被害者K青年は溝を縫う キラウㇱさんがしょげている。しょげながら台所で鳥の羽をしょもしょもとむしっている。
「どうしたんすか……?」
「別にどうもしない」
「いやなんかあったでしょ」
いつも丁寧にむしられている羽も今日はちょろちょろ取り残しがあるし、どこからどう見ても分かりやすく意気消沈している。
「水くさいじゃないすかぁ」
「……門倉が」
「はい、どうしました?」
まぁそんなことだろうとは思っていたが。
「クツシタに穴空いてたから繕ってやったんだ。そしたら縫い目が当たるって文句言った……」
「あー……」
なんと心ないことを。門倉さんの発言は恐らくほんとにただの無神経によるものだろうと思う。でもそれがもう深く刺さっちゃうんだな……この人には。
「針仕事は馴染みがないから上手くないのは分かるけど、せっかくやったのに……門倉のやつ……」
いつもの快活さはどこへやら、花占いでもするみたいに手元でちまちましにゃしにゃ羽を弄んでいる。あーあ、こりゃ罪重いぞ門倉さん。
「……あ、すまん夏太郎……。その椀はあっちに置いといてくれればいい。ありがとな」
「はーい」
台所を後にして、火種を探しに行くと当の本人は縁側でのんきにごろ寝していた。まぁこちらもそんなことだろうと思ったが。
「門倉さん、キラウㇱさんに繕い物してもらったんすか?」
「あ?ああ……。別にいいってのに足引っ掛けたら危ねえとかなんとか言って無理くり脱がされてよ」
「んで出来に文句言ったんすか?」
「は? 目が爪の縁っこに来てたからゴロつくなぁつっただけだよ」
はー、これだ。いい年こいて心のキビっつーか乙女心のひとつも感じ取れないもんかね。まぁキラウㇱさん紛うことなきおっさんだけど。でもさすがに俺でも分からぁそんなの。
「うっわめちゃくちゃ落第回答じゃないすか」
「なんだよ、思ったままを言っただけだろが」
「あーもー。……はぁ、門倉さん。じゃあ俺がそれ直しましょうか?俺こう見えて案外手先器用なんすよ」
「えっ、いや。別にいいょ……」
「当たるんでしょ? 直しますって。今手ぇ空いてるし大丈夫っす。ほら脱いで脱い……」
「っいいんだってば! 触んなっ!」
俺の手をはねのけ声を荒げてしまった門倉さんは気まずそうに頭をガリガリ掻いたりあらぬ方を見てごまかしたりしている。
「あー……ほら、ずっと履いてるからさ。汚ぇじゃん? だからいんだよ」
「あ、そっすか。そんなら遠慮します。せいぜいその汚ぇ靴下ものともせず大事に繕ってくれた恩返しでもしてくださいよ」
「っ!? うるせえガキが! 大人からかうんじゃないよまったく」
あーやめてやめて、ほの赤く染めるな耳を。初心な想いに揺れるおっさんなんか見たくないんだ俺は。
門倉さんがまだなんかぶつくさ言ってるのを聞こえないふりして台所に引き返すとキラウㇱさんは依然としてしょんもり羽をむしっていた。
「キラウㇱさんキラウㇱさん」
「……なんだ、手伝ってもらうこと今特にないぞ」
「これだけしっかり縫えてればもうほつれてこないなって門倉さん嬉しそうでしたよ」
「ほ、ほんとか……!?」
萎れてた花に水をやったみたいに、キラウㇱさんの顔色がぱああっと晴れてみるみる元気を取り戻していくのが分かる。
「俺見せてもらおうとしただけなのに『触るな!』って怒られちゃいましたもん。よっぽど大事なのかなぁ」
「そうか……よかった……」
あーやめてやめて、桃色に染めるな頬を。初心なおっさんたちの心が通う場面なんか見たくないんだ俺は。
……でもまぁキラウㇱさんはニコニコしててくれた方がいいかな。土方さんも喜ぶし。
もうすっかり活力を漲らせているキラウㇱさんは意気揚々と羽むしりを再開してあっという間に下ごしらえまでしてしまった。
「か、夏太郎っ、悪いんだがこの桶洗って立てかけといてくれないか!?」
はいはい、もう一刻でも早く顔見たいんですもんね。俺はこれ以上おっさんが蕩けてる顔見てたくないんで早く行ってくださいよ。お安い御用で。
「分かりましたー。あ、そうだキラウㇱさん」
「えっ、な、なんだ!?」
もう半身が台所を出かかっているキラウㇱさんにダメ押しをしてやる。ちょっとくらいからかってもいいだろ? 迷惑料だ。
「門倉さん、反対側も穴空いてましたよ」
「……! わ、分かった! ほんとにしかたのない奴だなぁっ、門倉は!」
背後に花を咲きこぼしながらキラウㇱさんは走っていった。「かどくらぁ〜」だって。何が悲しくて俺はおっさんとおっさんの間を行きつ戻りつ綻びを繕ってやってるんだか。自分のこともまだまだだってのにさ。――いつか俺にもできるのだろうか。あんな「相棒」が。
この後、キラウㇱさんの膝枕で真っ昼間から乳繰り合う脳味噌とろんとろんなおっさん二人を縁側に見つけ、ほんの少しだけ羨ましいと思った心を改めて完全否定したことを付け加えておく。