世迷言なんて言わないで久し振りに、酔っ払ってしまった。こんなに酒に酔うのはいつ以来だろう。
ゾルフは相変わらずあまり飲酒は好まないようで、結局私ばかりが飲んでいる。その末がこの様、見事な酔っ払いの出来上がりだ。
ふわふわする世界がとても心地よくて、目に映る世界の全てが私を祝福してくれているかのような錯覚すらしてしまう。隣に座っているゾルフも、心なしかいつもより優しい気がする。
「ふふふ〜……へへ……」
「気味が悪いですよ。いい加減もう止しておきなさい」
「だぁいじょうぶですよぉ〜、私は少佐より強いんですからぁ〜……ふふふふふ」
「あなたのどこを見れば酒に強いと思えるんですか。私より強いなど、どんぐりの背比べです。ほら、そろそろ帰りますよ」
呆れているゾルフは、勘定を済ませると私の腕を引いて店を出た。ひやりと冷たい冬の空気も、私の酔いを醒ますには至らない。
自分では真っ直ぐ歩いているつもりだが、多分よろよろと千鳥足なのだろうことは想像出来る。想像出来るが、自分の意思では最早どうすることも叶わない。ゾルフが私の腕を引いてくれているからこそ、立っていられるのだろう。
「ふぁ〜……ゾルフは優しいですねー……紳士紳士」
その優しさが有難い、と思うと同時に何だかそれがとてもおかしくて、笑いが止まらない。くすくすと笑う私を、それでも見捨てず連れて帰ってくれるゾルフはやっぱり紳士なのだろう。
「私ぃ、ゾルフのそういうとこ好きです。なんだかんだでね〜、優しいんですよ〜……ねえ、聞いてます?」
「はいはい、聞いていますよ。そんな世迷言を言える余裕があるなら、自分で歩いて帰りなさい」
むっ、とゾルフの言葉に小さな怒りが込み上がる。世迷言でなんかあるものか。私が彼を拒まないのは、彼だって私を拒まないからだ。好きじゃないし愛などないと言いつつ彼と抱き合うのは、そんなことを言える関係だからだ。
「世迷言なんかじゃないです!私は、わたしは、ゾルフのことが、むぐぐっ」
往来の真ん中で私が何を言おうとしているのかを素早く察したゾルフが、私の口を手で塞ぐ。
「こんな場所で、大声でそんなことを言うものではありません。帰ったらいくらでも聞いてあげますから、さっさと帰りましょう」
「んむ〜……うちは遠いから、今日はゾルフのとこに泊めてください」
「いつもは絶対自宅まで帰るでしょう?」
「もう歩けません……抱っこして……えへへへへ」
自分が何を口走っているのか、もうよく分からない。ゾルフが呆れている雰囲気だけは何となく分かる。
「じゃないとぉ、ここでまたゾルフのことが大好きだって叫んじゃいます!いいんですか!?」
「……相当酔っているのは分かりました。では、今日は私の家に泊まってくださいね。明日の朝に目が覚めて自分の家でなくても、怒らないで下さいよ」
「はぁーい!うふふふ」
やっと自分の思いが伝わったことに、私は喜びを抑えきれずまた笑いが止められない。
「全く……あなたの酒癖の悪さには困ったものです」
ゾルフが呟いて、私の手を離す。
「?」
「さっさと帰りますよ。このペースで歩いていては、着くものも着かない」
しゃがみ込んで、背負う仕草を見せてくれた。私はゾルフの首に後ろから腕を回し、体重を預けた。ゾルフが立ち上がると、軽い浮遊感。頭を彼の背中にこつんと当てれば、かすかに伝わる人肌の暖かさに安心する。子供の頃に、父におんぶしてもらった事をふと思い出した。
「こういうとこですよ〜、こういうとこが好きなんですよ〜」
「はいはい。もう分かりましたから。あなたは余程私のことが好きなんですねえ」
「好きですよー、大好きです!!」
今ならなんでも言ってしまいそうだ。こんなに私に色々してくれる人のことを、嫌いな訳がない。『そういうところが好き』程度の感情が『大好き!』にまで膨れ上がり、『ああ言っちゃった』程度の後悔が明日の朝には『とんでもない事を大声で言ってしまった死にたい殺してくれ』にまで萎んでしまうのだから、酒の力は本当に恐ろしい。
だが今は、ゆらゆらとこの浮遊感と幸福な気持ちを楽しもう。幸せなのはいい事だ。明日の感情など気にしても仕方がないし。翌日私は昨夜の事をほぼ全部綺麗に覚えており、自分の発言や行動に頭を抱えることになるのだが、それも今は神のみぞ知るのみ。
今この瞬間があれば、それでいい。
終