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    808koshiya

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    808koshiya

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    斜視おじが「お前さん目離せねぇなぁ」的なセリフをA氏に言う話

    意識が覚醒するのにあわせて目を開ける。身を置いている座席は細かく揺れながらも全体としては安定している。厳重に身を固定している安全帯は自由を奪われているとも感じられた。
    「お目覚めですか」
    地上を進む乗り物とは異なる浮遊感覚は現在の所在地が重力から切り離されていることを直感させた。話しかけられてアルフレッドはのろりと声の方を向いた。
    「手荒なご案内となったことをお詫びいたします。我があるじが貴方様との面談をご希望されておりまして」
    老成を帯びた男の平坦な声は操縦席にあたる前方から届けられた。操縦席を含めても数席の小型の航空機だ、と認識する。
    「……はぁ」
    アルフレッドはきょろきょろと琥珀色の目を動かした。窓の外は白く煙っているが、その中でも風に煽られて舞う雪の粒が視認できた。ずいぶんな悪天候と視界不良の中で平然と、それでいて安定を保ちながら飛行機を飛ばしている、ということはこの老人? は只者ではないのだろう。
    「天空帝が、俺に、なんの話を?」
    「あるじの御心は我らの理解の範囲外で御座います」
    アルフレッドを小さく身を捩った。経緯を考えれば手足もろくに動かせないこの固定は拘束と呼んでも差し支えないだろうが、目的は機内の安全性を保つことにあるのだろう。煙草吸わせてもらえませんか、と尋ねたところ返答は当機内は禁煙で御座います、とのことで、やはり丁寧ではあるが取り付く島もない。


    標高の高い山地をくり抜くように建てられたその建物はその持ち主の器量を考えれば極々小規模な、掘立て小屋と自嘲されるのも納得の、隠れ家のようなものだった。
    老練の執事が操る輸送機は暴風雪をものともせずに誘導灯が示す建物と一体になった発着場へと滑り降りた。
    「体調にはお変わりありませんか」
    安全帯を外しながら体調確認をされる。丁寧に固定されていた手足は不動による硬直とわずかな冷えを感じていたが許容範囲内である。狭い座席の上ではあるが簡単な動作確認をして、問題ない由で頷く。エスコートを申し出る執事の手の仕草は状況に不似合いに優雅であった。
    タラップを降りる際には衣服の中に仕込んでいたはずの基本的な武装を返された。飛行機で運ばれた、どこともわからない場所である。アルフレッドが混乱のあまりに狂乱をきたし、不用意な行動を起こす人間ではないことを熟知しているのだろう。侮っている、もしくは信頼している、ということになるのかもしれない。
    「ここより先は私どもは立ち入れませんので。有意義な滞在となりますように」
    そんな丁寧な言葉と共に機内から送り出されると、入れ替わりにやってきたのは人間の形をしていない自動人形であった。上前面のパネルに浮かぶ文字に従って仰々しいシャッターをくぐれば居住区らしい区域につながっている。
    ほどなくして一つ大きな揺れがあったのは先刻の輸送機は早々に飛び立ったということだろう。建物の内側はごく当たり前の——と言うには少々豪奢な、静養施設の形をしているようだ。
    誰が何のためにこんなものを、と当たり前の疑問に思考を沈めていると、自動機械が気を惹くような警告音をたてた。やけに必死に聞こえる音に従って目を向ければ、そのパネルは「お客様を歓迎いたします」「ようこそ秘密の山荘へ」「あるじがご挨拶いたします」と語る文字を点滅させている。
    「……?」
    客人の気を惹くのに成功したことに気をよくしたように、彼(彼女?)はピーピーと音を立てて廊下を進んだ。アルフレッドがついてくるのを確信している様子である一室の扉の前まで滑って行き、これまた優雅な仕草でノックをする。
    「入れ」
    天上から響くような重厚な音声の許可を得て、ドアが開く。招かれるままに入室すると、部屋の——この建物の、そしてかの老練の執事の、ひいてはこの山脈に建つ国そのものの主人は読みかけの本を閉じるところだった。分厚い獣革の表紙、差し込まれた薄金箔の栞、高い鼻に乗せられた華奢なフレームの眼鏡。
    「…………お招き感謝します、天空帝閣下」
    棒読みに挨拶をすると、緑色の目はアルフレッドの頭からてっぺんを見まわした。重い溜め息をついたかと思うと傍らの自動機械に向かって顎をしゃくる。
    「洗って着替えさせろ」
    彼(彼女?)がピーピーと鳴いたのは了解のようだった。ぐるぐると回転した頭部がまた別の音声を発したかと思うと廊下からわらわらと同じ形の機械たちが現れる。応援らしい別個体たちから次々に伸ばされるアームに捕まえられて、アルフレッドはあれよあれよと別室へと攫われてしまった。


