【and】誕生日とサプライズ御神苗優が最愛の恋人であるジャン・ジャックモンドに、誕生日を《その日》に祝ってもらったのは大学四年、二十二歳の誕生日が最後だった。
あれから誕生日を一緒に過ごせていないまま、三年目になろうとしていた。
昨年はそのことをティアに訴えてみたが、当然休みはもらえなかった。
今年こそは、なんとしても休みを取りたい。
優は昨年と同様、今年も年度が明ける前に訴えることにした。
「去年もおととしも直接祝ってもらえなかったんだから、今年は二人セットで休みくれよ!」
「もう誕生日が嬉しいようなお子さまでもないでしょうに」
ティアは少し呆れたような顔で笑った。
「オレはまだ誕生日嬉しいもん」
「あら、ずいぶんとお子さまなのね」
「オレはまだ二十代なんですぅ」
優が少し膨れた顔をすると、ティアのこめかみがヒクリと震えた。
「優、あなた……わたしに喧嘩を売っているのかしら?」
「オレはティアみたく、飽きるほど誕生日迎えてねえもんっ」
優は盛大に膨れてみたが、その頬はティアにつままれた。
「いててててっ」
「よくも言ってくれたわね」
「事実だろ~っ」
「覚えてらっしゃい!!」
「パワハラだ~っ」
「二十歳の誕生日に、どれだけのことしてあげたのか、覚えているのかしら?」
「……それは感謝してるけどさ」
「学生でいる間は多めに見てあげていたのは、わかっているのかしら?」
「それも感謝してるけど」
ティアは優の頬から手を離すと、今度は鼻を摘んだ。
「だいたいおととしのジャンの誕生日のことは、覚えているのかしら?」
ティアの目がつり上がった。
確かに、一昨年は自分の誕生日こそ一緒に祝えなかったが、ジャンの誕生日に合わせて、かつて行った南の島へ久々に旅行に行けた。
それも全て同僚や山本、ティアのおかげだ。
「それとこれは別だろ」
「貴方たちは、もうセットなの」
「だから?」
「毎年毎年、貴方たち二人分、毎回毎回休みはあげられないの」
ティアが小さくため息をついた。
休みをあげたくないわけではない。
できることならば、誕生日もそれ以外の記念日も一緒に過ごさせてあげたい気持ちはある。
だが貴重なスプリガン二人を、同時に長期休ませるわけにはいかない。
その代わり、数年に一度にはなるが、大型休暇を与えてきた。
優もそれがわかっていないわけではない。
だがそれと、ささやかな休暇は別だ。大型休暇は嬉しいが、誕生日の一日くらい休みが欲しいのも本音だった。
「まあ、もう少しだけ待ってちょうだい」
「待ったら休みくれるのかよ」
「だから待っていてちょうだい」
ティアはクスリと笑って、不満げな顔の優の鼻をつついた。
※
ティアには待っていろと言われたが、あれから一カ月なんの音沙汰もない。
それどころか、ジャンからの連絡もないまま、四月が終わろうとしていた。
優は派遣された遺跡のそばで、夜空を見上げ、深く息を吸い込み、吐き出した。
まだ冷たい、澄んだ空気が気持ちいい。
スプリガンとしての仕事が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。だからつらいことがあっても、十年間続けてこられた。
だが、恋人と過ごしたいのも事実だ。
仕事と恋愛、ほかの人たちはどう折り合いをつけているのか。
優にはそういった話をする相手があまり居ない。というよりどう話をしていいのかわからないため、肝心な部分は不明なままだった。
そもそも恋人は規格外だ。
フランス生まれの伊達男、そして獣人ライカンスロープ。
話すにも話せないことが多すぎる。
「設定盛りすぎだろ」
いつも長い美しい金髪を、風になびかせている。
口は悪いが、根は優しい。クールに見えて、仲間思いで熱い部分も持ち合わせている。
済んだ夜の空気が、ピリッと刺さるなか、優は恋人を思い出し、クスリと笑った。
あと数日すれば、日本に帰れる。
そうすれば、誕生日は一緒に過ごせなくとも、数日くらいは一緒に過ごす時間が取れるかもしれないと、ほんの少しだけ期待を持つことにした。
※
六月中旬となり、優が日本に帰国してから、数日経過した。
優が朝目覚めると、近いうちに日本に戻れると、ジャンからメッセージが入っていた。
休みがとれる、二人分の休みをとったと、早めの誕生日を祝おうと、仕事の合間に送ってきたのか、細切れのメッセージが届いた。
