あまりの脆さに、呆気なさに、え、と間抜けな声が出た。戯れですらない、意志なくまとわりついてくる虫を振り払う、程度の、仕草だった。のに。
吹き出す赤、膨れ上がる怒気。消失の予感が眼前に迫り、それに恐れを感じるよりも先に腰から下が水に戻るような感触を、得る。
「……だめ、」
呼吸の音がようやくその形を作ったのは僥倖で、そのささやかな声が届いたのも奇跡に等しい幸いだっただろう。
「大丈夫だから、やめて」
大丈夫なわけがなかった。感触は間違いようがない、まるでただの人間の強度だった。繰り返し繰り返し、水を捏ね続けた怨讐の果てにこの器を造るに至った者としてはあまりにも不似合いに脆い、か弱い、ただの肉。
「大丈夫なわけがあるか!!!!」
海月の内心を代弁するような怒号はすっかり殺意を失い、代わりに焦りと嘆きに満ちていた。その五十前の視線が何かに気がついたように巡り、仕事着の胸元を探っては一枚の呪符を取り出した。
「お前も手伝え!!!!」
「え、私、そういうのは全然……」
腰が抜けたまま応答する。主な構成要素は戸惑いと怖れではあったが、治すとか塞ぐとか、そういった術が不得手であることは誤魔化しようのない事実であった。
言う間に五十前が印を結ぶ。符が呼応してじわりと解け、それが血止めの効果を持っていることを知る。
「……苦手だろうがなんだろうが死ぬ気で塞げ」
「そんなの」
「できなくてもやるんだよ!」
睨む視線が再び殺気を帯びていて、反射的に身が竦んだ。怒鳴られるままに触手を伸ばし、広く開いた傷痕へと潜り込む。
治すとか塞ぐとかつなぐとか結ぶとかというのは本当に苦手で、やり方もわからないしできるつもりもない。
ただ、その中に沈んで触れた血の温みは不思議と身に馴染む温度をしていた。
できるわけがないと思いながら、殺意に追い立てられながら、どうにかしてその熱を留めるべくに鈍く光る血止めの符の在り方に導かれるように、必死に泳ぎ、必死に手繰り寄せる。