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    ねこの

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    #一ぐだ♂

    ノウム・カルデアは閉鎖された空間だ。外気は通らず、日光など取り入れられる道理も無い。施設内に疑似日光を再現できる部屋は有るが、あくまで疑似だ。シミュレーターなんかもそうだが、どれだけ限り無く本物に近くとも欺瞞に過ぎない。
     漂白された地球が一体どうなっているのかを斎藤は知らなかった。聞いてもきっと分からないだろう。記憶にあるよりもずっと技術の進んだ施設は便利だが味気ない。昼も夜も同じよう室内を照らす照明も、人間に害を及ぼさぬよう常に働く空気清浄機もよくできていると思うものの、揺らめく火を眺めたくなる。或いは様々なものが混じった土のにおいを嗅ぎたくなった。思えばシミュレーターはこの辺りが足りない気がする。エネミーを斬ったとて血や臓物の臭いが鼻の奥にこびりつく感触は無い。
     レイシフトに手を上げたのもそういう理由だ。今回は多少の揺らぎが観測された土地の調査とあって緊張感が薄い。ベースキャンプを作り、ここを拠点に数日間の探索を行う。野営には慣れているのか、随分と手際が良かった。
     頭上には晴れ晴れとした晴天が広がっている。放牧地なのか草が青々と生い茂り、寝転べば心地良さそうだ。敵性生物の気配も無く、また異変らしい異変も感じられない。揺らぎは揺らぎでしかなさそうだ。通信越しにゴルドルフやダ・ヴィンチと話すのが聞こえたから、夕方には引き上げになるだろう。ちょうど夕飯時に間に合うか。デオンの夜営食は食堂で食べる食事ともまた趣が違っていて美味かった。温めたパンに焚き火で溶かしたチーズを垂らし、焼いたハムを挟むだけで何故あんなにも美味くなるのだろう。あのくらいならカルデアでも出来そうだが、上品になりすぎるだろうか。持ち込んだミネストローネを飯盒を使って直火で温めるだけでも胃が温まるような感じがした。
     こういうの、キャンプって言うんだったか、と俄知識を口に出せば皆一様に曖昧な表情を浮かべた事を思い出す。夏に少し、色々有ったらしい。
    「昼寝にちょうど良さそうだね」
     大変に牧歌的な空気だ。藤丸が気の抜けたことを言いだしても致し方ない。咎めるような事を言いだす者は居ない。
     武装を解いたマシュの髪が風に揺られる。どこからか舞ってきた葉が足を休めようとするのを、藤丸の手が退けてやった。慣れている事なのか二人の空気は自然だし、周りも殊更口には出さない。
     ふ、と目元を緩めて感謝を伝え、唇で笑みを形作る。
    「そうですね。調査も一段落付いていますし、ここで少し休憩しても良いと思います」
    「やたーっ! お昼寝、お昼寝しよ、マスター!」
     調査に大分飽きていたのだろう。マシュの言葉に弾むような具合でアストルフォが藤丸に飛びついた。そのまま草原に二人で倒れ込み、抱き着いて数度転がった。驚いた声は上がったものの、上手いこと受け身を取ったのかそれともアストルフォが抱え込んだのかは知らないが大事は無さそうだ。慣れたものなのかマシュが荷物からブランケットを取り出し、フォウが咥えて引っ張っている。
     これでは調査に来たのか、ピクニックに来たのか分からない。ああ、しかしカルデアにばかり籠もっているよりは健康的だろう。ここ最近は新規礼装の調整で長々と籠もっていることが多かったから、その辺りのストレス発散も兼ねているのかもしれない。
     周囲を警戒しながらも保護者然と着いていく。アストルフォを叱る役目は斎藤ではなく、もう一人の剣士が担ってくれた。
    「こら、アストルフォ! マスターを押し倒して転がるんじゃない!」
    「いーじゃん気持ち良いよ! ホラ、デオンもゴロゴロしようよ~!」
