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    maeda1322saki

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    POIPOI 15

    maeda1322saki

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    人格そのまま
    その世界で生まれて生活してきたと洗脳されてる設定。
    でも、三人とも記憶が入り乱れてるので何かおかしいとは少し思っている設定

    白玉楼白玉楼
    ローレンスさんの話1
    ―――

     拝啓、◼︎◼︎様へ。
     草木生い茂る山を目一杯駆け抜けた日のことを覚えておられるでしょうか。
     戦後間も無くして産まれた私達兄弟は、早くに両親を亡くし、祖母が住む◼︎◼︎に身を寄せておりました。家の裏手には山があり、私達はよくそこで遊んでおりました。
     山を駆け回り、左右から鳴り響く鳥の声、水辺に群がる羽虫、木々に巣を張る蜘蛛や、遠くから聞こえる獣の声など。沢山の生き物達を端で捉えながらも、私の意識は目の前を駆ける◼︎◼︎の背ばかりを追いかけておりました。
     あの日も、とても楽しかったことを今でも明明と覚えております。滴る汗を拭う事も、服が濡れるのを構う事もせず、ただ私は、貴方に早く追いつきたくてがむしゃらに身体を動かしたのです。
     貴方に追いついたと同時に枝葉の屋根がひらけ、燦々と照りつける太陽に暗がりに慣れた目はしばしばと眩みました。後に慣れた目に映るのは、陽の光が河川の水面、岩に生えた苔を輝かせていた光景でした。瞼を閉じれば今でもその景色を思い出します。
     幼子であるにも関わらずその美しい光景に目を奪われ、感嘆の声を漏らした私に貴方は満足そうに、そして少し威張るように笑いかけましたね。私はそれに何と答えかは覚えてはおりませんが、貴方は『――◼︎◼︎、――』とはしゃぐ私の手を引き連れ、川の浅瀬に連れて行ってくださったのです。
     足元に気をつけるように、転けないようにと言い、私が苔に足を滑らせると貴方は、少し慌てて私の小さな身体ごと抱え上げてくださいました。そのとき私は、さすが◼︎◼︎だ。頼りになる。と他人事のように思い口にすれば、叱られましたね。それを思い出すと今でも、おもわず笑ってしまうのです。
     ◼︎◼︎さん、どうかお願いをきいて頂けませんでしょうか。私を、またそこに連れて行ってほしいのです。

    ――――

     読み返した手紙から顔を上げてみれば、目の前には事情聴取をされる者が一人。一人、と書くには些か語弊があるようにも思えるその容姿は、全身が黒く、そして聞き取れない言葉をぶつぶつと発している。
    正面玄関に停めた車からは、その者の濡れた足跡と水滴が幾つも落ちてコンクリートの地面を濡らしていた。その者のびしょ濡れの身体から落ちる水滴は、正面玄関を抜けた警察署のエントランスにて水溜りを作り続けている。

    ぐしゃっと手紙をしっかりと握りしめる。これは、つい先ほどまでその者が持っていた手紙だ。
    怒りが込み上げる。
    知っている文字なのだ。知っている景色なのだ。この手紙が誰に宛て、誰が書いた手紙であるか。
    脳裏に焼きついた消えた "彼" が誰であったかはしっかりと覚えていた。

    「――アルフレッド」

    足を踏み出した時、靴の中にある水がまるで生き物のように動く感触に多少の不快感を覚えた。同時に目を見開いた。俺はどうして濡れている?どうして汚れている?
    いいや、そんな事はどうでもいい。目の前の奴に聞かねばならないことがあった。どうでもいい。どうでもいいんだ。もう全て。

    一歩、二歩、三歩。ずわり、ずわり、と感じながら歩き続ける。
    警察制服に身を包む人々が此方を見るのも気にもしないで、真っ直ぐとエントランスへと足を動かした。止める手を払いのける。彼等と同じ警察制服に身を包むローレンスを、まるで犯罪者のように行く手を阻む。声を荒げ、伸ばした手がその者の前で空を切った。
    此方をみた若い女性警察官が目を見開き、凝視する。怒声が響き渡り、喉が焼けるように熱くなる。自身の口から声が出たと気づくも止まることは出来なくて、更に大きな声を奴に浴びせていく。左右から自身にかけられる怒声と交わり、混沌と化した検察署は、暫くして静寂と化した。

    「……どこに行った」

    口を開いたその途端に、とても悲しい気持ちが自身の中に渦巻いた。何をどう言ったら良いのだったか。口を開く前に、怒りの中でもきちんと頭の中でまとめた筈であったのに、ぱく、ぱく、と魚のように口を開閉する姿はあまりにも滑稽であろうと自覚をするものの、やはり言葉は途切れ途切れにしか出てこなかった。
    じわりと目尻に涙を浮かべ、やっとの思いで「俺の、弟は……」と言葉を紡ぐ。もうすでに事切れた相手には聞こえていないであろう言葉だった。

    ――俺の弟をどこにやったんだ。

    その者から出た液体で染まった両手と、吹き出た飛沫で染まった警察服。

    警察官に取り囲まれてもなお、彼は自身の両手を見つめ弟の名を口にした。



    ――
    颯馬さんの話1
    ――



    それは不可解な届け物であった。

    雨の中、出先から帰ってきた椿屋 颯馬は、個人事務所の鍵を開けた。
    暗闇の中、慣れ親しんだ部屋でプルスイッチを探す。
    ――ぱちり。
    音を立て、部屋中が明るさに包まれ、一瞬にして真っ白になったかのような強い光に少し目を細めた。
    ふと、颯馬が机に目を遣ればそこには箱が1つ。
    両手に抱える程の大きさの物があった。持ち上げようにも重たくて持つことは到底出来そうになかった。

