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    maeda1322saki

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    POIPOI 15

    maeda1322saki

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    NOMAD1話

    AGENT of NOMAD 11
    『死を前にしたとき、みじめな気持ちで人生を振り返らなくてはならないとしたら、嫌な出来事や逃したチャンス、やり残したことばかりを思い出すとしたら、それはとても不幸なことだと思うの。』

    いつか見た雑誌に載っていたオードリー・ヘップバーンの名言。それが何故か今、脳内に蘇った。

    それと同時に、やり残した事や、やりたかった事が溢れ出す。
    思えばこの仕事だって友人に紹介されたからやっただけだ。もっと勇気を出して探検家だった母のように世界を渡って冒険なんてしてみれば良かった…いや、やっぱ旅行ぐらいで丁度いいかもしれない。世界旅行行ってみたかったなぁ…全財産出せばいけたかもしれないのに…。
    何で私は、宙に浮いているのか…。
    私はただ上司の命令通りに博物館の掃除に来ただけ。ただ、部屋に入って宝石ケースの横を通り過ぎただけなのに、その宝石から突然水が溢れ出し、発光を始めた。
    これが全ての原因なのだ。



    退避ー!早く建物から離れろ!走れー!と男達の声が部屋にこだまする。部屋に駆けつけた見知らぬ人達が血相を変えて急いで部屋を出ていく様子を浮遊感の中、青白い光に包まれつつゆっくりと眺める。
    宝石から放たれた衝撃波と青白い光。
    それだけで、これから私に起こることが何なのか、簡単に予想がつくはずだ。

    今から爆死する私に対して、オードリーに哀れみの目を向けられている気がする。
    …あぁ、なんて不幸なんだろうか。

    ――
    ボンという小さな爆発音の後、ゴンッと鈍い音がする。
    それと同時に御萩きな子の頭に鈍痛がはしった。

    部屋中を青白い光で包み、大爆発を起こすかに思えたそれは予想外にも小さなポンっとポップコーンでも弾けたのかと言うぐらいの小さな爆発で終わった。
    床に頭を叩きつける形で落下した御萩は、目を瞬かせながら宝石を見つめた。

    ヒビの入った宝石ケースの中で、唯一そのままの形を残している菱形のアクアマリンのような宝石。透き通った青色に星が瞬くようにキラキラと発光していたそれは、徐々にその光を無くしていく。透き通った青から紺色へと色を変えた宝石はころりと倒れた。

    御萩は唖然とするなか、自身のヒビの入ったメガネを指先で上げ直した。

    「…はぇ?」

    何とも間抜けな声が御萩の口から漏れ出した。


    ――――

    そのあと、御萩が唖然としている中あれよあれよという間に宝石は謎の人達に回収され、御萩もまた車に乗せられた。
    そして、今御萩は無機質な部屋の椅子に座っている。
    一室にも関わらず別室にトイレも設備され、ウォーターサーバーもある。なんなら机の上にはドーナツもある。何不自由なく過ごせる場所で、唯一文句をつけるならその景色が分かる窓がないことだ。小さな時計が机に置かれているだけ。
    「すみませーん」とか「おーい」とか呼んでみても、ノックしてみても何ら反応はなく、ただ一人椅子に座って過ごすしかなかった。
    結局、御萩はその場所に一日監禁された。

    人が姿を見せたのは次の日になってからだった。
    机を挟んだ向こうには、物腰柔らかな中華衣装を着た青年が一人。外見からして恐らく中国の人だろうか。

    優しい笑みを浮かべ「はじめまして」と会釈をされ、御萩も慌てて頭を下げる。
    正直恐ろしくは思ったが、優しげな男性の笑顔に少し緊張がほぐれる。

    「ボクの名前は云 旺旺(ユンワンワン)です。みんなからはワンワンと呼ばれていますので、御萩さんも良ければそう呼んで頂いて大丈夫ですよ」

    「あ…いや…いきなり下の名前呼びはちょっと…。て、あれ? 私の名前知ってるんですか…?」

    「はい、昨日調べさせていただきました。御萩きな子サン、ですよね?現在は一人暮らしで家族との連絡も最近はなさっておられないようなので、敢えて連絡はしていません」

    思わずマジか…と呟くと、旺旺はへらりと笑い「マジです」と答えた。

    「では早速本題に入らせていただきますが…」

    そう言うと旺旺は自身の胸ポケットからダイヤの形をした紺色の石を取り出した。
    それは、御萩が博物館で見たあの石であった。

    「あ、それ…」

    「見覚えありますか?」

    「はい」

    「それは良かった。頭を強く打っていたようでしたので、記憶が飛んでないか心配だったんです」

    旺旺は「さて、安心した所で石の説明でもしましょうか」と言葉をつづける。

    「まず初めに、貴女も知っての通りこの石は普通の石ではありません」

    「あ、はい」

    「これはアクアチェンバーといいます。aquaは水、chamberは特定の部屋を意味します。その能力は水蒸気爆発です」

    「水蒸気…爆発…?」

    「はい」

    「す、水蒸気爆発ってあれですよね、水が熱せられて水蒸気に変わるときに起きるやつですよね…? でも、あの場所に水なんて…」

    御萩はそう言った時、あの時の現象を思い出し「…あ」と呟いた。

    あの石は爆発する前に水を流していたのだ。

    「石から流れ出る水から…?」

    「はい、その通りです。アクアチェンバーはその名の通り内部が箱のようになって水を含んでいると言われています。その水で水蒸気爆発を起こすそうです。起爆するとこのように、ただの石ころになってしまうため、どういった仕組みで起きているのかの研究も難しく詳しいことはまだ何も分かっていませんが」