     しかし暖簾に腕押し。反省する素振りすらなくデオンも誘う姿は天真爛漫という言葉がよく似合う。そういえば調査にいの一番に立候補したのがアストルフォで、それならばと参加を決めたのがデオンだった筈だ。なるほど、そういう人間関係らしい。
    「寝転がるのは良いが……マスターを離してやったらどうだ? そのままでは寝にくいだろう」
     ちぇー、と唇を尖らせて手を離す。代わりに隣へ腰を下ろしたデオンの太股に頭を乗せた。随分と可愛らしい格好をした二人だが、登録されている性別は不明になっている……のだがどちらも男ではないのだろうか。なるほどこれは沖田の性別がどちらかなど大した問題にはされない。カルデアの不思議を思いながら、一行とは少し離れたところに落ち着いた。
     大した危険は無いと分かっていても、遮蔽物の無い場所で休むのは気が引ける。この辺りは習い性と言っても良い。腰に吊った刀を確認しながら、辺りを見回す。鳥の声一つない、というのは不思議な感じがした。
     休む気配が無い事を勘付いたのか、寝転んだままの藤丸が視線を寄越してきた。
    「一ちゃんは昼寝しなくて良いの?」
    「遠慮しとくよ。ほら、万が一って事も有るじゃない? 折角良い天気なんだ、マスターちゃん達は休んでおきなよ。それもお仕事でしょ」
     アストルフォの隣にマシュが腰を下ろす。ちょうど藤丸との間だ。慣れている事と、それを良しとすることはまた違うらしい。藤丸の頬をフォウが舐めている。額を尻尾でぺしぺしと叩かれて随分と幸せそうだ。小動物と戯れるのはストレスの軽減になると聞いたがそんな感じだろうか。フォウフォウ、と鳴いたと思えば、ぐるりと円を描いて体を丸める。リスのような、猫のような犬のような。なんとも言えない生き物だ。
     視線を周囲に巡らせて息を潜める。立ったままでも、立ち上る土と草のにおいが鼻腔を擽った。



     あの後やはり夕刻前にカルデアへ帰還となった。やはり気のせいか、あるいは一時的な魔力の揺らぎという事で結論が着いたらしい。そういう事もあるのか、と思うと不思議なものだ。もしかしたら派手にバランスが崩れる可能性もある為要観察、との事。肩すかしではあるが、藤丸には良い休養になっただろう。
     昨日は夜営食だったが、今日はハンバーグつきハヤシライスだった。この手のメニューは子ども姿のサーヴァントに人気があるらしく、ジャックやジャンヌリリィが喜んでいた。登録名はジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィらしい。長いし舌を噛みそうだ。はしゃいでいるように見えてナーサリー・ライムは二人を見守るような目をしている。お子様にはデザートのオマケが多いと聞いて、カーマが子どもの姿になって列に並んでいるのは少し目を疑ってしまった。
     沖田も土方もこの手の洋食は慣れたものなのか、美味そうに食べていた。たくあんだけが主食では無いらしい。いくらサーヴァントとはいえ、人はたくあんのみにて生くるにあらず。とはいえ香の物としてたくあんはしっかり食っていた。
     残りは自由時間だ。さて、どうしたものかと首を傾げたが、昼間少し気になる事があった。
     陽は温かく、草のにおいは心地良い。昼寝には持ってこいだったろうし、マシュやアストルフォは実際少し眠っていた。しかし藤丸は瞼こそ瞑っていたものの、寝ているようには見えなかった。レイシフト中だったのだから実は気を張っていた、というならそれまでだ。しかし記録で見ると藤丸は不眠を飼い慣らしているようには見えない。不意に寝落ちる事は頻繁にあったようだし、睡眠に落ちている最中に特異点を解決している事すらあったと読んだ。眠ればどこかに引っ張られるから不用意に眠らないようにしている、という可能性も考えられるがあの場では相応しくないだろう。
     先客が居たら帰るまでの事。そう思い、彼の部屋まで足を向けてしまった。
