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    tsumoriiiii

    @tsumoriiiii

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    tsumoriiiii

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    2020年7月に書いた、懐かしのじろさまです。
    ※なので一郎を兄ちゃんと呼んでいます
    ほんのり、一郎と左馬刻のほのめかし描写があります。

    【じろ左馬】大人のアイス 身体を動かすのは好きだ。しかしこの時期の自転車は暑くて敵わない。二郎は滝のような汗を目に入りそうな部分だけでも拭った。元々新陳代謝がいいのだ。
     特に今日は5時間授業で、寄り道の予定も無い。早く帰れるのは大歓迎だがその日差しは壮絶だった。どんなに速く漕いでも焦がすような熱波からは逃げも隠れも出来なくて、太陽って、すげえでかいな、と、もしかしたら畏敬の念に近いものを抱く。家に帰ったら、とりあえずシャワー浴びて、冷房19度にして、ガリガリ君食べながらアニメ観よう。三郎がソファー陣取ってなければいいんだけど。あいつ寒がりなんだよな……。

    「ただいま!」

     汗で張り付くシャツのせめて襟元をぱかぱかと仰ぎながらリビングの扉を開けると、変に甘い匂いがした。同時に真っ白い雪女みたいな人がソファーにもたれてるのが見えて、居るだけでやたら涼しそうな存在に五感がバグを起こしそうになる。

    「おう、次男坊か、おかえり」

     碧棺左馬刻が、にやりと口角を上げて言った。

     二郎にとって兄である一郎と左馬刻はいわゆる因縁の相手というやつで、時期によって敵だったり仲間だったりはするものの、いつも一郎は左馬刻を強く意識しているようだった。二郎がラップバトルで兄弟同じチームに入れてもらった頃、二人の仲はむちゃくちゃに険悪だった。そのイメージが強いせいで、中王区とのごたごたが終わり和解した今も、二郎は左馬刻に対しどう接していいのか、いまいち分からないでいる。元々はあの完璧な兄が憧れていた存在なんて、ちょっと想像できる範囲を超える。

    「おべんきょう、頑張ってきたか?」

     左馬刻は灰皿代わりのシーチキンの空き缶に煙草を押しつけると、二郎の顔を下から覗き込むように見上げてきた。ものすごく、新鮮な角度だ。

    「……まあ、今日の授業はだいたい起きてたかな」
    「ははっ! そりゃ、偉いじゃねーか」

     白い腕を伸ばしてこられて、二郎は思わず後ずさった。

    「や、俺っやべえ汗だくだから! チャリだったから!」
    「頭からずぶ濡れだもんな。雨降ったかと思ったわ」

     なのに頭を撫でようとしたのか。
     その姿が、一瞬だけ一郎とダブった。この人も兄貴なんだよな、と思う。

    「兄ちゃんは?」
    「仕事の電話しに行ったぜ」
    「三郎は?」
    「まだ見てねえ」
    「そっか……俺、シャワー浴びてくっから」
    「おう。てきとーにやってるわ」

     スマートフォンを見ると、一郎からメッセージが入っていた。これから左馬刻が家に来ることになったという内容。読む前に家に着いてしまった。
     それでもそこまで二郎が驚かなかったのは、左馬刻が山田家を訪問するのがこれでもう3回目になるからだ。仲直りしてから、最近は家まで来て一郎へ料理を教えているらしい。教わったものをそのまんま、弟たちは食べられるわけだ。別に元々一郎の料理に不満なんてある筈はないのだが、でも左馬刻が来た日の料理はどこか複雑な味でとても、とても美味しいから、ほんの少し嬉しいと二郎は思っていた。

    「兄ちゃんまだ?」
    「戻って来ねえなー」

     髪を拭きながらリビングに戻っても、ほぼ先程と変わらない光景のままだった。灰皿と吸い殻だけがテーブルから無くなっている。煙草の甘い匂いが、左馬刻からまだ少し香る。
     なんか、この人と2人きりって緊張するな。

    「なあ、ガリガリ君食う?」
    「あ?」

     二郎的にその答えはイエスしかありえなかったので、既にガリガリ君は差し出していた。左馬刻は一瞬の沈黙のあときょとんとした顔のままそれを受け取ると、なぜか面白そうに開けて、食べ始める。二郎もソファーの隣に座った。

    「あんまし食わねえ? アイス」
    「いや……たまに食うけどよ」
    「俺毎日1箱食いたいけどなー。でも兄ちゃんが一日二本までにしとけって。大人になるとそんな好きじゃなくなるのかな?」
    「ククッ…そりゃ兄貴の言うこと、聞いとけ……っふっ……」
    「何、笑ってんだよ?」

