無自覚でいさせて 朝、ハイツアライアンスのリビングに降りていくと半袖の者がチラホラ目に入った。すぐに6月に入り衣替えが許可されたのだと気が付き、ならば自分も半袖にすれば良かったとチラリと思うが、今から着替えに戻るのも面倒くさいし何よりなるべく早く学校に行きたい。今日のところは自前の個性で蒸し暑さを凌ぐとして足を急がせ、教室に入り目当てを探すと、
いた。色彩の淡いのがひとり、椅子に座り耳にワイヤレスイヤホンを入れて何かを聴いている。それは、いつも誰より早く登校する、俺の爆豪。
耳を封じたからといって他人の気配を気にしない男ではないが、そっと足音を忍ばせて近づきわざと耳元でおはようと囁くと、早速距離が近ぇと睨まれる。誰もまだきていない教室に2人きり、しかも恋人の関係でそんなことをいうなんて酷くねェか?と、ちっとも酷いだなんて思っていない口で言いながら唇に唇を寄せると、キスの代わりに鼻の頭を齧られそうになる。おはようのキスひとつ素直にさせてくれないなんて、本当に懐かない猫のような恋人だが、そこがまた可愛いと思ってしまう辺り、自分も中々に重症だと思う。まもなくほかの奴らも登校してくるだろう、それまでのほんの数分だけでも爆豪を眺めていたくて、ひとつ前の席を拝借して向かい合わせに座った所で、
『お前、珍しくインナー着てるんだな?』
白い半袖のシャツの下に透けるピンク色に気が付いて指摘した、のに、何のことだという風に首を傾げた爆豪の訝しげな顔が気になり、どんなのを着ているのか確かめようと手を伸ばしてシャツのボタンを幾つか外した所で脛を蹴られる。同時に、廊下に人の気配を感じて手を止めた。鋭い紅の視線に追いやられてやむなく自分の席に移動してしまったからピンク色の正体は結局確認できないまま、けれど網膜に焼き付いた残像を解析することで何となくその正体に辿り着く。
(あれはきっと心臓の傷痕だ)
真っ白い肌に刻まれた幾つかの痛々しい傷痕、そのうち心臓が破裂した際の傷痕は今も淡いピンク色をしてその柔らかい胸の三分の一位程の面積を占め、服を脱いだ時のインパクトはかなり大きい。元々人目を惹く胸元だったのにピンクが加算されただけでも妙な背徳感があったのに、その上風呂に入ったり激しい運動をしたりと体温が上がる時や、やらしいことをして興奮するとより濃いピンク色に染まる、先ほどシャツの下に見たのはその色だったと気が付いて俺は頭を抱える。半袖に薄手の生地になったお陰でそれが透けて見えるだなんていよいよ大問題、それなのに、そんな破廉恥な格好でしれっと登校してきちまうなんて、全くもって自覚が足りねぇ。取り敢えず俺の上着で隠しておこうと朝のホームルームが終わったと同時に肩に掛けたら、何故か周囲が騒ついた。
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クラスの奴らが見ている前でいきなり自分のジャケットを被せてくるとか、一体どういう神経をしているのか。交際を隠し通すことを条件に付き合うことを承諾したのに、轟の行動は毎回迂闊すぎてちっとも目が離せない。大体この蒸し暑いのにジャケットなんて着ていられねェってのに、轟の奇異な行動に説明を後付けするために風邪を引いたことになってしまったし、(なんつー胸板しとンだ)ひと回り大きめなのもムカつくし、(轟くえェ)轟の匂いに包み込まれて授業を受けるなんて、そんなのマジで熱が出てしまいそう。実際周囲から顔が赤いと指摘されるし、こんなの被ってられねェとジャケットを叩き返したら今度はトイレに連れ込まれ、轟の着ていたTシャツを渡された。
『そんなもん着たらマジでバレるだろーが、テメェには危機感ってモンがねェのか』
お前がエロいのが悪い、そんなエロい姿を他人に見せられねぇって、目ェおかしいんじゃね?そもそも俺は男だ、上半身見られて困るこたねェわ、そう思っているのは頭沸いてるテメェだけだわって言うとそんなことねぇ皆んなそう言ってるだなんて嘯くから、つい、だったらエロいっつう証拠見せろやってTシャツを突き返して教室に戻ったはいいけれど、
(後ろからの視線が痛ェ)
普段割と無表情なくせにこういう時だけガンギマリ決めやがって、そんなんだから付き合ってること公表したくねーんだわ、なんて思いながら過ごすこと一週間、
『爆豪、入るぞ』
部屋に入ってくるなりテーブルの上に広げ始めたのは何かの資料?統計データと思われしそれに目を走らせた、その見出しは【大・爆・殺・神ダイナマイトのエロさについて】
『…何だコレは?』
『お前が見せろと言うから証拠を集めてきた』
何の話だ…って、証拠?まさかエロい証拠を見せろといったアレか?我ながら小学生のような物言いをしてしまったとは思ったが、まさか本気にする奴がいるなんて、しかも、
『このデータとったのテメェじゃねーだろ?』
ああ、緑谷に協力してもらったって、何で出久なんかに頼んでいるんだ、そりゃそういうこと調べさせたらナード気質なアイツの右に出るものはいねーだろうがそういう問題じゃねェ、
『俺達が付き合っていることは内緒にしてくれって言ったんだけど』
当たり前だっつうかよりによって出久に知られるなんて最悪だ、
『もうクラスの奴らの殆どが俺達の交際を知ってるって言ってたからコレからは隠さなくても大丈夫だぞ』
な、んだって?“爆豪が過剰に反応するからすぐに解ったらしい”って、そんな訳あるかテメェが事あるごとに人でも殺しそうな目付きするからだろォが、
『それも指摘された、なぁもう殆どバレてんなら潔く公表しちまおう、そうしたら俺もお前を誰かに盗られる心配が減って、お前のエロさがダダ漏れしていることにもう少し寛容になれるかもしれねぇ』
なんて言ったくせに、公表した今でも変わらずあちこち隠そうとしてくるの、ちっとも寛容じゃねェし、押し付けられた轟のシャツやらタオルやらを突き返す理由が無くなっちまって、そんなモン身につけたらますます赤くなっちまうってのに、
『かっちゃん、また熱があるんじゃない?』
ねェわコレは熱なんかじゃなくて、つーか言語化させンな恋の熱だなんてそんなこと認めるなんて死んでもゴメンだってのに。