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    チキバンバン

    絵!?

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    POIPOI 15

    イーライの事務所加入前の軍医時代のお話
    途中です

    イーライ・マイヤーの話1泣き声が聞こえる

    一歩踏み出すと足が少し沈むほどの柔らかい土と、それを隠すように被さった落ち葉が静かに音を立てた。
    不自然な位置に空いた大穴は見下ろせば大人が降りるにも少し深く、ところどころに折れた枝が露出している
    その中心に声の主がいた。

    「痛いよぉ…グスッ、…お兄ちゃん」

    薄くくすんだグリーンの髪は土や葉がまとわりつき、涙を拭う小さな手のひらは土に汚れているため顔まで泥だらけだった。

    僕はこの光景を知っている


    もう大丈夫───





    「イデ──?!!」

    乱雑に積まれ、絶対的なバランスを誇っていた書類が覚醒したばかりのイーライの手によって崩壊した。
    そこからドミノ倒しのように横から上から、バサバサと派手な音を立てて降り注いでいく。

    「まずいまずいまずい!ストップ!ストップ──」

    雪崩のように進む書類たちの大崩壊は止まることを知らず、先程までやっとの思いで書いていた報告書が内蔵されたPCまで一直線。その側には冷めて泥水と化した珈琲が添えられていた。
    倒れた分厚い医学書がトドメと言わんばかりにカップを押し倒し、泥水がPCの上に注がれる。

    終わった

    イーライはすぐさま側にあった白衣を引っ掴み、無惨に濡れそぼったPCに押し付ける。乱暴にキーボードを叩いてみるも反応がない。
    ブツンと派手な音と共にモニターは暗闇に包まれた。

    「嘘だろ……僕の3ヶ月が」

    もう何もやる気がおきない
    と言うか、おきる方が可笑しい。
    何もかも馬鹿馬鹿しくなり、覚醒したばかりの身体を再びソファに沈める。

     数年ぶりに帰ってきた自宅もとい寮の自室は荒れに荒れていた。多すぎる書類や書籍は床に散らばり、ポストの穴はみっちりと重要書類や請求書が占拠し、諦めたかのように他の書類たちはとにかくドアの隙間に詰め込まれていた。
    正直これを開けるのが1番苦労した。
    足の踏み場どころか人一人立つスペースもなく、ソファには入隊式から一度も腕を通していないクリーニングの袋を被った軍服が埃を纏って、何かを訴えかけている。
    すり足で部屋を歩き、やっとの思いでパソコンの前に辿り着き、報告書──。

    いつの間にか眠ってしまっていたのだ。

    正直まだ寝れる

    不貞寝という名の二度寝に入ろうと身体を丸めたその時、ドンドンと激しく扉を叩く音がした。

    「マイヤー少尉おられますか、マイヤー少尉」

    ほぼ溶けている足を引きずり、のんびりと扉へ向かうとそれを見透かしたように扉を叩く音が大きくなる

    ──はいはい、今行きますよ。

    扉を開けるとそこには皺一つない深緑の軍服を身につけた若い男がイーライを見下ろしている

    「本日、重要会議の通知があったはずですが」
    「そういうのは寮にいること少ないから電報で頼んでるんだけど…」
    「異論は認められません」

    男はギロリと冷たい視線を刺してくる。自分の非を突かれ、あからさまに苛立った様子で爪先を揺らし始めた。腕章を見れば線は一本。仮にも上官にこの態度ができるとは相当肝が据わっているというべきか、自身の童顔が悔やまれる。
    次第に定刻ですので。の一点張りになり、この調子では意地でも引かないのは目に見えているので、大きな溜息を吐いて部屋を後にした。

     長い廊下をこれでもかと歩き進めた先に、階段があり、また階段を登り、さらに階段
    やっとの思いで辿り着いた会議室の扉は一際大きく、重苦しい雰囲気を放っている。
    肺いっぱいに空気を吸い、腹の奥あたりから声を張る。

