十五夜 ベランダの窓を開けると涼しい風が室内へと流れてくる。涼に誘われるように外へと出た。まだまだ日中は蒸し暑いけれど、夜は少し肌寒さを感じるようになってきていて、季節は確実に秋へと移り始めている。空には真ん丸な月。今夜は綺麗な満月だ。お月見団子も買ってくれば良かったな、とちょっと後悔する。見上げた月には餅つきする兎の影。他の国では蟹だったり、女性の姿だったりするらしい。ただの黒い影にも人は様々な思いを映すようだ。月面で餅つきする二匹の兎を想像して何だか僕たちみたいだな、と思う。そんなに可愛いらしいものじゃないのは自分でもよく分かっているけれど。室内でビールを呷る無精髭のおっさんを見ながら思わず口元が緩む。案外ウサギの耳も似合うかもしれない。
今日は広川神社や複数の神社を含む大規模なお祭りがあって、その賑わいに惹かれたのか結構な数の怪異が周辺に集まってきていた。人が集う場所にはそういう手合いが集まりやすいが、祭りに参加する人達の楽しげな雰囲気が眩い煌めきとなって、まるで誘蛾灯のように寄る辺無い魂たちを引き寄せたのだろうか。
KKを誘ってちょっと祭りを覗いてみようか、くらいの気持ちで神社に足を運んだつもりが、がっつりと奴らの相手をさせられる事になった。特段、手強い相手もいなかったのでKKは物足りなさそうだったけど、おかげで祭りを見て回る時間も殆ど取れずあれが食べたかった、これも食べたかったとぶつぶつ文句を言う僕を哀れとも鬱陶しいとも思ったKKが、帰りにコンビニでコロッケを買ってくれた。それで一応機嫌を直した僕に安上がりな奴だとKKは言いながら、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ねぇ、KK、外、月が綺麗だよ!」
なかなか室内に戻らない僕を怪訝そうに見ているKKに、網戸越しに声をかける。
一瞬、面倒くさそうに眉をしかめたけれど、手に持った缶の残りを一気に飲み干し、空になったそれを置いて此方にやってくる。
「お、随分と大きいな」
網戸を開けて首を付き出し、僕の肩越しに月を見上げる。
「KKも一緒にお月見しようよ」
KKの腕を引いて外に誘う。引かれるままにKKはサンダルを突っかけてベランダに出てくる。
「今日は中秋の名月なんだって」
「そうなのか、じゃあ団子も買えば良かったな」
自分と同じ事を考えてる彼に思わず笑ってしまう。
「何だよ、おまえ好きだろ?団子」
馬鹿にされたとでも思ったのか、KKが不機嫌そうに言う。
「僕もさっき同じ事考えてたんだよ」
笑いながらKKの手を取り、
「離れても僕たちまだ繋がってるみたいで、ちょっと嬉しいな」
KKは僕の手を握り返しながら言う。
「別にオレが食いたいわけじゃない。おまえが好きだからだ」
何だかいつになく真剣な様子に一瞬心臓が跳ねる。KKは少し視線を落としながら続ける。
「気が付くと考えてるのはおまえの事ばっかりだ。これはおまえが好きなんじゃないか、とか、喜ぶんじゃないか、とか。そんな事ばかり考えてる。自分で自分が信じられねぇ」
内心、凄く嬉しくて今すぐKKに抱きつきたい位だったけど、何だかちょっと照れ臭くて、
「KK、僕のこと大好き過ぎでしょ」
ちょっと茶化すように言ったけれど、KKは真面目な顔のまま答える。
「あぁ、そうだな、おまえの望む事なら何でも叶えてやりてぇ、って思うくらいにはな」
え、なに、急に。反則でしょ。急にやめて、そういうの。嬉し過ぎるから。きっとそんな感情が全部、顔にでていたんだろう、KKはにやっと笑って握っていた僕の手を口元にもっていくと、その甲にキスをした。
「……うわっ、気障だね…!」
何とか返したつもりだけど、顔が熱くて仕方ない。多分、耳も真っ赤だろう。にやついてるであろうKKの顔は見なくても分かる。ムカつく。一矢報いてやらなくては。
「じゃ…じゃあさ、禁煙してよ」
僕が言うと、KKは意地の悪い笑みを浮かべてポケットから煙草を取り出して咥え、
「そればっかりはおまえの頼みでも無理だ」
と火を点ける。
「何でもって言っただろ…!嘘つき!」
「おまえは煙草吸ってるオレが好きなんだろ?だからそれはおまえの本当の願いじゃない。よって叶える必要は無いわけだ」
そう言って煙を吐き出す。
「……何だよ、それ」
けれどそれは事実であるが故に、言い返すことは出来ない。どうやって反撃しようか、と考えて僕は思いついた。
「……確かにそうだね、僕は煙草吸ってるKKの姿は好きだよ。でも煙草の味と匂いは嫌い。だから、吸った後はキスしないでね」
そう言って先に部屋に入ると、窓を閉めて鍵をロックする。締め出されたKKは何やら文句を言ってるが、ご近所さんに配慮した静音モードなので、室内の僕には聞こえないことにした。ちらりとKK越しに眺める月は、冴え冴えと静かに白く輝いていた。