【空左馬】　賃貸の事務所に元々備え付けてあったソファーは硬めで、大きくもなく、寛ぐには適さない。それでも愚かな男たちは待ち合わせまでの間、食事の後、ついついそこでうたた寝し、繰り返し首や腰を痛めた。
　簓が薄っすら瞼を上げると、向かいには後から来たらしい白い相方と、最近チームに入った燃えるように鮮烈な色の髪の少年が、位置の異なる頭を突き合わせて一つの漫画雑誌を読んでいた。あまりにも微笑ましくて思わず口を挟みそうになる。しかし夢から醒めたばかりの頭と身体が動くのはいつもよりワンテンポ遅く、偶然にもそのまま見ているという選択肢をつくった。目が細いのが幸いし観察はごく自然に出来た。左馬刻が出会って間もなく一郎を気に入ったのは傍目にも分かったが、空却と二人で居るイメージはまるで無い。共通点といえばピアスだらけの耳と鬼のように短気なところくらいか。
「あ、早えよ」
　片手に煙草を持っているにも関わらず、どうやらページを捲るのは左馬刻がしてやっているらしい。文句に対しひと呼吸も置かず舌打ちが飛んだ。
「ぼーっとしてんじゃねえ」
「してねーよ。テメエが早過ぎんだ」
「してんだろさっきから。だりぃんだよ」
「ああ！？　人の気も知らねえで」
　この二人、目の前に寝ている人間が居るというのに全く声量を下げない。簓はこのまま寝ている振りをするには無理があると思ったが、とりあえず続けることにした。
「気って、ンだよ」
「拙僧はタイミング計ってんだよ」
「は？」
「テメエがムードもクソも無えとか煩えから」
「何の話だ？」
「キスだろ！」
　吐く息が変な音を立てていたと思う。心臓の鼓動が鳴り響き全ての血管が収縮して、身体中が波打った。手脚を折ってただ寝転がっているだけのことが、こんなに難しいなんて。幸いにも左馬刻と空却はお互いにしか注意が行っていないらしい。
「……そりゃそうだろ乳揉ませろとかムラムラするとか女相手なら張っ倒されそうな最悪な事ばっか言いやがって」
「女じゃねえだろが」
「なのに、気にしてたんか」
　左馬刻が肩を震わせて、口元を隠すように煙を吸った。もう片方の、さっきまで雑誌のページを捲っていた指にはいつの間にか空却の指が絡まり、アンバランスな甘い雰囲気に簓は冷や汗をかいた。全く気づかなかった。今まで全く。
「笑うな」
　隣り合った身体が完全にくっつく気配を感じて、そこで簓は本気で目を閉じた。もう何も知りたくなかった。しかし耳や肌は気配を拾って、二人が存外丁寧に触れ合っているのがどうしたって分かる。
「……ふ、なあ」
「ん、一郎の奴そろそろ来る筈」
「……五分、便所」
「はや」
「早くなきゃ困んのはテメェもだろ」
　慌ただしく二人が部屋の外へ出て行く。完全に静かになると、簓はのそのそと身を起こし煙草を取り出して咥えた。足元に落ちてる少年漫画雑誌を拾い上げパラパラと捲る。
「いやキスのタイミングは無いやろ」
　やっと出来た突っ込みに、自分で笑うしかなかった。