一ぐだ♀/舌ペロッ制服ぐだとはじめちゃんの話マスター・藤丸立香にとって、新しい礼装はひそかな楽しみの一つとなっていた。姿見の前に立ち、改めて全身を見る。白のブラウスにベージュのベスト、ボトムスはシンプルなグレーのプリーツスカート。胸元の赤いリボンが明るい髪色と合い、華やかな印象を与える。腕を回すと少し窮屈だが、ブレザー制服なのでそれは仕方ない。スカート丈も長すぎず短すぎず、ばっちり可愛い。
「へー、いいんじゃないの?」
立香の後ろに立ち、姿見越しに笑いかけるのは、サーヴァント・斎藤一。裏表のない褒め言葉に、立香ははにかんだ笑顔を見せた。
「えへへ、ありがとう」
「マスターちゃん、今年いくつだっけ?」
「……前言撤回」
低い声とともに後ろにいる彼を睨みつける。それは言ってはいけないお約束だ。現代日本に似た微小特異点修復に際し、潜入のため学生服姿になることもしばしばだが、カルデアのマスターになって幾年月。今も現役高校生かと言われると……。
「いや、ギリ大丈夫なラインだから!」胸に手を当て、自分に言い聞かせるように話す立香。「はいはい、わかってますよ」と斎藤は軽い笑みと共に返事をする。
「一ちゃんもさ、その再臨姿だと学校の先生っぽいよね」
「えっ、僕が?」と目を見開き、自身を指さす斎藤。
上下黒のスーツに日本刀。英雄と呼ぶには簡素な格好ではあるものの、現代的な親しみやすさと格好良さがある。
「斎藤先生」
「あー、その響き良いねぇ。普段のヘラヘラ新選組から脱却できそう。理知的でクールな教師。もっと呼んで?」
先日の特異点修復で入手したメガネ型の簡易霊衣――はじめちゃんグラスをかけ、ブリッジに人差し指を当てて口の端を上げる。
「サラリーマン教師・はじめちゃん」
「待って、それ混ぜないで?!意味変わっちゃうから!えっ、何その『巧いこと言っただろう』みたいな顔、僕やっぱりそんな感じなの?」
無言でうんうんと頷く立香。テーブルにつき、斎藤を見上げる。挑発するように舌をぺろりと出してみせた。
「さいとーせんせー、授業まだですかー?」
「あのねえ……。まあ、いいか。それでは、授業を始める……って、いや、やっぱ柄じゃないわ!はーい、出席取りまーす。うん、マスターちゃん一人しかいないけどね?」
「斎藤先生、お昼休み暇ですかー?食堂で一緒にお昼食べようよ。コロッケそばあるよ」
「あー、そりゃそそられるわ。なんなら今から自習にしちゃおうかな」
「やっぱりサラリーマン教師だ」
苦笑いする斎藤に、立香はお腹を抱えてケラケラと笑いだした。涙が滲むほどひとしきり笑い、ゆっくり顔を上げた。
「本当は、普通の学校でこんなやりとりしたかったな」
いつも周りを明るくする、活発な少女の笑顔に微かな影が差すように見えた。西日差す暖かな教室とはほど遠い、殺風景なマイルーム。コンソールに表示されているのは、目を背けたくなるような異形が極彩色の体液を放ちながら飛び散る写真と、書きかけの報告書という名の、あまりに凄惨な旅路の記録だった。
こんな茶番劇、ひと時の現実逃避にすら――
「マスターちゃん」
立香の頭に、ぽんと大きな手が載せられる。いつの間にか斎藤は立香の傍に立っていた。ぽんぽんと頭を撫でられ、オレンジ色の髪に結われたサイドテールが揺れる。
「前から言ってるけど、マスターちゃんは何でも真面目に捉えすぎ。たまには逃げたり遊んだりしないと。それに、現実逃避なんて、呼び名が良くない」
「先生みたい」
「みたいじゃなくて先生ですよ?これでも師範の類もそれなりにやってたんで」
「そっか」
立香は安堵した表情で斎藤を見上げた。
「にしても、他のサーヴァントでもやってくれるんじゃないの?こういうノリが好きな連中なら他にも」
「一ちゃんにしか頼めないから。ううん、わたしは遊ぶなら一ちゃんとがいい」
「うわっ、すごい殺し文句。ああ、遊びだろうが、何だろうが、マスターがそうしたいってんなら、俺は最後まで付き合うさ。あの時――そう決めたからな」
まあ、僕も遊び大好きなんでね?と、斎藤はいつものヘラヘラとした笑みに戻って付け加えた。
「ありがとう」
「早速だけど、可愛い生徒の立香ちゃん」
「なに?」
「そのスカート、校則違反なんじゃない?あと、ブラウスのボタンいくつか空けてるのも」
「…………はい?」
適当が服を着て歩いているようなこの男から、校則違反という言葉が出てくるなど。いや、生前は警官職に就いていたこともあるとはいえ……。
「だって今の僕ってば、学校の先生なんでしょ?校則違反はちゃんと取り締まらないと」
「それはそうだけど。……って、何処覗き込んでるの!っていうかボタン!」
ボタンを閉めるどころか、ベストの下に着ているブラウスの隙間から見える肌に、冷たい指が這わされる。胸元から顎にかけて人差し指で撫で上げられると、背中がぞくりと粟立った。反射的に斎藤の手を握ろうとするも、逆に手を握り返された。
「最後まで遊ぶんでしょ?」
笑みの奥に、情動の念が昏く微かに光るのを、子供と大人の間で揺れ動く制服姿の少女は見たのだった。
(全年齢向け・終)