はるうららあまいおはなし
あまいはなし
カーテンから暖かな日差しが差し込み、布団が眠気を持続させる。もう少し、もう少しだけ、寝かせて欲しい。
乳母が来たらそう言おう。そうしよう。と布団を頭まで被り、再度眠りについた。
瞬間、「レモンちゃーん!」と小さな足音と共にやってきた嵐は、私の身体にダイブした。
当然、私は蛙が潰れたような声を出して飛び起きた訳だが…。
はぁ…。
私は何回現実逃避すれば気が済むのだろうか。
ここには乳母はいない。此処は実家ではないからだ。
なら、此処はどこだって?
ここは、ベンガンサファミリーのボス、クラッドの家だ。
我が王国の危機を救った報酬として、クラッドは私を選んだ。当然私には拒否権などなく、半ば強制的に連行、いや、誘拐されてきたのだ。
私を見上げるこの小さな嵐…元い少女は、クラッドの娘のメリーだ。
「レモンちゃん、おはよう」
「お、おはよう、ございます」
「ふふ、レモンちゃんに会いたくて走ってきちゃった」
メリーが天使のように愛らしく微笑んだ。クラッドの娘でなければ、本当に天使かと錯覚していたかもしれない。
コンコン、とノック音が聞こえ、扉の方へと顔を向ける。
そこにはクラッドがいた。
扉は開いているのに、わざわざノックをしたのか…?クラッドが?そんな紳士な行動を?クラッドが?
「…気にせず入ってくれば良いのに」
「私は臆病だからね」
「は?」(どの口が言っとんねん。前世でお前に殺された事覚えてんぞ、こっちは)
「愛おしい姫様の部屋に無断で入って嫌われたくないんだ。それに、貴方が嫌がる事はしたくないからね」
(誘拐してる時点で嫌がる事してるんだが?)と言葉は、飲み込んで苦笑のみ返しておく。
「レモン」
クラッドがこちらへと近づいてくる。
メリーはそれを察知したのか、素早く私から離れて「またね、私のレモンちゃん」と手を振り去って行った。
「おはよう、レモン」
「…おはようございます」
私と同じ目線にしゃがむクラッドは、微笑み、私の頬を撫でた。
「今日も可愛いね」
「ぁ?……ぇ、ありがとう、ございま……しゅ……」
その瞬間、顔が熱くなる。
(…………じゃねぇえええ!!!コイツ!毎日、毎日毎日、むず痒くなることばっか言いやがって!!やめろ!今の私は歴とした女だぞ!処女だぞ!顔の良い男に囁かれるとコロリと落ちそうになるんだ!)
そんな私を優しい瞳で見つめながら、クラッドは額に口付けをする。
「っ!」
「ふふ、顔が真っ赤だ」
「っ、誰のせいで……!」
「私のせいだね。……あぁ、本当に愛らしいよ」
(このクソ野郎が!!)
クラッドはベッドへと腰掛けると、私の部屋を見渡した。
人の部屋をまじまじと見るな。と言いたいところだがお口にチャック。
「そろそろ暖かくなってきたから、新しい服を買いに行こうと思うんだ。ついでに、レモンが望んでいた模様替えもしよう」
「私は、別にそんなの望んでないよ」
「君はなんて優しいんだろう。天使がいるとしたら、君のように慈愛に満ちた者なんだろうね」
コイツ…本当にあのクラッドか…?
「今まで好みじゃない部屋で過ごす日々は、さぞ辛かっただろう?でも、安心して。そんな事はもう二度と起こさないからね。あのデザイナーは消えたし、君の好きなデザイナーを見つけたらどんどんスカウトしていこうね」
「消え…?」
「うん」
めちゃくちゃ良い笑顔で頷くな。
「それって、し、しんだってこと?じゃないよね?仕事を辞めたってだけだよね?」
クラッドは首を傾げ「どちらも同じことだよね?」と問いかける。
(ちがうわぁあああ!!!どこが同じじゃああああ!!)
布団を力強く握りしめて、出かかった言葉を飲み込んだ。