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    梨 末

    @03smmms1006

    壁打ち。

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    梨 末

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    剣伊。お面はいろいろ隠せて便利だねって話。剣→→→(←)伊くらい。

    #剣伊
    Fate/Samurai Remnant saber×Miyamoto Iori

    お面にて赤を隠す「助之進、戻ったぞ」
    「おう、早かったな!」
     馴染みのある声が聞こえてきたので、ああ頼んでいた依頼が終わったのだと理解する。仕事が速くて腕が立つ知り合いがいて助かるな、鼻が高いと満足げに思いながら助之進が振り返ってみると、
    「流石は伊織さ……うわああぁ〜〜」
     予想だにしなかった異様な光景が目に飛び込んできて、思わず大声を上げてしまった。




    お面にて赤を隠す




    (……そこまで異様だろうか)
     まさか見ただけで悲鳴を上げられるとは思わなかった。いやしかし、それはそうかと第三者からの立場で考え、思い直す。いくら助之進が少々他者よりも大袈裟な性格だからといってもこれは普通の反応の範囲内だろう。既知の声に振り返ってみれば、狐面をつけた人間が無言で後ろに立っていたのだから。最近は盈月の儀の影響で町にも怪異が増えている。警戒して損はない。
     損はないが、それならば声を荒らげるよりも先に刀を抜くべきだろうなと苦笑してから、助之進にどう対応したものかとも思う。
     見るからに怯えているし、話し掛けようにも震えながら頭を横に振っていて声を掛けづらい。
     突然上がった叫び声は周囲の注目を誘ったが、見てみれば珍しくはあってもそこまでおかしな光景ではなかった。ああ、他所の街に出掛けた帰りだろうかと軽く思うくらいだ。
     こんなところでお面を付けているなんて浮かれているなと思われてもそれ以上はなく、一目見て状況を察するとまた日常へと返っていく。日が沈むまであと少し。青から橙に染まろうとする景色を背後に家路へと歩く住人達はこちらの様子を気にする暇はない。遠くからかーかーと烏の声が響く町通りで、当事者である二人だけが浮いていた。
     ――素性が解らない人間が近くに立っていた。
     事実さえいえば大したことはないのだが、考えに耽って直立不動で全く微動だにしない伊織の姿は恐怖心を煽るのに拍車をかけていた。
    「お、驚かせやがってっ! ぜぜぜ、全っ然怖くねぇからな!」
    「落ち着け、俺は」
    「ひぃっ、喋った! お、お助けっ!」
    「……うん? イオリ、まだ話は終わらないのか?」
     埒が明かない、どうしたものかと困っていると伊織の後ろからこの事態の原因である人物が顔を見せる。揺れる白妙の衣と知っている顔を見て安堵したのか助之進はセイバーに縋るような目線を送った。それに対してセイバーは訝しげな表情をすると、何故と軽く首を傾げた。少してから視線の意味に思い当たったらしく、ああ、そうかと声にすると自然な動作で隣りにいた伊織に手を伸ばし、顔につけている面をずらした。
    「ほら、イオリだぞ」
    「……絶対に取るなと云ったのに取るのか」
    「これは私のものだからな」
     だから好きにしても問題ないだろう。セイバーはそう云うと腰に片手を当てて自信満々に胸を張った。