    そうなんですね…と呟くと同時に、水蒸気爆発や起爆やらとやけに仰々しい言葉を使うな…と思う。

    真剣な顔で語る旺旺に、御萩は場の雰囲気を和まそうと苦笑を交えて「でも、可愛らしいですよね」と苦笑した。
    旺旺は少し首を傾げて続きを待つ。

    「だって、光の割にはあんな小さな爆発ですし。どかーん、って来るのかと思ったら、ポンって感じだったじゃないですか。寧ろ爆発って言えるのかなってレベルです、し…」

    御萩の言葉に少し目を細めた旺旺に、御萩は、は…は…とまた苦笑する。

    「ふふ、そうですね。今回はとても可愛らしいものでしたね」

    「あは、はは!ですよね!こんか、ぃ…え? 今回は…?」

    「今回は。本来のアクアチェンバーなら、あの建物は吹き飛び、御萩さんもその場にいた者たちもバラバラになっていたでしょうから」

    ニコリとそう言われ「へ…」と御萩は目を見開いた。

    「御萩サンの言う通り、今回アクアチェンバーは爆発をしなかった。ですがこれは、とても奇妙な現象と言わざるを得ません。今まで地上に出たアクアチェンバーが爆発しないことなどなかったんですから。
    では、アクアチェンバーはどうして爆発しなかったのか」

    旺旺はそこまで言うと、真っ直ぐに御萩の目を見つめる。

    「ボク達NOMADの見解では…御萩サン、貴女に同化したと考えています。アクアチェンバーの爆発の能力は、……貴女の中にある」

    「わたし…? え? ……ま、まってくださいよ、同化って。あり得ないじゃないですか、そんな非現実的な」

    何を言っているのか分からないと御萩は眉を下げて「責任転嫁もいいとこですよ、こんなの」と震えた声で言う。だが、旺旺は「そうでしょうか」と首を傾げる。

    「うーん、アナタの目の色は水色ですか?」

    「は…?」

    「どうですか?」

    「黒、だと思います。普通の日本人の目の色ですよ?」

    いきなり何を言い出すんだと訝しみながら答えると旺旺はにこりと優しげな笑みを浮かべ「そうですよね」と、上着ポケットから鏡を取り出す。
    「では、現在アナタの目の色が水色になっているのは、どうしてでしょうか? 」と、鏡を御萩に見せる。
    そこに映った御萩は確かに水色の瞳をしていた。
    瞳の中にまるで水が漂い煌々と光を放つ、そんな色彩に御萩は魅入ってしまう。

    うそ…。と呟いた御萩に畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

    「あの日、博物館の監視カメラに映ったアナタの瞳は、アナタの言う通り黒色でした。アナタがレリック…アクアチェンバーの前を通り、アクアチェンバーが発動するまでは」
    「爆発後、アナタの瞳はまるでアクアチェンバーが宿ったかのように青く煌めいていました。あの場にいたNOMADのエージェントの全員がそれを目撃しています」

    「で、でも…」

    「では、その瞳の色は? どう説明しますか?」

    御萩は「そ、それは…」と口篭ると少しばかり逡巡した後、「ほ、本当に私の中に…これが…?」と石を見つめる。

    「はい。それが最も現実的に可能性の高い結果となりました」

    「現実的って…」

    「ええ、わかってます。WSDに今まで興味もなく、ごく普通の暮らしをしきた御萩サンからしたら、確かにこれは”非現実的“な話に聞こえるでしょうね。ですが、WSDに準ずるボク達からすればこれは”現実的“で非常に”可能性の高い”話なんです。何故なら、そういった同化現象をボク達は何度も目にしていますから」

    「その、WSDってなんですか?さっき言ってたノマドのエージェント?って言うのも」

    「あぁ、世界超常対策防衛条約機構の事ですよ。この条約機構については知っていますか?」

    その問いかけに、御萩が首を横に振ると、彼は「まぁ、あまり有名な条約ではないですから」と微笑する。

    「世界超常対策防衛条約機構というのは、簡単にいえば国々が協力しあって超自然現象の対策をとりましょうね。て条約です。"World Supernatural measures Defense treaty organization."頭文字をとってWSD。そのWSDが創設した組織が私達NOMADです。

