エージェントNOMAD22
この世界には不思議な事がたくさんある。
有名なものをあげるならば、"エジプトのピラミッド" や "ナスカの地上絵" だろう。
もっと分かりやすいものであるなら、学校の七不思議である。 "あかずの部屋" や "トイレの花子さん" 等を聞いたことはないだろうか。
これらの不思議な現象を引き起こしている正体は一体なんだろうかと聞いた時、誰かはお化けや妖怪だと言う。誰かは脳のバグだと気のせいだと言う。
私達人間には、そういった物の真相は分からないかもしれない。もしくは、ネイティブ・アメリカンの言葉にあるように "問いを持った部族は生き残ったが、答えを持った部族は滅びた" というように、答えを持つ者がもうこの世には居ないだけなのかもしれない。私達は無知のまま地球に暮らすだけの生物なのかもしれない。
だが、そんな無知であり答えを求め続ける私達だからこそ不思議な現象を調査することができるのだ。力を合わせれば対策を立てることも、隔離することも可能だろう。そういった超常現象と呼ばれるものを調査する機関は、この世に確かに存在するのだ。
――
「御萩くん、此処には慣れたかい?」
声のした方へ視線を遣れば、机の上でトグロを巻くように佇む白蛇がいた。
「君たちのチームは癖のある者が多くて大変だと思うけど、みんな根は優しい子達だからね」
真っ白な蛇の姿であるも、確かに人間の言葉を発している彼はアレクサンドルという。ちなみに本名ではなくコードネームらしい。
このNOMADという組織でエージェントの司令官を務めるのが、この彼である。
彼も元は人間であったという。エストニアに存在する“アイトワラス”というレリックにより持続的能力者となり、現在のこの蛇の姿になっている。
「優しい、ですかね…?」
チームのメンツ、特に”ある二名“を思い浮かべて御萩は首を傾げる。
優しい…………か????
「ははは、御萩ちゃん。顔に出過ぎや、誰のことかすぐ分かってまうよ」
片隅で新聞をめくりながら過ごしていた尾津が、顔を上げて笑う。
アジア系の顔立ちの彼は名前からもわかるように日本人だという。年齢は四二歳であり、見た目もそれ同等であると思う。
御萩が初めて彼に会った時は『日本歴は少ないんやけど、同じ日本人同士仲良うしてや』と言われた。日本歴とは何か?と疑問に思うだろう。御萩もそう思い、聞いてみれば彼ははぐらかして『なんやろなぁ、なんやと思う?』とヘラヘラと笑うだけだった。尾津に対しての御萩の第一印象は、適当な人だなであった。
御萩はため息を吐いて彼に「だって、私は……ちょっと苦手です」と弱々しく言った。
「分からんでもないけど、司令官の言うようにみんなおもろくて、ええ子達やで」
「そうかなぁ……」と呟きつつ部屋を見渡した時、会議室にはまだ三人が来ていなかった。
先程も記したようにNOMADという組織にはエージェントが存在する。そのエージェント達は、加盟国それぞれにエージェントチームが設置されその国を拠点に調査を行う。
だが、御萩達のチームは拠点をNOMADとしており、そのチーム名を「エージェントNOMAD」という。
そのメンバーが此処にいる尾津、御萩。そして残りの三人である「バラク」「旺旺」「御手洗」の計・五人で構成されているチームである。
「そういえば、他の方達は?任務があると聞いてたんですけど」
「あぁ、そろそろ来るんとちゃうかなぁ」
と尾津が言い終わったと同時に扉が勢いよく開けられた。
大きな音と共に「テメぇ等!!任務だコラ!」と怒声にも似た声が部屋に響く。
御萩は肩を震わせて「ヒ」と声を漏らし、尾津は耳を軽く塞ぎ苦笑している。
声を荒げた人物、バラクの後ろから続いてきたのは云 旺旺だ。
「御萩さんに吉報ですよ」
「へ?」
「日本に帰れますよ、勿論任務としてですが」
バラクは持っていた資料を机に放り投げると、ファイルから何枚かのファイルが机に散らばる。
慣れたように尾津は「次はなんやろなぁ」と言いながら1枚を手に取り、内容を確認する。
御萩も同じように別の資料を取り覗き込むと、それは写真資料であった。
ミイラの手が何枚も撮影されたものに御萩を眉を顰めた。
「……なんですか、これ?」
「カッパの手だ」
「カッパ?日本の妖怪の?」
「まさか、河童の調査かいな。これも河童について書かれてるし、オッサンには妖怪退治なんて出来へんよ?」
怪訝そうにいう尾津に、バラクは「なわけねぇだろこのタコ!」と答える。
「んな非現実的な調査するか、アホ。いいか、今回の任務は川の氾濫の調査だ。そこにレリックが存在する可能性がある」
「是的」と頷いた旺旺は、机から1枚取り二人に見えるように掲げ「興味深いデータが見つかりましてね」と言う。
それは事故件数をデータにしたものだった。そのどれもが茨城県の事故件数を表示したものである。
先月現在での遭難者は19件。内、かすみがうら市では0件。などとデータの表記がある。
「川での水難事故件数は245件。日本全国的に見れば普通に思える数でしょう。そのうち茨城県では39名、少し多い気もしますがこれも特に問題視する数ではない。では、これはどうでしょうか?そのうちの29名が茨城県の霞ヶ浦のとある川で起きている」
「29人も?」
「あぁ、そこは自然公園らしいが、川へ続く道はここ数年閉鎖されている。だが、水難事故は後を絶たず……ついに国も動いたというわけだ」