     左馬刻が手の甲で笑いを噛み殺す間にも、二郎は三口くらいでガリガリ君を胃の中に収めてしまった。ガリガリ君て、冷たくて、甘くて、噛めるから食べてる満足感もあって、最高だよな、まじで、と思っている。
     目の前にはテレビがあるわけだが、左馬刻の隣でアニメを観るのもなと二郎は考えた。自分の友だちが遊びに来ている時も、二郎はテレビを点けない派だ。漫画は気にせず読めるのだがその違いはなんなのだろう。
     そんなことを考えている間、左馬刻のガリガリ君が半分程になった。いいなまだ半分もあって。

    「食うの遅えー」
    「おい狙ってんじゃねえよ俺様のガリガリ君だわ」
    「狙ってねえから早く食えよ〜」
    「んな見られながら食えるか」

     あ。
     左馬刻が、めっちゃ笑顔になった。なんか……。

    「左馬刻わりい! 待たせちまったな。お、二郎おかえり!」
    「にっ! にいちゃっおか、おかえり!」

     駆け足気味に一郎が現れて、どきりと大きく二郎の心臓が跳ねた。続いてばくばくとあわただしく脈打つ。それはもう、全身が震える勢いで。
     ーーなんか今、一瞬で胃がいっぱいになる感覚っていうか、身体中の血管広がったっていうか、視界が一時停止したっていうか、嬉しさで苦しかったっていうか、すげえ変な、変な感じになったんだけど!? これ、何!?
     混乱しているうちに左馬刻はガリガリ君を食べ終えていた。立ち上がり、二郎の頭をぽんぽん叩くように撫でる。

    「よっしゃ、お料理教室してくんぜえ」

     シャワーを浴びて、エアコンのきいた中でアイスも食べたというのに、左馬刻の手の平が当たったところからぶわっと、熱が全身に広がっていった。




    ――――――――――――――――――――

    『急でごめんな。外で飯食ってくる。二郎と三郎もデリバリーして構わねえからな!』

     そんな連絡が入ったので、二郎と三郎は肉も海老も乗ったピザを1枚ずつ注文して食べた。薄くてパリパリの生地の方が好みだったが、全然腹に溜まらないし、やっぱり厚くてもちもちしている方の生地しか選択肢は無い。
     お互い三分の二程まで食べ終わったころ、それまでいつも通り喋っていた三郎が幾らかトーンを落として言った。

    「今夜、一兄は誰とご飯に行ってるんだと思う?」
    「え?」
    「やっぱり、碧棺左馬刻かな?」

     一瞬、ピザを噛む口が動かなくなった。再度動かして、ごくりとしっかり飲み込んで言う。

    「左馬刻なら、家に来て飯食うじゃん」
    「はあ? 普通、いや、僕にはその普通を想像するしかないが、それでもだよ。普通、自宅に呼ぶほど親しい相手と会う場所って、自宅だけか? 二郎だって、家に呼ぶ友人たちと外に出掛けたりもしてるだろ?」

     衝撃だった。どうして、今まで考えたことが無かったのだろう。
     一郎と左馬刻が険悪だった頃、二人の間に会話なんてものはほとんど無くて、お互い罵倒とか攻撃しているところしか、二郎は見たことがない。それも複数人、チーム同士で相対していたし、あの時期のの彼らのコミュニケーションはそれで全てと考えていいだろう。じっくり話し合うような機会があったら、あんなふうにはなっていないのだろうから。
     つまりあの二人に、現在系で自分の知らない部分があるという考えが二郎には無かった。和解してからも、一郎は山田家の中に左馬刻を呼んでくれていたし。なぜか、それが全てだと思い込んでいた。

    「え、でもでもそれならなんで。俺たちを誘ってくれてもよくねえ? 誘わない理由ってなんだ? いつも4人で飯囲んでんのに、2人じゃなきゃいけないことって無くねえ……? うあ〜なんだこれ、なんか、すげえもやもやする!」