    事務所から出るまで、そこには何もなかった筈。
    正確には、机の端には折り畳まれた今朝の朝刊、そのすぐ近くに推しのアクスタが置いてあったが、それ以外には何もなかった。
    棚には幼い私が映る家族写真と、焦茶色の人形。それ以外は参考資料がずらりと並んでおり、どこも変わった点はなかった。

    鍵は私と所長しか持っていないはずだ。だとすれば、これは所長からの届け物という事になる。
    颯馬はそう納得し、茶色の染みやカビにまみれた箱を手にした。
    手が汚れてしまう事に多少の嫌悪感を抱きつつ、その箱を開けた。

    所長からだとすれば、この中身は何だろうか。あのハイソサエティで洒落た彼がこんなカビ臭い物をわざわざ持ってくるだろうか?と思ったが、何かしらの仕事絡みであれば全くないとも言い切れない。あの人は変に仕事に熱心すぎるところがあるから。
    蓋を開けてみれば、その中にあった物に颯馬は目を細めた。

    「……砂……?」

    びっしりと箱全体に、満杯になるほどに詰まった砂である。乾燥したサラサラとした砂。少量を指に絡め、掬うように持ち上げれば照明に反射した砂が瞬くように光る。
    これだけの大きさの箱に、これだけの砂が詰まっていれば持ち上げられないのも仕方がないだろう。
    砂をかき混ぜていくと、一瞬キラリと光る何かを見つける。青色に見えたそれを探して掘り進めれば、出てきた物を見た颯馬は息を呑んだ。
    それは艶やかな椿をそのまま宿したような赤色の目玉だった。さらに掘り進めれば、宝石のような藍玉色の目玉が出てきた。
    そこからはもう何も出てこず、砂の中にあったものはこの二つの目玉だけである。
    一見本物かのように見えたそれは、触れてみれば肉よりも硬いものであった。レジンアイでもなさそうであり、よく観察すればグラスアイである事がわかった。
    という事は、これは所謂ドールという類の人形の目玉という事だ。
    机の上にある砂の箱、その目の前に右に赤の目玉、左に青の目玉を置いた。

    颯馬は小さく息を吐き出し、緊張を解す。
    ドールの目と分かって不気味さは半減したが、謎は残ったままである。

    手の平に感じる乾燥した砂の感触を感じつつ、思考を巡らせていた時だった。

    扉の開く音がした。

    そのすぐ後に、ヒールの響く音がする。

    「もういやね〜、タクシーなんてもの使ったことなんてないの…に……」

    聴き慣れた所長のアヤメの声が途切れた。
    不思議に思いつつ振り向けば、彼の見開かれた両目は、颯馬の目の前にある箱に向けられていた。
    は…?と声を漏らすアヤメは、すぐに「何それキモい」と素の声で呟いた。



    ――
    回子の話1
    ―――

    それは大きな満月の夜であった。

    「オレのトモダチになにしてんの」

    バルコニーのフェンスに座るように佇む、紫髪の男。
    月の光に当てられ逆光となった姿からは、表情はあまり見受けられない。だが、怒気を孕んでいるのはその声色で感じ取れていた。

    「こういうレリックって、オレ、苦手なんだよね」

    フェンスからベランダへと軽々と降りる。その瞬間、自身の周りにいた家族の遺体から蔦が生える。
    這い上がり葉が芽吹く。
    先程少女の家族を殺した "それ" は明らかに動揺を見せた。
    ナックルのような連続した指輪を嵌め込んだRは、「帰ろうね、回子ちゃん」と笑顔を向ける。

    その瞬間、家族の体表に真っ赤なアスターが花開く。顔面を覆い尽くすほどの満開の花。

    回子に笑みを浮かべていた彼の顔は、敵を捉えると獰猛な猛獣のように変わった。だが、少しも怖くはなかった。むしろ、回子は心から安心していた。

    「そうか。僕は、もう…」

    どこか既視感のある景色に、回子は笑みをこぼした。

    ―――――――――――――――――――――――


    賑やかな声色の中、怒声が頭上を通り過ぎる。

    手を引かれ歩みを進める回子は、先ほど通り過ぎた声の主である中年男性を振り返る。赤い顔をした彼は、焦点の合わぬ瞳で相手側を睨みつけて聞き取れない怒声を浴びせて去っていった。
    おぼつかない足取りで歩く男性は、先程したように誰彼構わずにぶつかっては怒る。ぶつかっては、まとまりのない声を荒げている。

    彼が見えなくなってから追っていた目を、周囲の景色へと移せば、そこは繁華街。自身は繁華街を歩み進めているのだと回子は改めて認識した。
    街ゆく男性の服は皺になり、解けたネクタイ、開いた襟元がなんともみっとなく見えた。ネオンライトが夜の街を照らす。酒飲み、呼び子、娼婦が行き交う大人の世界が広がっていた。

    「あそこ見て!あそこも〜、超キラキラしてる〜」

    回子の手を引く男。Rと名乗った彼は、周りを見渡しながら楽しそうに言う。
    何も話さない回子を気にも止めないで、気の向くまま彼は歩き続ける。

    私はどうしてこの場にいるのだろうか。なぜこんな賑やかな大男と二人で居るのだろうか。そう思い出そうとして、何かが脳裏に浮かぶ。
    此方を指差し、吊り上がった眉に、見開いた瞳、大きく広がった口。たくさんの大人達が自身を見下ろしている記憶。
    これは自身の過去であるのか?だが、両親は理不尽に怒ったことなどない。両親に嫌悪をした記憶などないのだ。なら、あの人達は誰なのか。

