Bullet & Sword とある荷物を指定先まで運ぶ。
ブランクの空いた殺し屋のリハビリにも使われるような仕事を請け負ったキムラシゲルとユウイチは、何事もなく指定の場所へと荷物を届けると、早々に現場を後にした。
人が行き交う海沿いの繁華街。路地から滑りでた二人は念のため、追手を巻くように歩き、駐車場へとたどり着いた。
市営の地下駐車場に停められた黒塗りのセダン。ここに来るまでに乗っていたその前を通りすぎて、赤い2シーターに滑り込む。
バタン、とドアを閉めて運転席に乗り込んだユウイチが、いつものしんどそうな顔を浮かべた。
「またかよ」
「まただな」
2シーターが車のヘッドライトを着けた瞬間、回りに点々と停められていた車が一斉に点灯した。と、同時にユウイチが全速でアクセルを踏み込んだ。
悲鳴のようなスキール音。そしてその後を追う無数のエンジン音。市営の地下駐車場から飛び出した赤いスポーツカーは、四車線道路の真ん中まで飛び出して、鋭く左折した。タイヤに蹴られた車線分離ポールがへし折れて、後ろに続く車に激突する。
「親父!どうする!?」
「左へ向かえ!港で返り討つ!」
シゲルの指示にハンドルを勢いよく回す息子。限界速度でのコーナリングに後輪が滑り、音をたてる。それを力で御したユウイチは、港行きの標識の下を一気に突っ走った。
港に建ち並ぶ倉庫街、さらにそこを抜けた奥の古びた倉庫。
倉庫から少し離れたところに乗り捨てられた
2シーター。こじ開けられた倉庫の奥はうっすらと明るい。追い付いた男らが、部隊のリーダーの指示で蟻のように散らばっていく。
それを、二人は見逃さなかった。そばの倉庫の非常階段から放たれる弾丸。ユウイチの狙撃は過たず、エンジンをかけたまま停められた車のボンネットを貫いた。そこにシゲルが、火の着いたままのライターを投げる。
その瞬間、大音声と共に車から火柱が上がった。
「行く!」
突然の爆発に乱れる部隊。その隙をついたシゲルが、一刀のもとに次々と斬りふせていく。
仕込み杖の中から引き抜かれた刃は、正しく日本刀の流れを組む。現代の名工によって鍛えられたそれは強靭でありながら、自在に舞う。
それが達人たるシゲルの手にかかれば、鉄をも真っ二つに断ち、盾にしたものごと鮮やかに斬りふせる。
襲い来る敵の攻撃を、刀と杖の先の鉤の2つでいなしながら断つ。片手で素早く刀を閃かせたかと思えば、刃の峰を鉤で押して威力を増す。
脚が不自由ゆえの、無駄のない動きと刀さばき。その技は、子を養い、宿敵を葬るために磨き抜かれて、今がその極致であった。
「うわぁあぁぁあ!!!」
恐慌に陥った輩が、ショットガンを放つ。シゲルは鉤で別の敵を引き寄せ、とっさに盾とした。
盾の向こうで、ショットガン男が顎から血を流しながら横に吹き飛ぶ。銃を構えたユウイチが、シゲルに駆け寄ってきた。
「キリがないぞ!」
「ああ。そろそろおいとまするか」
シゲルがマシンガンと共に飛び出して来た男を捉え、弧を描いて切り上げる。指先と共に宙に飛ぶマシンガン。それを鉤で引っ掛けて捉え、ユウイチに放る。
空になった銃を投げ捨て、父からの贈り物を受け取ったユウイチは、手早くそれを構えトリガーを引き続けた。
回りを威嚇するように銃口を回す。先を行く父を援護しながら後退し、車まで着くと飛び込んで、アクセルを全力で踏み込んだ。
狭い倉庫街の中を、コンテナやパレットを弾き飛ばしながら走り抜ける。
「追手は!?」
「2台!」
「つかまれ!!」
ユウイチが叫び、積まれていたパレットに車ごと体当たりする。スローモーションで宙を舞い、バラバラに崩れていく資材。雪崩を起こしたそれが狭い通路をに突っ込む後続車にめり込み、ダウンを奪い取った。
消防車とパトカーのサイレンが、街の隅々までくまなく響いている。
