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    rica_km

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    rica_km

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    DK宇煉シリーズ:プロローグはドロライお題「短髪・ほっぺたむにー」でツイッターへ投稿した分です。

    こちらは、プロローグ・第1話・第2話です

    【続き03】https://poipiku.com/5529112/8888661.html

    応援団長宇髄くんと剣道部員煉獄くん◆00〜02◆プロローグ

    「黙想ーッ!」
     剣道部部長のよく通る声が剣道場の端まで響く。
     正座で整列している部員たちが目を閉じる。部員ではない宇髄はごく普通に立ち歩いたとて構いやしないのだが、この三十秒ほどの間はぴたりと動きを止めて壁際に立って待つ。両手には大きな薬缶をぶら下げている。中身は朝仕込んでおいた麦茶だ。
     三十名ほどの部員が揃って心静かに今日の稽古を思い返し、週末の地方予選に気持ちを整えている中で、宇髄も静かに深呼吸をする。
    「——黙想やめ。——先生、先輩方に向かって、礼!」
     一斉に床へ両手をついて深く礼を。続いて神棚のある正面へ向かって礼をし、解散。今日の練習はここまでだ。
     ピンと研ぎ澄まされていた剣士たちの空気は、途端にごく普通の高校生男子のさざめきに変わる。宇髄は剣道部員の一年生を呼び集めて、紙コップを配る係と麦茶を注ぐ係に分けた。そして自分はそれぞれの列の整頓を始める。まずは三年生から。
    「宇髄。毎日ありがとう」
     背後から掛けられた声は、振り向かなくてもわかる。煉獄だ。
    「お礼言われるほど大したことしてないって」
    「うちの部員でもないのに、朝から大量の麦茶を用意してくれているだろう」
     薬缶に水を汲んでお茶パックを入れているだけだと宇髄は肩を竦めた。暑くなり始めるこの季節、あの各部共通の大きい冷蔵庫を開けた時の冷気はご褒美みたいなものだ。そしてご褒美はまだある。今のように、煉獄との交流が密に持てることだ。

     宇髄は剣道部員ではない。どこの部にも属していないが、昨年自主的に応援団を立ち上げた。どの部でも試合があれば(そして要請があって、予定が他の試合や手伝いなどと被らなければ)駆け付ける。——という名目で学校から『同好会』として活動許可をもらっている。応援団の団長は二年の宇髄で、新設同好会のため三年はいない。
     そもそも宇髄が応援団を立ち上げたのは煉獄と仲良くなるためだ。例えば、仲良くなろうと剣道部に入るというのが正攻法であるなら、宇髄は奇策を好む。人と同じことをやっても面白味に欠ける。より派手にやるというのが宇髄の身上だ。
     応援団内を三チームに分けた上で担当制にして、球技担当が二チーム、球技以外の武道や水泳担当が宇髄率いるチームになっている。もちろん地方予選決勝や全国大会となれば基本的に応援団は全員出動だが、それ以外は各団員の自主性を尊重するのが団長の意向だ。
     というわけで、宇髄の活動は主に剣道部の(あるいは煉獄の)マネージャーさながらに世話を焼くことだった。