     ――何故このような状況になっているのか。それは数刻前に遡る。

     依頼された怪異退治は数こそ多かったがそこまで脅威ではなく、二人はなんなく作業を終えた。周囲を確認し安全だと判断したそれぞれは武器に付いた汚れを払い、合流する。駆け寄った先にいた伊織の顔を見た途端、セイバーの顔が不機嫌そうに歪んだ。
    「きみ、怪我をしているぞ」
     呆れたように云う声に指摘された箇所を触ってみると確かに頬に軽い切り傷が出来ていた。
    「これくらい大したことはない」
    「前に出すぎだ。きみは弱いのだから無理するな」
    「以後気をつける」
     修行が足りないな、また鍛錬に励もう。そう答えれば溜息をつかれた。
    「まったく、きみは……あっそうだ。良いことを思い付いたぞ!」
     これは名案だとぽんと手を叩いて目を輝かせるセイバーになんだか凄く嫌な予感がした。
     距離を置こうとそっとに足を後ろに引けばその分だけセイバーがにじり寄る。その顔は紛う事なき満面の笑みできらきらと周りに星が舞っているように見えた。
     目を輝かせたままセイバーはこちらに歩み寄ってくる。警戒しながら様子を窺っていると、道中、袖を漁ると何かを取り出した。何だと目を凝らしているとセイバーはその隙をついて更に歩く速さを上げ、伊織のすぐ側までやってきていた。
    「セイバー、なにを」
    「動くな」
     困惑する伊織に対してぴしゃりと言い切ると衿を掴んで引き寄せる。引かれたことで自然と体が前に傾き、前のめりになった体を支えようと咄嗟に片足を踏み出して、転びそうになるのを阻止する。足元に意識がいっていたせいか、セイバーが何かをしていたのに気づくのが遅れてしまった。
    「うむ、これで良い!」
     満足そうに頷く顔がどこか遠い。
     気がつけばいつもと比べて視界が狭かった。正面はまだ悪くないが少し視線を動かせば黒く塗りつぶされたよう閉ざされていて、辺りの景色がよく見えない。
     軽く息を吐けば顔を覆うような圧迫感を感じる。違和感の元に手を伸ばせば、顔と指の間を遮るようにつるりと冷たく硬い質感が伝わってきた。
     これは、知っている。
     セイバーが持ち歩いている白い狐の面だ。何故それを俺にと、理解できないまま取り敢えず外そうとすればセイバーに阻まれた。
    「駄目だ。取ってはいけない。今日一日、きみはそのままでいるんだ」
    「……由を聞いても?」
    「それはもちろん、きみが弱いからだ。そんな傷が付いた顔で町を歩くなど襲って欲しいと云っているようなものだ。一度弱みを見せれば忽ち他者の餌食になる。隠せるならそれに越したことはない……それに、その傷をカヤが見たら悲しむだろう。わたしはカヤの泣き顔を見るのはごめんだぞ」
    (……確かに一利ある。)
     浪人やごろつき達が狙うのは自分よりも弱い者、負傷している者なら特に狙い目だろう。戦いの後で体力が落ちていれば尚良い。身なりで判断されて争いになっては長屋につくまでに時間がかかって暗くなってしまうだろう。
     もしかしたら、長屋でカヤが待っている可能性もある。今日来るとは聞いていないが、ないとは云い切れない。早く帰ったほうがいいだろう。
     カヤに怪我や不調を隠したことは少なくない。多少の怪我は仕方ないとはいえ大事な妹であるカヤに余計な心労は掛けたくないのは伊織も同じだ。
    「そも、きみは注目を浴びやすいのだ。色んなところで仕事をしているし、その度に顔を知られて、前に助けた女人から色目を……まあ、きみはまったく持って気付いてなかったから問題ないが、あれは良くない。うん、良くない。だから少し、いや! かなり反省した方が良い!」
    「セイバー? よく聞き取れなかったんだが」
    「なんでもない」
     早口で捲し立てるような声はよく聞こえなかったので、なんだと聞き返せば、知らなくていいと怒っているような声が返ってきた。