    「第8師団所属、軍医部医務局長。イーライ・マイヤー。入ります」

    重い扉に重心を預け、身体で押し開ける。とても広いとは言えない室内は、ぐるりと長いテーブルが四角形を描いており、足を踏み入れた途端、全ての視線がこちらに向けられる。
    中央の一際広いスペースに座っている髭をたっぷり携えた老男が口を開いた。

    「遅刻だぞマイヤー少尉」
    「申し訳ございません。閣下」

    お前が電報よこさないからだろ。と言う言葉は飲み込んだ。

    「何故ここに呼ばれたかわかるかね?」
    「いえ、いかんせん思い当たる節が多すぎますので」
    「……自分の立場が理解できているようで何より」
    「重々と」

    イーライは田舎にある小さな病院の息子として産まれ、両親共に軍医だった。
    ある日、軍本部は退役したマイヤー夫妻に戦場への復帰を命令。田舎の人々にとって唯一の医療機関であり、沢山の患者が訪れる病院は、両親どちらが欠けても回らなくなってしまう。しかし断れば個人病院なんて小さな存在は軍の圧力に負けることは明白。
    この両者の睨み合いを破ったのが当時10歳になったばかりのイーライ

    ──死地でも墓場でも何処でも行ってやるから病院の権利を渡せ。

    これを条件に猛反対していた両親に黙って本部まで足を運び、13歳と言う若さで衛生兵としてエテルニア軍に入隊した。

    入隊後は一介の軍医でありながら、医療総監督として、圧倒的人手不足のなか複数の医療テントで教育を行い、戦場にまで赴いている。

    "すべての人間に対して医療は平等でなければならない"

    これはマイヤー夫妻が
    "人間である以上、医療を受ける権利は平等である。命は等価である"
    という意味を込めた言葉で、イーライはこれを信念として敵味方関係なしに治療を受け入れ、足りない器具や薬品は自費で取り寄せた。
    幸いエテルニア国は資源が有り余っており、どこから湧いて出ているのか不思議な程だった。他国はそんなエテルニアを涎を垂れ流して狙っているのだ。敵兵には降伏を条件に治療を施し、敵国の一般人ですらテントへ招き入れ
    人々はイーライに感謝を述べ、"国境のない医療テント"として一躍有名に
    こうして、圧倒的人手不足だったテントはみるみるうちに様々な国籍の衛生兵が増え、入隊志願者が絶えなかったという。
    実際彼がいなければエテルニア軍の戦線は下がり続け、国境も奪われていたと言っても過言ではない。彼の後ろには一滴も血が流れなかった。
     こういうわけで軍はイーライに強く出られない。勿論それをよく思わない上層部は、イーライをあちこちに飛ばしては呼び戻し、という嫌がらせを繰り返している。

    「今回も医療基地を設置してもらう」
    「また国境ですか」
    「不満でも」
    「……いえ」
    「では基地へ向かいたまえ。既に衛生兵が働いている」

    巫山戯ているにも程がある
    こちとら遠征からやっと帰ったってのに、休暇だって1ヶ月はもらえる、そういう契約で戦地に向かったはずだった。
    イーライは様々な感情を混ぜて煮込んだ微妙な表情で会議室を後にした。

     部屋に戻ると扉の前に散らばっていた書類の山が無くなっていた。誰だ?物盗りか?…軍本部だからと言って様々な人間に疎まれていることは自覚しているのですり足で扉に近づき、耳を張り付けてみれば中から音がする。
    左手をフリーにし、死角を潰すように勢いよく扉を開けるとそこには見慣れた薄くくすんだグリーンの髪が

    「お兄ちゃん!やっと来た!!この散らかりようはなに?!」
    「キキ…!?」

    数年ぶりの実妹との再会に感動し、熱い抱擁を求めたがスルーされた。めげずに頭に両手を持っていき犬を撫でるかのようにわしわしとかきまわすとキキは諦めたように溜息を吐き、そうだ、と茶色い大きなシミを携えた白衣をイーライの顔前に突き出した。

