3、太陽と炎が合わさる所息子はとてもやんちゃで快活な子だった。
この場所に生きる子供達は皆そうだ。
その中でも飛び抜けてやんちゃな子供だった。
自分よりも年上の子供と取っ組み合いの喧嘩をしたり、川に入って魚を取ったり、山に入って日が暮れるまで遊び倒したりするような子供だった。
そんなある日だ。
息子が見た事も無い巾着を持っていた。
「どうしたのそれ」
「道に迷って困ってる人がいて、街までの道を案内したら貰ったんだ」
そう言って、巾着を開くと中からキラキラ光る飴や金平糖が出てきた。
息子は大喜びし、それを持って飛び出していった。
きっと近所の子達と一緒に食べるのだろう。
よくもまぁ、道案内ごときで菓子をあんなにもくれてやる奇特な人間が居たもんだと思った。
特に、この段階では怪しいと思う事が無かったのだった。
しかし、その日から息子はよく色々な物を貰ってくるようになった。
けん玉、鞠などの玩具や流行りの本や甘い菓子…
それを毎週の様に貰ってきていた。
流石にこれは無視できない。
「ねぇ、一体誰からこんなにも沢山の物を貰っているのもう、やめなさい」
「え…嫌だよ。だって、だって…」
息子の言いたい事は分かる。
本来ならば、私が買ってあげられれば良いのだ。
だが、私が貰っている賃金では暮らしていくのがやっと…
そんな中、こんなにも子供が喜ぶ物ばかりくれる人がいたら、そっちに行ってしまうのは仕方がない。
ただ、親としては気持ち悪いのだ。
どこの誰とも知らない相手が、息子にやたらと物を与えている。
裏があるのではと疑うのは当たり前だ。
「なら、次は私も連れていきなさい。お礼を言わなければなりません。」
「駄目だよ約束なんだ俺と二人だけの内緒なんだよ」
息子はこの年齢の割に義理堅く律儀な所がある。
人との約束は破らない。
その性格が災いするとは夢にも思わなかった。
「せめて、どんな人か教えなさい。」
「駄目だよ男と男の約束なんだ」
ふむ、相手は男なのか…
男…
その瞬間、酷い不安が全身を駆け巡り、鳥肌が立った。
まさか、杏寿郎様なのか
杏寿郎様が息子に会いに来たのでは
今更何をしに
あんなにも不義の子だと信じて疑わなかった人が、何故、息子に…
慌てて息子の肩を掴めば、私の変わりように息子も驚きたじろいだ。
「お願いもう会いに行かないで」
「え…でも…」
「もう母さんと会えなくなってしまっても良いの」
そうまくし立てれば、息子は悲しそうに眉を下げた。
目には薄っすら涙が溜まっている。
「俺…ただ…あの人と話をするのが楽しいだけなんだ。貰っちゃ駄目だと言うなら、もう貰わない。受け取らないから…それでも駄目なのもう会っては駄目なの」
ついには大きな目からぽろぽろと雫が落ち始めた。
良心が痛む。だが、絶対に許す訳にはいかなかった。
「駄目よ。お願い。もう会わないで…」
「分かった…。でも、明日の約束だけは守らせて。それで終わりにするから…」
「分かった…」
本当は嫌だった。
だけども確かめたかった。
息子が会っている人物が誰なのかを…
だから、渋々了承したのだった。
次の日
仕事は休んだ。
そして、走って遊びに行く息子の後をつけた。
息子はどんどんと早足で進んでゆく。その後ろ姿が、かつて愛した夫に瓜二つだった。
息子が向かった先は、よく遊びに行く友人の家でも、川でも、山でも無かった。
長屋から随分と離れた駅だった。
駅の改札口の前にある長椅子に座り、キョロキョロとしながら今か今かと誰かが来るのを待っていた。
そして、一本の列車が止まった。ちらほらと改札口を人が出入りする。その人の流れが終わり、列車が出発した頃、一人の男性がゆっくりと改札口から出てきた。
息子は、その人を見つけた途端、笑顔に変わりかけてゆく。
杏寿郎様だ。
目には包帯を巻き、杖をつき足を引きずりながら歩いているが、あれは間違いなく杏寿郎様だ。
心臓をえぐられる様な痛みが走る。
何故何故、今頃になって
杏寿郎様は優しく微笑むと息子の頭を撫でた。そして、息子に手を引かれ、二人で駅前の長椅子に座って何かを話している。
元夫と息子が二人並んで和気あいあいと語り合っている。
誰が見ても、その様は親子だった。
かつて夢にまで見た光景に、虫唾が走った。
触らないで
話さないで
目に映さないで
その子は私の子
私の息子なの
貴方は関係無い
しばらく話し合う二人。
杏寿郎様が懐から何かを出した所で、息子が首を降り出した。
杏寿郎様はそれでも息子に手渡そうとしている。
拒んだ息子が何かを話すと、その場を走って逃げていった。
きっと私との約束を守ったのだろう。
それで良い。それで良いのだ。
しばらく寂しそうにうなだれる杏寿郎様を見つめる。
その顔がぐるりとこちらを向いた。
包帯に巻かれていない片方の目と、しっかり目が合った。