    両親の姿は、あまり思い出せない。小学校に通う弟も居たはずだが、どんな姿だったか思い出せない。だが、唯一思い出せるものは自身が幼いときに見た過去の姿だけである。

    そういえば……最後に見た両親の姿は、満開に咲いた――

    「……真っ赤なアスターだった……」

    「その花言葉は、 "変化" だね」

    回子が足を止めるとRも自然と足をとめた。

    ネオンライトに輝く街にポツンと存在する、小さな光を放つ古めかしい店。白の石作りの建物に、木製の扉がある。その上にある店名の書かれた板には "茶館" という簡素な二文字。
    その店に寄りかかるようにして佇む、先ほど言葉を発した男。その男は、暗めの赤色の長髪を靡かせつつ、片手で持つ茶杯に口付ける。

    不思議そうに回子を見たRは、首を傾げる。
    それに応えるように男は「彼女は知りたがっているんだよ」と言う。
    ゆらりと風が吹き、茶館に吊るされたランプが小さく揺れた。彼の碧眼がランプに照らされ、ゆらめき煌々と輝く。

    「変化。にね」

    「どゆこと?」とさらに首を傾げるRに、男はクスリと笑う。

    「さぁ、立ち話もなんだし店においでよ。僕の使用人が美味しいお茶を出してくれるよ」

    そう言った時、ガラリと古びた木製の扉が開き「誰が使用人だよ」と半ば呆れた声で男が出てきた。

    ため息を溢した男は「茶は淹れてるけどな」と付け加えると回子を見遣る。藍色の瞳と朱色の瞳がが交差し、藍色の瞳を持つ男は眉を顰めて踵を返した。

    「茶ァ冷めるぞ」

    不思議そうに首を傾げる回子をよそに、Rは「デライトくんがお茶淹れてくれたんだってー!ウーレシー!」と彼女と手を繋いだまま脚をジタバタとさせる。

    「知ってるの?」

    「うん!デライトくんはねー、良い子!!」

    「……そっか」

    「でね、あの人はね」とRは赤黒い髪の男を指差すと「知らない人!」と満面の笑みで言った。

    「そう」

    薄く笑みを浮かべた男は「そうだね」と頷いた。

    「確かに、僕たちはまだ初対面だったね。僕の名前は天土トキワ。しがない喫茶店の店主だよ」



    ――――
    ローレンスさんの話2
    ――――

    木漏れ日が差し込み、アルフの頬を揺ら揺ら照らす。森を駆け抜ける幼いアルフレッドを追いかけて、ローレンスはがむしゃらにに足を動かした。
    どこに行ってたんだ。怪我はないのか。身体は大丈夫なのか。誰といたんだ。と、聞きたいことがたくさんあった。沢山あったが、一番求めていたのは……アルフレッドの口から発せられるその声だった。
    アルフレッドは、ローレンスの望みを叶えるかのように彼を振り返った。彼にきらきらと笑いかける。

    『兄さん』

    安堵と不安が胸を騒めかせる。
    だが、口を開いて発せられた声色は、ローレンス自身も思いがけないものであった。

    『あんまりはしゃぐなよ、転けるぞ』

    ぶっきらぼうであっても、どこか楽しげな……安心しきって緩んだ幼い声だった。

    『こんなことで転けないよ』
    『お前は時々そそっかしい所があるだろ。この前だって落ち葉で足を滑らしてたじゃないか』
    『あれは、た、たまたまだよっ』

    頬を真っ赤に染めて眉を吊り上げる。幼い子供特有の少し尖った唇が、膨らんだ頬に隠れる。

    『油断な、そうか。そういうことにしておいてやるよ』

    小さな背丈のローレンスがアルフレッドに近づいていく。横に並べば、今とは逆にアルフレッドの方が背が高い。それにローレンスは悔しいと思ったこともあった。小さな頃の話である。
    子供姿のローレンスがアルフレッドの横を通り過ぎるかと思った時、両腕をがばっと伸ばして彼の頭をくしゃくしゃにしていく。「わー!」と慌てた声を出すアルフレッドを見て、笑いながら走り出した。
    彼もそれに続いて走り出し、おいかけっこが再開された。

    懐かしさを感じる中、違和感もあった。
    まるで、誰かの思い出を見ているようだと思った。

    徐に、遠くにいるアルフレッドがローレンスを振り返る。
    瞳が交わる。確かに、アルフは自身を見ている。先ほどの楽し気な会話が嘘のように表情の抜け落た顔で、しっかりと。
    彼の口が、ゆっくりと開かれた。

    『どうして、オレを一人にしたの』


    ――カチャン

    金属の音がやけに大きく聞こえ、目を開く。
    息があがり、汗が吹き出す。夢を見ていたのだろうか。動悸が鳴り止まず、悲しみが渦巻く。
    『俺の弟をどこにやったんだ。』
    まるで呪いのように、自身が発したその言葉が全身に戸愚呂を巻いて、胸をキツく締め付ける。
    それと同時に自責の念に駆られ、頭が酷く痛んだ。