「でも、それと河童となんの繋がりがあるんですか?」
首を傾げた御萩に旺旺はにっこりと笑って「河童伝説ですよ」と言った。
「ちょい待ち、アカン。俺の気のせいかも知れへんけど、話が元に戻っとる気がすんねん。レリックの調査とちゃうんかいな」
「ええ、レリックの調査ですよ。大昔に河童伝説というおかしな事が起きた、とすればそれはレリックの可能性が高い。なら、その歴史が確かに存在するならそこから調べてみるべきだと思ったんです」
「じゃあ、調査箇所は茨城県ですか?」
「是的」
「いつ出るんや?」
「明朝2時、時間厳守だクソ野郎」
さも当然のように言うバラクに、御萩と尾津は顔を見合わせてため息を吐いた。
――――――
明朝2時にNOMADを発った御萩達は、霞ヶ浦分屯基地を経由して八時五十分に目的地である自然公園へとたどり着いた。
道なりに山を進めば、正面ゲートには初老の男性が一人立っていた。
「わざわざお越しくださり、ありがとうございます。私はここの管理人をしてます上田と申します」
「ご丁寧にありがとうございます」と頭を下げたバラクに御萩と尾津はなんともいえない顔でそれを見ていた。
「お仲間の方はもう来られてます。セーラー服を着てらしたのですが、アルバイトでこちらへ?」
「セーラー…」と低い声で呟いたバラクは、引きつった顔で「ええ……まぁ」と返事を返した。
管理人との話で、バラク、尾津は管理人と共に一足先に川を見に行く事となった。
そして、御萩と旺旺は拠点に荷物を置きに行くことになった。
スタッフに案内されたのは山間に小屋が二つ並んだ場所だった。ランニングコースより植物園よりも奥にあるそこは、あまり人が立ち寄らなそうな木々が鬱蒼としげる寂しげなとろこだった。
御萩達の足音に気がついたのか小屋からセーラー服を着た女子高生が出てきた。
彼女がもう一人のNOMADのメンバーである、御手洗 花子だ。そして、御萩が苦手としているもう一人の人物でもある。
「御手洗さんは現地集合だったんですね」
「私は日本の高校に通ってるから、現地集合の方が早いんだよ」
そう言いながら歩みを進め、二人に「お疲れ」と表情を崩さずに言うと旺旺が持ってきた荷物を二つ持ち上げる。「運ぶの手伝うよ」と、もう片方の小屋へと運ぶと部屋に投げ入れる。
「哦、我的天啊」と苦笑する旺旺に、この時は中国語が出来ないスタッフも彼がなんと言っているか理解ができていた。
「重たかったでしょ、大変だったね」
「み、み、御手洗さん!荷物!荷物!尾津さんのはいいとしても、バラクさんのは流石に怒られますよ!」
御萩の慌てように御手洗は首を傾げる。
「それが?」と本当に理解出来ていないようで、こういう所が本当に苦手!と御萩は頭を抱えるしかなかった。
――川の調査
管理人に連れられてバラクと尾津がきたのは、拠点となる場所とは反対側の山道だった。
舗装されているとはいえ、落ち葉や落石などが足場を邪魔して決して歩きやすいとはいえない山道。
規制線が張り巡らされ、「立ち入り禁止」の立て看板が進めば進むほどに出てくる。不気味なほどに禁止を促す山道でも、毎年死者数が減少することなく絶えないのは何故か。
さらに奥に進むと木々が開け、燦々と太陽が照らす川へと辿り着く。そこは意外にもキャンプ場から1キロほど離れた場所であった。
大きな岩があり、あまり歩きやすいとはいえないがバランスを崩すほどのものでもない。見晴らしの良い場所であり、浅瀬は緩流であり小学生高学年ぐらいであれば難なく立つことも可能だと思えた。
「この道以外に川に向かう道はありますか?」
バラクがそう問いかけると管理人は首を横に振った。
「昔はここでカヤック体験をしていたので舗装されていますが、ここ以外の道は獣道になっています。なので素人じゃここまで辿り着く前に遭難してしまうでしょう」
「資料によれば、山での遭難者は0件やったな?」
「あぁ。山道での車両事故もなければ、遭難者も出ていない。不気味なほどに水難事故のみが多発している」
バラクはそう言い切ると来た道を振り返り「ここまで子供一人でたどり着けるものでしょうか?」と再度問いかける。
資料の水難事故には大人だけでなく小さな子供までもが溺死していると記されていた。
先ほど、管理人は舗装されていると言ったが大人であっても歩くのにかなりの体力が有する道である。木々の隙間も大きいもので二メートル程離れているものもある為、そこが道に思えなくもないのだ。こんな道を子供達、ましてや小学生なんかが迷わずに来られるとはバラクには到底思えなかった。
「いいえ、私には子供が来られる場所には思えません」
管理人はそう言うと眉を下げて「正直言って」と言葉を続ける。
「私には、これだけの水難者が出ているにもかかわらず遭難者が居ない事が不思議でなりません。遭難することももちろん悪いことではありますし、起きてほしくない事故ですが……」
二人は管理人の言わんとする事が理解出来ていた。
なぜ、遭難事件ばかりなのかと。まるで、誰かに連れられてきているかのようにこの道を通っているようにさえ思えるのだ。
管理人はそこまで言うと、自身の腕時計を見て「もうこんな時間ですか」と呟いた。
「私は、そろそろ」と言う管理人さんにお帰りいただき、二人はさらに調査を進める。
バラクは下流の方へと視線を向けて「下ってみるか」と呟いた。