森の鉱山が閉鎖されたのは10年ほど前のことだという。
「それまでは当然、オーラレンの主要産業だったんだよね」
森のなか、先導するハルニードの手脚は魔力で構築されたものであり、そこからはいとも芳しい魔力香が漂っている。義足では森歩きには不十分であると言うのは納得のいく理由であった。
ユエは案外冷静にその隣に着いていく。嗅ぎ慣れた緑の匂い、ここが「森の中」であること、森の番人としての本分の中にあるというある種の臨戦態勢——つまり仕事中であるという緊張感が魔力中枢の興奮を建設的な方向に巡らせているようだ。充分に飲み食いをして休み、心身が充実しているのも要因であるだろう。そう説明するとハルニードは冗談まじりにつまらないの、と笑っていたが。
「今でもだろ?恒星片の産地であり加工技術と術式に関しては大陸でも一二を争うと言うぞ」
「そうなんだ」
ハルニードはまるで他人事のように応じた。
「……10年前に閉鎖したんじゃないのか。それとも他にも鉱山が?」
「いや?そっちの方はオランデナの叔父さんとお姉様がめちゃくちゃ頑張ってそれまでに掘り溜めてた分でやりくりしてるんだと思うよ」
旧オルエンデ邸は鉱山と研究部門を繋ぐ道の中継地点に建っていた。岩盤に埋もれた握り拳大の恒星片を掘り出し、集め、作業場へと運搬する作業に従事する人足を鉱山に集まる呪のものから守る人員を配置するのに都合が良かったためである。
「今のは領内の雇用の話ね。単純な肉体労働っていう点ではそれなりに需要があったんだ、鉱山の人足の仕事」
「ああ……」
「掘れば掘るだけ儲かるしね」
恒星片は魔力に呼応して燃焼する=エネルギーを発する性質をもつため、掘り出すのも運搬するのも内燃魔力を含む人力頼みである。平民の仕事であり、平民にしかできない作業でもある。まさにオーラレンの栄光を支えているのは彼らであったというわけだ。
鉱山で働く人足を統率し、守ることはオルエンデ家の大きな役割のひとつであったのだ。
「オルエンデの魔力硬化の魔呪は鉱山の近くで恒星片を誘爆させないために発展したのさ」
ハルニードはそう言って両手のひらをひらひらとさせた。芳しい香りが漂うそれはまさしく魔力そのものを硝子細工のように固めたものである。曰く、魔力を硬化させることで呪核へダメージを通せる武器を形作るのが本来の使い方である、らしい。
「いや、……この前は魔力放出で溶かしてなかったか?」
「そりゃ単純な魔力放出もできるさ。鉱山以外だとその方が効率がいいんだもの」
ハルニードの手脚は武器そのものである、とは言葉通りの意味だということだ。合点がいったユエはそうか、と頷いた。精巧に形作られた魔力の手脚に内燃魔力を通して操作するというのがハルニードの魔力肢の仕組みであるのなら、義手義足の操作に応用するのはそう遠い感覚ではないのだろう。
その推理を疲労すると、ハルニードは首を傾げた。
「え〜どうだろ。内燃魔力なのか放出魔力なのかはちょっとわかんないかな……区別して考えたことないもん」
「義手義足を使ってる時は匂いが気にならないんだから内部循環の応用なんじゃないのか」
「匂いとか言うの君だけだからね?……そういうのはハンスに話してあげて」