調査員のお話 カタン……カタン……と列車が揺れ、トンネルを抜けると外の景色は美しい湖と山が広がっていた。
依頼書から目を離し、その景色を眺めては美しさに目を奪われる。
次の駅で降りなければ、と依頼書を畳んでコートのポケットに捩じ込んだ。
(依頼内容は……男女問わず、日に日に行方不明者が増えている事件の調査……か)
探偵事務所に所属している調査員、ルカはこの依頼を受けて遥々この地へやってきた。
スィリシオンと呼ばれる街では奇妙な噂がある。
男女問わず、共通点があるとすれば街の人々や旅行者達から『美しい』と評判の者達が行方不明になっているらしい。
酒場の看板娘に街で人気の踊り子、舞台の俳優にカフェの従業員、仕立て屋の娘に聖歌隊の少年までも。
(職業や年齢に拘りは特にない……となると……本当に外見で人を選んでいる……か。奇妙なのは男女問わず……というところだ。か弱い女性では少年の誘拐は出来ても成人男性を誘拐するのは油断でもさせない限り難しい……協力者が居れば別だが……)
果たして行方不明となった人々は生きているのか、そうでないのか。
そこも現段階では分からない。
一先ず街に着いたら泊まる予定のホテルに荷物を置いて早速聞き込み調査を始めなければ。
景色は少しずつ自然溢れるものから、人々が築き上げた街のものへと変わっていった。
スィリシオンの街。
聞き込み調査として、手始めに行方不明になった従業員の男性が勤めていたカフェへと足を運んでみた。
カウンターにいる従業員の女性に話してみると、すぐに店長の中年男性を呼んでくれたお陰で、話を詳しく聞くことが出来た。
「それで……例の従業員の男性は、二週間程前から無断欠勤かと思いきや連絡もまともに取れず、行方不明になっていた……と?」
「ええ……一人暮らしな上、口数も少なくて……他の従業員もあまり彼の私生活を知らない為、どこか行くにしてもどこへ行ってしまったのかも分からず……僕も自宅に行ってみたのですが、不在で……」
「……なるほど。あまり人と関わる方ではなかった……と」
従業員の男性は他人とはあまり関わらず、その上一人暮らし。
一つの条件として、誘拐された者の私生活を知る者が少ない……というものは挙げられるが、全員がそうでは無いはずだ。
「あの……調査員さん。彼……見つかりますか……」
「……それは私からはなんとも。真相を探るべく調査はしますが……今彼らがどうなっているかも分かりませんから」
「……そうですよね」
店長は残念そうに俯き、やがて静かに口を開いた。
「……彼は口数は確かに少ないですが……仕事の手際がとても良くて、新人のミスも上手くカバーしてくれていたんです。あまり笑わないせいか、怖い人だと勘違いされがちですが……とても優しい子です」
「そうだったんですね……」
「……無理なことなのは、分かっています。ですが……どうか、せめて……この事件を解決して下さい……」
ルカは大きく頷き、「ええ、必ず」と店長の手に自身の手を重ねる。
「……ああ、そうだ。行方不明になった彼のロッカーなどあれば、見せて頂けませんか?」
「ええ、構いませんよ。ロッカーのスペアキーを取ってきますね」
店長は壁に掛けてあるスペアキーから一つ手に取ってはルカに預け、そのまま更衣室へと案内してもらった。
「ここが更衣室です。彼のロッカーは……ここですね」
「分かりました、ありがとうございます。ある程度見させて頂いたら鍵をお返し致しますね」
店長は頷いては仕事へと戻った為、ルカは早速スペアキーを使ってロッカーを開ける。
ロッカーの中は整頓されていており、カフェの制服と帽子が置かれていてふわりとどこか甘い匂いがした。
(……菓子のような匂い……まぁ、カフェの従業員だし厨房に入って何かしら作業をしているとこういった匂いもするだろうな。エプロンのポケットは……)
エプロンのポケットに何かしら入っているようで探ってみると、仕事のメモとペンが出てきた。
「……仕事熱心だったんだな」
ペラ……とメモ帳を捲ると、細かく作業内容のメモが書かれていて、新人が入ってくる日付や新人の名前、任せる仕事内容も書かれている。
これ程までにきちんと仕事をするタイプの人間ならば、かなり周りから頼りにされるはずなのだが。
(あまり人と関わらなかった……か。口下手だったのだろうか。ん……? もう片方のポケットに何かある……)
探っていない方のポケットを探ると、手紙のようなものが出てきた。
「……手紙?」
封は切られているため、一度目に通しているのだろう。
封筒の中を見てみたけれど、手紙も何も無い。
(封筒だけポケットに入れていたのか……それにしてもこの封筒……何か硬い物が入っていたのか、下の方の部分が凸凹としている……)
手紙以外に一体何が入っていたのか。
それとも、何かしらの物が入っていただけだったのか。
「……微かに封筒から甘い匂いがする……これは……菓子と言うより……香水……?」
彼の制服からは香水らしい匂いはしない。
となると……この香水は手紙の送り主のものだろうか。
「……店長に、彼が香水をつけるようなタイプだったか聞いてみないとな」
ルカはポケットから出したものを一度保管し、鞄の中にしまい込んで、仕事に戻った店長の元に訪れた。
「店長さん。ロッカーの鍵をお返し致します」
「ああ、調査員さん。もう良かったんですか?」
「ええ。あの……一つ質問しても?」
店長は「ええ、どうぞ」と鍵を受け取りながら頷き、香水の話をルカは切り出す。
「行方不明になった彼は……香水などつけていたことがありますか?」
そう問いかけると、店長はキョトンとしては首を横に振った。
「……? いえ……ここは飲食店ですから、従業員全員に制服やインナーに香水などの匂いがキツイものはつけないようにと言い聞かせてあります。従業員の香水の匂いで食欲が失せた……など、苦情が来ることがありますからね」
確かに飲食店ではそういった苦情も有り得る。
自分だって、これから食べようと思っている時に、従業員からキツイ香水の匂いがしてきたら嫌になってしまうのだから。
「なるほど……私生活でつけるのは特に制限していないのですね」
「ええ、そこまではしていません。休みの日はあくまで個人の自由ですからね。ですが、何故香水の話を?」
「実は、彼のエプロンのポケットから手紙の封筒が出てきまして……菓子とは違う、香水特有の匂いがその封筒からしたので」
香水の香りがする封筒のことを話してみると、店長は何か考え込むように「うーん」……と唸る。
「手紙……ああ! もしかするとファンレターかもしれません。彼、時々女性のお客様にファンレターを貰ったりしてますから、その女性の香水じゃないでしょうか?」
ファンレターを貰うほどの人気が彼にあること……それはこの事件の『美しい』と評判のある者という条件を十分に満たしている。
「ファンレター……なるほど、よく分かりました。お時間頂きありがとうございました、とても助かります」
「いえ。良ければ、またお客様として来てください」
「ええ、必ず」
ルカはカフェを後にし、今度は行方不明になった酒場の看板娘が居た店に向かうことにした。