     在中の表示に息を吐き、コールを鳴らす。人に寄っては霊体化を使って勝手に入り込む者も居るらしいが、そういう事をする気は起きない。
    『はい、だぁれ?』
    「僕だよ。他に誰かと居る?」
    『ん、居ないよ。開けるね』
     鍵は掛かっていなかったのか、解錠の音も無しにドアが開く。フォウはマシュのところに居るのか見掛けない。
     寝る時間にはまだ早いが、寝支度は済ませたらしい。今日のデータでも見ていたのか、覚えがある光景がタブレット端末に映り込んでいた。
    「どうしたの? 不調?」
    「いや、僕じゃなくってさ。マスターちゃんが大丈夫かなって」
    「俺? 元気だけど……」
     ぐるりと目を回してみせる。このカルデアに喚ばれたなかでは短い付き合いだが、こういう癖は見抜けるようになってしまった。ああ、ああ見えてきっとアストルフォもデオンも気付いているのだろう。
     来たばかりの頃ならば見逃していた筈だ。がんばれるのなら好きにすれば良い。所詮斎藤は雇われ人で、藤丸に深く干渉をする理由も義理も持たないのだから。そう言っていられれば楽だったろう。
    「マスターちゃん、昼寝してなかったでしょ。目は閉じてたみたいだけど、気を張ってたみたいだから、ちゃんと寝れてるのかな~って思ってさ」
    「気付いてたの」
     困ったように笑う。悪戯が見つかった子どもみたいだ。勘付いて欲しくないけれど、気付いて欲しい。バレて安堵したような印象さえ受ける。もっと上手く誤魔化すかと思ったが、以外と明かしてくれるみたいだ。
     大人と扱うべきか、他のサーヴァントのように子どもじみた扱いをすべきか悩むところである。
    「他の面子も気付いてるとは思うけどね。眠りにくいとかじゃないんでしょ」
     マシュはどうだろうか。藤丸を頼りに思い、信じる気持ちは人一倍だ。心を許しているのも確かだろう。道程の伴をしたのが彼女でなければ、藤丸の足は止まっていたに違いない。ああ――確かに、藤丸立香の運命はマシュ・キリエライトなのだ。斎藤は所詮新参者で、当然の顔をして彼の隣に立つには理由が足らない。
     居たいから、と正直に言い出せるほど幼くも素直でもなかった。
    「ん……うん。でも大した理由なんてないんだよ」
     折角来たんだし、とハーブティを淹れられた。ティーバッグに加工してあるが手作りだろう。少しばかり魔力が感じられた。生前は全く分からなかったから、これはサーヴァントとしての性能だろう。
    「これはメディアが作ってくれたんだ。器用だよね。魔を寄せないように、悪しき者に連れて行かれないように、って」
    「ああ……あのキャスターの」
     西洋の英雄について斎藤自身は詳しくない。鼻は甘い匂いをかぎつけたが、お茶自体は薬湯でも飲んでいるような心地だ。顔を顰めて見せれば、笑いながら瓶詰めの蜂蜜を差し出してくれる。スプーンも受け取り、一掬い溶けば甘い香りが立った。
     記録のいくつかには、藤丸が寝ている間にレイシフトを行ったという記述さえあった。出会ったサーヴァントは実在し、またカルデアでの召喚実例もある。魔術に詳しくない斎藤でも、これは明らかにおかしいと分かる。彼を必要としているから喚ばれたのか、それとも藤丸がそういうモノを呼び寄せる体質なのか。比較しようにも他に実例となり得る存在は居らず、一例一例を調査するより他に無い。これは以前かららしく、前任者、ダ・ヴィンチの作成者も、またもう居ない医者も頭を抱えていたようだ。
     そして勿論、当然ながらサーヴァントだって気に掛ける。要石たる藤丸の不在はどうしたって不和を招く。彼の死は即ち、人類史の敗北である。決して一人きりで担っている訳ではないとはいえ、この背に乗せるには大きすぎるし重たい。運命は心の準備も、覚悟さえもさせてくれないままに決断を迫る。
    「大人の方。ずっと世話になってるんだけど、あんまり魔術は教えてくれないんだ。向いてないのよ、って言われてるからよっぽど才能がないのかもしんないけど」