    ちなみに、NOMADの意味は"一定の居住地を持たずに移動しながら生活する者達の意味です。と旺旺は付け加える。

    「じゃあ、云さんたちは調査員なんですか?」

    「ええ、加盟国の代行として調査をしています。私達はエージェントと呼んでいますが」

    「エージェント・ノマド……」

    旺旺は、ええ。と頷いた後、言葉を続ける。

    「もう一つ、ダボーグというNOMADが調査、対策を行う必要のあるものがあります。これは超常現象によって人体に被害が出た時、または特殊な能力を人体に得た時に使う言葉です。……つまり、アナタのような時限爆弾と化した人間をNOMADは、調査し対策を講じる義務があるということです」

    「……私がそのダボーグだって言うんですか……?時限爆弾て、まるで私ごと爆発しちゃうみたいな言い方…」

    御萩のその言葉に、旺旺はにっこりと笑って首を振った。

    「いいえ」

    「……?」

    拍子抜けする御萩に旺旺は笑顔で「まだ爆発すると決まった訳ではありません」と言う。
    だけども、と続いた言葉に御萩は目を見開くことになる。

    「今はまだ”可能性“の話です」

    「…………」

    「先程も言いましたがアクアチェンバーの事をまだボク達は分かっていません。"爆発する可能性"と、"爆発しない可能性"どちらともが存在し、そして、爆発した際にアナタの命が無事であるのか、どれだけの人間を巻き込むことになるのか…全てが不明なままです」

    旺旺の言葉に息を呑む。自身が誰かの命を奪ってしまう可能性がある…?そんなこと考えた事もない。だけども、現在御萩の身に起きていることはそういう事なのだ。国をも動かすことが自身に起きている。

    「今唯一分かっている事は、アナタに危険が迫っているかもしれない……その為に、私達は存在しているということです」

    そう言って旺旺は一枚中身を取り出した。薄灰色の紙面に金色の文字が綴られている。
    書かれている内容はミミズのような文体でよく読めな…、

    「あれ?」

    ぱちぱちと瞬きを二回。
    先程まで読めなかった文字は、御萩がよく知る日本語へと変わっていた。

    「……よめる」

    金色の文字は契約書のようだ。"乙が甲に開示、又は提供する秘密情報" やら "甲は保守料金として" などとつらつらと説明が書かれている。
    簡単に説明すれば、この契約を交わすことにより御萩の身の安全を保証すると同時に、御萩とNOMADの間に守秘義務が発生するというものだ。
    面白いことに契約を交わせば、御萩はNOMADのエージェントという扱いになり給料が発生するという。

    「え……と、私、ここで働くんですか……?」

    「そうなりますね」

    一時的に住まいもNOMADが所有する家屋で暮らすことになると書いてある。
    これではまるで監視だ、と御萩は絶句する。
    それを感じ取ったのか旺旺はくすりと笑って「心配ありませんよ」と言葉を続ける。

    「此処で暮らすからといって誰かと常に一緒にいるわけではありませんし、カメラで見張られるわけでもありません。これはあくまでも民間人への被害を最小限に収めるための処置なんですよ」

    そこまで言われて御萩は「あ……」と言葉を溢した。

    もしもアクアチェンバーが爆発した時、自身が街の真ん中にいたらと考えるだけで血の気が引いていく。それこそ、大勢の命を奪いかねない行為だ。

    御萩は眉を下げて頷いた。

    「サイン、します……。誰かの命を奪う事はしたくありません。正直、NOMADの人にも巻き込まれて欲しくありません」

    だから。と御萩は顔をあげる。

    「私もこれを治すためなら全力で協力します!」

    旺旺は少し目を開くと、また笑顔になり頷いた。

    「はい。ボク達も全力で協力します、为了保护你。よろしくお願いしますね」

    御萩は鉄のペンを取ると紙に名前を記す。その感触は砂に文字を書いているようで不思議な書き心地だった。金色に記された "御萩きな子" という名前。その文字がきらりと光った気がする。

    「実はこれもレリックでして、霰石のジェムレリックから作られたものです」

    「ストーンペーパーて事ですか?」

    「そうです。もうお分かりでしょうが、この契約書には読み手によって言語が変わる能力があります。ですが、もう一つ"安定"の能力があるんです」

    「安定……?」

    「例をあげるなら、アナタの能力ですね。放っておけば爆発してしまうかもしれない、だけど契約したことにより能力は安定し維持し続けている。アナタの不安な気持ちも今は安定しているでしょう?」

    御萩は「そういえば……」と呟き、胸に手を当てる。不安に駆られ騒めいていた胸は、いつの間にか落ち着いている。
    真っ白になりかけていた頭もすーと冷静さを取り戻している。

    「さて、此処でもう一度お聞きします」

    そう言って旺旺は机の上で手を組み、御萩を真っ直ぐに見つめた。

    「冷静さを取り戻した今、アナタはNOMADのエージェントになる事を希望しますか?」

    その問いに御萩は、少し間を置いて口を開いた。
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