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    ninosukebee

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    ninosukebee

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    オリオン座流星群に寄せて

    #ジェホン
    jephon
    #サンウク

    流星の夜 きん、ぽちゃ、からん。ころ。
     風も騒がぬ静かな夜に、いたく華やかな音を聞いた気がして、ジェホンはそっと目を開いた。薄目で引き寄せ確かめる置時計は、だいだい色の影に午前2時前を示す。56、57、58——、デジタルのカウントを眺めながら眠りの淵に落ちかけたとき、またぽちゃん、から。と鼓膜を揺らした音は、居間の方からするようだった。今夜はそこのソファを宿りにする人が、なにかしているらしい。ああそろそろ彼のためのちゃんとした寝床を用意すべきか、あの人はあそこを気に入って使っているようではあるが——。
     そこまでうつらうつら考えて、きん、ぴちゃ、ころん、いよいよ居間の様子が気になったジェホンはのそりとベッドを起き上がった。エアコンを入れるほどではないが、夜中になるともう家中めっきり寒くなる。寝起きの身体はわずか火照っていたが、すこし迷って、まだ片付けていなかった夏用のタオルケットを手にした。彼はちゃんと暖かくしているだろうか。薄っぺらい布を肩に羽織ってのろのろと廊下を歩く。タオルケットよりもポソンの方が必要だなと思っても、用意はまだどこにもなかった。居間の扉の手前、音は変わらずきらりぴちゃころ耳を騒がせている。
    「サンウクさん」
     寝ぼけた声はえらく掠れて揺れて、そのへんな抑揚で響いた名前に、開いた窓辺に腰を据えた男の影がこちらを向いた。まっくらやみの中で、彼の瞳だけが夜の川面のようにきらきら光っている。
    「ジェホン」
     きらきらの眼が瞬きをする。次の瞬間、そこには自分の影が映っている。
    「はい」
    「寝ぼけているのか」
     喉で小さく笑う声。もつれた舌でへどもど「はい」などと返しては、なんだか恥ずかしくなってジェホンは俯いた。それと同時に、あのきん、ぴちゃ、音が響く。サンウクが窓の外を向く。彼の背中からそっと首を伸ばして伺うと、夜闇にうすら白く浮かび上がる手のひらが、水を張った桶に沈んだ流線型に光り輝くものを掬い上げるのが見えた。彼の傍らには似たようなかたちをした発光体を集めた笊が置かれ、また一つ、光が落とされる。集め置かれた発光体は、まるで呼吸するように、その光を淡く濃くして、おとなしげな様子でそこにあった。
    「流れ星だ」
     なにから聞こうか、もごもごと口の中で疑問を捏ねるジェホンがそれを吐きだす前に、発光体の積まれた笊を揺すりながら、ちらとこちらを見上げてサンウクが言った。流れ星だという、流線型の一粒一粒がぶつかり合って、その度に光が弾け、きん、からん、しゃらりと音がする。
    「ながれぼし?」
    「ちょうど今、ハレー彗星が来ているだろう。オリオン座流星群というやつだ。それで、思いだして、集めてたんだ」
    「集めて? 集めて、どうするんですか?」
     ようやくまともに動いた舌は、しかし鸚鵡返しにサンウクの言葉をなぞるだけだった。どうする、の尋ねに、彼はわずか驚いたように目を見開く。しばしの沈黙の間に流星だという、その光が水桶に落ち、ゆらゆらと暗闇の底に溶けていった。
    「サンウクさん?」
    「ああ……。集めて、どうするか? ふつうは、売るんだろう、前に、プールに映した流星を網で掬う、そういう仕事をしていたことがある。でも今どきハレーのかけらなんて、たくさん捕まえすぎて、そう売れるものでなし……」
     今ひっきりなしに水桶の中に飛び込む光の世話なんかもう忘れたように、サンウクは夜空を見上げて口を噤んだ。彼の横顔の、静謐に水を湛えた瞳にはやはりきらきらと光が瞬いている。その視線を追って、ジェホンも空を見た。月の遅い空は特別暗く、くっきりとうかがえるオリオンの、剣帯のあたりから放射状にいくつもの星が走っていく。
    「たぶん」
     サンウクが呟くように発して、ジェホンはふたたび彼の横顔を見た。
    「見せたかったんだ。星がたくさん光っているのを。星の落ちてくる空を。……果てしなく星の降る夜を、おまえはうつくしいと言うだろうと、思って」
    「そうですか。……ええ、うつくしいですね。ほんとうに」
     開いたままの窓からは冷えた風が入っていたが、それほど寒さは感じなかった。不思議と身体は手足の指の先まで温まって、このまま心地好く眠れそうに感じている。彼の寝床を拝借しては困らせてしまうだろうか。くあ、とあくびをするのを、隣の人が笑った気がする。
    「なあ、ジェホン。これ食ってみろよ」
     サンウクが指先に摘んで差し出したのは、煌々と光り輝く流れ星の一粒だった。
    「これ、食べられるんですか」
    「悪くない」
     唇に押しつけられるまま、口を開いて舌に転がす。きんと冷たいような、ほわり温かいような。歯触りはかりっとして、あるいはほろりととろけるようで。ほんのり酸っぱく、ほんのり甘く、不思議な食感がした。
    「そうですね、わるくない」
    「だろ」
     夜がまっくらでよかったと思うのは、どうしようもなく赤らんだ顔を見られずに済むということだ。
     口の中の流星はすぐに儚くなって、あとには唇に触れた彼の人の指さきのぬるさだけをずっと覚えている。
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    ninosukebee

    REHABILIオリオン座流星群に寄せて
    流星の夜 きん、ぽちゃ、からん。ころ。
     風も騒がぬ静かな夜に、いたく華やかな音を聞いた気がして、ジェホンはそっと目を開いた。薄目で引き寄せ確かめる置時計は、だいだい色の影に午前2時前を示す。56、57、58——、デジタルのカウントを眺めながら眠りの淵に落ちかけたとき、またぽちゃん、から。と鼓膜を揺らした音は、居間の方からするようだった。今夜はそこのソファを宿りにする人が、なにかしているらしい。ああそろそろ彼のためのちゃんとした寝床を用意すべきか、あの人はあそこを気に入って使っているようではあるが——。
     そこまでうつらうつら考えて、きん、ぴちゃ、ころん、いよいよ居間の様子が気になったジェホンはのそりとベッドを起き上がった。エアコンを入れるほどではないが、夜中になるともう家中めっきり寒くなる。寝起きの身体はわずか火照っていたが、すこし迷って、まだ片付けていなかった夏用のタオルケットを手にした。彼はちゃんと暖かくしているだろうか。薄っぺらい布を肩に羽織ってのろのろと廊下を歩く。タオルケットよりもポソンの方が必要だなと思っても、用意はまだどこにもなかった。居間の扉の手前、音は変わらずきらりぴちゃころ耳を騒がせている。
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