    「世話焼きなんだねえ、その姉さんも」
     誰かの意思なのだろう。藤丸は元々一般枠の補欠だ。もしも、もしも本当に世界を救ったら――元の生活に戻るかもしれない。そうなれば魔術の知識なんて余分だろう。例え記憶を弄ったとして、どこで戻るか分からない。なら始めから覚えていない方が良い。
     あまり人に慣れるタイプではないのか、初顔合わせの時に良い顔をされなかった。顔の良い男を好まないらしい、と何故かあの佐々木小次郎に忠告された。しかもイアソンと夫婦だった……らしい。人間関係が複雑だ。古ければ古い程荒唐無稽になる印象だが、比較的近い年代の斎藤自身も完全に生前と地続きであると言い難い。成る程魔術とはいかがわしいものである。人類史の影法師、死者の記録の再生。サーヴァントシステムなるものを誰が作り上げたものかは知らないが罪深いものだ。
     心ある者であれば、もの知らぬ藤丸に関わらせたいとは思わないだろう。
    「そうだね。随分と早い内からお世話になっているから、子ども扱いされてるのかも」
     藤丸の周りはなんだかんだと口は手を出す者が多い。以前見た写真を思い出して喉を鳴らした。望んで冒険に飛び込んだのなら勝手にすれば良いが、藤丸は明らかに巻き込まれた側である。それでも理不尽と嘆かない彼に世話をやきたがる連中は確かに多そうだ。
    「まあマスターちゃんは童顔だしねえ。成人してるって言われてもいまだにちょっと信用できないなあ」
    「ええー。いや、あんまそんな自覚もないけどさ……まあお酒飲んでも酔わないから楽しくないんし……」
    「そういやマスターちゃん、邪馬台国でも飲んでなかったね。酔わないの? 得だか損だか分かんないね」
    「酔ってる人に絡まれるだけだからね……美味しいとは思うけど」
     美味しいと思うのなら素質はある。今度誘ってみても良いだろうか。こんな環境だ。楽しみは多い方が良い。酔わないなら楽しみにはならないだろうか? 勝手に頬を桃色に染める藤丸を思い描き目を細めた。
    「酒は一通り飲んだ? 日本酒に焼酎、ビールとか、ワインも白や赤があるじゃない。甘いジュースみたいなのもあるみたいだけどさ」
    「なんか耐性テスト……みたいな感じで一通り飲まされたなあ。みんな自分一押しの酒持ってくるから参ったよ。そうだなあ。俺は果実酒とかミードとかの甘いのが好きかなあ。ジュースと変わらないって言われたけど」
    「はは、そうかもね。初めてでそんな酒酒したのが美味しいとは思わないよねえ」
     人間の味覚はそう変わらない。強い酒に記憶と感情を溶かし飲み下すなんてやり方なんて簡単に覚えないに限る。
    「ああ、そうか。酔えないって事は、マスターちゃんはずっと素面で居るしかないのか」
     我を失う程に酔い、記憶を飛ばし憂さを晴らす。忘れたい事なんて山の様にあるだろう。もしも、あの時違う行動を取っていたらと悔やむ夜も有るはずだ。
     ――四人で映った写真を見て泣くような青年だ。喉を詰まらせ、もう戻る事は無い日々を想う。そんな藤丸の傍らに誰かが居るという想像は難しい。
    「みんな言うよね、それ」
    「言われ慣れてそうだねえ。軍神なんかすっごいよね。僕、あんなんだと思わなかったよ。いや実際すごい強いんだけどさあ」
    「まあ……うん。心配掛けてばっかりだから仕方ないのかな」
     思い出す事でもあるのか、マグカップを唇に当てて視線を流す。誤魔化すようにぐるりと視線を回し、じっと視線を傾けてきた。テーブル越しに体を乗り出し、顔を近づけられる。背を逸せば今度は手が伸びてきた。両手で側頭部を拘束されては目を逸らす事も叶わない。
     ハーブティーで温められた、蜂蜜の甘い香りが鼻腔を擽る。シャンプーの匂いと混じっておかしな風に記憶に残ってしまいそうだ。とろりと喉に焼け付くような蜂蜜の甘さを思い出す。癖になって、もっとと思ってしまう、あの甘さだ。
