさを分け合うのも、どちらも欲しいが両方同時にとはいかない。
「ん。わかった」
声も腕も柔らかくなった。煉獄を宥めるようにゆっくりと背を上から下へと撫でられる。堪らなく心地よい。煉獄も同じ感触を返したくて、宇髄の髪から項へと何度もゆっくり手のひらを滑らせる。
「宇髄。朝になったら、うちへ来ないか。きみの家へ行くのでもいい。——続きがしたい」
こんなにも優しく丁寧に扱われているというのに、指先が沈むほど強く身体を鷲掴まれたくなる。乱暴にされればそれは自分が狂うに充分な理由になるからだ。でもきっと宇髄はそうはしないだろう。甘く甘く底意地悪く蕩けさせて、言い訳させてはくれないほど乱されるのだ。ぞくぞくする。何度抱かれても身体は一向に宇髄に慣れて飽きてはくれない。
「いいね。うちへおいで。俺が昼飯作ってやるよ」
見つめ合いながら、互いの呼吸が落ち着いてゆくまでしばらくそうしていた。
やがて、身体を舐める情欲の炎はその手を緩め、ただ赤くその熱を抱いて大人しく潜んだふりをする。何度も欲しいとねだることさえできないくせに、いつも熾火は身体の底に置き去りだ。
間もなく午前三時になる。