    (……どうしたものか)
     思わず溜息が溢れた。
     セイバーの主張は理解できる。ただ穴も多く、いくらでも反論できる。
     帰りの途中で誰かに襲われようものなら打って出ればいい。喧嘩を売られてしまったものは仕方ないし、降りかかる火の粉は払うまでだ。ここまで盈月の儀を勝ち残っている経験もあるし、セイバーも伊織もそうそう簡単にはやられはしない。
     カヤにしても、情けない話だが怪我の一つや二つ見慣れているだろう。また怪我しているとじとーっと見つめられてもそこまで心配をさせることはないだろう。寧ろ、今までと違う状況、面をつけて町を歩いている方が異常だ。「兄ちゃんどうしたの まさか熱でもあるんじゃ」と別の方向で心配をさせてしまう可能性が高い。
     そういった風に筋の通った由を伝えられるが、目の前にいるセイバー――「これだからイオリはっ!」と何故か不機嫌そうに地団駄を踏んでいる――に何を言っても聞きそうにない。また話を蒸し返しても面倒が増える一方だろう。
    (仕方ない、新たな修行だと考えるしかないか)
     戦闘の最中、視界が悪くなる、もしくは一切見えなくなってしまう場合もある。視界だけでなく感覚で戦えるようにするのも剣士としては必要なことだ。
     そう云うこともあると頷いて己を納得させていると、童のように暴れていたセイバーも落ち着いたようだった。
    「うん、そうだな。視界が良くない場合の修行だと思えばいい。そうすれば、きみも悪い気はしないだろう?」
     奇しくも同じ様な事を思ったのかセイバーも伊織が考え至った結論を口にする。
     剣に関連させれば伊織が納得すると思ったのだろうか。確かに実際それで納得しようとしたから反論の余地はない。しかし、セイバーにそう思われているのは少々不服だ。
    「一つ聞くが、セイバーはこの俺の姿を見ても何も思わないんだな?」
    「……ぜんぜん」
    「目を逸らすな」
     あから様な反応につい声が低くなる。自分は面をつけて町中を歩き回っていたというのに、伊織の姿には思うところがあるようだ。確かに伊織自身、想像に固くない。まったくセイバーにも困ったものだ。人をからかうのも大概にしてほしい。罰として夕餉のおかずは減らしてやってもいいかもしれない。
    「ふふ、そうだな。確かにイオリには不格好かもしれないな」
    「セイバー、いい加減に」
     咎めるように口を開いた伊織に対してセイバーは存外気ままだった。軽く笑ったまま腕を伸ばすと、セイバーの手が面越しに伊織の顔に触れる。
     頬をなぞるようにそっと手を滑らせ、そのまま顔を下に向けられる。触れられた手にされるがまま、抵抗できなくもないが小さくも弱くもない力によって下がった視線の先、セイバーと目が合うと言いかけた言葉が止まった。
    「うん、愛いな! とても似合っているぞイオリ」
     セイバーの顔がそっと花が咲くように綻ぶ。
     じっと一心にこちらを見ながら、まるで美しいものを、尊いものを見るような表情をしていた。
    (余程、この面が気に入っているんだな)
     町で手に入れてから肌見放さず持ち歩いているし、長屋でもよくつけているお気に入りの品だ。そこまで思い入れがあるのだから、他人がつけても同じなのだろう。先程の反応を見るに伊織には似合っていないのは明白、喜ぶ理由が他に思いつかない。
    (……?)
     そう頭の中で考えていると、ふと少しだけ顔の温度が上がったことに気付いた。
     セイバーの手から熱が移ったのだろうか、いや面越しに体温など伝わる訳がない。大方、呼吸で熱が籠もったのだろう、面の通気性はあまり良くないようだ。
    「さあ行くぞ、イオリ!」
    「ああ」
    (まあ、そう云うこともあるか)
     大したことではないなと深く考える気にならず、まあいいかと結論付けて先を進むセイバーを追いかけた。


    ****


    (助之進には悪いことをしたな)
     あの後、誤解を解いて話を収めたものの、要らぬ手間をかけさせてしまったと申し訳なく思う。
     へえー、珍しいこともあるもんだなぁーと笑う助之進に曖昧な返答をしながら依頼の報告をする。最初の印象が抜けないのか、話をする最中もどこか怯えていた様子だったのは指摘しないでおいた。気のせいだと胸の内に秘めておくのが助之進のためにもいいだろう。
     ともかく今はその後の処理をつつがなく終え、長屋へと向かっているところだ。
     長屋への道は今のところ人影はなく、ごろつきや浪人も見当たらない。この調子なら何の問題もなく家路につけるだろう。帰ったら夕餉の支度をして、休んで、また明日から他陣営の調査をしよう。
     面をつけての移動も慣れてしまえばそこまで支障はない。いつもと違う視界に多少の違和感があっても動きに大きな差は出ないだろう。足りない分、感覚を研ぎ澄ませて補えばいい。
     そうして感覚を掴み始めている伊織とは別にセイバーはどうしているかといえば、伊織の少し手前を歩いていた。
     伊織を気にしてか歩みが遅く、ゆったりとしている。いつもなら好奇心の赴くままに走り出してはあれこれ聞いてくるセイバーにしては大人しく、違和感を覚える程だ。
     助之進のところに行くまででもそうだった。来た道を戻る途中に屋台があったが、じゅるりと口にしながら目を奪われることがあっても、セイバーは雑念を振り払うように強く頭を横に振った。
    「……欲しいのか?」
    「いや、いい」
     少しばかりなら銭に余裕はある。買っても問題ないぞと声をかければ、すぐ様断られた。その発言にあのセイバーが飯を断るなどあり得るのかと伊織はとても驚いた。通り掛かればねだるのは当たり前で、それを持ち合わせがないから無理だと宥めるのが常だというのに。よもや病でもと疑いたくなってしまう程だ。無論、サーヴァントであるセイバーは風邪を引かないと解っていても物珍しい。明日は雨が降るかもしれない。
     そんな失礼なことを思わているとは露知らず、セイバーは静かにこう云った。
    「他にするべきことがあるからな」
    「するべきこと?」
    「うむ! 大事な任務だ」

