お題:朝焼け・朝帰り・一つ残らず 明るくなり始めた窓の方を向いて、煉獄が白いシャツに袖を通す。
宇髄に背を向けているから、逆光気味だ。さっきまで腕の中にあった躰がシャツ越しに影絵になる。
「あっという間だな。時間経つの早ぇ」
「そうだな。——だが、あぁ今日も生きていたと確認できれば充分だ」
「まぁね」
下衣だけを身につけた宇髄は煉獄の傍に寄ると左腕を取り、カフスボタンを掛けてやる。片手が塞がってしまった煉獄は、右手だけで首元のボタンを嵌める。
「ま、ちょいと慌ただしくても朝方に寝るのも嫌いじゃないけどな。肌が色づくのもよく見えるし」
「それはきっと朝焼けのせいだな」
煉獄は項から髪をざっと掻き上げた。
顕になった首筋に、ほんのついさっき見た色を想い重ねる。
「そうかねぇ」
煉獄が二つ目のボタンを掛けたところで、宇髄が今度は右手を捕まえに来る。
大人しく右手を預けた煉獄は、左手だけで三つ目のボタンに取り掛かるが、さっきよりは少々手こずっている様子だ。
「きみの方が皮膚が薄いのだと思うぞ。ある瞬間にさあっと躰が赤く染まったのには驚いた」
「そんなことあったかね」
「きみには見えなかっただろうが、朝焼けより赤く、熱く、あれは絶景だったな」
およそ房事の話とは思えないほどカラリとした笑いで宇髄を見上げる。もたつきながら左手でやっと留めた三つ目のボタンの後は宇髄が引き取って、シャツの前を閉じてゆく。
「煉獄がそんな助兵衛なこと言い出すと思わなかった」
「そうだろうか。きみとのことはひとつ残らず憶えていると思うが、あれは特に美しかったのだ」
ボタンを全て掛け終えると、さっきまでのことはこの白いシャツの中へ仕舞い込まれたような心持ちになる。真白で清廉なこの布の下に隠れているあの肌の色に誰も気づくことはないだろう。
どれだけ淫靡な関係を持ったとて、不思議と彼はそれが外へ出ることがない。こうして服を着て仕舞えば品格の方が上回る。ゆえに、彼の色気というものを正しく知っているのは恐らく自分だけなのだと宇髄は淡い優越を覚えた。
煉獄が上着を取りに壁際へ寄った。
壁へ掛けてあった上着は姿見の前で袖を通し、姿勢正しく立ってボタンを掛けてゆく。その背へ宇髄が炎柱の羽織を掛けてやる。
「では、おれは先に出る」
「はいよ。無事のご帰還、お疲れさん」
「きみもな」
名残惜しさを長引かせないよう、服を着たらもう触れない。
ただ視線を交わし合い、和やかに微笑んで、静かに部屋を出てゆくのを見送る。
そしてまたこんな時間があるようにと、小さく朝焼けに祈るのだ。