     じっと見つめる瞳は真剣そのもので、茶化す雰囲気でも無くなってしまった。
    「そういう一ちゃんはどうなの? ちゃんと眠れてる?」
    「サーヴァントには基本睡眠は要らんでしょ」
    「だって目の下に隈できてるよ。無くなってるところ見た事無いし……」
     よく見つめるよう細かに瞬く。親指の腹が、ゆっくりと柔らかな下瞼を撫でた。こそばゆい感じがして落ち着かず、軽く体を揺らしても動じてくれない。このくらいなら、もしかしたら誰とでもするのだろうか。それはなんだか面白くない、ような気がする。
    「喚ばれた時からそうだからねえ。戦闘にも支障はないからいいんじゃない? もしかしたらベッドが柔らか過ぎるのかもね。僕らの頃はあんな柔らかい布団で寝ることなんて無かったし」
    「でも、それって一ちゃんがここに慣れてないって事でしょ」
     そもそもサーヴァントの眠りとはなんだろうか。この第二の生とも呼べそうなひととき自体が泡沫の夢が如きモノである。夢を見る事もなく、ただふっつりと意識を途切れさせるのだ。あれは心地が悪い。四方が閉ざされた部屋は陽の光が差し込む訳も無く、ただ無機質なアラームに叩き起こされる。
     へらへらと誤魔化すような笑みを浮かべてみせた。それが藤丸の何かを刺激したらしく、決意を一層強くさせてしまったらしい。
    「……よし、今日は一緒に寝よう」
    「なんだって?」
     突然何か言いだした。一体何のスイッチを押してしまったのだろう。分からない。人懐っこいマスターだと思っていたが、同衾を願う程とは思わなかった。昼間のような雑魚寝の延長と分かっていても、ぎくりと強張る背中を否定できない。
     人の目元を散々捏ね回して満足したのか、わきわきと指を動かしながら離れていく。もう随分と温くなったハーブティを飲み干せば、結構派手に喉骨が上下に動くのが見えた。随分と無防備だ。その気になれば一息に斬ってしまえそうな程。あまりにも警戒心がない。――Tシャツから覗く肌は随分と傷跡が多い。医療班の苦労が見えるというものだ。無茶をすると思っているが、見ているだけでひやひやするだろう。特異点での記録を見るだけでも、これをどうやって乗り越えたのか分からない場面がいくつかあった。
     眉間に皺を寄せれば、それを共寝への敬遠とでも思ったのだろうか。慌てたように手を振り、自己弁護を始める。
    「寝相悪い方じゃないから、蹴ったり落としたりしないよ」
    「そういう問題じゃなくてだな……マスターちゃん?」
    「一ちゃんは俺と寝るのは嫌? ああ……もしかして人と一緒だと眠れないとか? 昼間もそうだったよね」
     男だろうと女だろうと、濫りに寝所へ誘うものではない。藤丸に下心なんてものはまるでないと分かっているが、だからと言って簡単にうんと頷けなかった。彼の育った時代と、斎藤が生きた時代は違う。
    「俺は修学旅行みたいで楽しいかなあって思うんだけど、そうじゃない人もいるよね」
    「例えば、どんな連中を呼んだりしてんの? 女の子とか?」
    「女の人はさすがに呼ばないよ! ジークとか、小太郎とか、マンドリカルドとか……楽しいよ。ゲームしたりとかするし」
     テレビゲームか、それとも無電源系か。それにしても、皆どちらかと言えば少年系の姿形で現界している者達だ。……もしかしたら、斎藤もそのカテゴリーに入れられているのだろうか。
    「ロビンとビリーはなー……すぐ賭けになるし負けちゃうからな……」
    「ビリーの兄さん、ちょっと強すぎないか? 何やっても勝てた試しがないんだが」
     弓兵とは名ばかりに銃を扱う青年を思い出す。扱っている銃器に見覚えが有り、よくよく調べて見れば同時代の人間だった。海を隔てていた故知らなかったが、成る程そういう事もあるらしい。賭け事の類いに滅法強い。小遣いと集めていたクォンタムピースや煙草を幾つか巻き上げられた。豪運の逸話でも持っているのだろうか。
