謎の男エンシオディス。見目に仕草も麗しく、口調にも気品がある。
そして世俗に疎い様を考慮し、出てきたアンサー。
『もしかしてリアルガチ王子様なのではないか?』
猫に姿を変えられ、ゴミ捨て場に放置されていたフェリーンの男。
しがない会社員の成人男性に拾われて、ぼろアパートにかくまわれていたが実は王子であった。
考えてみたら、とってもファンタジーな映画だ。でもありふれている。
ハイ…やり直しとボツをくらいそうな内容。
けれど現実は、そうそうファンタジーではない。なにせ皐月(さつき)の頃なのに暑いし、卵は高いし。
唯一の朗報はエンシオディスの傷は、治りが早くなったという点だ。
それにもし、王子様だと仮定したら、今の生活は憂鬱じゃないのか。
食事内容がしょぼ過ぎて、がっかりしていたりして?なにせドクターが目分量で作った昼食は、ちくわ入りチャーハンだ。
表情の希薄な顔が、不思議そうに穴の開いたちくわを眺めている。
真摯な瞳にあわせて銀髪のうえにある猫耳が伏せられていた。
本人は至って真剣なのだろうが、つい可笑しくなってしまった。
「これはね、魚のすり身」
そう教えてやると、耳の動きがピタリと止まる。
「魚が、この形に?」
怪訝そうなエンシオディスの犬歯が潜む口元まで、チャーハンを持ってゆく。ふと、おずおずと綺麗な唇が開き、ちくわを食べた。
「どう、ちくわチャーハン」
「見た目と違い、奥ゆかしい味わいのする品だな」
「あっ、そう。ちくわも、そんなお上品な食レポされちゃったら、泣いて喜んでるよ」
一度食べさせて味を確認させたしスプーンを渡そうとしたら、また形の良い唇が開いた。食べさせろと、そう言いたいらしい。
仕方なしにきつね色に焼かれたちくわを取り、エンシオディスの口元に差し出した。
「もうちょっと血になりそうな物を食べさせてあげたいんだけど」
「気にする必要はない。お前が作る品は、とても美味しく新鮮だ。知見を得れ、感謝している」
「あ~これは、ありがとう?なのかな」
『見たこともない変わった品物を食べている』
それを上品に訳すとこうなるらしい。
食事に関しては、出された物を食べるというスタイルも、なんとなく出自の良さを伺わせる。
作る立場としては、非常に楽なのではあるが。
「ちくわ、お腹いっぱいになるんだよ」
「そうなのか」
残りのチャーハンを自分の口に放り込む。一人暮らしも長くなると、そこそこ料理も出来るようになってきた。
記憶喪失になったときは、どうしようかと慌てたけど、最近は便利なもので調理過程が動画で紹介されている。
見よう見まねで料理しても、それなりになるのだから便利な時代だ。
「まさか、ちくわも知らないなんて本当に王子様だったりして~」
「…どうだろうか」
エンシオディスは艶が出てきた、銀髪のうえにある耳を左右に動かす。
「猫に姿を変えられて、ゴミ捨て場に放り投げられた王子様。うん、随分とファンタジーな世界だけどねぇ」
「ならば、私を助けたお前はプリンセスという事になる」
食べ終えた食器を重ね、片付けようとした瞬間エンシオディスは色気のかおる眼差しを向けた。
「毛玉だらけのジャージ着てても、プリンセスになれますかしら?」
冗談めかして可愛らしく髪をかき上げたら、真剣な声音で名前を呼ばれた。
「勿論だ、お前はプリンセスに違いない」
ガチトーンで言われ、ドクターは耐えきれず吹き出してしまった。
「そういうのは可愛い女の子に言ってあげなよ、王子様」
分かりやすくエンシオディスはムッとした。数日間様子を見ているが、淡泊な表情もまれに変化するらしい。
ちくわを見た瞬間は耳しか動かなかったのに。
「私は本気でお前の事を―」と口にし、優雅な仕草で腕が伸ばされる。
それを器用に避けてドクターは重ねた皿を持って、キッチンシンクに向かった。
「待ってくれないか。私は真剣に、お前の事を…」
「はいはい、分かった分かった。良い子にしてて、デザート持っていくから」
「話を聞いてくれないか。私はお前の言う通り、イェ―」
そうエンシオディスが口にしたのを無視して、小さいテーブルに大きなガラスボールで作った牛乳プリンを置いた。
ドォンと派手な音をさせて置かれた透明なボールを眺め、エンシオディスの丸い猫耳がしおしおとへたり込む。
「…これは?」
「ん?牛乳プリン」
「随分、量があるようだが」
萎えている見た目王子様をシカトして、取り皿とスプーンを取りに行く。
一緒に持ってきた、おたまを使い、エンシオディスの前でボールに入っているプリンを取り出す。
適当に掬って取り皿にのせた牛乳プリンを目の前に差し出した。
「はい、牛乳プリン」
へたり込んでしまった猫耳が戻らない。
「あ、牛乳嫌い?なら無理しなくて良いよ、私が食べるから」
「これを全部か?」と、いつになく小声が訊ねる。
あまりにも不安げな声に耐えきれずドクターは笑ってしまった。
「まさか一気には食べれないよ!」
「それでもこの量を食べれるとは…」
王子に見まがう程の上品さだから、一気に作れば楽という文字はないようだ。
「たくさん作れば楽できるってだけ。少し食べてみる?」
スプーンの先に白濁したプリンをすくい、エンシオディスの口元に持ってゆく。
不安げに形の良い唇が開き、プリンを静かに食べた。
「…美味しい」
元気のなかった猫耳が通常モードになり、尻尾がドクターの腰をしっかりと掴んだ。
やはり猫耳と尾は分かりやすい。
「それは良かった。もう少し食べる?」
「頂こう」
お世辞ではなく、本当に気に入ったようですぐさま口が開いた。
当然のように食べさせろという偉そうな態度。これは面倒をみてもらう事に慣れている。
(…まさか本当に王子様なのでは?)
その疑念を口にしかけた刹那、さも当然のようにドクターの背をエンシオディスの手が撫でた。
「お前は料理も上手いのだな。非の打ち所がない、プリンセスなのだと私が保証しよう」
あまりにも手慣れた口説き文句に、面倒をみてもらうのが当然という姿勢。
「やっぱりヒモ?」とドクターは訊ねつつ、またエンシオディスの口元に牛乳プリンを持ってゆくのだった。
つづく