    「煉獄、髪伸びたね」
    「——あれから丸一年だからな」
     煉獄の髪は、昨年は肩につくほど長かったが、今はやっとハーフアップになるくらいの長さだ。昨年のインターハイ出場を逃した時に、団体戦に出場していた一年の煉獄と二年生は揃って坊主にしたためだ。
     高校入学時点で剣道歴十二年のキャリアがあった煉獄は一年生にして団体戦メンバーに選ばれ、華々しい活躍でデビューを飾った。しかし団体戦であるがゆえに、たとえ煉獄一人が絶好調でもそれだけではどうにもならないこともある。昨年も決して煉獄に落ち度があったわけではないが、全国大会を目標としていた団体戦メンバーは来年への必勝を誓って坊主にしたという経緯がある。
    「今年は坊主になるなよ」
    「ならないさ。絶対に勝つ」
     後輩が煉獄へコップを渡しに来る。それを受け取った煉獄は、ありがとうと笑顔を見せた。そして麦茶係がなみなみと注ぐ麦茶を美味そうに喉を鳴らして飲み干してゆく。その様子を眺めながら宇髄は昨年よりずっと精悍になったとしみじみ感じ入った。
    「去年よりすごく先輩っぽくなったな」
    「当たり前だ、二年だぞ」
    「それはそうなんだけど」
     日々積み重ねた鍛錬が去年の煉獄を軽々と超える今の煉獄になっているのだなと思えば感慨深い。男子三日会わざれば刮目して見よというくらいだ。毎日顔を合わせていると気付きにくいが、心技体のどれも昨年とは比較にならないほど大きく伸びている。
    「でもこのへんはあんまり変わらないのな」
     そう言って宇髄はついでのように煉獄の頬を摘む。ふわふわのマシュマロのように柔らかい。
     試合の最中なら、剣道着と防具でその肢体のシルエットも見ることはない。しかしその瞬発力で全身の筋肉がバネのように反応していることがわかる。強靭さとしなやかさを併せ持ち、不屈の闘気を纏う煉獄の、この頬の感触だけはまだ幼く柔いのだ。
    「顔か? 顔は確かに、あまり変わらないな」
     宇髄の意図になどまるで気付いていない煉獄は、宇髄が手を離しても不思議そうに見返してくるだけだ。
    「掃除は一年だけだろ? 着替えたら一緒に帰ろ」
    「そうだな。待っててくれるのか」
    「ここの掃除手伝ってるよ。着替え終わったら声掛けて」
     いつも済まないと言い残した煉獄は防具を抱えて出入り口に向かい、出る時にはぴたりと止まって道場の正面へと深い礼をする。そして颯爽と踵を返す健脚が袴の裾から僅かに覗く。その足首の細さは引き締まっているのであって、華奢なものとは明らかに違う。そこから続く脹脛へのシルエットはそれこそ相手を追い立て、逃さぬための筋肉を纏っているはずだ。
     あの頬の柔らかさからは全く想像出来ない身体。
     煉獄は可愛いと野蛮で出来ている。


    ◆01:はじまり

     宇髄と煉獄は一年の時に同じクラスだった。
     特別仲が良いわけではなかったが、互いに無関心なわけでもない。煉獄は人目を引く独特な風貌をしていたし、校内で1番長身だった宇髄は物理的に目立っていたからだ。ひとかたならぬ興味関心はあっても、二人には同じクラスという以外にはあまり共通項がなかった。
     その『ひとかたならぬ興味関心』は、宇髄から煉獄へ向けられていた。派手に目立つものを好む宇髄が目を留めないわけがない。煉獄の髪は金色に輝き、毛先は朱に染まっている。驚くことにそれは生まれつきのものだという。そして存在感を放つ明朗で大きな声、五月人形みたいな凛々しい表情と、部活をやっている生徒らしい礼儀正しさ。それから、度々届く剣道部での活躍ぶり。
     しかし今朝は、煉獄が教室に入ってくるなり違う意味で宇髄の目を引いた。
    「え、煉獄、おま……」
     だらしなく座っていた宇髄が真っ先に跳ねるように立ち上がったことに、煉獄も驚いたらしい。宇髄は窓際一番後ろの席で、教室の入口にいた煉獄とは相当の距離がある。宇髄の声は教室のさざめきを一瞬でしんと静まり返らせた。全員が煉獄へ一斉に注目したせいだ。
    「これか。涼しくていいぞ」
     煉獄は坊主頭を額からさらりと撫でて、笑った。だが教室内はしんとしたままだ。その中を煉獄は迷いなく宇髄の席まで歩み寄ってくる。この注目は煉獄にとって不本意だったのだろうなと宇髄は思う。煉獄は平気な顔をしているが、それはにこやかに周囲と自分の気持ちを切り離しているようなアルカイックスマイルだ。
    「うん、めちゃめちゃ夏っぽい。意外と短いのも似合うじゃん」
     立ち上がっていた宇髄は、机の上に腰掛ける。目の前までやってきた煉獄の頭へと手を伸ばし、さりさりとした手触りに目を細めた。
    「朝練に出てたんだが、この頭なら練習後に水を被ってもすぐ乾くのがいい」
    「そりゃ最高だな」
     宇髄は敢えて理由を尋ねなかった。運動部員が坊主にするとなれば、大体想像はつく。剣道部がこの年のインターハイ出場を逃したと聞いたのはもう少し後のことだ。この時は、努めて平常心でいようと心がけているらしい煉獄に乗っかってやることにした。
     クラスの注目を集めたのは朝のうちだけで、その後は周囲もすっかり見慣れてしまい、特に言及されることはなかった。煉獄自身の態度も堂々としたもので、見た目は中学生のようでもあったが、相変わらず溌剌と剣道に熱心な様子は見て取れた。
     宇髄は小動物みたいな触り心地の煉獄の頭の感触が気に入って、話をしながら時々撫でたりもした。煉獄もそれを特に咎めることはなく、なんとなく許されているという距離感。
     なぜだか宇髄と煉獄はそのことを契機として急速に仲良くなった。ふらりと宇髄が剣道場を覗きに行って剣道部の練習を眺めたこともあったし、そのまま練習終わりまで待って煉獄と買い食いを楽しんだりもした。

