【iko】海とボストンバッグとキミとボク(恋人ver未使用たたき台)この作品は児童に対する性的虐待および性交渉を促進する目的で書かれたものではありません。
また特定の組織との関わりをおすすめするものではありません。
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成田狂児がひっそりと岡家を訪ねて来たのは、年の瀬が迫った十二月中旬だった。
とてもカタギとは思えない全身黒ずくめの大男に、両親は驚いたものの、暖かく迎え入れた。
「聡実くんから聞きました。この金を使ってください」
突然差し出された札束の入った紙袋に、両親はさらに驚いたあと、それをそのまま返そうとした。
当然だ。
いくら聡実の知り合いとはいえ、初対面の見知らぬ男からのお金は受け取れない。
「安心してください。綺麗なお金です。オレは綺麗な人間とはちゃいますけど」
少し微笑む狂児に、両親は心を許してしまったのかもしれない。
「必ずお返しします」
「いや、それはいらんです。怪しまれないように、少しずつ使ってください。……それから聡実くんの学費にも」
狂児の言葉に、両親は深く頷いた。
━━これで大丈夫
━━あとは別れを告げるだけ
狂児は北風に首をすくめると、寒空の下ゆっくり歩き出した。
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聡実の両親が莫大な借金を背負うことになったのは、秋が終わりを告げようとするころであった。
遠縁の親戚があまりよろしくないところから借りた金。返せずに、返さずに、気がついたときには、親戚は蒸発していた。
父、晴実がその連帯保証人になっていた。
聡実からしたら、名前も知らない、会ったこともない親戚であったし、晴実にしても血が繋がっているかどうか怪しいほど遠縁だった。
だが人の良い晴実が、その親戚をほっておけなかったのも事実だ。
そのせいで、今岡家は大変なことになっている。
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岡聡実と成田狂児が、いわゆる恋人同士になったのは、聡実が十九歳の夏だった。
十八の冬に紆余曲折あり、話し合いというよりも、聡実の一喝で二人は恋人となった。
「ヤクザならいい加減に腹括れや、この臆病モンっ」
「ヤクザやから括れんのやろ、臆病でええわ」
狂児が情けなさそうに、太い眉尻をハの字にした。
「聡実くんの人生に汚点なんか残せへんモン」
「お前に惚れた時点で汚点じゃっ」
聡実のよく通る声が、四畳半に響いた。
そのあと、狂児が両膝をついた土下座スタイルで謝り倒したあと、二人は恋人になった。
幸せだった。
大っぴらにできない関係だったとしても、二人で居れば幸せだった。
その関係が崩れ去りそうになったのが、連帯保証人の件であった。
父には、息子たちには迷惑をかけないようにするとは言われたが、すでに社会人である正実はともかく、大学生である聡実は大学を辞めなくてはならないかもしれなかった。
狂児に伝えるべきか悩んでいる間に、狂児に知られてしまった。さすが蛇の道は蛇であった。
「なんで言ってくれへんかった?」
「言ってもどうにもならんやろ」
「金ならどうにかなるで?」
「ヤクザの金なんかいらん」
睨みつけてくる聡実から、狂児は目を逸らした。
「そう言わんと、……なら恋人からのお金ならもろうてくれる?」
狂児の言葉に、聡実のタレ目がちな目が釣り上がった。
「アホなこと言わなっ、なんで狂児から金貰わなアカンねんっ」
「恋人と恋人の家族助けたいって思うたらアカン?」
狂児の言葉に、聡実は無言で睨みつけた。
聡実にはダメだと言われたが、狂児は金を用意した。
組に知られぬように、資金洗浄した。もとは黒い金だが、これでなんとか白とは言えなくても、グレーにはできた。
聡実の両親が用心して使えば、怪しまれることはない。
あとは聡実に知られぬように、金を届けるだけだ。
誰か人を使おうかとも思ったが、それでは余計に怪しまれるかもしれないと、自分で届けることにした。
幸い両親は受け取ってくれた。
そのせいか、狂児は少し気を緩めすぎたのかもしれなかった。
両親に対して、深く口止めをしなかった。まさか、両親がこのことを聡実に話すとは思わなかったからだ。
そして当然だが、このことは聡実の逆鱗に触れた。
「どういうことや、金はいらんって言ったやろっ」
「綺麗な金やから」
「金に綺麗も汚いもあるかっ」
「ならええやん」
「家族の話や、狂児に関係あらへん」
「聡実くんの家族、大切にさせてや」
「そういう問題ちゃう」
「なんで?」
「なんではこっちや。狂児から……恋人から金なんか受け取れへんっ」
「……聡実くん」
狂児は聡実の頬に手を伸ばそうとしたが、払われた。
━━もう終わりや
狂児は小さく息を吸った。
「ごめんな」
「ごめんで済んだら、警察もヤクザもいらんねん」
「せやな」
狂児は寂しげに微笑むと、立ち上がった。
「ほな、……これで」
聡実に背を向けると、聡実が立ち上がった気配がした。
ゴトリと音がなり、聡実をすぐ背に感じた。
「……また、いつか」
振り返り、狂児がそう言おうとしたときだった。
ゴリッと音がなった。と同時に、腹への痛みを感じた。
目線を下ろすと、直ぐ目の前には聡実の小さな丸い頭。
自分にすがるような姿だが、違う。
腹に当たる聡実の拳。なにかが握られている。
ナイフだった。
その切っ先が自分の腹に突き刺さっていた。
「……あ、うあああっ」
目の前でガクガクと聡実が震えだした。
「聡実くん? 聡実くん!?」
「……きょ、じさん……ぼく」
「大丈夫、だいじょうぶやから」
狂児は痛む腹を無視して、聡実の髪を撫でた。
━━幸せやったな
聡実との暖かな優しい日々が、狂児の脳内を巡った。
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狂児が目を覚ますと、そこは見知った病院の一室だった。
横を見れば、顔を伏せ小さく寝息を立てている聡実がいた。
刺された箇所に手を伸ばすと、すでに治療を済ませ、包帯が巻かれていた。
聡実が手配したのだろうか。
狂児はソっと眠る聡実の髪を撫でた。
「……ん」
聡実が小さく身じろぎ、目を覚ました。
「狂児さんっ」
ガバっと体を起こした。メガネがずれているのが可愛らしいと、狂児はついクスリと笑ってしまった。
「なにわろてんねん」
聡実は少し恥ずかしそうに、メガネを直した。
「ここ、聡実くんが?」
「小林さんに聞いて」
聡実の言葉に納得した。
この病院は狂児のように、後ろ暗い人間でも堂々と訪れることができる病院だ。すでに狂児も過去にお世話になっている。
「すみません、勝手に」
「ええよ」
狂児は微笑み、聡実の髪を撫でた。
だが本当は良くない。
聡実が小林に連絡を取り、すでに狂児が病院に居るということは、刺されたことを知っているということだ。
そして多分、その理由も。
聡実のことだ、きっと全てを話しただろう。
借金のこと、狂児が金を用意したこと。
そして小林は、その話で金の出所に気がつくはずだ。
ほとんどの金は狂児のポケットマネーだ。だがほんの少し、少しだけ組の金を拝借した。少しであっても、決して許されないことをした。
「なあ、聡実くん」
「……はい?」
聡実がジッと狂児を見つめた。
━━オレと一緒に逃げてくれへん?
聡実は微笑むと、小さく頷き「はい」と応えた。