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    808koshiya

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    808koshiya

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    転④(仮)

    見れば何かわかるかもしれない、と言ったのはハンスで、じゃあ見に行こうと言ったのはハルニードであった。
    霊廟は薄暗く、棺から湧いて出る魔素と呪素で咽せ返るような空気になっている。ので、第三階層の人間が隅で息をひそめている分には気付かれないのでは、という雑な作戦である。
    部屋の奥側半分を占めているように見える「棺」には液体が注がれ続けていてわかりにくいが、冷静に見回せばその奥側にも空間があるのがわかる。
    「棺というより浴槽だな」
    そう言われてみれば極端に洗い場が狭い浴室のように見えなくもない。
    「ここに潜むのはダメ?」
    「さすがにバレますよ、相手はローザリエ様ですよ」
    少し考えて、環境を見回して、ハンスは上手くできるかわかりませんが、と前置きをした。
    「突貫ですが遠隔記憶の術式を組みましょう。最近小型化した装置があるので」
    「え、そんなのある?」
    「コスト面ではまだ実用化にはほど遠いんですけどね。いいテストになる」
    「結局は恒星片で動かすんだろう、領主にはわかるんじゃないか」
    ユエが物申すと、ハンスはちらりと首を傾げた。
    「まあバレたらバレたときですね。直接覗き見るよりは多少はマシでは?」


    そんなやりとりを経て得られた記録映像は多少不鮮明ではあったが十分に視聴に堪えるものであり、幸いローザリエが第三者の目に気づいた様子もなかった。
    それだけに、映像の中の彼女が一糸纏わぬ格好で温水の満ちる棺に身を沈める場面から始まった時、ユエは黙って目を逸らした。
    「ユエは見るな、僕も見ない」
    「俺も嫌なんですけど?!」
    同じく目を逸らそうとしたハルニードはハンスの肩をがっしりと掴んだ。
    「ハンスは見なさい。お前が見ないと始まらないから」
    「人を覗き魔にする……」
    「半分は僕の罪だよ、甘んじて受け入れて」
    嫌そうなため息を吐きながらも、ハンスは覚悟を決めたようだった。止めていた映像を再開する。棺——こうしてみるともはや浴槽にしか見えない容器に膝まで浸かったローザリエは画角のせいで見えない入り口側に向かって手を伸ばし何やら作業をしているようだったが、やがて幸い白濁した温水に肩までを沈めた。そうなってしまえば映像の不鮮明さもあいまってその裸体の輪郭はほとんど見えなくなる。さりとて、必要でそうしているとはいえ、異性の入浴の様子を覗き見るのが大変に気まずいことには変わりない。
    「あ」
    「何?」
    「これ、呪のものですね」
    これ、というのは入り口側の空間に湧いて出た見慣れた黒闇色の塊のことである。総じて大人の頭ほどの大きさのそれらはローザリエが連れてきたと考えるのが妥当だろう。呪のものの習性としてそれらは浴槽の中のローザリエに集ろうとするのだが、彼女は涼しい無表情のまま術式の詠唱を始めた。
    「豁、繧後↑繧九逾槭謠コ邀
    逕溷多縺ョ豌エ貅縺。繧後荵ウ豬キ
    謌代′蛻コォ縲∵ュ灘万縺帙h
    逕溷多縺溘l縲シ灘虚繧呈遠縺ヲ」
    ハンスの眉がぴくりと動く、のと同時に、ローザリエが放つ魔力の余波が彼女を守るように展開した。呪のものたちがたじろぐように動きを止めて、見る間に浴槽の中から浮かび上がってきたものがある。
    「……」
    無数の、赤黒い塊。親指ほどの大きさで、卵のような形。温水がざぶりと溢れていくつかが流されるのに構わず、身を乗り出したローザリエは自身に近づけずにいる呪のもの一体に手を伸ばし、掴んで引き寄せた。
    「遘√繝槭い繝医螟ゥ遘、
    逾槭蝨ー繧帝吶≧繧ゅ繧
    縺薙蝨ー縺ョ逅↓螳壹a繧峨l縺
    豎昴驥阪∩繧堤、コ縺」
    また新しい詠唱である。ローザリエの手に掴まれた呪のものはその丸い身体をもぞもぞと動かしながら口を開き、なんとか目の前の馳走にありつこうとしているようだが、掴む手はびくともしない。それどころかもう一方の手には浴槽の中から現れた塊を掬い上げ、また唇を動かすのである。
    「譚・縺溘l繧ッ繝ュ繝弱せ縺ョ諱ッ蜷ケ
    豌ク蜉ォ繧偵縺ィ縺ィ縺阪↓
    蟷シ蜈舌r蜈オ縺ォ」
    魔力が発現して、掬い上げた塊が膨れ上がる。いささか不鮮明だが、親指大から拳大まで「育った」それがいよいよ黒々と赤く、びく、びく、とその身を震わせているのが見えた。ハンスは息を呑む。ローザリエがそっと、もがく呪のものにむかって今し方「育てた」塊——脈動する肉塊、を、差し出す。呪のものは嬉々として口を開き、それを喰い、消えた。
    「…………」
    そしてローザリエの手の中には淡紅色の丸い石が残っている。
    「これが恒星片の錬成……」
    ローザリエにとっては慣れた作業であるようだった。出来上がったものを反対側に置くと、次の呪のものを掴みあげる。その後は二種類の詠唱を繰り返し、運び込んだ呪のものを次々と処理していく。
    「ハンス、何かわかりそう?」
    「いや、……ええ、はい、まあ」
    覗魔そのものだとか、ローザリエに悪いとかの後ろめたさはすでに消えた。ハンスは食い入るように映像に見入り、繰り返される詠唱を聞き、その音韻を真似るように口ずさんだ。
    ローザリエが連れてきたらしい全ての呪のものの処理を終え、出来上がった恒星片を集めて袋に詰め、浴槽に浮かぶいくつかの残りを拾い上げたかと思えば魔力放出で全てを砕くシーンを最後に映像が途切れるまで、——礼儀正しく目を逸らしていたハルニードとユエにとっては音声が止まるまで。
    「……どう?」
    「最初のだけはもうちょっと何回か繰り返して確認しますけど。大体は把握しました」
    ハンスの表情は硬い。
    「まず一点、人造恒星片の材料は呪のものです。それと、おそらくローザリエ様の血を元にした擬似心臓」
    もう少し精査させてほしいんですが、と前置きをして、ハンスは唇を歪めた。
    「不死族が呪のものと同じように出来ているのだとしたら、確かにこれは不死族を封じることに繋がると思います」
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