藍湛が嫉妬する話
私と魏嬰は物資を補充するため、彩衣鎮へと足を運んでいた。筆や紙類を無事手に入れ、少し町を見てから帰ろうかとしていたところ、私たちは婦人たちに呼び止められた。
「あら、そこの別嬪さんたち。これ見ていかない?良い匂いがするのよ」
どうやら彼女たちは香炉を販売しているようだった。私は人付き合いがあまり得意ではない為、この場は魏嬰に任せることにした。
魏嬰が婦人たちに囲まれ、楽しく談笑している。そんな姿を見て、私の心は靄がかかったかのように渦巻いた。自分で魏嬰にこの場を任せたはずなのに、私以外の人と話して笑ってほしくない。このまま婦人たちから魏嬰を取り戻し、静室に隠したい。そして、私しか知らない場所をじっくりと暴いて彼を啼かせたい。そんな邪な思いが私を取り舞く。だが魏嬰が楽しそうに話しているため、私が間に入ってはいけないだろう。彼には幸せでいてほしい。こんなところで私は彼の幸せを奪ってはいけない。
その後、一盞茶ほど彼を待っていた。だが彼は一向に、私のもとへ戻る素振りを見せてはくれない。私の魏嬰なのに。婦人たちに魏嬰を渡すつもりはない。
だがどう連れ戻そうか、いくつか方法を考えてみるが、すべて彼が嫌がりそうなことしか思いつかない。試行錯誤しているうちに、一人の婦人が魏嬰の頬に触れようとしていた。その姿を見て私は、頭に血が上ったようにかっとなり、気づけば夫人の腕を握っていた。
「藍湛?どうしたんだ?」
「用事がある為、このあたりで失礼する」
嘘だ、そんな用事なんてない。魏嬰を連れ出すための嘘に決まっている。私はつかんでいた腕をゆっくり離し、代わりに魏嬰の腕を掴み町の外へ連れ出した。
「おい藍湛、どうしたんだよ。…藍湛!」
魏嬰の声を聴き、私ははっとなり掴んでいた腕を離した。辺りには人の姿は見えず、私は彼をだいぶんと引きずってしまっていたことに気づいた。
「…すまない」
「それはいいんだけど…どうしたんだ?藍湛らしくないぞ」
「婦人と話している君をみて、面白くなかった」
私は彼を連れ出した理由を正直に話した。そうすると、魏嬰は珍しいものを見るかのように私を見て、笑った。
「まさか…麗しの含光君様は嫉妬したのか?」
その通りなのでこくんとうなずく。
「君が綺麗なのが悪い」
「話しかけられた理由を俺のせいにするのか?まったく」
魏嬰は呆れたように首を左右に二度降った後、私の首周りに腕を回して言う。
「あのおばちゃんたちは良い匂いの香炉を教えてくれただけだよ、しかも…天天で使う用のな?」
彼がにししと笑った。
「それなのに嫉妬するなんて…まったく俺の阿湛は自分勝手だな?」
魏嬰にそういわれ、私はばつが悪そうな表情を浮かべ顔を背けた。
「安心しろ、俺には藍湛しかいないから」
魏嬰は互いの額をくっつけ、私の抹額をはらりと外しながら呟いた。