    大量の熱水と上等の香料を含んだ洗浄剤で髪や身体を清められたかと思えばふかふかのタオルと熱風できれいに乾かされ、保湿剤を抜かりなく擦り込まれたかと思えば貴重な天然繊維で織られた機能的ではないが肌触りのよい下着と同じくただ着心地良く柔らかに身体を包むだけの衣類を供されたアルフレッドは改めて客室に通された(もともと着ていた服は仕込まれていた装備品だけをきれいに包んで渡された。洗濯してお返ししますと言う自動人形があまりに頑固であったので仕方なく諦めたのであった)。
    ぱちぱちと薪が音を立てて爆ぜる暖炉。木目張りの床には毛足の長い絨毯が敷かれ、地面を這う冷たさを一切感じさせない。二重三重のガラス窓の向こうは猛吹雪なのに部屋の中は申し分なく温められている。
    どうやらこの建物自体が「人間、それも親しい間柄の賓客」をもてなすための設備らしいとは察したが、自分がその対象になっているというのはあまりに場違いなような気がするし、実際場違いではあるのだろう。
    「座れ」
    が、アルフレッド・ブレンネンはある意味で分不相応なもてなしに慣れている人間であった。不必要に畏まるということもなく、促されるままにこれも複雑な紋様が織り込まれた敷物を乗せた革張りのソファに腰を下ろす。見る限り寝台に類する設備はないな、と冷静に検分しながら対面に構えている空神機の表情を伺う。常に怒りを背負っているはずのその人にしては珍しい、静かな眼差しだった。
    「飲み食いするならソレに言いつけるがいい、だいたいの用意はある」
    「はあ」
    ソレ、と言うのは荷物を持ってついてきていた自動機械のことのようだった。そう言うフィルマメントの傍らには葡萄酒の瓶と分厚い硝子製のグラス、それと種実類を乗せた飾り皿が置かれている。試しにミネラルウォーターと食事パンを頼んでみると、自動人形は滑らかに走り去っていった。
    「…………で、俺に何か?」
    焼きたてのパンと封を切られていない水の瓶が届けられるのを待って、アルフレッドはとうとう自ら尋ねた。温かい室内、着心地のよい衣服、座り心地のよいソファ、薪の爆ぜる音と窓や壁をほのかに揺らす風の音。焼きたてのパンの匂い。目の前の、少なくとも敵意だけは嘘のように消え去っているものの消しきれない圧を発している神機の存在を除けばあまりに居心地の良い空間である。
    「ここは、どうだ」
    訊ねる言葉は曖昧だが、客人の反応を伺う気配があった。
    「はあ、良いと思いますけど」
    「そうか」
    そう仮定するならば、フィルマメントの相槌は安堵のため息にも似ていた。葡萄酒のグラスを煽る仕草とともに促されるまま、アルフレッドはパンを千切って口に入れた。それはバターと小麦の香りがして嘘のように柔らかに甘く、口溶けがよい。


