床全体に敷かれた毛足の短い絨毯はそれ自体が熱を帯びていて、部屋の中央の座卓は毛布が被せられた上に平らな板を置いている。この座卓の天面の裏側にも発熱の機構を備えていて、四辺から長く垂れた毛布に包まれた内側を温かく保つ仕組みになっている。
山林の奥深く、古い坑道の跡地を利用して築かれた魔女の要塞は飛雪吹き荒ぶ下界とは一線を画す楽園の如くである。
「怠惰を絵に描いたような住処だ」
「素敵でしょ」
二人の周りでは彼女の眷属たる顔のない人型の呪がしずしずと働いている。卓上には小さな火台、その上の鍋、鍋の中は既に沸いていて、肉と野菜が甘辛く煮える匂いがしている。
腰から下を座卓の下に潜らせている魔女の背中は素材不明の巨大な背もたれに支えられていたのだが、頃合いと見るやそこから大義そうに上半身を起こしたワクサルは無造作に床を這っていた髪を掻き上げてはくるくるとひとまとめにした。いつもながら器用なことだ。髪に刺した飾り櫛に取り付けられた紅い石が黒髪の中でゆらりと光る。
「私が思うに、君は少し考えすぎなんだよ」
二人分の取り皿を差し出され、仕方なく配膳の役を仰せつかった。座卓いっぱいに必要なものを揃えたメイド役の呪はしずしずと去って行く。部屋の出入り口らしい空間は可視化されてはいるが、扉に見える構造の向こう側に溶けるように消えていくのを見ると得体の知れない感覚に襲われるのであった。本当にこの部屋はあの雪山とひと続きなのだろうか?
諾々と鍋の中身を取り、疑いの目と一緒に差し出す。なにもかもに満足しているように細めた瞼には長い睫毛が深い陰を落としている。ここは静かだ。
「まずはあったかいところでしっかり食べてゆっくり眠ることだよ。人間はそうしないとすぐ死んじゃうんだから」
もっともらしく語る言葉が君も例外ではないよ、と続いたので、思わず笑ってしまった。確かにそうだ。自分とて、凍えて飢えれば死ぬのであった。
「そうだな、死ぬところだった」
「そうだろう」
君もお食べと促されて食器を手に取る。怠惰の魔女の前で名無しの行き倒れで在ることは罪深いほどに居心地が良い。