     みぞおちをぐーっと弱く押され続けているような不快な感じ。痛みという程ではないけれど、もぞもぞイライラする感じ。

    「だよな二郎! 理解できるぞ!」
    「三郎もか!?」

     この変な感じ、自分だけでないなら少しホッとする。

    「ああ、この羨ましさ、悔しさ……これは間違いなく嫉妬だ」

     シット。今まで観たアニメ、読んだ漫画、ラノベの台詞やモノローグが頭を駆け巡り、かちりとパズルのピースがハマっていく。そうかこれが。

    「確かに心当たりがあるぜ……」
    「だよな。僕だって一兄と二人で外食したい!」
    「えっ」

     二郎は自分に驚いた。そっち? と思ってしまった自分に。

    「……うん、確かにしたい」

     どきどきしながら三郎に話を合わせた。それでも言葉は発したあとでちゃんと形をつくってくれて、自分の気持ちにフィットしていく。
     そうだよな、兄ちゃんと出掛けたい。最上の男で最高の男である兄ちゃんと。出掛けたいよそりゃ。……兄ちゃんと二人でいる方が、あいつも楽しいのかな。
     ピザはなんでか、先程までと別のものみたいに味が薄くなってしまった。




    ――――――――――――――――――――

     学校から帰り玄関に入ると見覚えの無い皮靴があって、確かに一郎の仕事用の靴でもなくて、流石にもう予感する。

    「左馬刻さん!」

     リビングのソファーの背から覗くふわふわの白い頭が振り返り、なぜか眩しそうに目を細めた。こちらを見ているはずなのに、その表情がまるで知らない人に見えて二郎は焦る。視線、合ってるよな?

    「なに、どうかしたか?」
    「……いや、犬っころが入ってきたかと思ったぜ。おかえり二郎。」

     左馬刻はいつものように口角を上げて、いつものように吸いかけの煙草を空缶に押し付けた。

    「兄ちゃんまた居ねえの?」
    「緊急の助っ人とか言ってじじばばに引っ張られてったぜ。ったくこっちも暇じゃねえのによ」
    「えーなんだろ。青木さんとこの麻雀かなあ」
    「それ1時間は帰ってこねえんじゃ……」
    「うーん、メンツによるかなあ」

     流石にそんな無理やりに連れていかれることは無いだろうし、左馬刻が遠慮したのだろうか。そういう人だとは、意外だ。

     二郎がシャワーを浴びてリビングへ戻ると、左馬刻がおいでおいでと手招きしてきた。

    「今日は良いもん持ってきたぜ。三郎もまだ居ねえしお前が最初に選べや。」

     左馬刻のお土産は、色とりどりのカップアイスだった。二郎が見たことの無いメーカーの。全部味が違うようだが、どれも何味なのかよく分からなかった。名前も呪文みたいで、ひとつのカップの中になんとか風味のなんとかとか、花とか、名前だけは知っているマカロンなるものが入っている。それは結局何味なのだ。

    「お前たぶんソルベっぽい方が好きなんじゃねえの? これにしとけ」

     二郎の悩みようを見かねたらしい左馬刻が、濃いピンクと薄い黄色のマーブル模様のカップを差し出してきた。中身もそんな色なんだろうか。あとソルベってなんだろう。
     左馬刻もひとつを選んで一緒に食べ始めた。マーブル模様をひと口掬って口に入れると、甘酸っぱい果物の味と焦がしキャラメルのようなほろ苦い甘味が、一緒にじゅわーっと広がった。なんっだこれ。美味い。何食べてんだこれ。美味い。

    「ははは、お前やっぱ食うの早」

     左馬刻は食べてる最中なのにソファーのヘリで頬杖をついて笑った。二郎はこの顔を見るといつも一瞬食べることを忘れる。全てのことを忘れて、この男に集中してしまう。
     ふと思い至る。左馬刻が時々食べるというアイスはこういうものなのだ。自分の知るものとは、全然、違うのだと。

    「いきなりおとなしくなったな。どうした? また俺のアイス狙ってんのか?」

     言葉とは裏腹に、左馬刻は自分のスプーンで大きく掬ったアイスをこちらに寄越してきた。どこか嬉しそうですらある。貰うと、二郎でも分かるラムレーズンの香りが口の中に広がる。大人っぽい味だなあ、と思う。

    「左馬刻って、俺の前だと煙草吸わないね」
    「おいサンが抜けてんぞ。んー、なんとなくな」

     いつも吸い殻すらさっさと捨ててしまう。香りだけが残る。左馬刻が帰った後も、まだ少し香る。

    「居るのが兄ちゃんだけの時でも、吸わねえの?」
    「いや……」

     二郎は唾を飲み込んだ。なぜか苦しくて、飲み込みにくかった。

    「昔は? 兄ちゃんが高校生の頃」
    「あー……。ばかすか吸ってたな。酒も飲ませようとしたことあるし」
    「はあ〜!? 兄ちゃんを犯罪者にするなよな!」
    「ハッ、犯罪者ね……。悪りい悪りい、未遂だから許してくれや」
    「なんで、兄ちゃんの前では吸うのに俺の前では吸わねえんだよ」
    「なんでだろなあ。一郎のこともガキだと思ってるつもりなんだけどよ」

