【快新】風除けは愛 あれは強烈に冷え込んだ、大晦日の夜だったか。
除夜の鐘を聞きに行ってそのまま初詣まで行こうぜ!と二人はしゃいで夜道を歩いていた。だが真夜中の風はひどく冷たくて、防寒はしっかりしてきたつもりでも耳が痛むほどの寒風が吹きすさぶ。
「さっみ!」
「はやく神社辿り着かないと俺達凍死すんじゃね……?」
傍らで快斗がずび、と鼻を啜る。
「神社辿り着いたって別に暖まれるわけじゃねーだろ……」
「あれ工藤知らないの?神社の参道の途中ってさ、なんか出店とかあんじゃん?暖がとれて甘酒とか飲めるとことか絶対あるって!」
なんか買って飲もうぜ、と快斗が言う。キッド時代から分かってはいたが、寒がりだよなこいつは、と新一は笑った。
「俺、別に甘酒欲しくねぇし。珈琲とかねぇのかな」
「酒はあっても珈琲はどうかな……ねーかも……」
「んじゃとっととどっかの喫茶店にでも行こうぜ」
「正月の真夜中に開いてる喫茶店てどこだよ……!」
寒すぎてその場でちょっと足踏みしながら黒羽が叫ぶ。新一と比べても厚着なのだがそれでも寒いらしい。
と、そのとき凄まじい烈風が吹いた。周囲を歩いている参拝客たちも一瞬「ひゃ」「うわ」と声を上げるほどの風だ。
当然のように快斗が「うわああああ」と情けない声をあげ、こともあろうに新一の背にへばりついた。新一の両肘を後ろから掴んで背中に隠れ、「The 人間風よけ」などとほざいている。
「俺を風よけにするな!」
「ちょ、動くなよ工藤~!!!!俺を助けると思って!」
「俺だって寒いわバーロ-!くそっ!」
「ははっ!背後は取らせねぇ!」
快斗の手を振りほどいてその背後をとり、逆に風よけにしてやろうともがく新一と、さらにそんな新一を風上におこうと足掻く快斗が背後をとりあう様は、傍から見ればさぞ迷惑だっただろう。
あまりの寒さに悲鳴をあげながらも、お互いじゃれあっていると楽しくて、しばらく不毛な戦いを繰り広げながらも笑いが止まらなかったのだ。
(……あんな時もあったな)
ふ、と口元をほころばせて、新一は隣で歩く男を見上げた。
あれから数年、すっかり世界のKAITO KUROBAとなってしまったマジシャンが、そんな新一の視線に気付いてこちらを見やる。
「ん?」
どうした?と甘く問う視線に、大人の余裕が滲む。
「なんでもねぇよ。てかさみぃな……」
いつの間にか見惚れていた横顔から視線を逸らして誤魔化したけれど、大学時代より快斗は一回り身体の厚みも増え、本当に逞しくなったな、と思う新一だ。
───変わったのは、逞しさだけではない。
友人の他にも、自分達の関係性を表す言葉は、もう少し増えた。
今年の正月は共に過ごしたいと、快斗は日本に帰ってきてくれた。久々に一緒に初詣にいくか、と真夜中からこうして連れ立って歩いているのだが、この歳になるともう夜中の寒気が身に沁みる。ちょっとだけ、こんなクソ寒い中、こたつを手放してまで外出したことを後悔しそうにもなったが。
それでも───いつにもまして賑やかな神社への参道をふたりして歩くのは、心躍るひとときだ。
とはいえ、風はやはり強い。遠くから風が吹きすぎるたびに、神社の木々が轟と音をたてて揺れるから、音で風の接近がわかるほどには強い。
(うわ、また来た)
ザァァァァァァ……と一斉に葉擦れの音が響き渡り、突風が前方から押し寄せてくる。思わず新一がぎゅっと身を竦め、迫り来る冷気に備えたその瞬間。
ふわりと、風の勢いが薄れた。
(……っ!)
きつく眇めていた瞳を開けば、風上に、厚く広い背を持った男が移動していた。
「大丈夫? 風つえーよなぁ」
余裕の笑みで振り返った快斗を見上げ、新一は思わず目を瞠った。
いや、確かにいい男になったけれど。
こんな一瞬で心を攫う男になっちまったか、と少し感動すら覚えた後で気付く。
そういえば昔も今も、一瞬で艶やかに人を魅了するのがこの男の専売特許だったな、と。
大人の色香がその所作に滲むようになった分、心臓を掴む力は増したか。
「……それはちょっと反則だぞオメー……」
「あれ? 何? 惚れ直しちゃった?」
ニッと笑って快斗が顔を覗き込んでくる。バーロ、と小さく返して、そんなお調子者の耳へ手を差し伸べた。
案の定、冷たい。こんなに耳冷やしてるくせに、しっかり格好つけられるようになっちゃったんだなぁ、としみじみ思いながら新一は微笑った。
「その突っ込みさえなけりゃな、120点だったぜ。てかオメー、絶対コートの内側にカイロ貼ってんだろ!」
「あ、バレた?」
まぁいいじゃん見えねえんだし、と快斗が笑う。
「ちゃんと温かくしてるから、新一の風よけぐらいにはなれるぜ?」
「……キザめ」
「遠慮無く惚れ直してくださっていいんですよ、名探偵」
耳をつかの間あたためた工藤の手を握りしめて手を繋ぎ、快斗が行こうぜ、と促す。ふたたび人の波に乗って歩きはじめながら、快斗がふと、新一の耳へ唇を寄せた。
「……早く帰って、あったまろうぜ? 新一が欲しい」
微かな熱を帯びた囁きに、滲む誘惑。
じわりと頬を染め、新一はマフラーに口元を埋める。おう、と小さく頷いた。
───欲しくなってしまったのは、何もお前だけじゃねーんだよ、と思ったことは内緒にしておこう。せめてあと数時間だけでも。
きっと熱い腕の中に攫われてしまったら、何一つ隠せないのだろうけど。
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2025年もよろしくお願い致します……!by ゆめむ
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