やかましいくらいのそれを聞き流しながら、ユウイチはきょう一番大きいため息をついた。
「はぁ…………………」
野次馬の人だかり、空を飛ぶヘリコプター。港から離れた海沿いに黒い車を停めて、ユウイチとシゲルは遠い火の手を眺めていた。
「すごい燃えてる」
「構わんさ。あの汚い倉庫はある連中の取引現場だ。あれを燃やす仕事も別口で引き受けていたが、同時に片付けられた」
「早くいってくれよ、そういうことは」
親父には計算通りかもしれないが、何も知らずに振り回される身としてはたまらない。
ユウイチは汚れたジャケットから煙草を抜き出し、口に咥えた。家にはこどもがいるから禁煙だが、こういう汚れ仕事のあとにはつい吸ってしまう。
「………」
しばらく使っていなかったライターはほとんどガス欠で、火の着きが悪い。カチカチと何度も鳴らしてやっと着いた最後の火を、風から遮りながら煙草に移す。
ユウイチは体の力を抜いて、深く、深く、煙を吸った。体の中を苦味がくるりと回る。熱が満たされていくのが心地よい。そして冷めた煙を細く、ふう…と吐き出した。
「………」
隣に立つシゲルが柵に凭れたまま、ユウイチを横目で見る。乱戦の中で、後ろに結った髪がほつれて潮風に揺れる。
ち、と聞こえぬほど小さく舌打ちしたシゲルは、髪をほどいて手ぐしでばさりと広げた。
緩く波打った髪が風に靡き、顔に乱れかかる。その顔は優しい祖父どころか、紳士的な父親のそれですらない。
かつて裏社会で、若き懐刀として恐れられていた頃。その時の顔が、戦いの高揚に引き摺られて垣間見えていた。
シゲルが内ポケットから煙草を取り出し…ポケットを探る。そしてそこに目当てのライターがないのを思い出すと、ムッとした。先程まさしく口火をきるのに使ってしまったではないか。
一部始終を眺めていたユウイチが、じろりとにらまれてビクッとすくむ。
シゲルがユウイチを見上げ、尋ねた。
「火を借りてもよいか」
「………ああ」
…親父が吸うなんて珍しいな。疲れてぼんやりとしながらユウイチは頷き、ライターを取り出して…ガス欠だったのを思い出した。シゲルが同じミスをした、とユウイチと目を見交わす。
ユウイチは、黙ったままライターをポケットにしまうと、代わりに身を屈めシゲルの煙草に煙草を近づけた。
静かに息を吸う。空気が流れ、煙草の先が暗がりに赤く燃え上がる。
シゲルは顔を寄せて煙草に指を添え、慣れた仕草で先端を焔に触れさせる。そして深く息を吸って、火を貰い受けた。
顔を夜空に上向け、味わうように吸う。そしてゆっくりと煙を吐き出すと、指先で小さく灰を払い落とした。
ユウイチが、煙草がひどく様になっている父を見やりながら、聞く。
「…仕事のあとの煙草はうまいか?」
「昔はうまいと思ったが、今は苦いばかりだ」
「……俺もだ」
ユウイチの言葉にシゲルは目を伏せ、口元をわずかに持ち上げるとにやりと笑った。
「だが、全てを終えたあとに、お前と火を分けあう一服は悪くない」
「!……」
ユウイチは思わずむせこんだ。何だかすごく恥ずかしくて、顔が熱くなる。ちょっと…ちょっとだけ嬉しくなっているのを悟られるのが、死ぬほど恥ずかしい。
この親父はきっと、若くてもっとギラギラしていた頃、そんなことを簡単に言ってのけては、モテ散らかしていたのだろう。
容易に想像できる姿に、ユウイチは肩をすくめて煙草を噛んだ。シゲルが何やってるんだ、と言いながら背中を撫でてくれる。
「……そういうとこだぞ、親父」
「何が」
わかっている顔で、しらをきる。同性の、しかも実の父親ながら、腹が立つほどカッコいい。
「さて、汚れを落として家に帰るか。少々くたびれたな」
くるりと杖を回して車に向かうシゲル。その背をもそもそと追いながら、ユウイチは少しだけ、心を踊らせた。