     ちらりとこちらを見る。「も」って、言ったな。
     兄贔屓の二郎としては認めがたくもあるが、なんだかんだ一郎と左馬刻は対等なのだと察せられた。付き合いの長さがそうさせるのか。ラップのスキルのせいか。長男同士だからか。それは二郎にはどうにもならないことなのだろうか。

    「……兄ちゃんってさあ、童貞かな?」
    「ああ!?」

     左馬刻がちょっと目を剥いた。

    「……そりゃ、知ってたとしても俺様の言うことじゃねえなあ」
    「そうだよな。ごめん」

     手汗が滲んできた。どうしてそんなこと聞いてしまったんだろう。でも一郎と左馬刻二人だけで会う時があるなら、お互いそんな話もするのではないだろうか。

    「一丁前に性のお悩み相談かあ? まあ兄貴にも聞きづらいわな」
    「や、やっぱ、いい。変なこと聞いた」

     顔がどんどん熱くなる。性。性って。

    「遠慮すんなよ」

     左馬刻はにやにや笑って二郎の肩を組んできた。学校でもよくすることなのに、今まで気にも留めたことが無かったのに、くっ付いた肌に、耳元で囁かれる声に、触れる息に、全神経が集中する。呼吸がしづらい。

    「お前ちょっと下半身反応してねえ?」
    「や、やめろってまじで!」
    「思春期くん」
    「違うって! 俺はただどうしたらあんたにガキ扱いされないのか知りたいだけなんだよ!」

     きょとんとした左馬刻の顔が間近にある。この顔、好きだ。
     左馬刻は眉間に深く皺を寄せると、こちらをじっと見つめてきた。暫くして口を開く。

    「二郎、一郎をどう思う?」
    「兄ちゃん? 最高の兄貴だと思ってる。」

     あまりにも当たり前のことだった。呼吸の仕方くらいに。

    「お前ずーっと兄貴の傘の下に居るつもりかよ?」
    「え!? そんなつもりねえよ!」
    「でもお前、兄貴を超えようと思ったことねえんじゃねえの?」

     一瞬、何を言われているのか分からなかった。一郎はこのイケブクロ中の信頼を注いで有り余るくらい器が大きくて、強く、優しく、何でも出来る最高の人間だ。二郎が迷う時だって、あの兄は全てを見通し必ず正しい答えを示してくれる。

    「兄ちゃんを、超える……?」

     一郎の助けになりたいとは思ってきた。彼が安心して傘を預けられる男になりたいと。つまり同じ傘に入ることしか、思い浮かべたことが無かった。

    「そう思わない限り、お前のことはガキ扱いしかできねえ」

     左馬刻の深い赤の瞳が真っ直ぐ二郎を見る。赤は、ずっと兄の色だと思っていた。
     
     光景が脳裏によみがえる。膝が地面につき、傾いていく身体を手で支えようとしてできなくて、自分が今マイクを握っている感覚すら無い。立ちはだかるものから遮るように、視界の中を兄が進む。でかいでかいと思っていた背中はふと気づくと案外自分とそう変わらなくなっていて、その圧倒的な強さは内側から来るものだと知って、涙が出そうになった。バトルの終わり際は脳がシェイクされたような混乱と不快さで訳が分からなかったが、あれは、悔しかったんだ。

     そっか、俺って本当にガキじゃん。

    「……超えてえよ! 俺は、兄ちゃんを」
    「ん」
    「本気だから」

     左馬刻が頷く。

    「誰より尊敬してるし、兄ちゃんのこと大好きだけど、守られながらじゃなくて、もっと広い場所に、自分で立つ」

     言葉は耳で聞き取るものなのに、なぜ伝えたいことは目を見て言いたくなるのだろう。二郎は瞬きも惜しいくらい一途に左馬刻の目を見つめた。彼も、先程から全く視線を逸らさない。

    「俺様は目を見れば相手のことが分かる。お前がどれくらい本気なのかも」

     そう言って微笑みをたたえた顔が輝いていた。力がみなぎる。目が開けた二郎には今全てが新品で、輝いて見えた。その中でも一等、左馬刻が美しいのだった。

    「ありがとな! 左馬刻! 俺、がんばるからっ!」
    「うお」

     思わず背を掻き抱いていた。硬いけどしなやか。左馬刻の髪から煙草が香って、思い切り吸い込んだ。この香りが、いつの間にかとても好きになっていた。

    「兄ちゃんよりも誰よりも、俺のこと好きにさせてみせるから!」

     弾け飛ぶような声で叫んだ。
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