    「どうしてだ……。どうして、アルフを一人にしたんだ。どうして側に居てやらなかった」

    懺悔のように項垂れた頭を、両腕で荒々しく掴む。

    「俺が、そこに居れば。そこで守ってやれれば、攫われる事なんか……ッ」

    譫言のように呟かれる極小さな声は、誰にも届かずただ一人、ローレンスにだけ反響し責め立てているようだった。



    静かな独房に一筋の光が差し込んだ。虚な瞳が光を求めるようにそちらを向く。寂れた金属の扉がゆっくりと開かれ、外の明るさに目眩さえ覚える。
    少し顔を背ける。

    「ローレンス・ベイカー。聴取を再開する」

    冷たい声が彼に降りかかった。

    ローレンスは虚な瞳で「俺の――じゃない……」と呟いた。


    ――――
    颯馬さんの話2
    ――――
    不思議な贈り物を囲んで所長である式鬼 アヤメと椿屋 颯馬は、事務所内で話し合いを続けていた。
    仕事以外であるのに珍しくアヤメは颯馬の部屋に留まり、不思議な贈り物をまじまじと観察していた。


    ひとしきり触り観察をし終えたアヤメは、身体を起こして颯馬に向き直る。

    「こんな趣味の悪い贈り物をもらうなんて、変な男に好かれたものね」
    「ご愁傷様♡」とアヤメがウインクを飛ばす。

    飛んできたハートが颯馬のおでこに当たり、ころりと落ちる、そんな気がして颯馬はおでこを摩った。

    「贈り物かどうか分からないじゃないですか」

    「普通に考えて贈り物だと思わないの?」

    「そうですか?……もし仮に贈り物だとして、なんで男だと思ったんですか?男かどうかなんて分かりませんよね?」

    「あら、男だったらロマンチックで良いじゃな〜い♡」

    女のように手を合わせてはしゃぐアヤメ。

    「ふざけないでください」

    「あら、失礼しちゃうわね」とアヤメは髪をかきあげると、腕を組んで「私、これでも本気よ?」と意味深に笑みを深める。

    「へ?」

    「こんな重たい荷物を持ち運べる女なんて、そうそう居ないわよ。世の中の女全員が颯馬みたいなバカ力じゃないんだから」

    颯馬は肩を落として「バカ力って……」と呟く。

    「それでも、ロマンチックは言い過ぎですよ」

    「そうかしら?私には貴女とそのグラスアイ、似た色に見えるけど?」

    アヤメの目線がグラスアイに向けられ、颯馬も自然とそちらへ目を遣る。
    颯馬の瞳は右が青、左が赤である。机に並べてある赤と青のグラスアイとは並びが違うが、確かにその色合いは似ているようにも思えた。

    「想い人と同じ瞳の色をプレゼントなんて、乙女ゲームじゃあるまいし……」

    「やーね、男っていうのはね、ロマンチックと変態気質ってのを履き違えてる奴がほとんどよ?」
    「貴女が貰ったのは後者の方でしょうけど♡」と揶揄うように言い放つ。

    そうなってくると、これは本当に自分に宛てたプレゼントなのか。見知らぬ誰かが、自身の瞳と同じドールの瞳をプレゼントした……?それも不法侵入してまで……?
    そう思った瞬間、ぞわりと肌が粟立つ。

    「コワ!!!!」

    思わず箱から数歩、素早く後ずさる。
    両腕で自身を抱きしめ、腕を擦り上げる。

    「え?!このご時世!ストーカーは犯罪ですよコワ!!!」

    「嫌ね〜、人の好意を素直に受け取れない女って。男として恐ろしいわ〜♡」

    「アヤメ様が言ったんじゃないですか!変態気質って!!」

    食いかかるような颯馬に対して、アヤメは「あら、ちがうわよ?」と人差し指を自身の顎に当てる。

    「私は ”後・者♡” て言ったのよ」

    「一緒ですよ!もー、アヤメ様はいつもそうやって人を揶揄うんですから!!」

    騒ぎ出した颯馬を無視して「そういえば」とアヤメは、人差し指を顎に当てたまま「貴女も似たような物を持ってたわよね」と言った。
    ほら。とその指で棚を指し示す。
    「そういえばって……」と言ったところで颯馬は出かかった言葉を飲み込んだ。全てを諦めた。何様誰様アヤメ様だ。このオネエ様に何を言っても交わされるだけだと悟ったからだ。
    「あぁ、あれですか」と、ため息を吐いて棚の方へと足を進める。

    「私の両親はドール好きで、私たちが生まれた日からパーツを集めてこのドールを作り上げてくれたそうです」

    ドールを手に取ると「瞳も髪色も同じなんですよ」と微笑する。

    「私たちってことは、兄弟がいるのね?」

    「はい。双子の兄がいますね」

    「その人も貴女と同じオッドアイなの?」

    「はい!左右真逆ですが似た色をしてますよ」

    へー、とドールを持ち上げ「じゃあ、その兄もドールを?」と問い掛ければ、少し間を置いて「えっと……、はい」と曖昧に頷いた。
    その違和感にアヤメは訝しむも、何も言わずに颯馬を見つめる。その視線に居た堪れさに俯いた颯馬はゆっくりと「……あまり、覚えてなくて」と呟いた。

    「双子の兄がいる事は鮮明に覚えているんです。お互いゲームが好きで素材を分けてもらったり、何をして育ってきたかもしっかり覚えているんですけど。私がドールを貰った日は確かに覚えているんですけど、冬馬……うちの兄がドールをもらってたことも、兄とドールで遊んだことも思い出せないんです」

