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    808koshiya

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    ピニキをパシらせるナベくんの話(事故物件のころ)

    薄らと目を開ける。遮光能力の低いカーテンの向こうにうんざりするような快晴がちらちらと見えた。その明るさに、渡辺は昼時に近くなっているのだと判断する。枕元に放り出されていたスマートフォンの示す時刻は午前11:35。
    既に明るくなった部屋の中で、薄手のタオルケットに包まれていた肌はその柔らかな毛羽立ちの下でうっすらと汗ばんでいた。
    点けた覚えの無い空調が効きが悪いなりに懸命に冷風を吹き出していて、それがカーテンを揺らしているのであった。それでなければ部屋の気温はとっくに人類が許容できる基準を超え、渡辺も安穏とこの時間まで寝入っているわけにはいかなかったことだろう。日当たりの良い部屋も良し悪しというものだ。
    「おっちゃん、エアコンつけてくれたん」
    中空に向かって問えば、壁が鈍く音を立てた。渡辺はふふっと含み笑いをこぼす。ありがとう、と言う謝辞もまた独り言のようになるが、それはけして寂しいものにはならないのであった。
    床に散らばるゴミを避け、あるいは引きずる右足で蹴飛ばしながら進み、冷蔵庫の中に残っていたペットボトルの緑茶を飲む。暦は真夏には未だ遠いというのに、窓越しに見る暴力的な日差しは外に出て確かめるまでもなく暴力的な気温を感じさせた。空調の中にあってさえ汗をかいて渇いていた身体に、冷えた水分が染み通る。
    「……」
    すっかり寝過ごしてしまった身体は空腹を感じているが、買い置きの食べ物などほとんど無い。自炊という概念のない(流し台に積まれているのは汁を捨てただけのインスタントの麺類の残骸ばかりである)渡辺にとって、食べ物とはその時その場で気の向いたものを適宜購入するものだ。
    渡辺は仕方なく簡単な身支度をした。最寄りのコンビニまでの距離は十分に便利な距離である。少々右脚に難を抱える渡辺が住まいを決めるにあたってかなり重要な要素であった。それであっても——空調の範囲外に脚を踏み出した途端に、熱射。
    「うわ」
    この場合必要となるのは日傘、または帽子の類であろうが、あいにくと渡辺にはその発想は無かった。朝早く出かけて夜遅く帰ってくるのが常態化しているし、昼はもっぱら職場のビルに入居しているコンビニに頼りきりである。突然の気温の上昇が追い討ちをかけて、瞬間的になけなしの体力を奪われる心地。
    「なんなん……」
    出鼻を挫かれて思わずドアを閉め、冷房の庇護下に引き返した渡辺は元通り二度寝のポーズをとる。このようにどうしようもない時は眠るに限る。日が沈めば状況も変わるだろう。
    ぐいぐいとタオルケットを引っ張られるが、この気温の中に出かけて行く方がどうにかしている。小さな攻防の最中、ふとスマートフォンに軽やかな音を立てて割り込んだ。

    【仕事終わったー! 今日めっちゃ暑い🥺 半日で良かったわぁ☀️】

    能天気な笑顔を想像して反射的に苛立ちを感じながら、渡辺は渡りに船とはこのことだ、と思った。あるいは飛んで火に入るなんとやら。

    【アイス買ってきて】

    すいすいと流れるようにメッセージを返し、そのままぱたりと仰向けになる。手から離れたスマートフォンに返ってくる言葉を確かめるわけでもなく目を伏せたのは、その内容がわかりきっていたからだ。
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