視線を逸らすな ビービーとけたたましく鳴り響く緊急アラートと、それと同じくらい騒がしい、鼓膜を通さず頭蓋骨にダイレクトに響くような心臓の音。本来これは大・爆・殺・神ダイナマイトの心臓における緊急事態を示唆する信号だが、
『違ェ!また誤情報だっ』
インカムに向かって叫ぶ。ああ、こんな事態になってからもう何度目だろうか、自分では停止することの出来ない騒音の発信源たる装置を解除できるのは雄英の教師とジーニストと医者だけ、その三択が駆け付けてくるのを待つ間のばつの悪さと居た堪れなさと言ったら!クソッタレが、いっそ心臓がどうにかなりかけた方がまだマシだなんて思ってしまうくらいに情けない事態は、しかし、
『爆豪!』
意図せずトドメを刺しにきた男によって呆気なく幕引きされ、俺の意識はガクンと落とされた。
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心臓に派手に穴をぶち空けて以来、俺の心臓には首輪が掛けられた。それは内臓型の計測値、いわば携帯式心電図のようなものに位置情報を組み込んだもので、俺の心臓に過度の負荷が掛かった時、もしくは極端に動きが鈍くなった時に騒音を撒き散らすという代物だった。そんなものを埋め込まれるのは嫌だったがそれを付けないとインターン活動に制限を掛けるというので渋々手術を受けたのが半年前、以来実際にこの装置が起動したことは一度もなかった。
『こんな装置に頼らなくても自分のキャパくらい把握しとる』
それは強がりではない、元々勝ち筋の見えない時は一旦引いて、確実に勝つ方法を見出してから挑むタイプだ。絶対に負けたくない、その気持ちと気概は心臓が破れたごときで揺らいだりはしない、大丈夫、俺は俺をコントロール出来ていると自負していた、
それだけに、数日前突如として襲った心臓の痛みには驚かされた。たいした負荷もない準備運動中だったのだ、更にはアラートが鳴り出してまた驚いた、
一体何が起きたのだろう?アラートだけなら機械の故障だが、伴う胸の痛みがあるからには機械のせいではなくて俺の身体の仕組みのせい。何で、どうして、もしかして心臓を構成する組織に何か故障でも生じたのか?駆け付けた先生の捕縛布が有無を言わさずおれを捕獲し、拘束されたまま病院に突っ込まれ一通り検査を受けた後に言われたのは、
『精神に干渉する個性を掛けられています、特定の感情を増幅する類の』
その言葉には流石にヒヤッとした、精神に干渉するものはいつだって厄介だから。大抵は悪意や嫉妬といった破壊衝動へとつながりやすい感情がターゲットになりやすいが、個性を掛ける側もその個性がどの感情に特化しているかによって干渉できる感情の色も限定されてくる。
さて俺に掛けられたものがどんな性質か、精査の結果を待つ間、感情に揺さぶられて暴走しないよう隔離室に閉じ込められもしたのに、出てきた検査結果ときたら物騒なものではなくてー
『爆豪、爆豪っ!』
ペチペチと軽く頬を打たれ強制的に覚醒させられ、うっすら目を開けると飛び込んでくる紅白頭、それに呼応するように襲ってくる胸の痛み、自分が元凶だなんて知る由もないツラだけはピカイチのクソボンヤリ男、
【爆豪さんに掛けられたのは、恋煩いを増幅する個性です】
そんな心の奥底に仕舞い込んだモンに手を出されるなんて、悪意を増幅されるよりもタチが悪いだろーが。
『ヤダ…アッ、離せ、何でいつもテメェが一番に駆け付けとンだ、医者でもせんせーでもジーパンでもねェのにっ、何で』
ダメだこれ以上痛みが強くなるとまた安全装置が働いて強制的にクスリで眠らされちまう、興奮するな落ち着け、ただクラスメートに触れられているだけだ。轟焦凍は誰にでも親切な良い奴だ、轟焦凍にとって俺はただのクラスメートで逆も然り、そう決めたのは俺自身だ。だから恋煩いなんて辞めちまえ、俺が煩う時は俺が轟焦凍を落とすと決めた時だけ、そうだ俺は勝ち筋のねェ勝負はしねェンだ、だから轟、
『早く、俺から離れ』
ア?
フニっとした感触が何かを確かめたくても、涙で濁った視野は碌に何も見えやしない。ただ唇に押し当てられたこの感触が、ぬるりと唇を舐める濡れた肉の触りが、
『…テメェ、何で、キス、なんか』
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数日前、実務訓練中に突如爆豪が倒れたのは、俺の目の前だった。今や誰よりも速い動きをする爆豪を動体視力で捉えるのは難しいというのに珍しく目が合った、そう思った直後に動きを止めた爆豪は、まるで撃たれた鳥のように真っ直ぐに堕ちた、
瞬間氷で足場を作って追い付き、両腕で抱き留めた爆豪はあからさまに胸を抑えて苦しんでいた。その身体からは緊急事態を示すアラートが鳴り響いている、マズい、きっと心臓に何かあったんだ、直ぐに相澤先生が飛んで来て保健室に連れて行かれた爆豪は、しかし、まるで何事もなかったかのようにその次の授業に出ていた。
それだけなら俺の出番はない、医者にしか爆豪を助けられないのだから、でも。それからもう三度、爆豪が突如として苦しみ出すのを見た、それは決まって俺と視線があった時だ、というのは自意識過剰だろうか?俺の勘違いかもしれない、それでも俺は爆豪が苦しむ姿を見ていると居た堪れなくて、その原因が俺にあるかもしれねぇと思ったら居ても立っても居られなくて、
『先生、爆豪のことでちょっと』
気にかけていることを話すと、なぜ爆豪がお前を見ていた、と思うのかと訊かれ、慌てて訂正する。
『逆です、俺がいつも爆豪を見ているんです、爆豪はむしろ俺をチラリとも見ない、見てくれねぇ、だから俺は遠慮なく爆豪を見て、見て、それこそ穴が空くほど見ていた、だから爆豪は…』
すると先生は大きなため息をつき、お前ら、と呟いた後、
『成程そりゃ確かに自意識過剰だ、だがあながち間違っていない、お前は確かに爆豪の心臓に干渉している、それ自体は悪いことじゃないが、干渉の仕方が緩いんだ。やるなら強い意志を持って干渉してやれ、ショック療法みたいなヤツをお見舞いしてやれ、でないとあのタイプは殻から出てこないぞ』
意識をなくした爆豪に覚醒を促しながら、爆豪の殻を破るにはどうしたらいいのかを考える。ショックってどうやるんだ、爆豪のようなメンタルの強えヤツにショックを与えるなんてハードル高くねぇか?そもそも俺は爆豪が嫌がることをしたくねぇ、もしもどうしてもしなくちゃならねぇなら…せめて俺がしたいことなら後で責任が持てる、
(あ、そうか)
何かがストンと落ちた。
そうか、そういうことか、俺は爆豪に嫌われたくなくて伸ばしかけた手を全部下げてきた、それはどうしてか、勿論爆豪のことが好きだからだ。好きだから嫌われたくなくて、伸ばした手を引っ込めてただ見つめるだけに徹していた、それを緩いと言われるならば今この瞬間一番してえことをすればいい。すっかり色をなくした白い顔に顔を寄せて、ヤダという割に抵抗しない爆豪の顔を片手で固定し唇を重ね、
これがキスだとわかる程度に何度か重ねているうちに、俺達じゃ止められないハズのアラートが鳴き止み、代わりに泣き出した爆豪をギュッと抱き締めて好きだ、
ずっと、好きだったと囁いた。