    「じゃあ、どうして貰ってると思うの?」

    どうして……ですかね?と首を傾げつつ颯馬は言葉を続ける。
    「兄のその姿は思い出せないんですけど……ただ漠然と、兄がドールを貰ってたということだけは覚えてるんです」
    颯馬はそういうと「おかしいですよね」苦笑する。

    何かを口にしようとしていたアヤメは、開いた口をまた閉じ、顔を逸らした。何か言いたげに自身の唇を食む彼に、颯馬は違和感を覚えた。
    彼のこんな姿は初めて見たからだ。

    微かながら「そうね、おかしいのよね」と呟く声に颯馬は首を傾げ、彼の名前を呼ぼうとした時「颯馬」とアヤメに名を呼ばれる。

    「あ、はい!」

    少し上擦った声で返事をすれば、「貴女の兄は今どこにいるのかしら?」と問われ「さぁ?」と首を傾げる。

    「でしょうね。記憶が曖昧なんでしょ」

    アヤメは少し考えこむと「ねぇ」と颯馬の瞳を見つめる。
    「これがただの男女間の痴情のもつれになら、なにも問題ないと思うわ。だけど、これが何かを暗示している物だとしたら?」

    「問題ないんですか……」

    「ないわよ。それと貴女、兄も似た瞳の色をしてるって言ってたわよね?無意識でしょうけど、机にあるグラスアイの位置はその兄の瞳の位置なんじゃないかしら?」

    ぁ、と小さく溢れた言葉。確かに、颯馬が置いたグラスアイは兄の冬馬と全く同じ位置である。
    自身のドールのアイカラーとは少し違うが似た色のそれは、冬馬の瞳にそっくりな物であった。
    そう思うと先ほどの気持ち悪さとはまた別の気持ち悪い感情が颯馬の身体を這い上がっていった。焦燥感に似た感情が、最悪の出来事を思い浮かばせてくる。

    まさか。そんな。と、頭でかき消しては浮かび上がる妄想を振り払うように、颯馬は自身の人形を手に取る。慣れた手つきでウィッグを外して、後頭部を外す。
    贈り物と同じタイプの同じ社名が書かれたグラスアイである。

    これは偶然なのか?それとも、これは彼の物なのか……?

    「アヤメ様……」

    珍しく弱々しく震える颯馬の声。
    アヤメに向けられた潤んだ瞳からは、雫がこぼれ落ちそうになっている。

    「冬馬に……なにか、あったのかも。どうしましょう……」




    ――――
    回子の話2
    ――――
    爽やかな風味と香ばしさが混ざり合い、それでも何処か落ち着く煎茶は、目の前の天土 トキワを連想させるものがある。
    知り合って間もないものの、彼の物腰柔らかな振る舞いは回子、Rの二人の警戒心を解くには然程時間がかからなかった。
    とはいえ、回子の隣に座るRという大男は子供じみた性格であるため初対面でも仲良くなれるのだろうと、出会って間もない回子でもそう思えた。

    僕とは正反対な性格だな、と回子は一人ごちた。

    「ん?何か言ったか?」

    ソファに我が物顔でどっしりと座るデライトは、回子にそう問いかける。それに「別に」と小さく返し、回子はまた煎茶を少し口に含む。

    「ねー!ねー!デライトくんは、どうして此処にいるの?何して遊んでたの〜?」

    小ぢんまりと椅子に座る回子とは反対に、Rは子供のように落ち着きなく身を乗り出す。

    「別に遊んでねェよ!オマエこそ、どこ行ってたんだよ。星屑荘のヤツらもいなけりゃ、オマエもいねぇし。星屑荘のヤツらが居ねェからチャンスだって住民登録変更してやろうと思ったのに、ご本人様同伴で〜とか言われるしよ」

    身体を起こしてRを問い詰めるように指差すと「だいたいな、星屑荘の奴らと一緒に居たなら教えろよな」と小言じみた言葉を重ねる。

    「えー!だって月がキラキラしてて綺麗だなーて思ったんだもん」

    「なんの "だって" だよ!いつもの "宝石キラキラ〜" で "盗っちゃお〜" じゃねぇんだよ、月が盗れるかー!!」

    Rのモノマネだろうか目をキラキラと輝かせて演技をする姿に、トキワも思わず苦笑をする。

    「でもね、でもね!手がね!届きそうなぐらい、こーーーんなに大きな月だったんだよ!」

    両腕を大きく広げて月を表現するもののデライトは、意味のわからない返答に「だめだこりゃ」と項垂れた。

    そのやり取りを見ていた回子は、小さく首を傾げる。

    「ほしくずそう……?」

    その言葉にデライトは一瞬目を見開くも、すぐに眉を顰めた。
    それとは反対にRは、「うんうん」と笑顔で頷く。

    「回子ちゃん迷子みたいだったから、オレが星屑荘に連れて帰ってあげよーと思ったんだよー」

    回子はその言葉を聞いてもなお、目をぱちぱちさせ、こてんと反対へ首を傾げる。
    本当に何も分かっていないような、そんな仕草にRも思わず「え」と言葉を漏らした。

    「あ、あれ?!」とRは突然立ち上がって、バタバタと机と椅子の隙間から抜け出し、広いスペースで自分の身体を上から下まで叩くように触り始める。

    「何してんだよ」と半ば呆れたように問いかけるデライトにRは慌てたように「ほ、翻訳機落としたかも!!」と大きな声で言った。

    「はぁ?翻訳機?」

    お互いの世界に翻訳機という物が存在しないデライトとトキワはその言葉に顔を見合わせる。

    「そう!だってオレ、オレね!イギリスて所の生まれだからエイゴしか出来ないんだよっ。ニホンゴてやつオレはベンキョーしたことなくて、ヴェイン・ドゥ・グラニーソがないとが無いとお喋りできないよ!」