    「ビリーはイカサマするからね……見付けられれば良いんだけど手が早すぎて分からないんだね……」
    「乗る方が馬鹿じゃない、それ。マジか……御用改めが要るな……今度副長に……いや、興味ないか」
    「一ちゃん、結構負けてるらしいね」
     ヒヒ、といやらしく笑う。分かっていて黙っていたらしい。懐が寂しくなろうともこのカルデアではあまり困らない。再臨に、スキルの強化にと使うから藤丸は苦労するが、サーヴァントは概ね嗜好品に注ぎ込んでいるに過ぎなかった。
    「知ってたなら一言くれても良かったんじゃない? ひっどいなあ、もう」
    「すぐ気付くかなって思ったんだけど、意外と気付かないもんだね」
    「以蔵が負けてたからなー……単純にすっごい強いんだと思ってたよ。イカサマなんじゃん……」
     顔を合わせればまあ言い合いをするものの、目は確かだ。観察眼に長けていなくてあんな剣技など身につくものか。悪意や違和感にも滅法鋭い。あれは過去の経験がさせるものだろう。――そう思っていたのに、どうやら買いかぶりだったらしい。思い当たるところでも有ったのか、首を傾げて笑って見せた。
    「ああ、なるほどね。以蔵さん、ここでの賭け事で勘を働かせてないみたいだから。それだけ以蔵さんもカルデアで気を抜いてるって事だよね」
    「そう思えるマスターちゃんはすごいねー……」
     単純と言えば単純である。カルデアで彼が為すべき事は確かに、あの時代よりも単純だろう。雇い主とも言える藤丸を守り敵対者を斬る。これほどシンプルな仕事は無い。人理が掛かっているだけあって身内からの裏切りを心配する必要はなく、藤丸自身も善良だ。見た所カルデアという施設や英霊召喚のシステムにいかがわしいところは見受けられるが、それ以上は分からない。これは他のサーヴァントも同じ意見だろう。
     底に濃く溜まった蜂蜜を緩めるよう軽く掻き混ぜ、最後の一口を流し込んだ。カルデアでの日々はこの蜜のように甘く、悪夢のように理想的だ。相変わらずの土方が居て、よく笑う沖田も居る。面子は足りていないような気がするが、それこそ物語の中でしか名を知らない武芸者の存在で帳消しだろう。同郷らしい連中から受ける自己紹介は知っている名しか飛び出さなかった。
     空になったカップを放っておく事はしないらしい。二人分のカップを洗って、ついでに軽く歯を磨く。この辺りの習慣が根付いている辺りが現代人だ。
     念の為、とばかりに部屋のロックを掛けて、ベッドに上がる。洗い物をしている間に、部屋を出て行けば良かっただろうか。……藤丸と眠る事を望んでいたのかもしれない。腹の底に根を張り始めたものに気付かない程、斎藤は自身の感情に鈍感ではなかった。
    「一ちゃん、ほら。おいで」
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    ねこの

    PROGRESSキーボードが来るまでストップノウム・カルデアは閉鎖された空間だ。外気は通らず、日光など取り入れられる道理も無い。施設内に疑似日光を再現できる部屋は有るが、あくまで疑似だ。シミュレーターなんかもそうだが、どれだけ限り無く本物に近くとも欺瞞に過ぎない。
     漂白された地球が一体どうなっているのかを斎藤は知らなかった。聞いてもきっと分からないだろう。記憶にあるよりもずっと技術の進んだ施設は便利だが味気ない。昼も夜も同じよう室内を照らす照明も、人間に害を及ぼさぬよう常に働く空気清浄機もよくできていると思うものの、揺らめく火を眺めたくなる。或いは様々なものが混じった土のにおいを嗅ぎたくなった。思えばシミュレーターはこの辺りが足りない気がする。エネミーを斬ったとて血や臓物の臭いが鼻の奥にこびりつく感触は無い。