     その日は夜になっても日中の熱気と湿気が残るくらいで、立ち寄ったコンビニで二人はカップ入りのかき氷を買った。すぐに体温を下げるならこれが最も効率が良い。公園のベンチに並んで座って早速食べ始める。
    「宇髄も剣道をやらないか」
     さくさくと赤いかき氷を口へ運びながら、煉獄が言った。
    「剣道は一度もやったことないからなぁ」
     他の運動部には時々遊びついでに誘われることがある。部内の対抗戦などで人数が不足すると声を掛けられるくらいには、宇髄はスポーツ経験も持て余している時間もあった。
    「よく見に来ているから、てっきり興味があるのかと」
     興味は剣道よりも煉獄にある。——と、宇髄が自覚したのもごく最近のことだ。
    「まー、なんか手伝えることでもあればやるけど。剣道部はマネージャーいないでしょ」
     例えば合宿とか……と水を向けると、煉獄は夏休み中に校内に宿泊して合宿をするのだと言って、かき氷を掻き込んだ。
    「でも普段学校の道場を使っている剣道会と合同の合宿練習だし、保護者会も手伝ってくれる。所縁のないきみに見返りもなく手伝わせるのは労働搾取だ」
     見返りは大いにあるのだが、煉獄が目当てだと本人に言うのも憚られる。
    「あー。人手は足りてるのか……」
    「どうかな。今年は意外と新入生の初心者率が高かったから、先輩も大変らしいとは聞くが……」
     ふうむと宇髄は考える。恒常的に人手が足りないなら、それなりの人繰りを考えるだろう。だがスポットで今だけ少し手伝いがあると助かる時期はどこの部活にもあるのではないか。特に試合や合宿など事前準備が必要な時期などだ。
    「応援団作ろっかな」
     呟きに、煉獄の視線が宇髄に向く。
     宇髄が煉獄の手伝いをしたいと思うことを労働搾取なんて思われてしまうなら、手伝いをすることを目的としたチームを作ってしまえばいい。発起人になればそのチーム内での裁量権は宇髄が握れる。きちんとした手順を踏んで申請し、同好会として学校から認められれば活動の成果を内申書にも反映されるだろう。良い事尽くめだ。
    「いろんな部活の応援したり、手伝いしたりすんの」
    「応援団、いいじゃないか。宇髄なら学ランも似合うだろうな」
    「お。それ採用」
     この高校の制服は男女ともブレザーだが、応援団なら団長だけでも正装は学ランにしたいところだ。正統派の黒も良いし、真夏の炎天下ならば真っ白も捨て難い。どうにか手芸部あたりに頼めないものだろうか。
    「よし、すぐ人集めよっと」
     応援団を結成して自分が団長になってしまえば、存分に煉獄の応援をすることができる。煉獄の勇姿を焼き付けておくというのも目的のうちではあるが、何より、煉獄との信頼関係を築きたい。
     そのためには煉獄が負担に感じることなく必要な時に頼れるように、宇髄にもちゃんと明確な役割がある方が良いだろう。応援団という名目ならば、都合さえ付けばどの部活の手伝いもするよという看板を掲げておける。

     煉獄はきっと三年になれば剣道部部長になるだろう。今の剣道部一年生には煉獄以上のキャリアと実力の持ち主がいないのだから、ほぼ確定だ。その時、全国大会の開催地がどこであろうと絶対に応援に行こう。そして全国制覇を成し遂げた煉獄を真っ先に祝うのだ。
     どこの部活もそうだが周囲の人への感謝は死ぬほど刷り込まれている。煉獄はきっと「きみの応援のおかげだ」とかいうだろう。絶対言う。そうしたら宇髄は言うのだ。それはお前自身が勝ち取った全国制覇だ、俺はずっと三年間それを見てきた……とかなんとか。夕焼けくらいの時間だったら最高だ。そして見つめ合う。
     その時、ずっと煉獄を見てきたという意味を煉獄は解するだろうか。宇髄にとっては、現時点でつまりそういうことなのだ。ただの仲良しクラスメイトで終わる気などない。