    「ヴ……ヴェイ、は?」

    「ジェムレリック!言葉を変える事ができる石!」

    大きな声でそう言いつつ、自身の身体をまさぐると「あった!」と大きな声を出す。
    ポケットから出てきたものは霰石をあしらった数珠のような形のブレスレットだった。
    一連を見ていたトキワは興味深気にブレスレットを見つめる。

    「それがヴェイン・ドゥ・グラニーソってやつだね?」

    「うんうん!これがあると何処の人ともお話し出来るんだよ〜」

    「そうなんだね。でもね、R君。僕の世界では共通言語は日本語なんだ。だから、喋っている言語は日本語だよ?それに、デライト君は僕達とは全く違う魔法を使う異世界から来ているよね。言葉が通じなくなったのなら僕達は、みんな今ここで会話が出来ていないはずなんだ。翻訳機という物があってもなくてもね」

    トキワが子供に説明するようにゆっくりと話せば、Rは目をぱちくりとさせる。

    「え?あれ?じゃあ、回子ちゃんに言葉が通じなかったのは?」

    トキワは苦笑すると「言葉が通じなかったわけじゃなくて、理解が出来なかったんじゃないかな」と回子へと目線を向ける。

    「どうかな、回子君。君が分からなかったのは"星屑荘"だよね。それに、此処まで連れてきてくれたR君や此処にいるメンバー全員を君は知らない……違うかな?」

    回子はRやデライトへと視線を向けた後、小さく頷いた。

    「僕の家は……繁華街より前にある住宅地で……星屑荘なんて名前じゃないしアーバンビューとかそういう横文字のマンションです」

    「えっでも」と言いかけたRをデライトは、手で制して止める。何か言いたげに眉を下げるも、Rはデライトの指示通りその場で犬座りをして口を噤んだ。

    「君は、そこで両親と弟と何不自由なく中学三年生まで生きてきた」

    こくりと頷く。

    「良いご両親だったろうね、何か思い出なんか聞きたいな」

    トキワは自身の膝の上に置いた手指を絡ませる。
    優しく、寄り添うような声色。だが、全てをトキワから聞いたデライトのみは尋問のようだと思えた。

    「思い出……?えっと、弟が生まれた時、母よりも父の方が大泣きしてて、母はそれに笑ってました」
    微笑をしながらそう答えた回子に、「良い思い出だね」とトキワも微笑する。

    「じゃあ、最近の思い出はどうかな?」

    「最近、ですか」

    「そう。中学三年生まで一緒に過ごしてきたんだよね?ご両親と弟君と。その思い出が、聞きたいんだ」

    回子は口を開閉させ、何かを喋ろうとするも言葉が出てこないようだった。
    喋ろうとしても全て弟が生まれたばかりの時である。思い出す最近の弟の姿は、全て真っ赤なアスターに埋もれて見れることが出来ないのだ。

    「あ、あれ……?」と声を溢した回子に、トキワは微笑する。

    「……じゃあ、話を変えてみようか」

    その言葉に回子は目線を上げる。

    「R君が君のところに来た時、何があったのかな?」

    そう問われて回子は、先程あったはずのことを思い出す。とても、悲惨な出来事だったはずだ。
    「夕食を食べて家族と過ごして、ました。いつも通り……に。でも、突然何かが家に押し入ってきて母を何度も刺しました」
    その時は、とてつもない憎しみが全身へと駆け巡ったのを確かに覚えている。
    「父も弟も同じように刺されて、僕はあいつに食べられそうになった。大きな口を開けてた。たくさんの手が喉から這い上がってきてて……」

    「なんだ、そのバケモノは」

    訝しむように呟くデライトに、回子は首を傾げる。
    バケモノという言葉に、なぜかしっくりこなかった。きっとバケモノではあるのだろう、あの見た目を人間というには難しい。だが……。
    「バケモノ、というより……」
    あれは……。

    「鬼、かな」
    どちらかと言うと。とトキワが付け加える。

    ピースが嵌った時のような気持ちだ。なぜだか分からないが、『鬼』と言ったそれが、一番しっくりくる例えであった。

    「君は、その鬼を今でも恨んでいるかい?」

    そう問われて、回子は首を横に振った。
    これは紛れもない事実だ。
    確かにあの時は憎しみでいっぱいだった。死ぬだけの運命を呪った。
    でも、どうしてか……憎しみは消えていた。

    「Rさんが、そいつを殴り飛ばしたんです。そしたら、その鬼は消えてなくなりました。その途端、憎しみも苦しみも全てが消えていきました」

    回子は目を伏せて、薄情に聞こえるかもしれませんが……と付け加える。

    「だろうね」とトキワは、それが分かっていたように頷いた。

    「え?」

    「君は、物語のレールから外れたんだよ。闇の中に存在した憎しみの物語を辿っていた君は、R君というイレギュラーが、君が憎しみ呪うはずだった相手を倒したことで。だけれど、クエストはまだ終わっていない。この "部屋" の核となる "闇" を倒すまでは、それぞれ己が何者であるかを思い出すまでは、クエストクリアにはならないんだ」

