その後三日間は口を聞いてもらえませんでしたあらすじ
大変だ!浴びた者はえっちな気分になるきのこの胞子をファウストが浴びてしまったぞ!
「そんなわけで僕は引き籠る。絶対に部屋に入るな」
現場を見ていなかったヒースクリフとシノを適当に言いくるめ、念のためと部屋まで送り届けた俺を前にファウストはにべもなく言い放った。
「いや食事どうするんだよ」
「効果が消えてから貰いに行くよ」
「……賢者さんには一応報告しとく?」
「いい、部屋に結界を張っておく。僕のことはいいから、ネロも部屋に戻りなさい」
相変わらず素っ気ない態度を崩さないファウストは、今のところ会話も受け答えもはっきりしているし、顔色も呼吸も悪くはない。一見すると何も異常が無いように見えるけど、もしかして効果は殆ど消えかかっているから心配無いのだろうか。
「ネロ」
俺も人のことは言えないけど、ファウストは怪我や受けた呪いを隠していることが時折ある。今回は子供たちが一緒にいたからなおさらではないかと危惧しているのだけど、そうであるならやはりもう少し注意深く傍で様子をみるべきだろうか。
「……ネロ」
他人に弱っている姿を見られることをファウストは好まない。その気持ちは俺もよくよく分かるけど、同じ東の魔法使いで、先生で、そういう仲のファウストが辛い思いをしているのなら放っておけないし、何とか助けてやりたい。やはり賢者さんには一報入れて、傍についていてやって、万が一身体的異常が出たら苦渋の決断だけどフィガロを呼んで──。
「…………ネロ!!!!!」
悶々と考えこんでいた俺の思考をファウストの(それなりに大きい)声が引き戻す。
「人の!下腹部を!まじまじと見るな!」
「あ、ごめん」
ぐわ、と視界が上向いて、目を吊り上げて憤慨しているファウストの顔が目に飛び込んでくる。顔を両手で包まれて上向かされたようだ。首からゴキ、と嫌な音がした気がする。
テストで赤点を取った時よりも怒っていますオーラを感じるが、俺としてはそれよりも重要なことが目の前にあるのだ。
「いやだって。えっちな気分になってるなら勃つはずだよな、って」
「だからと言って露骨に見るな。そもそも魔法で押さえつけているからならない」
「そんなことできんの!?」
「うるさい。僕を誰だと思ってる。それくらい何とかできるから早く部屋に帰れ」
早口で捲し立てるファウストに、一応心配しているんだけどなと俺はちょっぴり落ち込んだ。
聖人だ英雄だともてはやされたとしても、ファウストも突き詰めた生身は一人の男にすぎない。男であるならば生理現象としてあそこが勃つはずなのに、ファウストのカソックは禁欲的な彼に違わず普段通りにつるりと下半身を覆っている。流石は東の先生と呼ぶべきだろうか。
──我慢しなくたっていいのに。
「身体は魔法で何とかしてるとしてもさ……心は?平気なの?」
「平気じゃない。凄くむらむらしてる」
「そうだよな……えっ!?超むらむらしてんの!?」
「うるさい!してるよ!だから早くきみにここを立ち去ってほしいんじゃないか!」
ふー、ふー、と毛を逆立てる猫よろしく威嚇しているファウストの顔は、よく見れば耳や目尻が紅に染まっている。俺が色々怒らせたせいかと思っていたけど、実のところはしっかり性的に興奮していたからであったとは。
魔法は心で使う。いくら身体機能を魔法で押さえつけても、心がむらむらして乱れてしまえば、徐々に効力も弱まってしまう。
ギ、と依然強気に睨みつけてくる瞳はじわりと熱に溶け始め、潤んだ紫色が陽炎のようにゆらゆら揺れている。凄んだはずの眼光も、奥に欲が宿れば俺の導火線に火を点ける火矢にしかならない。
身体反応は無理やり魔法で押さえつけて?
精神的にはばっちりいけない気分になっていて、だから俺にいてほしくない、と。
──俺としては、つまりご馳走が目の前にいらっしゃるわけだ。
「……おい、何締まりのない顔をしている」
「んー?別に?俺は先生のこと心配してるだけだよ?」
「何を企んでいる……?さっさと部屋に戻りなさい」
「まあまあ。ほらせんせ、早く部屋に戻ろ」
「まあまあじゃな……っこら部屋に入ろうとするな!脚をドアに引っ掛けるな!くそ、無駄に長い脚だな……!」
「そりゃどーも。はい、お邪魔しますよっと」
「こら、ネロ!おい!入るなってば、ネロ……!」
ま。据え膳食わぬは男の恥、ってね。
バタン。
ファウストの部屋の扉が閉まる音が廊下に響く。
それ以降はまるで防音でもかかったように静寂が広がるばかりであった。