9巻軸監禁武ヒナ黒く染まった手で愛しい人を汚してしまうことは、何という罪に問われるのか。日向の頬を撫でながら武道はタバコを蒸した。
どうしてこうなってしまったのか。それは今刑務所に入っている龍宮寺の言葉あってだ。
「オマエ、ヒナちゃんだけは大事にしろよ」
今思えば、あれはもう二度と守れなくなった初恋と、大切な親友が手を染めるのを見ていることしかできなかった罪悪感から、まだ何も失っていない武道に希望を託したのだろう。たとえ暗闇の中にいようとも、誰かを守ることはできるなんて絵空事を。
数日後に逮捕されたと聞いて、ぼんやりと頭の中で考えていたことが形を成して武道の脳を支配した。
龍宮寺ですら愛する人を守れなかった。だったら流されるだけの自分にどうやって最愛の人を守れるのだろう。別れてから一度だって日向のことを忘れたことはない。たとえそばにいれなくとも、日向が笑って幸せになることが武道の願いだ。
本当に?
自分が隣にいなくて、本当に日向は守れるのか。もしかすると事故に遭ったり。車が追突する瞬間がやけに鮮明に流れてきて、灰皿を壁に投げつける。部下の小さな悲鳴が耳障りで睨みつけた。
「おい、この女攫ってこい」
「え、この人、タケミチさんがいつもーー」
「黙れや。いいから連れてこい。傷一つでもつけたらテメエの首が飛ぶと思え」
顔を青くさせながら部屋を出ていく部下を見て、机を蹴る。湧いて溢れた苛立ちを何かにぶつけるようになった。こんな男を見て日向はどう想うだろうか。武道は姿見に映る自分を殴りつけた。
横たわる日向の頬が少し腫れていたので、連れてきた部下を全員殺した。残っていた者に後処理を任せて、武道は日向を抱いて寝室に篭った。
「はは、まだ着けててくれてるんだ」
日向の首にぶら下がる幸せの象徴に、乾いた笑いが込み上げてくる。
「いーよな、オマエ。ずっとキレイなままでヒナの側にいるんだろ?」
過去の自分すら憎くて、ネックレスに手をかけたところで日向が目を覚ました。何事もなかったように手を離し、日向に微笑みかける。状況がわからないのか、何度も瞬きした後、武道の名前を呼んだ。
「タケミチ君……?」
「そうだよ。オレ。花垣武道」
「なんで、だってさっき、」
「あれ、オレの部下。ああ、大丈夫!ヒナのこと傷つけたから、ちゃんと処分しといたよ」
あの頃と同じように笑ってつもりだが、日向は顔を青くさせただけ。困ったふりをしながら、日向に手を伸ばす。
「やっぱり、長い髪も似合うね」
「な、んで、タケミチ君、ヒナ髪伸ばしたとこ、見たことないよね……?」
「んー?」
誤魔化すつもりもないが、曖昧な返事をすると、日向がシーツを握りしめ、小刻みに震え始めた。見たことあるかないかなんてどうだっていいのに。
髪を一房手に取ると、わかりやすく日向の体が大きく揺れた。
「今日からヒナはここに住むんだよ」
「何言ってるの……タケミチ君、自分が何してるかーー」
「ヒナさぁ」
グイッと首元を引っ張りキスできる距離まで近づく。けれどそれは甘酸っぱい雰囲気なんて孕んでおらず、狂った男と怯えた女がそこにいる。
「見たらわかるよね?オレが、何をやってて、今、どういう人間か」
理解したくないと言うように涙が溜まる日向の瞳を舐め上げる。引き攣った声で自身の服を握る日向を、可愛らしく思った。
「これは決定なんだよ。ヒナは、ずーっとオレと一緒。すっげー幸せじゃない?」
中学生のころ、ずっと一緒にいたくても危険な目に遭わせるかもしれないと別れてしまった。今はもっと危険なことをしているけれど、目の届かないとこよりも届くところで守る方がよっぽど簡単だろう。
あのときのような純粋で、甘酸っぱい感情が湧き上がってくる。手を繋ぐのもドキドキするような、あの愛おしさ。それを感じる人が今、この部屋で、武道と以外会うこともなく、ずっと一緒にいられる。
「ヒナもオレのこと、好きだろ?だってネックレスしてくれてるし」
「違う、だってタケミチ君はこんなこと……!」
「違う?オレはオレだよ。ヒナ、違うって何?」
「いっ……!」
腕にギリギリと力を込めると、日向が痛みで呻いた。日向だけには否定されたくない。どんな自分でも愛してくれると思っていた、最愛の人に否定されたら、自分は一体なんなのかわからなくなってしまう。恐怖に怯えた目で見られようとも今は構わない。そのうち武道の気持ちをわかって、愛してくれるはずだ。
「そうだよ、ヒナはオレをわかってくれるもんな、」
「ねえ、落ち着いて、ヒナの話をーー」
日向の頬を片手で掴み、無理やりキスをする。口内に舌を無理やり捻じ込めば、それを拒否するように舌で押し返される。逆に興奮を助長させることをわかってないあたり、まだ処女だ。ニヤリと笑ってそのまま体を押し倒す。これから何をされるのかわからないほど日向も子どもではない。日向が逃れようと必死に足掻こうとも、簡単に抑えこめる。
「大丈夫、優しくする」
最低な言葉を添えて、愛した人を地獄に堕とした。
そして冒頭に戻る。横たわる日向の首筋には、赤い花弁が散らばり、頸には武道の噛み跡が残っていた。気絶するまで抱いてしまったので、今日は起き上がれないだろう。涙の跡を指でなぞって喉の奥で笑う。細い足首に、ベルトを巻きつけ、チェーンを伸ばしてベッドに繋ぐ。キツくは縛らず、簡単に外せてしまうもの。
これはちょっとした賭けだ。日向が逃げるか、逃げないか。
武道はこれから仕事で部屋を出る。その間に、部下の目を盗んで日向が逃げ出したら、一夜の夢として諦めよう。逃げださなかったら。日向は武道を諦められない、忘れられないということ。受け入れてくれる可能性があるということ。
優しく布団をかけた後、髪をサラリと撫でる。
「行ってきます」
反応はない。武道は小さく笑って部屋を出た。