    回子は目を見開いた。

    「……クエスト……?」

    「そう。吉備 回子君、君の物語は終焉を迎えたよ。次は、君が何者であるかを思い出す番だ」

    ――――
    ローレンスさんの話3
    ――――


    叩き付けるように降る断続的な水。それはまるで雨のようで、その "部屋" にいる三人の身体を一瞬にして濡らしていった。
    何処までも続いているような暗闇が、シャンデリアのライトさえも飲み込むかのように黒く黒く闇を濃くしていく。

    ――キィ――……ン

    金属が混じり合う音が聞こえ、そちらへ目を遣ればハルバードを大きく振りかぶり闇を押し退ける◼︎◼︎がいた。
    自分は何故ここにいるのか、自分はなぜ槍を持ち立っているのか、自分は――……。
    入れ替わりで現れた魔獣達が大きく咆哮し、彼女に駆け寄るのを見つめ、自然と全身に力が入る。
    踏み出した一歩に全力をかけ、加速を。風を切る音を感じながら、足は止まることなく強く強くタイルを蹴り上げる。水飛沫を上げてさらなる加速をしても、その目は標的を外すことはなかった。
    苦い顔をしていた彼女の顔が自身を捉えた瞬間、安堵に変わる。それを横目に見ながら槍を強く握り締め、大きく振りかぶった。
    呼吸を止めて、一閃。
    部屋のライトに反射した鋒は光を纏い、闇を切り裂くように数体の魔獣を両断した。
    体制を立て直した◼︎◼︎が、残りの魔獣を斬り伏せれば少しの猶予が生まれる。
    息を整えるために大きく息を吸い込めば、少しの余裕と焦燥感が残る。

    水に濡れた衣服は重みを増す。靴の中にさえ水が浸水しまるで地面に引き込まれていきそうな感覚にさえ思える。
    重たい足を一歩、一歩と踏み出し、彼女たちの元へと向かう。

    その時、けほ……と彼女が咳き込んだ。
    少女の傷口から流れ出る血液が、魔獣や鬼達の血液と混ざり合っている。桃色の霧となり可視化出来るほどの重く甘い香りが鼻を刺激する。
    どれだけの量が出たのか。普通に考えれば、致死量に至っている可能性もある。
    ぴくりとも動かない小さな身体にはもはや希望を見出す事さえ難しい。

    「また、守れなかった……」

    無意識に口にした言葉に違和感を覚える。

    また?
    また、とは何だ?

    「またって……どういう事?ローレンス君は、何かこのクエストを知っているの?」

    疲れ果てた姿の彼女が、自身と同じ質問を問いかける。

    彼女を見つめ「……よかった」と誰にも聞こえない声で呟いた。こんな事を思ってはいけないと思いつつも、心の中には少しの達成感があった。
    何故なら……以前見た彼女は少女同様に冷たくなり動かなくなっていたからだ。

    彼女は少女を抱きかかえ、まだ希望を見出そうとハルバードを強く握りしめている。
    名前も思い出せない彼女のその行動に、これから起こる事が何故だか予想出来た。

    「ローレンス君……?」

    その言葉にローレンスは頭を振るった。
    ともあれ、"クエストについて何か知っているのか"。 彼女のその質問になんと返せばいいのだろうか。

    「どうだろうな」

    周りを見回せば、先ほどよりも大きくなった闇や鬼がこちらに襲い掛かろうと機を狙っている。
    強さを増していく敵に、三人で敵うのかと幾度なく自問自答をしてきた。

    だが……それも、もう終わりだ。

    ――もしも次があるのなら。

    ローレンスは眉を顰め、口角を上げる。
    「だが、これだけは言える。……次は、うまくやってみせるさ」
    また守る事が出来なかった命に、祈りを込めて儚く微笑んだ。
    目を見開いた彼女が自身の名前を呼び、叫ぶ。
    覆い被さるような大きな影。
    凶暴さを増した闇が大きく口を開き、降りかかる――

    ――
    霞む視界に何度か瞬きを繰り返す。回転の鈍い頭をどうにか稼働させて、ローレンスはゆっくりと目を開いた。
    椅子に座っている。ひんやりとした静かな部屋だ。
    手錠が施された両腕から目線を上げれば、ガラスで隔てられた先に少女と青髪の男がいた。

    「うたた寝、してましたね」

    表情なく桃色髪をした少女はそう言った。
    その少女には見覚えがあった。あの "部屋" で冷たくなっていたあの子だ。

    「生きて……いたのか……」

    その言葉に回子は「え?」と首を傾げる。
    ローレンスは首を横に振った。

    「いいや、なんでもない……。ただ、へんな夢を見ていただけだ」

    ローレンスは一呼吸置くと「そうか、今は面会中だったな……」と呟く。
    はっきりとしない頭に手を当てようと持ち上げ、手錠の存在を再認識する。ため息を一つ吐き、動きにくい手を動かす代わりに首を振る。
    だらりと視界を遮っていた長い前髪を左右に分けて、いつもの髪型へと戻す。

