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    mmikumo

    @mmikumo 文を書きます。ツシマの石竜、刺客と牢人好きです。渋くてカッコ良い壮年以上のおじさまたちをだいたい書きます。

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    mmikumo

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    牢人×牢人。数百年前の對馬の元日の浜辺にて。2022正月記す。

    春の海 正月の朝の海は静かである。
     普段は早くから働き始める人々は家にこもり、一年に一度のおごそかで特別な日を迎えている。
     陣笠の牢人、十郎は浜で火を焚きながら、一人夜明けを待っていた。
     打ち寄せる波と風の音に、薪の弾ける音が混じる。そして、ただ、何をするでもなく夜の明けるのを待つ。
     取り立ててなにがめでたいわけでもない。帰る場所も、行くあてもない漂白の旅路であるならなおさらだ。だが。それでも、この暮らしをどこかで気に入っている。
    「おお、やはりここに居ったか」
     聞きなれた声に腕組みしたまま体を向けると、そこには竹笠の牢人が居た。拝み屋で薬師でもあり、要は何でも屋。名を伊吹と言う。連れの大きな黒犬も共に居る。
     さくさくと一人と一匹並んで砂浜を降りてくる。
    「春の初めの御悦、貴方に向かって先ず祝ひ申し候ぬ」
     口上じみた挨拶に、深々と一礼。詠うようなその言葉に、ふわりと梅の薫を感じた。
     式神を従え、妖しき術を使いこなすこの男は、息吹でもって様々な技を使う。
    「おう、お互い年が越せて何よりだ」
     気心の知れた男を火のそばに招く。
     流木のひとつに腰を下ろし、伊吹は犬をそばに侍らせ、優しくうなじを撫でた。犬は目を閉じてふっ、と消える。式神なのだ。
    「よくここがわかったな」
    「式が教えてくれたのよ。せっかくなら会っていけ、と」
     伊吹が干魚をそこらの枝にさして火に立て掛ける。
    「良い犬だ」
    「ほんにな」
     わずかばかりの酒のはいった瓢箪を差し出す。伊吹は一口くいとやると、干魚を半分くれた。
    「正月は良いな。静かで心地よい」
     伊吹の言葉に、十郎の牢人は笑う。
    「ない物尽くしの身には、冬の風が些か沁みるがな」
     ふふ、と伊吹が笑い十郎の肩に触れた。
    「そう言うな。金も仕事もないが、共に寒風吹き荒む浜で酒を飲む友は居ろうが」
    「まあね」
     瓢箪を傾けて、飲み、置く。
     そしてそのまま、ざり、と間を詰めて、十郎は笠をはずしながら、伊吹に身を寄せた。
     流れる様に顔を寄せ、唇を触れ合わせんとする。そのような戯れをする仲である。
     しかし、それが触れ合う寸前で、ふぅ、と梅の薫りが鼻先に浮かんだ。伊吹の指が薄い竹の札を割る。
     指の間、唇と唇の合間に一枝の梅の枝。雪解け水を含んだ花弁の一片が、二人の唇の触れるのを止めた。
    「世の中は恋繁しゑやかくしあらば梅の花にもならましものを」
     ふぅ、と再び梅の薫り。それと共に離れる体温、その代わり十郎の胸に梅の枝が押し付けられた。
    「初日の出に見せつけるのは気が引ける。今日のところは、その枝をわしと思ってくれんか」
     伊吹がいたずらっぽく笑う。榛色の垂れ目が慈愛に輝くのを見つけて、一歩引く。そこに情欲は影も形もない。
    「つれないな」
    「出会い頭に噛みつこうとするのもどうかと思うがの」
     十郎は梅の枝を鼻先に揺らし、澄んだような甘いような香りを嗅いだ。
    「俺のような煩悩まみれは梅の花にでもなってしまえというのか?」
    「まさか。ただ三が日ばかりは、身清く精進せねば御加護に障るのよ」
     そう言って、干魚の焼けて柔らかになったのを空の鳥に放る伊吹。施しが受け取られたのを見て、伊吹が言う。
    「なあ、お前さん暇なら日の出の後に社へ初詣に行かぬか?」
    「行っても良いが、参道は荒れ果てて山伏すらも逃げ出すぞ」
    「だからこそのご利益だ」
     十郎が干魚を齧る。
    「やけに熱心に誘うが、何かあるのか?」
    「…実のところなあ、一人じゃ心許ない」
     素直に頷いたから、十郎は同伴することに決めた。
    「断る理由はないな。行こう」
     隣に並んだまま、日の上るのを見守る。もどかしいほどゆっくりと、仰々しく遅い。飴のような色の光が波頭を塗っていく。
     伊吹は笠を外して手を合わせ、菩薩のような横顔で日輪を拝んでいる。
     それに見とれ、慌ててならい、十郎もまた、静かに手を合わせた。
     陽光が波を渡り、砂浜を這って足元まで満たされる。すっかり登って、尻を洗われるばかりになった太陽。
     伊吹がこちらを間近で見つめ、微笑む。
    「さて、今年は何をしようかな。お前さんとまた、旅もしたいな」
    「良いな。退屈しなそうだ」
     伊吹が立ち上がり、十郎に手を差し出す。「いつか壱岐とか、本土にも行ってみたいのぅ。出雲の御社にご挨拶もしてみたい」
    「その時は声をかけろ、どうせ暇をしておるだろう」
     十郎が笠をくい、と上げてにやりと笑った。
    「お前の行くところなら、どこだって行くさ」
    「うれしいのぅ」
     伊吹が竹札を割り、呼び出した黒犬に座る。半跏趺坐、片ひざの上に足を乗せて座る様は仙人かなにかのようだ。
     十郎は少し遅れて追いながら、お天道様に向くその姿を眩しそうに見上げる。
     伊吹がちらちらと降り始めた風花を両手でつかまえて、ふう、と息を吹き掛ける。
     白く冷たい花が、梅の花弁となって海へと飛んで行く。
     春はまだ、もう少し先である。
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