     カップに残ったかき氷はほとんど水になっている。それを一息に飲み干した宇髄は、隣の煉獄の方を向いた。宇髄の視線に気付いた煉獄も宇髄を物言いたげな視線で振り仰ぐ。
    「煉獄……、」
     静かに名を呼んでみれば、煉獄は柔らかな微笑を見せて頷いた。
     煉獄はストイックな精神性を映した清廉な顔立ちをしている。強くて潔い、それこそ武士みたいだとすら思う。真っ直ぐに見据える瞳は澄んで美しい。宇髄はいつも、不意にその視線に引き込まれてしまいそうな気持ちになる。不思議な求心力があるのだ。
    「うん、腹が減ったな」
     脊髄反射で「うん、じゃねぇよ」と返さなかった自分を宇髄は褒めたい気分になった。
    「そーだな。帰ろっか」
     二人は揃ってベンチから立ち上がる。
     今はまだまだ仲の良いクラスメイトの域を出ない。だが、ここからしっかりと煉獄に宇髄の勇姿も焼き付けてやらなくては。勝利を呼び込む頼もしい応援団長として、全国にその名を派手に轟かせるつもりで。


    ◆02:応援団活動開始

     やる気さえ出せば、宇髄は本来優秀な男だ。
     中学まではいくつかのスポーツクラブや部活を掛け持ちするくらいアクティブだったが、一つに絞りきれなかったのはひとえに彼の飽きっぽさのせいだ。
     生まれた時から身体が大きく持久力も瞬発力も高かったし、飲み込みも早かったためにクレバーなプレイもできる。それゆえどのスポーツでも指導者たちに夢を見せてきた。が、最終的には全て落胆させた。飽きっぽいからだ。おまけに新しいもの好きで、簡単に違う競技へ乗り換えてしまう。
     その宇髄が高校に入ってから新たにやる気を出したのは、応援団の結成だ。夏休み前にはすでに同好会認定の最低人数五人を集めるミッションはクリアしていた。正式に認められるのは次回の職員会議で問題なしと判断されてからになる。
     しかし宇髄はその判断を待つつもりなど毛頭なく、活動領域を広げつつあった。
     何しろ夏休みにはひとつ大イベントがある。全国高等学校野球選手権大会。同好会認定より先に甲子園に連れて行ってもらってテレビで全国デビューしたい。それが宇髄の野望だった。
     それには野球部が甲子園に出る実力がないと難しい。この高校の野球部は例年地方予選ベスト八には入れるレベルではあるが、全国というと少々ハードルが高い。しかしそれでもクジ運さえ良ければローカルテレビ放送の試合に当たる可能性はある。

     応援団員は宇髄含めて現状八名だ。全員学ランで揃えたいところだが、ひとつ致命的な問題があった。七名はいわゆる標準サイズ内の体格のため、他校の先輩から譲り受けたりリサイクルショップで購入するなどで揃えることができた。
     だが、問題は身長一九八センチの宇髄である。
     どこを探してもそんなサイズは既製服にも古着にもない。手芸部に学ランを作れないかと頼んでみたが、型紙代と布代の見積もりを見てかなり渋い顔になった。手間賃がなくてもそこそこの値段になるのは、応援団長の学ランをペラッペラの安い布で作るわけにもいかないからだ。
     次に思いついたのは特攻服だが、それはいくらなんでも教員と保護者受けが悪すぎる。