     すべきこと。
     それは恐らくこの状態を指しているのだろう。

     ――ずっと、一つ気になっている点があった。

     これは確かめねばなるまいと一歩前を歩くセイバーに声をかけた。
    「セイバー」
    「どうしたイオリ?」
    「手を、離してくれないか」
    「何を云う! 一人では危ないではないか。躓いて転けたらどうするのだ!」
     まるで童子に言い含めるようにセイバーは怒った。決して伊織は親に手を引かれなければ家路につけない程、幼子ではない。
     弱いとは云われるが、それとこれは別問題だ。剣の腕が未熟だとしても、ここまでされる謂れはないだろう。
     わざわざ面を付けているのも視界が悪い状態でも動けるようにするための訓練であって、セイバーに助けられているこの状態では修行にはならない。まさかその目的を忘れているのではあるまいな。
    (……忘れていそうだな)
     見るからにこちらを心配して眉を下げているセイバーの様子を見て確信する。
     あの発言はやはりその場のでまかせだったのだろう。勿論、伊織も本気の訓練だとは考えていない。それでも言い出した手前、今日一日だけでも筋は通すべきだ。なのにセイバーは伊織から目を離そうとしない。数歩で触れられる距離を保ち、そばを離れない。加えて、手を繋ぎたがる。
     差し出された手を一度は断ったがセイバーはその意思を無視して握った。
    「セイバー、人の話をっ」
    「離したら駄目だからな!」
     戸惑う伊織に対して、勝手を決めて前を進む姿はどこか楽しげで。何が嬉しいのか鼻歌交じり歩き始めるセイバーを無理やりやめさせる気にはならず、せめてゆっくり歩いてくれと頼むくらいしか出来なかった。


    「……嫌なのか?」
     考えを巡らせたほんの寸刻、何も云わなくなっていた伊織に対してセイバーが小さく問いかけた。
     消え入りそうな声で尋ねながら握る力が少し強くなる。セイバーはこの手を離したくないらしい。
     手を繋いだままでは修行にならない、セイバーが言い出したことなのだから筋を通せ、今の状態は意味がないと伝えることは簡単だ。だが、先にセイバーの質問に答えるべきだろう。 
     嫌かどうか。それは、果たしてどうだろうかと思案する。

