I'm by you (仮)未完成 何千年何万年前のオシリスとセトの幼少期の頃、未だ神に至らない彼らは、時折発熱などをし体調を崩すことがあった。特に砂の神セトは生まれた時から身体が弱かった。
兄であるオシリスは弟セトがこの前も熱を出しうなされていたこともあり、心配していた。
セトは暗くなりかけてるにも関わらず地面に座り込んだまま、遠くを見つめていた。
「セト、何をやってるんだ? もう暗くなる。身体を冷やすぞ」
「オシリス兄様」
ゆっくりと振り返るセト。その姿と風に揺れる長い髪は思わず見惚れてしまいそうになる程美しい。
「何してるんだ? 」
オシリスはセトの隣に腰を下ろした。
セトは砂を纏いながら、風に砂を乗せて遊んでいるようだった。そしてどこか遠くを見ている。
「俺の砂で何かできないか探してるんだ。何も思いつかなかった。なぁ、兄様は分かるか? 俺が砂の神として生まれた理由」
「セト」
「俺、今は兄様たちと違って、弱くて力ないし、何も役に立たないかもしれないけど、この砂の力でできることを探したいんだ。役に立ちたいんだ」
「セト。お前は……」
「俺知ってるんだ。俺がエジプトの元凶、いずれエジプトを破壊する神なんだ、と」
「セクメトがそう言ったのか? 」
「そうじゃない。俺自身が感じるし分かるんだ」
「セト、それは違う。セクメトが何を言ったかは知らないが、エジプトを破壊すると言われていたのは俺たち4兄弟のことだっただろう。だから太陽神が俺たちの誕生を阻害したんだ。それは俺たちのことであってお前だけのことではない」
「そういうことに表向きはなってる、だけど本当は違うこと分かってるんだ」
「セト。お前もさっき言ったように、お前の力は現在砂を操ることだけだ。それがどうこのエジプトの破壊に繋がるというんだ? セクメトの話はまともに聞いてはいけない。お前の不安を仰ぎ、精神を不安定にさせてること自体がセクメトの思う壷だ」
父ゲブと母ヌトから生まれた4兄弟は兄弟がとても仲が良かった。末弟セトがエジプトの元凶だと予言されてることは周知の事実だった。しかしながら4兄弟はそのようなことは一切気にせずセトを愛していた。
「もしこのまま俺ができることが見つからないままだったら俺がエジプトの元凶でないことを証明することはできない。そうなったら俺、あの海の向こうへ行こうと思ってる。あの海の向こうには何があるのか気になってるのもあるけど、俺がいなければエジプトを破壊から守れるだろ」
「セト、聞いてくれ。俺は今のセトのままで良いと思っている。変わる必要はない。今のありのままのセトを愛している。俺だけじゃないイシス、ネフティスだって同じだ。これは紛れもない事実だ。だが、セト、お前がそれを望むのであれば俺が役割を与えてやる」
「いいかセト、遠くに行くのは許さない。それだけはダメだ。俺のそばから離れて行かないでくれ。頼む。俺がお前の不安を取り除いてやるから、頼むから」
「何だよ。兄様泣くなよ。分かったって、どこにも行かないって。ただ俺のせいでエジプトを壊したくない気持ちは本当なんだ。オシリス頼む、俺に役割を与えてくれ。それを全うさせてくれ」
それはオシリスとセトふたりだけの約束だった。
ふたりはその時がくると成神となった。成神となると半神だった頃の記憶は消えてしまう。その事を知ったオシリスはこのセトとの大切な約束を忘れてしまわないように事前に工夫をする必要があった。それにはイシスの力を借りる必要があった。【セトに役割を与える】その記憶を成神後に思い出せるように記憶を取り出して保護してもらっていた。その記憶は成神後のオシリスに戻った。一方セトはその約束を忘れてしまったようだった。オシリスはそれでも構わなかった。
成神前にセトにも記憶を失うことを伝えようとしたが、セトが抱えているつらい想いを忘れて欲しかったため、そのことは伝えなかった。セトが記憶を失うことはオシリスの願いだった。
成神した後、オシリスは太陽神から王権を勝ち取り、エジプトを統べる王となった。そのとき太陽神に約束させた。セトがエジプトの元凶であるなどとは一切言わないこと。