    「一局、付き合ってもらおう」
    と、提案された時には多少なりとも好機だと思った。例えば彼の思考パターンや戦術の好みなどを読み解くヒントになるだろうと考えたのだ。しかし数手でそれが傲慢であったことが知れた。一国の全てを演算し取り回す機能を持った相手の駒運びは盤石で、反対にこちらの手管を剥き出しにさせられるような感覚に陥るのである。
    結果として対戦は駒遊び以上の意味を持たない、ただ沈黙を補うだけの手遊びになった。
    「——アルフレッド・ブレンネン。故郷では身を売っていたと言うが」
    緻密な彫刻を施された象牙の遊戯駒(チェスピース)を乗せた盤を挟みながらの問いかけは、おそらくその方が本題なのだろうと察せられた。一手には乱れがない。予定調和の駒運びはただこの時間を間延びさせるためだけにある。
    「穢らわしいとは思わんのか」
    「……?」
    それはアルフレッドがこれまでの人生に於いてしばしば尋ねられた、あるいは一方的に投げられた罵倒と同じ言葉であった。それらと同じ意味合いの質問であれば返答はいつもと同じ、何の感慨もない言葉で済む。
    「そうなんじゃないですか、知らねーですけど」
    応じた言葉に何一つとして感慨は無かったが、疑問は滲んだ。(アルフレッドの主人たる陸の王者こそがそう評したのが正しければ)非常に潔癖な質であるフィルマメント・シュトレンガー天空帝閣下にとっては当然「穢らわしく」「問いかける価値もない」質問であるはずだったからだ。案の定小さく首を振った彼は違う、貴様自身のことではない、と続けたのだった。
    「貴様を買おうとした、買ってきた連中のことだ」
    妙な切実さとともに押し出された駒の挙動は曖昧で、意図が掴めない。
    「別に」
    と、静かに一手を返す。いずれにせよアルフレッドにとってはやはり何の感慨もないものだった。その欲のおかげでその時々でアルフレッドが必要とするものに換えられるというならば、自分が所持するものの中に価値のある(売れる)ものがあって良かったと思うだけのことである。
    「それが需要になるってんなら、まあ、俺にとってはありがたいもんでしたよ」
    落胆したような溜め息には何故か憐憫が含まれているように思えた。そうか、と淡々とチェスの駒が動くので、アルフレッドは何故己にそんなことを聞くのだろうかと思った。
    「何で俺に訊くんです?」
    「貴様が神機に選ばれた者だからだ」
    沈黙の間を、暖炉の火が燃える音、そして吹き荒ぶ風雪の音が貫いていく。静けさの中に不思議と不安がなく、予定調和に時間を引き延ばすような駒運びの音に耳を済ませば対戦相手も同じように感じているような気がしたのである。


    もはや思考実験のようになったやり取りの間、アルフレッドは自動機械に二度ほど食料の供給を依頼した。
    すっかり時間を忘れていたその心地よい静寂の遥か遠くから、ふと風鳴りを塗り潰すような地響きが聞こえてきた、かと思えばそれはやがて建物全体を揺るがす轟音となって近づいてくる。
    「迎えが来たようだな」
    輸送機が飛び立った時とは段違いの地鳴りを聞いたアルフレッドの脳裏に浮かんだのは木々を薙ぎ倒し、積雪が立ち塞がる悪路を踏みしめて均し、急斜面をものともせずに侵攻する陸の王者の姿である。
    「悪くない時間であったぞ、小僧」
    「はあ……?」
    フィルマメントが驚くほど穏やかにそう告げた、かと思うと、次の瞬間には見慣れた憤怒を身に纏う。近づく足音を待ち受けるためか、目の中の緑色の炎は安らいだことなど一度たりともないかのように燃え盛り、元通りの——自らに課せられた運命や使命や、自らに群がる矮小な命などの全てを焼き尽くしたいような温度を灯す。
    次の瞬間、高山を暴れ回る風雨を遮るべく建てられた壁を食い破って現れたのはアルフレッドには親しい、鋼鉄を模した皮膚に覆われた巨大な車体であった。
    「行け。戯れは終いだ」
    「……」
    苦々しい溜め息を一つ残し、人には許されない脚力で飛び上がった竜の化身は既に破壊されかけていた天井に穴を空けて上昇しながら人の形に押し込めていた本性を表し、気流を生みながら巨大化していく。飛び去っていく。冬の日のひとときの憩いを蹴散らすようにごうごうと風を鳴らし、吹雪を裂いて。
    その姿を見上げ——見惚れているうちに暴風に巻き込まれそうになるアルフレッドを、戦車の車体から伸びてきた腕が捕まえた。立ちすくむ操縦士を見かねたようにいささか強引に自らの車内(たいない)へと飲み込んでしまう。
    「クソジジイめ、ずいぶん小洒落た真似をしてくれやがる」
    とうとう野郎も守備範囲に入れやがったのかと思ったぜ、と、こぼれたのは独り言として吐き捨てるには大音量で、アルフレッドは天空帝の名誉のために——あるいは自身の名誉のためにそれは無いです、と被せて答えなくてはならなかった。
    するとガルプは冗談の要領で笑い飛ばしたので、体内が愉快そうに揺れた。
    「お前さんは本当に目が離せねぇなあ」
    自分のための席に腰を据える。そこは寒々と硬質で、憩いとは程遠い。しかしアルフレッドにはもっとも心躍る、自らが座るべき、椅子なのであった。
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