ローザリエは執務室で腰を落ち着け、積み上がった書類に署名を施しながらことの顛末を話した。
ハルニードが消え、不死族が消え、恒星石が生まれた。大筋はネムが話したことと変わらない。
「これがそうだ」
淡紅色の球体は天鵞絨織の布に包まれてローザリエの手の届く位置に鎮座していた。人為さえ感じさせる真円球形。恒星片で言えばいわゆる完全不活性の状態なのだろう、魔力の微漏による発光も見せず、ただただ磨き抜かれたガラスのように景色を透かしている。
「これはナディなのか」
ローザリエの眉が小さく動いた。ネムと同じ藤色の瞳が僅かに剣呑な気配を帯びたのを感じる。
「——そういうことになるな」
ローザリエはそれだけをぽつりと告げた。そして棺は再び星産みの器として機能するようになったこと、処理場に集っていた呪のものもあらかたが解散し、概ね領内は元通りになった、とも。
「勝手なことをしてくれたが——当面の課題は解決した。その点については礼を言おう。
「……」
ユエは黙って礼をとった。ローザリエの髪が顎ほどの長さでぷっつりと断ち切れていることに気がついてはいたが、それに言及することはできなかった。
「俺の怪我を治したと聞いた」
「……ああ」
最敬礼で謝意を示すと、ローザリエは小さく溜め息をついた。視線が上下し、ペンを握る手が止まる。
「お前はよそからの客だ。無傷で帰さねば外聞が悪いだろう」
出てきた言葉は素っ気なかった。
「とは言え私は治療の術式は得手ではない。身体の状態は戻したつもりだが、時間軸と記憶の齟齬で繋がりが悪くなっていたようだったのでそのあたりはネムに任せたが」
隣に立っていたネムに視線が移る。つられて目を向けるとネムはにこりと笑った。
「意識が戻ったなら問題ないはずだが。変わりはないか?」
「ああ」
詳しいことは理解しかねたが、この身が姉妹の尽力で生きながらえたことだけは承知した。神妙に頷いたユエに向けて頑丈なことだ、と所感をこぼしたローザリエは再びペンを手に取った。
「身体が治ったなら早々に森へ帰れ。もう用はないはずだ。領境の保安についてはこちらも何か対策を講じる」