💛💜♀ 付き合っていることを内緒にしている二人 ざっ、と誰かが転んだような音がした。俺は無意識にそっちを見て、目を見張った。
大抵の人ならスルーしただろう。たとえば、仲のいい男友達なら笑って終わらせるし、クラスの女子なら俺より仲のいい女子や先生が助けるだろうって。
でも、違った。転んだのはシュウだった。しかもシュウの半パンから覗く膝には血が滲んでいて、俺は考えるより先に走り出していた。
「シュウ!!」
「ル、わっ?」
「先生! 保健室行ってきます!」
陸上部だし、何かと怪我には慣れていた。それなのに、シュウの真っ白で細い膝にできた傷には冷静でいられなくて、グラウンドに座り込んだままのシュウを無理やり抱え上げた。
バランスを崩したシュウは慌てて俺の首に腕を回して、俺はそれをいいことに校舎に走り出した。
冷静になったのは、保健の先生が驚いた顔で、こっちを見ていたから。そりゃ驚くよね。膝を擦りむいただけのシュウが、クラスメイトってだけのはずの俺に横抱きなんてされているんだから!
「…絶対噂されるよ」
「………ごめん、俺、なんていうか…うーん、理性を失ってたんだ」
「うん…責めたいわけじゃないよ。優しさで、してくれたのは、わかってるんだけど」
困ったように眉を下げて笑うシュウが、俺を見上げる。
シュウはただの擦り傷だった膝を丁寧に消毒してもらって(冷静になってみれば、俺だったら水で流しておしまいくらいの傷だった)、大きめの絆創膏を貼ってもらった。俺はそれを先に戻ろうか戻るまいか悩みながら横で見ていて、でも処置が早く終わったから必然的に二人で保健室を出ることになった。
ぽつぽつ、運動場へ向かう廊下で、会話を交わす。付き合ってることは内緒にしたいと言っていたシュウへの申し訳なさと、思いがけずシュウの肌へ触れてしまった興奮が、半分ずつ。健全な男子高校生だから、…仕方ない。
「聞かれたらさ、もうみんなに言っちゃおうか」
「へ、なにを」
「僕たちが付き合ってること」
シュウの声が、静かに授業中の廊下に響いた。
俺は足が動かなくなって、シュウの後ろ姿を見つめた。シュウは少しして、振り返った。
「ルカが…そんな突然、お姫様抱っこして…僕を連れて行ったりしたら、みんな、驚いてるだろうし…」
「い、いいの?」
「ううん………まあ、単にちょっと、恥ずかしかったってだけだしね」
「…ほんとに?」
「本当、んへへ」
少し照れたように頬を染めたシュウが、微笑む。俺はそれをぼうっと眺めながら、考える。
それって、それって、教室から手を繋いで堂々と二人で帰れるし、放課後だって家以外でデートができるし、いつだって好きな時にシュウの隣に行ってもいいってこと?
「………ねえ、それって、最高!」
「んはは、そう? なら聞かれたら…うわっ!」
「そんなの待ってられないよ! どうせ聞かれるんだし、正々堂々と行こう!」
「ちょっと待って、ルカ、待ってってば!」
俺はまた、シュウを横向きに抱き上げて走り出した。シュウは俺の彼女なんだって、俺はシュウの彼氏なんだって、はやくみんなに言いたくて!
俺の腕の中で揺られてるシュウが、待って待ってと言いながら、次第に諦めて静かになっていく。ぎゅうと俺の体操服を握る指が緊張を伝えてくる。
大丈夫だよ、きっと俺たちならうまくいくって伝えたくって、シュウの身体をより強く抱いた。
廊下を駆け抜けて、グラウンドに飛び出して、ざわついているクラスメイトたちのもとへ駆け寄る。俺が出せる一番大きな声で、みんなに叫んだ。
これで何にも気にせずに、シュウと一緒にいられるんだって、嬉しくて!
「ねえみんな! 俺たち、付き合ってる!」