「マジかよ」
優はメッセージを見て、微笑んだ。
何日分の休暇があるのかはわからないが、誕生日を祝ってもらえると、優は喜びを隠せなかった。
「ティア~~~!」
優は廊下で出会ったティアを思い切り抱きしめた。
「痛いわよ、優」
「だって嬉しくて」
「調整するの大変なのよ」
「感謝してます」
優はティアを手離すと、頭を下げた。
「みんなに感謝しなさいね」
「はい!」
「良いお返事だこと」
ティアはクスリと笑った。
※
それから数日経ったころ、優のもとにジャンが帰国した。
「おかえり」
「ただいま」
微笑む金色の獣に、優は微笑み返した。
「ケガとかしてねえ?」
「オレがすると思うか?」
ジャンは優を抱き上げると、そのままソファに移動した。
優はジャンの首にしっかりと抱きついた。
「でも一応聞くよ」
「オレより、お前のほうが心配だな」
ジャンは優を見つめ、頬から首にかけて、ゆっくり撫でた。
「……んっ」
優の体が小さく震えた。
「……オレ、も、してねえよ」
ジャンは優のTシャツを軽くめくると、脇腹を撫でた。
「……ん、ぁっ」
ジャンの指先に、小さなカサブタが触れた。
「小さいケガはありそうだけどな」
ジャンは少し心配そうに見つめ、優の首筋に口づけた。
「……ぁっ、あ」
優が小さく震えると、ジャンは首筋を軽く吸い、唇を離した。
ジャンは軽く口づけると、少し微笑んだ。
「とりあえずシャワー浴びてくるぜ」
ジャンがクスリと笑うと、優は少し頬を赤らめ、膨れた。
※
シャワー後の濡れた長い髪をガシガシと拭きながら、ジャンは優を見つめた。
「んじゃ、行くか」
「……どこへ?」
突然のジャンの言葉に、優は驚いた顔をした。
「pays tropicaux」
「……ペイ……とろぴこ?」
「おう」
ジャンは驚く優を見つめ、うなづいた。
「え? いつ?」
「今から」
「い、ま、から!?」
優がさらに驚き固まった。
「とりあえず、オレの髪が乾いたら」
ジャンは優にドライヤーを手渡すと、ソファに腰掛けた。
「乾かして」
「……あ、はい」
優は素直にうなづくと、コンセントをプラグに挿した。
「今からってどういうこと?」
「今からは今からだよ」
ドライヤーの音で、声が聞き取りにくい。
お互い少し声を張り上げた。
「聞いてないけど?」
「今言っただろ」
「意味わかんねえよ」
「なんで? 今から南国に行くってだけだろ?」
「なんも支度してねえけど?」
「向こうでなんでも揃うだろ」
ジャンの言い分に、優はドライヤーを当てながら「ええええっ」と困惑した声を上げた。
※
ジャンの長い金髪が、優の指の間でサラリと流れた。さして手入れもしていない髪だが、いつも綺麗な髪だ。
優はジャンの長い美しい髪が好きだった。
乾いた頭頂部に優が軽く口づけると、ジャンが上を向き、優に口づけた。
「んじゃ、行くか」
「いや、なんで?」
首をかしげる優に、ジャンは立ち上がり大きくため息をついた。
「お前、もうじき誕生日だろ?」
優がうなづいた。
「え? まだわからねえの?」
優がまたうなづいた。
「お前の誕生日を祝うために帰ってきたんだけど」
「……めるし?」
「どういたしまして?」
「で?」
優が首を傾げた。
「で、じゃねえよ。南の島行こうって言ってんだ」
「……えっと」
「ティアから休暇もぎ取ってきたんだけど?」
「ありがとう?」
「わかったか?」
「わかったけど?」
「んじゃ、行くぞ」
「……あ、はい」
ジャンはジャケットを羽織ると、微笑み、まだ理解の追いつかないままの優の手を握った。
※
その後、優は気がつけば、ジャンとともに空港にいた。
そして、あれよあれよという間にスプリガン専用機に乗り、機内食を食べ、ひと眠りしている間に、南の島に着いていた。
「え? どういうこと!?」
優は、馴染みにもなってきたホテルのロビーで、ポカンと天井を見つめた。
御神苗優。
初夏。
もうじき、二十五歳を迎えようとしていた。
Joyeux Anniversaire
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いつものフランス語講座(少ない)
pays tropicaux
南国
熱帯の国
Joyeux Anniversaire
Joyeux/喜ばしい
Anniversaire/誕生日