    「で、お前達は俺にいったい何の用で来たんだ?」

    デライトはため息を一つ吐き「相変わらずというか、なんというか」と呟く。
    「お前のその端的な物言いは悪くねェが、初対面だって言うんならオレ達が何者か知りたくねェのか?」
    「そう、ですね。まずは自己紹介からしましょう」
    回子は自身の名前を名乗った。それに続いてデライトも名乗る。
    「で、お前は?」
    ローレンスは暗い瞳をデライトに向ける。
    「知っているんじゃないのか?お前の口ぶりからして、一方的に知っているように聞こえたが」
    デライトは口角を上げる。その表情は何処か挑発じみた笑みをしており、ローレンスは少しの苛立ちを覚える。
    「あぁ、知ってるさ。けど、肝心のオマエはどうなんだ?自分の名前、言えんのか?」
    「何を言っているんだ」
    ローレンスは訝しむように眉間に皺を寄せる。
    「俺は的を得てるつもりだぜ?オマエは、自分の名前を認識してないだろ」
    「そんな事はない。わざわざ面会に来てまで、そんなふざけた事を言いに来たのか?」
    「ただの自己紹介で、どうしてそこまで名乗りを渋るんだ?」
    机に肘をついて揶揄うように話す青髪の男に、眉を顰める。
    バカバカしい、そう口にしようとした時「ローレンス・ベイカー」と名前を告げられる。
    「これは俺の知り合いの名前だ。聞き覚えはあるか?」
    目を細め、デライトを見つめる。
    「何を藪から棒に……」と呟く。少しの沈黙の後、ローレンスはゆっくりと口を開いた。
    「夢に出た焦茶色の髪をした女がその名前を口にしていた。それに、看守も」
    「ソイツはオレと同じで罪を犯して、女王陛下ヒルダに拾われた。似たような境遇って事で、気にかけてたこともあるんだが」
    「そいつと俺がなんだって――……」
    ローレンスはデライトの表情を見てその先の言葉が出て来なかった。先程までの意地の悪い顔ではなく、どこか惑いのある表情であったからだ。
    「なぁ」
    自身の指と指を合わせ、ため息を一つ挟み「オマエは、一体誰になってるんだ?」とローレンスに問いかける。
    「オマエなんだよ。ローレンス・ベイカー、これがオマエの本当の名前だ」
    違うと言いたい気持ちと同時に、本当に?という疑問も生まれる。
    "ローレンス" という名前が本名でないなら、何故夢の女も、看守も俺を見てその名前を言ったんだ。

    「弟さんの名前を貴方は覚えてますよね?」
    唐突に回子がそう問いかける。
    ローレンスは訝しみ「アルフレッドがどうかしたのか?」と眉を顰める。
    「いいえ、アルフレッドさんには何もありませんよ」

    『俺の弟をどこにやったんだ』

    その言葉が頭にこだまする。
    どうして急にアルフレッドのことを?この二人はアルフレッドのことを知っているのか?何処にいるのか、無事なのか、誰が連れ去ったのか、知っているんじゃないか?
    ローレンスは酷く痛む頭を手で押さえるように俯く。

    「だって、アルフレッドさんはこの世界にいませんから」

    なんの迷いもなく回子はそう答え、その言葉にローレンスは「……は?」と顔を上げる。

    「ローレンスさん、貴方は捕まる前に言っていたそうですね。" 俺の弟をどこへやった "と。では、貴方の弟はどちらなんでしょうか?渡邉有文であるのか、アルフレッド・ベイカーであるのか」

    「どっち……って、俺の弟はアルフ、」
    ローレンスの言葉を遮るようにデライトは「あぁ、そうだ。そうなんだよ」と頷いた。

    「はい。貴方の弟は "渡邉有文" ではなく、アルフレッド・ベイカー。そして貴方は、彼の兄でベイカー家の長男であるはずです」

    デライトの言葉に続くように回子がそう言い、「そうすると、自ずと貴方は自分が誰であるかわかるはずです」と微笑し、一枚の紙を取り出した。

    ガラスの隙間から渡されたそれは、あの日ローレンスが握りしめていた手紙であった。

    "拝啓、渡邉廉平 様へ。
     草木生い茂る山を目一杯駆け抜けた日のことを覚えておられるでしょうか。"

    "貴方は『転けるなよ有文』とはしゃぐ私の手を引き連れ、川の浅瀬に連れて行ってくださったのです。"

    同じ手紙であるはずなのに、それが自分宛てでもなければアルフレッドからの手紙でもない事が分かる。
    今までの苦しみがまるで嘘だったかのように、心の重みは消えていた。

    「これは……?」と呟いた瞬間、まるで魔法のように天井からパラパラと景色が変わっていく。
    仄暗い部屋にいたはずのそこは、太陽の日差しが差し込む。面会室の壁はなくなり、あたりは木々が生い茂る山となる。
    思わず立ち上がり当たりを見回せば、同様に驚いた表情をみせる回子とデライトがいた。

    「まさかこうなるとはな……、どうなってんだよ。このクエストは」
    「トキワさんの言ってた『物語が進めば、クエストも勝手に進むよ』って、この事だったんですね」

    「おい、ここはなんなんだ?!」

    ローレンスがそう声を上げると、デライトは腰に手をやり「覚えてないか?」と口角を上げる。

    「は?」

    「あれ?覚えてなさげか?」とキョトンと目を開き、回子の方へ向いた。
    「トキワさんの話が本当なら、ローレンスさんは今回も同じ物語を歩んでいるはずです。前回も前々回のローレンスさんも同じ回想をし、同じように自身を責めたはず。それに、クエストステージがここにきたということは、たぶん合ってると思いますよ」

    ローレンスは眉を顰め「なんの話だ」と二人に詰め寄る。

    「覚えているはずですよ。アルフレッドさんと追いかけっこをした場所、貴方の夢に出てきた場所を」

    ローレンスは目を開いて、振り返る。
    ローレンスの後ろに続く道、それは確かに夢で見た物と同じであった。


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