夢「魏嬰」
陽だまりのような、暖かくて優しい声が俺の名前を呼ぶ。その声にはっとして振り向けば、俺の事を慈しむような目で見つめる藍湛の姿があった。
あぁ、お前に会いたかったんだ。話したいことが沢山あるんだ。藍湛、お前に聞いて欲しい。
そう言葉を紡ごうと口を開くが、俺の口からは音にならない息だけが漏れ出た。話せない、何故だ。お前に言いたいことが山ほどあるんだ。なのに、何故。
声が出ないのなら俺が藍湛の方へ行けばいい。そう思って、俺は藍湛の方へと走り出す。なのに、その距離は一向に縮まらない。手を伸ばせば届きそうだった距離が少しずつ少しずつ、離れてゆく。
「…っ藍湛!」
喉から蚊の鳴くような声を絞り出した。目線の先にいる藍湛は、微笑んでいる。その笑顔に救われた気がしたのも束の間、あいつの背後から陰でできた大きな真っ黒い手が、いくつも藍湛に迫っていることに気付いた。
「藍湛、後ろ!」
俺は必死に声を荒らげる。だが藍湛は背後になんか見向きもせず、俺をずっと見つめていた。このままでは藍湛が陰に飲み込まれてしまう。邪道へと飲み込まれる。そんな、皆から望まれていない道へと進むのは、俺だけでいいんだ。
ついに陰は藍湛の体へと回ってきた。そんな、駄目だ。お前は、皆が憧れる含光君じゃないか。それなのに、邪道になんか飲み込まれてはいけない。必死に藍湛の名前を叫ぶ。
陰が藍湛を飲み込む寸前、俺は目を覚ました。
「っ……」
目線の先には、伏魔洞の黒ずんだ岩陰が広がっていた。雨が降っているのだろうか、外からは控えめに降る雨音がかすかに聞こえている。いやらしい汗が寝床をぐっしょりと濡らしている。どうやら俺は夢を見ていたようだった。夢の中の藍湛は、幸せそうに俺を見つめていた。夢は本能的な欲望の表れだと、何かの書物で読んだことなるような気がした。では、俺は藍湛に笑いかけてほしい、と思っているのだろうか。そんなことを思っても、あいつに迷惑をかけるだけだ。
「藍湛。お前は今、幸せか?」
灰色の天井に手を伸ばしながらそう呟く。俺はお前が幸せならそれでいいんだ。お前の幸せが何よりなんだ。
ああ、会いたい。お前の話したいことがたくさんあるんだ。阿苑が、お前に会いたいって言っていたよ、温情だってお前のことを心配していた。そして俺だって。新しい護符ができたんだ、お前に出来を見てもらいたい。なのに、なのに。俺は自分の夢の中ですら藍湛とまともに話すことはできないのか。
夢の中ですら、お前に会えないなんて。