    「どーしよっかな……」
     教室の窓際、一番後ろの席で宇髄がぼやく。宇髄の弁当はすでに片付けてあり、今机に残っているパンは煉獄のデザートだ。大きな弁当を平らげた後に、彼はパンを三個食べる。ちなみにそれで腹八分目なのだそうだ。
     それはそれとして。
     高校野球地方予選の開会式および開幕戦は一週間後。我が校の緒戦はその数日後と、リミットが迫っている。いっそオーダーしておくのが賢明だったかと、今更後悔しきりだ。
    「団長だけ違う衣装でも構わないのなら、袴はどうだ」
    「袴! 袴ならサイズってあんまり関係ない!?」
    「きみほどの長身だと着丈が短くなるだろうから関係ないとは言い難いが……、例えばブーツを履くとか」
     煉獄の在籍する剣道会には長身の先輩もいるので、古い袴が余っていないか聞いてみてくれると言う。長身とはいえ宇髄とは十センチ近く違うが、なるほど足元がブーツなら多少丈が短くとも気にならないかもしれない。夏の球場のクソ暑さが少々気掛かりだが、この際贅沢も言っていられまい。一応の格好がつくなら良しとしよう。
    「上はどうしようかな。商店街にある着物のリサイクルショップで見てみようかな」
    「ああ、そうだな。好きな色を選んだらいいじゃないか。丈は袴を履けるように裾を切ってしまえばいいだろうし」
    「煉獄、天才じゃん!」
     そう聞いたら今すぐにでも商店街に駆け込みたくなる。できれば煉獄にも一緒に来てもらって、何色の俺が好きか見てもらいたいと宇髄は思う。煉獄好みの何色にでも染まる所存だが、さすがに煉獄もそこまで暇ではないだろう。今日も放課後は部活がある。
    「なぁ、煉獄も野球の予選観に来られる?」
    「……土曜か。部活はないが夕方から剣道会だな」
    「第二試合だからさ、昼過ぎには終わるよ。一緒に行こ!」
     それなら大丈夫そうだと頷いた煉獄は、最後のパンの袋を開ける。グラタンコロッケパン。そんなに重そうなやつがシメなのかよと思うが、ざくりと齧り取る煉獄の表情は見るからに美味そうで、幸せそうだ。


     さて、いよいよ野球部緒戦の日。
     基本的に球場には応援団が着替える場所は用意されておらず、観客席の端にでも寄って手早く済ませるしかない。宇髄はハーフパンツで球場までやってきて、この上に着物と袴を着付ける算段だ。
     袴を着るのは初めてのため、煉獄に手伝ってもらうことにした。だが、宇髄の用意してきた荷物を広げた煉獄は着物の上に突っ伏してくつくつと笑っている。
    「何、煉獄。何かヘンだった?」
    「これ、女性物だぞ」
    「あー、うん、着物屋にもそれ言われた」
     しかし炎天下に映える白がいいと探したら、選択肢はそれ以外になかったのだ。致し方ない。
    「しかも……、これは襦袢じゃないかと思うんだが……」
    「え? 下着ってこと?」
    「いや、今そんなことを言っても仕方ない。宇髄、さっさと着てしまえ」
     散々ぱら笑って気が済んだのか、煉獄は真白な襦袢を広げて宇髄へ差し出した。この着物は元々もっと長かったのだが、手芸部に頼んで袴にちょうど良いように裾上げしてもらってある。Tシャツを脱いでハーフパンツだけになった宇髄は、白い襦袢にざっと袖を通した。
    「前身頃は左側を右側の上へ重ねるんだ」
     煉獄に言われた通りに重ね、腰を手芸部の女子がくれたゴムベルトで止める。これは制服のスカートを短く履くときに便利なものらしい。腰紐を結ぶより着脱が簡単そうだという理由で提供してくれた。ちなみに百均で売っているという。なるほど気前がいいはずだ。
    「袴はハーフパンツの上から履くのでいいんだな?」
    「うん、今日はそのための装備だぜ」
    「ではこちらを前にして袴へ足を通してくれ」
     指示通りに黒袴へ足を入れ、左右についた紐を摘み上げて煉獄を見る。
    「ベルトの位置くらいのところで紐を巻いて、後ろで縛るんだ。——そしたら、この腰板の下についているヘラを今巻いた紐へ差し込む」
     前紐を後ろで蝶結びにした所へ、煉獄が小さなしゃもじのようなヘラをぐっと押し込んだ。腰板の左右から出ている紐を、煉獄が前に回して、宇髄の手へ持たせる。
    「それを前で縛る。簡単だろう?」
     次はもう自分でできるなと煉獄は爽やかに笑う。もっと複雑ならまた手伝ってもらえたのになという気にもなるが、それも格好が付かないかと宇髄は苦笑する。
     見れば、煉獄も苦笑じみた妙な表情だ。
    「——さすがにきみには小さいな」
     煉獄が指したのは、着物(だか、襦袢だか?)だ。これが宇髄には身頃が小さく、袖も短いことは織り込み済みだ。
    「襷で袖を上げちゃうから大丈夫。あと……、」
     襟を左右それぞれ手で掴み、首元からざっと胸下まで下ろして合わせを開く。胸をはだけてしまえば、きつくも暑くもない。
    「髪、このままと結ぶのどっちがいいかな」
     ざっと手でひとつにまとめながら煉獄を見る。
    「結ぶ方が断然いい」
    「りょーかい」
     襷を締め、髪をきっちりひとつに結った宇髄は、改めて仁王立ちになって煉獄を見下ろす。
    「どう?」
     クソ炎天下の中、支度だけでもう汗だくだ。宇髄の影の中にいる煉獄の額にも汗が浮いている。影の中から宇髄をまじまじと見上げた煉獄は「面白いな」と呟いた。
    「え、面白いカンジになっちゃった?」
    「あー、いや。そういう意味じゃない。——その装備でそこまでサマになるのはきみくらいだろうなと思って」
    「あ、よかった。サマになってるのな?」
     ふふ、と思わず照れ笑いが漏れる。煉獄はいたく感心した様子で宇髄を上から下まで眺めて腕組みをした。
    「何しろ、襦袢に剣道袴、それにブーツだ。襦袢は女物だから身八つ口が開いてるし、袖が短いのを襷でどうにかたくし上げて、身頃がきついのは前をはだけて緩め、寸足らずの袴はブーツで誤魔化してるんだろう? 普通は出来の悪いコスプレになるトンチキ具合だ」
    「とんちき」
    「奇天烈の方が合っているかな」
    「きてれつ」
    「なのにきみは気合いと迫力で着こなしてる」
     宇髄は褒められているのか貶されているのか全くわからなくなって、眉間に皺が寄ったままだ。
    「もっと簡単に教えて。いけ……てる? ……てない?」

