「お姉様」
「?」
もう行け、とばかりのローザリエを遮ってネムが手を挙げた。その顔にはいつもと変わらぬ表情の読みづらい微笑がある。
「その件に関して私からひとつお話が」
ユエは途端に顔色を悪くした。妹と目を合わせたローザリエがどの件だ、と首を傾げる。ネムの視線がちらりとこめかみあたりに刺さった気がした。
「お腹に子供がいるみたいなんです、私。ユエ様の。」
「は?」
ローザリエの口からまろび出たのは渾身の恫喝であった。ユエは小さく身体をすくませたが、ネムの方はなにも感じていないような微笑のまま姉と目を合わせている。
「……」
ぱきり、と何かが割れる音がしたと思ったらローザリエの手の中のペンが壊れていた。静かに立ち上がり、ネムの頬の色を見、そして腹のあたりへと目をやる。
「遘√繝槭い繝医螟ゥ遘……」
そしてローザリエは目元を押さえて短い詠唱を口ずさんだ。ややあって、その唇からは複雑なため息が漏れ出した。
「いるな」
鼓動が見える、と、呻いた声には苦悩が滲んでいる。苦悩、あるいは葛藤。あるいは安堵も含まれているだろうか。
「なぜ今さら……」
「相性の問題かと思いますわ、お姉様」
「……」
ネムの声は涼しい。ユエは流石にこちらを向いたローザリエの針千本の視線を受け止めきれずに俯いた。記憶もなければ身に覚えもないので弁解のしようもない。
「ユエ様を責めないで差し上げて。事故のようなものでしたから」
「真実この男の種だと?」
「ええ。お姉様もご存知のとおりです。あの日からずっとお従兄様のお家でユエ様と二人でしたでしょう?」
「……」
状況証拠は揃っているらしく、言い逃れはできない模様である。ユエは沈黙し、ローザリエは短くなった髪を掻き上げた。
「一族以外の種で孕むとはな」
「だから私、一緒に行こうと思うのです。この人と」
「は?」
予想外の申し出に思わず声をあげたのはユエであった。ローザリエが目を鋭くする。
「オーラレンを出ると?」
「ええ。だって赦されないでしょう、私がよその子供を産むなんて」
「……お前が産むのはオーラレンの子だ」
「ご老人方や市民の皆様にそう思っていただける保証がありまして?」
確かに文字通りあまりに毛色が違うユエである。当事者であるはずなのにすっかり蚊帳の外に置かれている。本当に当事者であるかどうかも定かではないが。