     レイシフトに手を上げたのもそういう理由だ。今回は多少の揺らぎが観測された土地の調査とあって緊張感が薄い。ベースキャンプを作り、ここを拠点に数日間の探索を行う。野営には慣れているのか、随分と手際が良かった。
     頭上には晴れ晴れとした晴天が広がっている。放牧地なのか草が青々と生い茂り、寝転べば心地良さそうだ。敵性生物の気配 9055

    ねこの

    TRAINING外の光差し込まぬノウム・カルデアであっても時計の示す通りに寝起きをする事が推奨されている。いざとなると昼夜を問わず働く羽目になるのだ。平時から無理をして心身の調子を崩す道理はない。
     比較的最近召喚されたと有ってか、それとも先日の一件が有ってか藤丸の部屋に呼ばれる事が増えた。Tシャツにハーフパンツといつでも眠れるような格好のまま、実も付かぬ話をする事が多い。同じ国の生まれ育ちではあるが、時代が隔たればまるで違う世界のようだ。藤丸が用いる携帯端末一つ取るだけでこれでどれだけ戦が変わるか知れない。そんな事はきっとここに来た英霊皆が思うことだろう。
     そういえば再臨で纏うスーツも当時のものとは少し意匠が異なっている。あれが現代風なのだろうか。記憶にあるよりも幾らか生地が薄く伸びる。戦闘がしやすい割りに、形の崩れも少なかった。
    「んじゃあ別に用立てなくても僕ってば現代に溶け込めそうって事なのかな?」
    「ああ、そうかもね。今度新宿とか行ってみる? レイシフトだからそっくりそのまま俺が知ってるのとは違うけど」
     そんな近い年代でも特異点が成立するものらしい。
    「そんな遊びに行く感覚で行って良いのか 2725

    ねこの

    TRAINING国連機関、人理継続保障機関カルデア。
     大層な響きだが、聞いて具体的な想像が付くかと言われれば絶対に付かない。そもそも人理というものを意識した事など終ぞ記憶に無く、己が英霊などと呼ばれる大層な存在だったという自覚だって無かった。召喚時に擦り込まれる知識が無ければ喚び出されたその場で大立ち回りでも見せていたところである。
     人理焼却を越えて、クリプターによる人理の漂白。そのクリプターは元々カルデアの職員だったらしい。なんだ、要するに内輪揉めではないのか、と始めは思ったが実の所もっと込み入った事情があるようだ。与えられた知識と、召喚者である藤丸やダ・ヴィンチからの説明はされたものの、正直理解しきれるものではない。
     五つ目の異聞帯を攻略した後、縁有って斎藤一はセイバー――剣士のクラスでもって召喚された。もう既に洋の東西を問わず高名な者が集まっているというのに、刀を振るしか能の無い男にどんな役割があるのか。放っておかれるかと思ったが、召喚者はまた一人新たに加わった英霊を殊の外喜んだ。新選組は現代日本においてよくフィクションの題材になるようで、あまり歴史に詳しくないらしい藤丸の記憶に引っかかっ 6565

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     漂白された地球が一体どうなっているのかを斎藤は知らなかった。聞いてもきっと分からないだろう。記憶にあるよりもずっと技術の進んだ施設は便利だが味気ない。昼も夜も同じよう室内を照らす照明も、人間に害を及ぼさぬよう常に働く空気清浄機もよくできていると思うものの、揺らめく火を眺めたくなる。或いは様々なものが混じった土のにおいを嗅ぎたくなった。思えばシミュレーターはこの辺りが足りない気がする。エネミーを斬ったとて血や臓物の臭いが鼻の奥にこびりつく感触は無い。
     レイシフトに手を上げたのもそういう理由だ。今回は多少の揺らぎが観測された土地の調査とあって緊張感が薄い。ベースキャンプを作り、ここを拠点に数日間の探索を行う。野営には慣れているのか、随分と手際が良かった。
     頭上には晴れ晴れとした晴天が広がっている。放牧地なのか草が青々と生い茂り、寝転べば心地良さそうだ。敵性生物の気配 9055