小鳥のようなキスで惑わされて 俺はモブと付き合っている。
モブは今年見事、花の大学生となった。11歳からともに過ごして成長を見守ってきたが、俺のモブはすっかりかっこいい良い男に成長していた。モブは昔は勉強苦手だったが、自分のやりたいこと見つけてからは、目標に向かって勉強を頑張って、第一志望の大学に無事入学。今まさにやりたかった研究などに力を入れて取り組んでいる。中学から筋トレもコツコツ続けていたため、所謂細マッチョの体格を保持し、身長も俺は超えなかったものの175cmという日本人の平均よりは高く、俺の理想のプロポーションを獲得していた。昔はかわいくて仕方がなかったもちもちだった顔も成長とともに引き締まり、正直凄くかっこいい顔つきになっていた。髪型はほぼ変わってないのに不思議なもんだ。
まぁ皆知らなかっただけで、モブは昔からかっこよかったんだけどな。俺だけはずっと前から知っていた。今はそのかっこよさが皆に知られてしまって、俺は内心焦っているほどだ。
モブのことが好きで好きで大好きで、そして同時に心配で、俺は仕事が休みの日、大学に忍び込んで、モブを覗き見しに行くのが日課になっていた。モブの大学生活を眺めてるときも俺のモブは世界一かっこよかった。
モブのかっこいいところは数え切れないほどあるんだが、
「身体の関係は20歳まで禁止だ!」
と俺が言ったら、ちゃんとそれ守ってくれてる。本当にモブは紳士で、本当に最高の男なんだよ。俺のモブは誰にも渡さないからな。
俺は今日も相談所の定休日に、モブに黙ってこっそり大学に忍び込んでいた。巨大なキャンパスとキラキラした若者が眩しかったが、俺はわりとすぐに、俺のモブを見つけることが出来た。モブはキラキラした若者たちの中でもより一層の輝いているように見える。やっぱり今日もかっこいいなぁ。と俺はモブを眺めながら思った。
モブは男3人と女2人と一緒に話しているようだった。笑顔が咲き乱れ、皆とても楽しそうに見えた。俺は幸せを感じていた。モブの大学生活が研究に明け暮れるだけでなく、友人たちとも楽しく過ごして有意義なキャンパスライフを送ってくれたらいいなと心の底から思っていた。
微笑ましくその様子を見ていたが、次の瞬間俺は目を見開いた。
モブと話していた女の1人が、モブの腕に馴れ馴れしく触れていた。その鍛えられた腕に何度も触れた女が、モブを見上げる目つきがとてもいやらしかった。俺は頭に血がのぼってしまった。
わーーーー! そこのキャピキャピした女! お前だ! お前だよ!! 俺のモブの腕に気安く触りやがって! お前の下心は見え見えだ! 俺には分かるぞ! 悪いけどなモブは俺にぞっこんなんだからな! 俺にしか興味無いの!! お前の出る幕はありません! 今日だってこの後モブが俺の家に来ることになってるんだよ! 残念でしたーー!
俺は心の中で精一杯虚勢を張った。モブに隠れて大学生活を覗き見して、結局こういう場面を目撃して勝手に落ち込む。俺の自業自得なんだけど、落ち込むものは落ち込んでしまう。でもそれは仕方がないと思う。
モブはやっぱりああいう年齢相応のキャピキャピした女の子といる方が楽しいのではないだろうか。客観的に見てもお似合いだったことがまた悔しかった。
モブ自身もなんだか満更でもなさそうだったこともあって、俺は元気をなくしたまま、後ほどモブが訪ねて来るであろう自分の家に大人しく戻った。
ピンポーン
約束していた時間を1時間ほど過ぎたころ、インターフォンが鳴った。おそらくモブだろう。俺のスマホには2時間ほど前にモブから、謝罪と遅れる旨の連絡が来ていた。
予定が急に入ったりズレ込んだり、遅れることなど良くあることであるが、さっきの大学での出来事の後では、それが余計に俺を不安にさせた。
俺は玄関に向かい、ドアスコープを確認してから鍵を解錠する。ゆっくりドアを開けると目の前には、少し息を切らしたモブがいた。
「師匠、遅くなってすみませんでした。待たせてしまいましたね」
俺に会うために急いで来てくれたであろうモブの謝罪を聞いても、俺の心のモヤモヤは晴れなかった。どうしようもなくなりうまく心をコントロールできなくなった俺は不機嫌を顕にしてしまった。
「めちゃくちゃ待ってたよ。モブ、遅いし……いったい何してたんだよ。大学の女の子とよろしくやってたりしてな」
「え? そんなわけないでしょ。 何、不機嫌になってるんですか? 機嫌治してくださいよ、師匠」