     ――誰かと手を繋いで歩く。

     昔、幼いカヤを連れて歩いた時以来だろうか。こうやって町を歩くのはどうも慣れない気持ちになる。
     人理の影法師、エーテルで作られた肉体、今を生きる人間ではない体。意識をすれば、セイバーの体に流れる魔力を感じる。それでも、伝わってくる温度は暖かい。
     それは確かで、何にも変えがたいものだろう。
     手から辿るように視線を上げれば、セイバーはどこか泣きそうな表情をしていた。伊織はそんな表情が見たい訳ではない。
    「嫌ではない」
    「なら、良いではないか!」
     伊織が事実を告げると途端にセイバーの顔がぱぁーっと明るくなった。繋いでいる感覚を確かめるように掴んでいた伊織の手を両手でぎゅっと握り込むと嬉しそうに目を細めた。
    「たまには、こうやって帰るのも悪くないだろう。イオリ!」
     それはまるで麗らかな日差しの様に暖かく、闇夜に挿し込む月光の様に眩しかった。
     絵画のような、人離れした美しいもの。これはきっと伊織一人で見て良いものではない。見てはいけないと目を逸したいのに、引き寄せられるようにじっと見つめてしまう。セイバーの笑みは何度も見ている筈なのに、何かが違った。
     どうにも胸の辺りがざわつく。伊織はどうして面をつけているのだろう。これが無ければ、もっとよく見えただろうに。
    (? ……俺は何を考えて)
     おかしい。何故そんなことを思ったのか不思議だった。意味があって付けているものを外したがっているなんて先程までの考えとは矛盾している。どうにも精神がぶれている、これは良くない。
     心持ちを切り替えようと、瞬きを一つ。暗闇と共に一度深く呼吸をし、閉じていた目を開けると目の前にいたセイバーがいなくなっていた。
     否、正確に言うと少し違う。
     近くに寄りすぎて見えなくなっていただけだ。伊織が視界を閉ざしていたほんの一瞬、セイバーは一歩前へ進んだ。目と鼻の距離まで近づくと、伊織の頬に触れた。小さな掌の温度が肌から直接伝わる。面に覆われていたのにどうして頬に沿えられた皮膚の柔らかさが伝わっているのか。答えは至極簡単。セイバーが面を外したからだ。ぶつかりそうな程近くにセイバーの顔がある。驚いて咄嗟に反応できない伊織の様子に気付くと、まるで宥めるように優しく微笑んだセイバーは更に顔を寄せた。

     唇に柔らかいものが触れた。
     伊織のかさついたものとは違う柔らかい感触は長いようで短い時間触れ合っていったが、ふいにあっけなく離れていってしまう。

    「傷が早く治るまじないだ!」
     どうだと云わんばかりにあっけらかんとセイバーは云い張った。そうして何気ない様を装いながら、伊織の反応を静かに窺う。その視線を感じ取ってはいても、伊織はすぐに言の葉を返せなかった。
    (……触れられたところが熱い)
     じわじわと広がっていくこれは、恐らく魔力だろう。皮膚接触による魔力供給。話には聞いていたが、これがそうなのか。成程、怪我を治すなら必要なことなのだろう。突然のことで驚きはしたが、由が解れば大したことはない。そう考えている内にもじわりと染み込むように顔の温度が上がっていく感覚が広がる。特に触れ合った唇がむず痒い。そっと指でなぞれば、セイバーが触れた感触がまだ残っているような気がした。

    (早く、面をしなくては)
     ずらされた面を手早く元の位置に戻す。
     一刻も早く顔を隠さなくてはいけない。今の伊織を誰にも、特にセイバーには見られてはいけない。それはおかしい、そもそもセイバーから云われて始めたのだからそこまで顔を隠す必要はない筈だ。この顔がどういう状態なのか知っているのだから、今更顔を隠す意味はない。そうだと解っているのに手は面を掴んだまま動かない。隠しているというのにセイバーに剥がされては堪らない。
    「さあ、疾く帰って夕餉にするぞ。ほらイオリ!」
     不可思議な現象に眉を寄せて困惑しているとセイバーに呼ばれてはっとして顔を上げる。そこにはこちらに向かって手を伸ばすセイバーの姿があった。とても上機嫌にこちらに笑い掛けながら、堂々と立っているその姿は繋ぐのが当然という顔をしている。
    (……余程、好きなんだな)
     幼い頃ならいざ知らず、成長した今では他者と手を繋ぐことの何がいいのか解らない。が、セイバーが楽しいならそれでいいかと思う。ふと気付くと、胸のざわつきが落ち着いていた。
     声を掛けられだけで消えるなら大したことではないなと伊織はすんなり納得する。それよりも、セイバーの機嫌を損ねる方が後々面倒そうだ。

    「ああ、解ったよセイバー」
     伊織からの返事が待ちきれないのか今にも頬を膨らませそうなセイバーに頷くと腕を伸ばして手を握った。
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