オシリスは砂の神セトに役割を与えるため、他の神々たちに気付かれないように、この地に生きていた諸々の命を取り込んでいった。そうしてゆっくりを砂を広げていった。
次第にその砂はエジプトの大部分を占める砂漠と言われるようになる。オシリスはセトに守護の名目を与えた。こうしてセトはエジプトの守護神となった。
無事にセトは役割を与えられた。エジプトの守護神となったセトはある時オシリスの元を尋ねた。
「オシリス、ちょっと話がある。お前がエジプトの王になってしばらく経つがこの国はお前のおかげで安定している。人間達もこんなに増えてこうして安定した生活をしている」
「俺だけのおかげではないだろう。お前もイシスもネフティスも尽力してくれてることを知っている」
「オシリス、お前ならそう言うだろうと思ってたよ」
セトは困ったような顔をして笑った。
「今、エジプトは安定している。この俺の砂漠だってこれからもエジプトを守護してくれるだろう。だからオシリス、俺はこの海の向こうに何があるか知りたいんだ。しばらくここを離れることを許可してくれないか」
オシリスはその言葉を聞いて衝撃を受けた。オシリスは声が震えないように細心の注意を払いながら口を開いた。
「……セト。お前の気持ちは分かった。少し考えさせてくれないか」
「分かった。こんな時間にすまないな。じゃあおやすみ」
セトのその言葉は成神前にもセトが言っていたことだった。あの時のセトは自分がエジプトの元凶だと、悩み苦しんでいた。その逃げ道として、未だ知らぬ海の向こうへ行きたがっていたのかとオシリスは思っていた。
どうやらそれは違っていたらしい。
セトは昔から純粋に海の向こうに興味があったのだ。こうしてセトに役割を与えても、自分の元から離れる選択をしようとするのか……とオシリスは落胆した。
オシリスはセトを愛していた。セトが自分の傍から離れることだけは許容することができなかった。
砂漠は過酷な環境であるが、他国の敵からの侵入を防いでくれる防波堤である。エジプトはセトによって守られている。
役割のなかった砂の神にオシリスが与えた役割だった。
セトが遠くに行ったとしてもすぐに砂漠が消えてしまうことはない。セトがいなくとも数百年は問題がないだろう。その砂漠に護られながらオシリスとイシスとネフティスでエジプトを十分に守っていける。その事は分かっていた。そのくらいエジプトは安定していた。
それだけではセトは自分から離れて行ってしまう。オシリスは危機感を募らせた。それだけではダメだったのだ。
セトがエジプトにいなければならない理由を。セトがここから離れられない理由を。セトがオシリスの傍から離れない理由を。
セトからオシリスへ【海の向こう】の話が出てからすぐに、戦が勃発するようになった。
オシリスは急遽それらに対抗するため、弟の守護神セトを【戦神】に、そして妹のネフティスを【平和の神】にした。
守護神セトは戦神としての実力を大いに発揮した。正しく今エジプトにいなくてはならない神となった。
【戦争】の名目は【平和】のためである。
ネフティスを【平和の神】にしたのには理由があった。
セトが二度とオシリスの傍を離れないよう、その平和の器に戦争を入れ込むためだった。
――それがオシリスの作戦だった。
セトとネフティスは恋をした。オシリスはそうなるように少し小細工をしたものの、ふたりの恋愛としての相性がいいことをオシリスは分かっていた。
本当であればオシリスはセトを愛していたため、セトのその対象が自分であることを望んでいた。今でもそれを諦めてはいない。
しかしながら、まずセトを遠くに行かせない仕組みを作ることが最優先であった。
ふたりが愛し合う姿はオシリスにとっては、つらいものであったが、自分の気持ちを犠牲にする代わりにセトが自分の傍にいてくれる確約を得たのである。
セトは戦神としてエジプトの平和を守っていた。セトの中で【海の向こう】の話はなくなってしまったかのように息を潜めていた。
つづく