驚くべきことに、モブは俺の顔に手を添えて、シワがよってる眉間にチュッと優しくキスをしてきた。
「……!! うぅ……こんなことで俺の機嫌が治るとでも思ったら大間違いだぞ」
俺はモブに威嚇してみたものの、あまり効果はなかったようで、余裕の面持ちで、お次は俺の右頬にチュッとキスを落とされた。モブは俺をキスで懐柔する気でいるらしい。俺もバカにされたもんだ。キスぐらいで懐柔されるわけないだろ。
「あぁ、キスだけで顔真っ赤にしちゃって、本当に師匠はかわいいな」
そんなことを言いながら、モブはさっきと反対の左頬にチュッとキスをしてくる。
俺はモブのキスを受けながら、一向に唇にキスしてくれないことに不満を感じはじめていた。なかなか触れてもらえない俺の唇は、早く、早く、唇に触れてもらいたいとその存在を主張していた。
「待たせちゃったけど、僕、師匠に早く会いたかったです」
散々焦らされた後、やっとご褒美のキスが落とされた。それも一回だけではなく、チュッチュッと何度も何度も啄むようなキスの雨が降り注いだ。
「んんモブぅ……俺も早く会いたかったよ……なかなか来ないから、寂しかった」
モブのキスを何度も受けて俺はもう完全に懐柔されていた。
「寂しい想いをさせてすみませんでした。師匠、機嫌治りましたか?」
「んっ……まだ」
俺はモブにもっとキスして欲しくて、不機嫌なフリをしていた。とっくに懐柔されてしまったことは、俺の顔を見ればすぐに分かっただろうから、モブにはバレていたと思う。
「そうですか……じゃあもっといっぱい甘やかしますね?」
そう言って繰り返される小鳥のようなキスは、やっばり優しくて甘くて、自然と心が満たされていくようだった。
啄むだけのキスなんて、子どもの戯れのようなモノだと思っていた。こんなにも幸せになれるキスだったのか。
「今日、師匠また大学来てました?」
「ん……モブ知ってた……の?」
俺は一瞬にして青ざめた。俺の行動はバレていた。さすがに引くだろう。33歳ものオッサンがモブが好きすぎて、大学まで追っかけて、姿見て安心して、たまに勝手に不安にもなってる。
過保護の域を越えてしまっていて、自分でも少しストーカーみたいなことしてるな……とは思っていた。俺はモブが心配だったし、俺の知らない大学のモブを少しでも知りたかった。
俺が青ざめてる間にも、モブは変わらず合間に会話を挟みながらもチュッチュッとキスをしてくる。
「僕が師匠に気付かないわけないでしょ?」
モブの顔が見れなかった。どんな表情をしてるんだろ。声色は相変わらず優しいモブ。そうモブはいつだって優しいんだ。俺はモブに嫌われたくなかった。
「僕に黙って、僕が心配で学校まで様子見に来たんでしょ?」
「う……うん。ごめんモブ、おれ……んっ」
俺が喋ってる途中でまた、モブがチュッチュッとキスをしてきた。モブはどうやら俺に喋らす気はないようだった。
「謝らなくていいです。今日こそ声かけようかと思ったんですけと、一喜一憂してる師匠が可愛かったので、そのまま、僕が師匠を観察してました」
俺はあの時の場面を思い出した。それをモブがあえて俺を泳がしていたんだと分かって泣きそうになってしまった。 モブは俺より一枚上手だった。
この間にも、モブはしつこくチュッチュッとしてくる。俺はモブの顔を両手で抑え、キスから逃れるように顔を背けた。
「モブひどい……あの女の子がお前の腕とかにベタベタ触ってたの見て、俺が平気でいれると思ったのか?」
半泣きになりながらも訴える。勝手にその場面に遭遇して自業自得なのに、モブのせいにするのは間違ってるって分かっていたけど、いくら愛しのモブだって、俺の恋心を弄んだことは許せなかった。
「師匠、泣かないで。いじわるしちゃってごめんなさい。僕も師匠にヤキモチ妬いてもらいたくなっちゃって」
モブは俺が顔を抑えてた手にもキスをして、力が弱まった隙に、チュッと謝罪のキスをしてくる。
「僕には師匠だけですからね、安心してください」
と言ったモブは、俺を安心させるように、何度も何度もキスを繰り返す。
さっきまでいくらモブでも許せないと、息巻いていたはず俺は、泣きそうになりながらも、すっかりモブのキスに惑わされてしまった。
「師匠、僕のこと許してくれますか?」
「……うん」
もう俺は、モブの小鳥のようなキスで何でも許してしまいそうだった。
おわり