    「これは何」

    あっ、と声が漏れる。さっき雑巾のようにPCに押し付けた布は白衣だったのか…
    極限まで細められた視線が刺さる。

    「珈琲は全然とれないって言ったよね」
    「はい」
    「忘れちゃったわけしかも前来た時こまめに洗濯しなさいって言ったのにあの汚い布の山はなに?」
    「捨てようと思って…」
    「洗濯めんどくさがってちょっと着ただけで捨てるのやめなさいとも言ったよね」
    「ハイ…」
    「書類もケースにまとめろって言ったし、珈琲のカップは時間経つととれにくいとも言った。しかもこれ何?!また出前ばっかとってる!たまには自炊しろ!」

    一言怒られるごとに身体が縮んでいく。耳が痛い。このように家事が壊滅的で、毎日時間がないため、身の回りのことは自然と後回しになってゆき、汚部屋とよぶには可愛い部屋になってしまう。その度に数年に一度遠くから来た妹が掃除してくれるのだ。

    「休暇1ヶ月あるって言ってたから実家帰るんだよねちょっと観光してから一緒に帰ろっかな〜って思って…」

    イーライの顔が青ざめる。手際よくゴミを分別している手は止めないまま、キキは目を極限まで細めた。

    「…また遠征?もう何年も帰ってないじゃない!父さんも母さんも表では元気にしてるけどお兄ちゃんが心配でかなり痩せたのよ?……いい。あたしが上の人に直接話してきたげる!」
    「キキ、待ってお兄ちゃんの話聞いて。キキちゃん」

    妹の脚にしがみついてズルズル引きずられた。



    遠征当日。エテルニアの基本的な移動手段は汽車で、都市部に行けば車が多くなる。今回はかなり端の国境付近なため、移動だけで3日はかかる。汽車を乗り継ぎ、徒歩で数時間といったところか。あちこちに飛ばされているため今更文句は出ないが、不便なのは不便なので慣れることはない。
    結局妹にはなんとか怒りを鎮めてもらい、早朝に部屋を出、駅で汽車を待つ……はずだった。

    「なんでいるんだ」

    顎が外れるくらい口を開けて目の前の信じられない光景に何度も目を擦る。
    視界のど真ん中でキキが大きなバッグを持ってやっときた、と手を振っている。

    「見送りに来てくれたの?!」
    「違う。あたしも一緒に行くの」

    ───は??

    まるで全ての時が止まったかのように感じる。今、なんて言った聞き間違いであってくれ

    「いつもの助手のお仕事よ。前もそうだったでしょ」
    「まっ、待って!駄目!駄目に決まってる!前みたいに国内の病院とかじゃないんだ戦場、戦争してるとこに行くんだぞわかってるのか?!」

    人生で声を荒げる、ましてや怒鳴るなんてこと片手で数える程度しか経験がなく、激しく咽せながら、慣れていないことを証明するように所々言葉が途切れる。脳が忙しなく単語を選んで文章とは言えぬ言葉の羅列を作り出す。舌が渇いて上手く回らない

    「母さんに言って迎えに来てもらう」
    「無理よ駅に電話ないし。お兄ちゃん今勤務扱いだからスマホ没収されてるでしょ?」
    「じゃあ僕が連れて帰るから」
    「軍から召集かかったのよ。黙ってたのは悪かったけどお兄ちゃんがまた遠征なのは来る前から知ってた。お母さんたちには内緒でここに居るの」

    衝撃的な事実を容赦なくスラスラと喋る妹を前に呆然とする。しかし軍の召集なら必ず一人その家から人を出さなければならない。妹が拒否すれば両親のどちらかが病院を空けなくてはならなくなる。
    実際本部にある軍医病棟にいた頃は助手として手伝ってくれていた。妹という贔屓目無しにしても腕は確か。いてくれればかなり助かる。

    「…わかった。ドッグタグは?」
    「支給されてるよ」

    ここまで来て仕舞えば追い返すことはできないとイーライは覚悟を決めて汽車に乗り込んだ。
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