     グラウンド内では野球部がボール回しを始めている。同時に、観客席に揃っている吹奏楽部も音出しを始めた。いよいよ応援団にとっても本番が近づいている。
     家の鏡の前で試着した時には「まぁいけそうだな」と思ったあの自信は今や霧消してしまった。トンチキで奇天烈な格好をした大男が張り切って応援しているのはさぞや滑稽だろうなと背筋が寒くなる。

    「想像以上に良いぞ。きみの顔とスタイルあってこその絶妙なバランスだ。とても格好いい」
     煉獄は宇髄を真っ直ぐに見てそう言った。確かに言った。思わず「よし!」と声が出た。
     もうこのまま勢いに乗るしかない。振り向くな。応援団もこれがデビューなのだ。
    「応援団集合! 声出しいくぞー!!」
     応援団長宇髄の声が快晴の青空高く響き渡った。今日は全員で勝ちに行くぞ。

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    rica_km

    PROGRESS宇煉・天桃前提の💎🏅です
    💎🏅・🔥🍑は、どちらも従兄弟関係(年齢設定とか詳細は齟齬が出そうなのでw、ふんわりで…)
    🏅19歳(大学生・成人)・🍑16歳(高校生)の3歳差。両思いながら🍑が未成年の上、🏅が注目を浴び易い状況であることから色々堪えているところ
    💎🔥はいずれも社会人で恋人同士
    💎が一人暮らししている部屋へ🏅は泊まりに来るほど懐いているし、秘密も共有している…
    ひみつとつみひとつ◆01◆01 Tengen side
     俺のマンションには、従兄弟の天満が時々泊まりに来る。いや。時々よりは、もう少し頻繁に。
     立地が便利だからというのは理由のうちほんの一部に過ぎない。
     天満は抜きん出た才のせいで少々注目され過ぎているもので、自宅近辺には大抵マスコミ関係の誰かしらが潜んでいるらしかった。横柄だの生意気だの好き放題に言われやすい天満だが、あれで結構繊細なところもあるのだ。注目の体操選手として世間の注目を浴びるのも無理からぬことだが、衆目に晒され続けて疲弊するメンタルが有名税とは到底思えない。フィジカルにだって影響を及ぼすことくらい想像に難くないはずなのに、それでも世間様は若干十九歳の青年を好奇心の赴くままに追い回して好き放題に書き立てる。
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